心を壊してから、変わってしまった。

もう嫌なこととか無理することがひとつもできなくなりました。

なんか緊急装置が体に設置されたみたいだ。

無意識で頑張るから、私にはとてもよい。


精神が認知機能面に影響与えるのは子供の時にも経験している。中学の時の大きな心のトラウマのせいで記憶がしにくくなった。総じて今はとても必要なものになった。全部覚えていられた子供の頃より、嫌なこと全部流れていくから。


またnew versionの私になったらしい。

昔の私と違うと認識して、ぼちぼちと慣れないとな。

退職の日が来ました。

長年勤めていたからもう行くことがないのが信じられないくらい。馴染みすぎた職場でした。いろいろあったけど、私にとっては最後は感謝しかありませんでした。

しばらく休職期間があったけど、この仕事がしたいとはやっぱり思わなかった。でも、愛情はある。

英語も心理学も途中でやめたときみたいに、私の中で必要な学びの期間は終わったんだな。というか終わりたかった。

寂しいようなやっと終わったような。


そして、私はとても真摯に仕事していたんだと思いました。

本当に手を抜いてやるのができない性質なんだとわかりました。特に人との関係が重要なことは一生懸命するみたい。


あと、なんだかんだ私は頼られていたし、その方が私らしかったんだなぁと。でも頼られる力が十分じゃないときもそうしてたから、よくなかったんだね。もっと自分に敏感であるべきだし、もっと自分を愛そうと思えた。誰かに頼ってもよかったし、これからは私のできないことはもっと手放そうと思った。その分私が得意なことをもっとやるというイメージで。


どこに行っても私は相談されるタイプだとも実感した。

なんだろうね、もっと若い時からもう私の中でたくさん答えを持っていたからかもしれないね。それはとても自然なことで力まなくてもできるのかもしれない。

カウンセラーになりたかったときがあったけど、今はどうかな。努力しなくてもできることの一つかもしれない。


次に行くためにエナジーを減らさないように、ワクワクとときめきで進もう。

特に最近になって、感性が敏感で嬉しいのも楽しいのも落ち込むのも疲れる。感情が使えるのはありがたいけど、体と心よ、もつように鍛えたいなぁ。


どんな未来にしようか

私のやり方でできるなんてとてもpreciousだ。

ネガティブな感情で主に生きていた時の方が感情の起伏がなくて楽だったかもしれない。でもいつも靄がかかってて生きている感覚が薄かった。小さな世界で生きてた。


今、自分を愛せるようになってきてから、視界が良好でいろんなものが見えるようになった気がする。そのかわり気持ちが落ちた時ありえないくらいしんどい。本当に何もできなくなる。でも私はこっちの道を選んだ。この方が楽しいことたくさん拾えるし、楽に歩けるから。


PMSの落ち込みが毎月ひどくて、それが終わったら晴れ晴れしてなんだかそんなことを思った。

躁鬱みたいだとも感じたなあ。


どうやったらこの落ち込みマシになるんだろうな。