私の最愛の猫ちゃんが旅立ってから10年経った

もう悲しみの痛みは少ないけど 会いたい

世界で一番愛してる存在だから

私の胸の中だけで生きている

君の声も仕草もすぐに思い出せなくなった

愛してる気持ちだけ残った

君の見れなかった未来を生きようと思っていた

振り返ると本当に人として生きることに必死な10年だった


君が癒してくれていた私の傷は今度は私の力で癒しきる

君がいたことで私の存在意義があった

自分の顔より君のこと見ていたと思う

君がいなくなったことで強くなったと思う

私の青春時代を君と一緒に過ごせたことは尊いと感じるようになった

生まれる前から私をサポートしようとここにきてくれたのかもしれないね

ありがとう

大好き



あなたを好きだった日々

優しさと楽しさをくれた

私は1秒たりともあなたを逃したくなくて

たくさん記録していたの

例えこの想いが全て届かなくても


費やした年月は決して短くない

だけどただの9ページ


あなたばかり見ていた日々が

私を保つ術だったの?

私はいつもさみしくてあなたに会いたくて

たくさん夢に見ていたの

例え私の言葉が届かなくても


費やした気持ちは無駄ではない

言い聞かせてるみたいで


たった9ページの文字を一つずつ消している

あれもこれも覚えている

あのときの気持ちは帰ってこないけれど



未練はないでも悲しい

同じように好きになれなくて


ありがとう

たくさんの気持ちをくれて

ありがとう

たくさんの優しさと曖昧さをくれて

やっぱりちゃんとでてきた。私の暗い時代の話。

過去に触れると時差で感情と気持ちがどっとくる体質なので

今更きた。


思い返すと

中学の時の友達全員の裏切りから、友達に無意識に嫌われたくなくて、きっと自分が思うより他人軸で生きていた。

高校の時はまだ精神回復しきってなくて軽く鬱だったのかもしれない。夜寝れないし、この世から消えたくなる気持ちが消せないし、自己否定の温床だった。うつかもって振り返れたのは、30代になってやっと思えた。


学生の時の友達は大人になってもずっと友達だと信じてた私にはとても大きなトラウマになった。

だから、誰よりも人と親密になりたい願望がより濃くなり、それが根底にあるのに、仲良くなるのが怖くて、これ以上仲良くなるとまた同じようになると感じて友達から謎に距離とったり、鬱になったりで、人間関係の距離バグってしまった。

それに加えて他人軸でしょ。うつでしょ。大混乱ですよね。


自分の心の状態がわからないのに、言語化することも弁解することもできず、私はこういうふうにしかできないのかもって暗示かけるようになってしまった。

人生諦めてしまうようになるところまでなってたけど、私の心を救ったのは心理学でも哲学でもなかった。スピリチュアルだった。スピリチュアル好きだったのに、忘れていた。スピリチュアルが真実かどうかなどは私はどうでもいい。ただ私の考えにすごく合っていたし、受け入れやすい価値観だったり、大きな視点だったりで自分を受け入れ直すことができた。現実だけで生きようとしすぎていた。もともと魔法とかファンタジー大好きなので、そういう世界があると思うだけで私はこの世で生きようと思えるから。本当にこの4、5年くらいで私の自己否定は完全になくなりました。自己肯定感、自尊感情は小さなことでも自分を褒めると本当に精神保てる。大切。まず、ここに生まれた時点で愛されてるのだからね。卒論で自尊感情について書いたのに私が一番の自己否定やろうだったんだよね。大きな存在から、あんたにはこれが足りないんだよって気づいてほしかったからテーマに選んだのかもしれないとも今になって思う。


今でもね、他人軸だったせいで、いろんな人格が出てくることにちょっと疲れる。どれが私?どれも私。自分と他人の気持ちの区別つけて、誰でもなれる私最強かもねって思える。

今なら全部愛しいよ。