*ヒロインは立海生です。跡部とは違う学校の設定です。
予測できなかった私が悪いのかもしれない。
あの人ならやり兼ねないと気づくべきだった。
これは彼なりの優しさで、悪気がないことだって事はわかってる。
「ありがとう」と微笑めば、「たいした事じゃない」なんて言いながらも嬉しそうに笑ってくれることだろう。
だけど私の心の中に湧き出すもやもやとした気持ちは大きくなるばかりで、うまく処理できそうにない。
テーブルの上に並べられた色鮮やかで見た目も素晴らしい料理を前に、私は下唇をグッと噛み締めた。
価値観の違い?
年が明け、「新年会したい」と言い出したのは誰だったか?
「いいね」
「じゃぁ鍋しようぜ!」
「すき焼きがいい」
「いや、しゃぶしゃぶだろ」
難色を示す者は一人もおらず、あっという間に新年会開催が決定した。
決断力が早いと言うか、団結力があると言うか・・・。
盛り上がる皆を前に感心の溜息を漏らす。
「なっちゃんも跡部誘っておいでや。」
「え?跡部君?」
「だってみんな彼氏彼女連れてくる言うてるし。」
「でも・・・・・。」
「他校や言うても知らん仲でもないし、ええやん。」
「まぁ聞いてみるけど・・・。」
立海メンバーの中に一人混じる姿もみんなと一緒に鍋を突付く姿もうまく想像できないし、たぶん断られるんじゃないかと思いながらも、とりえず聞くだけは聞いてみようとその日の夜に電話をかけた。
新年会に誘われた事、お鍋をしようと言ってるという事などを話すと、跡部君は意外にも「いいぜ」とご機嫌に頷いてくれた。
あまりの即答に驚いてしまう。
「え?いいの?」
「なんだ?来て欲しくないのか?」
「そうじゃないけど・・・・みんなとお鍋とか嫌がるかと思って。」
「他校のヤツやと鍋を食うなんてそうある事じゃないしな。真田や幸村とゆっくり食事をするのも悪くない。」
「へぇ。」
「それにお前が誰の女かって言うのをわからせるのにもいい機会だしな。」
「え?」
ちょっと一体なにする気?と不安になりつつも、彼の独占欲がちょっぴり嬉しい。
受話器の向こうから聞こえる笑い声が、そんな私の心情など全てお見通しだと言っているようで、恥ずかしさを誤魔化すように、慌てて日時を伝え電話を切った。
新年会当日。
予定の時間より3時間ほど早く、会場となる真田君の家へと向かった。
女子陣は下ごしらえなどの準備のために先に来る事になっている。
あまり料理の腕に自信はないけど、野菜を切って盛るくらいなら私にもできる。
材料はすでに真田君と彼女の昇華ちゃんが買いに行ってくれていたようで、野菜や豆腐などが山盛りに置かれていた。
「ちゃんこ鍋だっけ?」
「うん。あと豆乳鍋もしようかと思って。」
「私はキムチ鍋がよかってんけどな・・・。」
「ごめんね。真田ああ見えて唐辛子系ダメなんだ。」
各自持って来たエプロンを掛け、わいわいとおしゃべりしながら準備を始める。
人数が人数だから材料も半端ない量で、切っても切っても終わらない。
でもこれくらいで文句を言ってちゃいけない。
台所の隅で一人黙々と鶏のつみれを作っている雪ちゃんは、私以上に大変だろう。
変わろうか?と声を掛けたけど、「雅治のリクエストやから責任もって作るわ。」と断られてしまった。
こういうところ乙女だよね・・・と思ったのは伏せておこう。
麺もあるけどおじやがいいとか言う人もいるかもしれないと、炊飯器2つを使って10号のお米も炊いた。
デザートが欲しいと丸井君辺りがうるさそうだと、真田君の家で取れた柚子を使って柚子シャーベットも作った。
バタバタとしているうちに3時間なんてあっという間に過ぎて、徐々にメンバーが集まってきた。
男手を借りて、お座敷に移動して座卓と座布団を並べていく。
3台の座卓と人数分の座布団を並べると、まるで何処かの宴会会場のようだ。
さすが真田君の家だ。普通の家にこんなに大きな座卓は何台もないし、座布団だってこんな枚数ないと思う。
っていうか、こんな大勢が入れる座敷がまずないよね。
俺の席はここだとか、鍋の前は譲らないとか、ギャーギャーと言い合う声に真田君の雷が落ちる。
そんなよく見る光景を見ながら、ここに跡部君も入るのかと思うとなんだか不思議な気持ちになった。
跡部君の友達の集まりに私が参加する事は何度かあったけど、私の友達の集まりに跡部君が参加するのは初めてだ。
跡部君と一緒に過ごす所を友達に見られるのは、慣れていないから恥ずかしい。
だけどそれ以上に嬉しかったりする。
学校の友達はみんな同じ学校内に彼氏がいて、学校帰りにWデートしたり、昼食をみんなで食べたり。
そんなみんなを見ていると少し寂しくて、羨ましかった。
だけど今日は、そんな寂しい思いをする事はない。
私の隣には跡部君が居てくれるのだから・・・・・・。
そろそろ開始予定時刻になろうかという頃、跡部君からメールが届いた。
『もうすぐ着く』というメールに、気持ちがソワソワとしだす。
みんなが気を使ってくれて、私の隣に跡部君の席を用意してくれた。
他のメンバーは全員揃っているため、空席は私の横だけだ。
「跡部まだかよ!」
「ごめんね。もう少しで着くと思うんだけど・・・・・」
そう言ったすぐにチャイムが鳴った。
「俺が連れてくるッス!!」と切原君が飛び出していく。
本当は私が迎えにいきたかったんだけど・・・・。まぁ仕方ない。
お出迎えは切原君にまかせる事にして、私は意味もなく跡部君の座布団を整え、彼が部屋に入ってくるのを待った。
「待たせたな。」と言う声と共に跡部君が姿を見せる。
すぐに私を見つけてふわりと微笑まれ、その笑顔に胸がキュンとなる。
私も小さく微笑み返えしかけたのだけど、跡部君の後ろから現れた興奮気味の切原君に、その笑顔は中途半端なまま固まった。
「見てくださいよ!跡部さんの差し入れ!」
「おお!なんだこれ!?蟹じゃん!」
「これは・・・・河豚ですね。」
「刺身もあるのか?」
黒服の男の人達が次々と運び込んでくる食材にどよめく室内。
まだ生きているようで足を動かす蟹に、芸術品のうように盛りつけられた河豚の刺身。
他にも見た事のないようなキノコや、なぜか金粉の乗った豆腐。
どれも見るからに高級食材とわかるものばかり。
すげぇすげぇと声が飛び交う中で、私の心はスーッと冷えていった。
私の背となる場所に座っている女子陣の方を振り返る勇気が出ない。
彼女達はどんな顔をしているんだろう?
ワイワイと盛り上がる切原君達の横を通り過ぎ、自信気な表情で歩み寄ってくる跡部君。
彼のその表情に、なんともいえない悲しみと怒りが湧き上がってくる。
「準備に手間取って少し遅れ――」
「なんで・・・?」
「あーん?」
「なんであんな物持って来たの?」
「・・・・・・なに怒ってやがる?」
彼の一言に、ざわついていた室内が一気に静まり返る。
わかってる。彼に悪気がないことくらい。
みんなを喜ばせようと思っただけ。
現に切原君達はすごく喜んでいて、どうして私が怒っているのかわからないって顔をしている。
「私・・・・下準備をするために早目に行かなきゃいけないって言ったよね?」
「ああ。聞いた。」
「なら、準備が整えられてるってことくらいわかるでしょ?」
「確かに。全て用意されてるみたいだな。」
机へと視線を向けて頷く跡部君だけど、だからどうしたと言わんばかりの表情に苛々が募る。
「足りないなら困るかも知れねぇが、余る分には問題ないだろう?」なんて少し呆れた声で言われて、私の中の何かがプツリと切れた。
「昇華ちゃんや雪ちゃん達に謝って。」
「あーん?なぜ謝る必要がある?」
「謝ってよ!!」
楽しい新年会になるはずだった。
こんな風になるはずじゃなかった。
場の空気を壊しているのは私だ。
ここはグッと耐えて後で跡部君と話をするという手もあった。
今ここでこんな風に怒鳴らず、もっと大人な対応をする事もできた。
だけど抑えきれなかった。
悲しさと、腹立たしさと、申し訳なさと、いろんな感情が混じって冷静な考えができない。
「みんながどれだけ大変な思いして準備したと思ってるの?」
「誰もそれを食わず俺が持って来た物を食えとは言ってねぇだろ!?」
「フルセットもって来ておきながらよく言えるよね?」
「はぁ・・・・。なにが気に入らない?」
なにが気に入らない?
全てが気に入らない。
みんなで予算を決めて、その予算内でどれだけの事ができるかを考えて。食べてくれる人のことを思って準備して。
みんながおいしそうに食べてくれたら嬉しくて、大変だった気持ちも吹き飛んで。大変だったからこそ、喜びも大きくて・・・・。
そういう気持ちを、この人にわかれと言う方が無理があるのだろうか?
わからない事を悲しく思うのは、私が悪いのだろうか?
「招かれて、手ぶらで来るわけにもいかねえだろ。」
「だからってこんなに大量の食材持ってくるなんて馬鹿じゃないの!?」
「あーん?誰に向かって言ってやがる。」
「跡部君しかいないでしょ!?馬鹿どころか大馬鹿だよ!最低最悪!真田君以上のKYだよ!」
「その辺にしろよ菜都。」
「すごんでも無駄だから!常識的な考えもできない人に偉そうなこと言われたくない!」
ほとんど悲鳴に近いような私の声が響き渡る。
睨みつけた視界が滲む。
だめだ。このままじゃ泣いてしまいそう・・・・。
私は後でおろおろしているであろう昇華ちゃん達に「ごめん」という言葉だけを残して、逃げるように真田家を飛び出した。
玄関の扉を閉めると同時に涙が頬を滑った。
それをグッと手で拭って、当てもなく歩きだす。
少し頭を冷やそう。
上着を持ってこなかったからかなり寒い。
両腕を身体に巻き付けるようにして静かな住宅街を足早に進む。
たぶん跡部君は私を追ってくるだろう。
でも今はまだ、冷静に話をする事なんて出来そうにない。
しばらく歩いたところで、神社へと続く階段を見つけそこへ腰を下ろした。
背中を丸め足を抱く。
壁が風除けになってくれてはいるけど寒いものは寒い。
本当なら今頃温かいお鍋を突付いてるはずだったのに・・・・・。
寒さと虚しさにまた泣きそうになって、膝におでこをつけるようにして腕の間に顔を埋めた。
友達と同じ様に、彼氏を交えてワイワイとしたかった。
「これうまいな。」「私が作ったんだよ。」なんて、ベタな会話を交わしたかった。
ただそれだけなのに・・・・・。
それだけの事が彼とは難しい。
わかってた事なんだけどな・・・。
彼とは育った環境が違い過ぎるせいで、考え方や価値観がまったく違う。
それでもいいからと、傍に居れるだけで幸せだと、そう思って付きあったはずなのに、気が付けば不満ばかりを抱えている。
「私が欲深くなっちゃったのかな・・・・?」
溜息をついて上下した肩に、不意にかかった重みと温もり。
視界の端に映った見覚えるのあるコートの生地にハッと顔を上げれば、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた跡部君が私を見下ろしていた。
できればまだ顔を合わせたくなかったけど、どこか追いかけてきてくれた事にホッとしてる自分もいる。
立ったままで私を見下ろす跡部君を、座ったまま見上げる。
顔は不機嫌そうだけど、怒ってはいないみたいだ。
その事に、私の中で張り詰めていたものがふと緩むのが自分でもわかった。
「一生懸命作ったのに。」
「あぁ。」
「跡部君の事想って作ったのに。」
「あぁ。」
「白菜ばっかりで質素な鍋だなって文句言いながらも、残さず食べてくれる跡部君を見たかったのに・・・・。」
駄々を捏ねてる子供のような、拗ねた声が言葉を吐き出す。
跡部君はただ頷いて、私の話を聞いてくれている。
その相槌を打つ声があまりに優しく聞こえて、私はまた泣きそうになった。
そんな私に、跡部君が手を伸ばす。
乾いた涙の後を撫でるように彼の手が私の頬を包んだ。
「悪かったな。」
「え?」
「確かに考え方が足りなかった。」
私の目を見つめながら謝罪の言葉を口にする跡部君に、私は目を瞬かせた。
彼が私のご機嫌取りで謝ったりする人じゃないという事は誰よりもわかっているから。
謝ってきたという事は彼自身が自分の非を認めたという事だ。
驚きと戸惑いでまばたきを繰り返す私に、彼はもう1度「悪かった」と繰り返した。
「持って来たものは手土産として持ち帰れる様にしておいた。」
「手土産?」
「あぁ。それなら文句ねーだろ?」
真っ直ぐに向けられていた視線が逸らされ、さっきの私のように拗ねた声が耳に届く。
続いて「幸村やお前の友達に嫌味を言われて散々だったぜ。あんな場所に俺を一人残していきやがって。」なんてぼやく彼の言葉に、その時の情景を頭に思い浮かべて思わず笑ってしまった。
「笑ってんじゃねーよ。」
「ごめん。」
それでも笑いは収まらなくて、顔を隠すように跡部君の肩口に額を乗せた。
その私の頭を跡部君の手が優しく撫でる。
包まれるような優しさに、さっきまでの怒りも悲しみも全てが消えていく。
「私こそ、勝手なことばかり言ってごめんね。」
「俺に馬鹿なんて言うヤツはお前くらいなもんだ。」
「ホントごめん。」
「まぁそんな気の強いところも気に入ってるんだがな。」
耳元で無駄にいい声で囁かれて、顔がカーッと熱くなる。
考えてみればこの体勢ってなんだか抱き締められてるみたいだ。
今さらながらに気づいて慌てて飛びのくと、「なんだもう離れるのか?」とからかい口調でクスクスと笑われた。
「ほ、ほら!早く帰らないと!」
「確かに。あまり遅いとお前の友達が迎えに来ちまいそうだ。」
「みんなに心配かけちゃったな・・・」
「なら、しっかり仲直りしたって所を見せないとな。」
「え?」
「ほら、いくぞ。」
楽しそうに手を引かれ、もと来た道を2人で歩く。
「真田が赤面して鼻血を噴くほどに見せ付けてやるぜ。」なんて間違った気合を入れて入る跡部君に頬が引き攣る。
「どうかお手柔らかにお願いします。」
きっと叶うことはないだろう願いを唱えながら、楽しそうに笑う跡部君の手を握り返した。
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もうとっくに新年過ぎたけど、新年会ネタで。
みんなで新年会とか楽しいんだろうな。
さて、べ様と本気の喧嘩ってリクでしたが、本気で喧嘩しようとすると難しいですね。
3パターンくらい考えて、結局これになりました。
喧嘩って言うか、ヒロインが一人怒ってる気もしますが・・・。←
べ様のような一般人ではない人と付き合うのって色々大変ですよね。
一般人同士でも大変なのに。
思った以上に長くなってしまいましたが、短かろうが長かろうが心意気は同じですので。
なっちゃんリクありがとう!!