実際はお給料もらえませんが、職場に少し出向いています。

1日数時間しかいないけど、たくさん感じることがあって喜びを感じています。予想以上に疲労しますが…。


やっぱり社会人として居場所があると精神安定すると思った。

家族よりも長く過ごした職場だから、家族といるよりも精神的に安心できる環境ということを実感した。今の私を知っているのは働いている人たちの方だろう。

家族は過ごしていない期間の私を知らないから今より若い私と接しているからしんどい。それから、母とは性格が真逆でストレスなのです。母がそれを気にしてないことも、それを知らないこともしんどい。

良くも悪くも仕事に性格形成させられたこと知った。

人のためにがんばれてしまうから、自分の力以上に期待に応えなくてもいいということを次はしよう。


単純に自分がしたいと思えることがあってほっとしているし、嬉しい。それを心身が伴ってきているのも嬉しい。仕事ができたことが自信につながって、自分を保っていられる。

働いていた時のルーティン思い出してきてる。こんな感覚だったなぁと。素の自分と違いすぎてたんだと実感した。

遊びじゃないけど、楽しめる程度の範囲でやっていこうと思った。


コミュニティは複数持ってた方が健康になれると思いました。


新しい年です。

年女で嬉しいですうさぎ


2022年はたくさん泣いた年だった。

悲しくないのに涙が出るのはもういらないです。

でも、嬉しくて感動して、愛をもらってさみしくて泣いたのはとってもしあわせでした。

心が繊細で感受性が高いこと再確認した。

私が思うよりもっとデリケートで、か弱い部分は変わらないんだと。


2023年は私をもっと溺愛しようと思います。

もっと笑って生きていきたいです。

ぴょんと軽やかに楽しい日々を過ごせるように努力しようと思います。

まずは私からしあわせになること。

我慢し過ぎない、力まない、心配しすぎない、広い心でいられるように!

緩やかに捉えながら、まっすぐに熱く進んでいきたいな。

クリスマスなんだよね。

9月から時間の感覚がよくわからないので次元を飛び越えたみたいに変な感じ。

秋が来たことも知らなかったし、冬なんだなーとやっと追いつけたような、そんな最近。

淡々と仕事をこなして、その中でも好きなことして過ごしてきた日々が懐かしい。

ちゃんと時間を感じて生きていたということ知りました。


仕事とも距離をおいて、趣味とも距離をおいてひたすらに自分と寄り添った日々だ。今も。

一つのことやるとそれをひたすらにしてしまう癖があって、うまく距離感保てなかったんだと今更ながらにしった。苦手なことでさえ。逃げてもよかったのに。

仕事は仕事で割り切ってたと思ってたけど、人対人だからそうもいかず、人情発揮してしまうこともあり知らず知らずに摩耗してしまっていた。綱渡りしてる感覚だったし、カウンセリングしてほしいとか話受け止めてくれる人求めてたけど、その気持ちも押しやってたんだな。

好きなことにもそう。好きを極めたいというか、満たされたくてたくさん求めてしまってたんだ。相手より私の方が疲れる満たし方だった。


渇望してる愛情や人間関係を何かで代用してそして投影してたし、本当に求めてるものじゃないからずっと満たされないわけだ。

ひたすらにそれを求めてるけど、わからないから近づきすぎて疲れてしまった。

そして執着していたときには、純粋に好きという感覚も鈍くなっていくのが怖かった。


人と仲良くなっていくのが怖いけど、そこをなんとかしないと同じ繰り返しだから。20年間もずっとずっと同じ悩み抱えて、どうにかしないとと思ってたけど自分の力だけでは無理ということ知った。プロに頼ったり、できる範囲で知ってもらえればそれだけでも少し気持ちがほぐれた。

頼ったり甘えたりするのが本当苦手で困る。

やっと等身大の自分を受け入れられる。


私はバランスと距離感を適切に保たないと自分が壊れること自覚しないと、この繊細さでは生きていくのが大変だ。辛いとかそんな単純なものではもうない。愛しい大変さだけど、この繊細な感覚は本当に宝物だ。