バレンタインも終わって、残すイベントと言えば卒業式だけ。
みんなはあまり寂しそうにはしていないけど、私は寂しくてちょっぴりセンチな気分になる。
「桜、書けたよ。」
「ありがとう!!」
「私も書いたよ。」
「うわ。超ハデだし。」
「凝ってみた。」
「ありがとうね。大事にするから。」
受け取った紙をファイルに閉じていく。
もうほとんど返ってきたな。
あとは・・・・誰が残ってたっけ?
早く全部揃って欲しいような・・・・もう少し返ってくるまでのこのドキドキを味わっていたいような・・・。
パラパラとページを捲りながらそんなことを思っていると、隣の席の幸村が「それ何?」と聞いてきた。
「ん?プロフ帳。」
「プロフ帳?」
「ほら、私高校は違う学校に行くからさ、みんなに書いてもらってるんだよね。」
中学卒業後、私は立海とは別の高校へ進学する事が決まっている。
持ち上がりの友達とは、3月の卒業式でさよならとなってしまう。
だから最後に形に残る思い出を・・・・・と、子供っぽいとは思ったけれど、プロフ帳を書いてもらう事にした。
「それって、なにを書くんだい?」
「名前や住所、生年月日や血液型・・・・あとは、好きなものとか趣味とか将来の夢とか?」
「ふーん。」
興味津々といった風に私の手元を覗き込んでくる幸村。
グッと距離が近くなって胸がドキンと跳ね上がる。
もしかして・・・・・・これってチャンス?
告白なんてする勇気はない。だけどこのままさよならというのも寂しすぎる。
だからせめて連絡先だけでも聞けたらいいな・・・・・なんて思っていた。
言い出すタイミングを見つけられぬまま今日まできてしまったけど、今ならさり気なく渡せるんじゃない?
この流れで「幸村も書いてくれる?」って言えば、不自然さはないはずだ。
「あ、あの幸――」
「好きな人はいますか?」
「え!?」
「ほら。ここに書いてある。」
な、なんだ・・・・・。
質問されたのかと思って心臓が止まりそうになった。
もう・・・・びっくりさせないでよ。
「こんな質問まであるんだ。なんだか楽しそうだね。」
「そ、そう・・・だね。」
「見せてくれてありがとう。」
「う、うん。」
爽やかな笑みを残し去っていく幸村を名残惜しげに見つめる。
あぁ・・・・また渡せなかった。
せっかくのチャンスだったのにー!
もう・・・私のバカ!
自己嫌悪しながら、がっくりと机に項垂れた。
翌日の放課後。
今日もまた幸村にプロフ帳を書いてもらう事ができず、昨日のチャンスを逃した事を悔いていると、帰ったはずの幸村が教室に戻ってきた。
キョロキョロと辺りを見渡しながら教室の中に入ってきた幸村は、自席に、つまり私の隣の席に腰を下ろした。
「どうしたの?忘れ物。」
「うん。ちょっとね。」
そう言いながらも、別に忘れ物を捜すでもなく、ニコニコと私を見ている。
なんなんだろう・・・?
「ねぇ。俺も昨日買ってみたんだ。」
「え?なにを?」
「これ。」
そう言って幸村が取り出したのは、私が持っているのよりも若干シンプルなプロフ帳。
「え?これ幸村が買ったの?」
「うん。」
「な、なんで・・・?」
「九条と交換しようと思って。」
交換って・・・・・・プロフ帳を?
戸惑う私を他所に、幸村は自分のプロフ帳を私の机に置く。
そして自分にもくれというように、上に向けた掌を私の目の前で揺らした。
こんな形で幸村に書いてもらうことになるなんて・・・。
嬉しいけどなんだか変な気分だ。
「今ここで書くから、九条もここで書いてよ。」
「いいけど・・・・。」
本人の目の前で書くのって妙に緊張する。
幸村が書きだしたのを確かめた後、私も筆箱からペンを取り出し、もらったばかりのプロフ帳にまずは名前から書き始めた。
住所や携帯番号やメアドなんかは迷う事無くスラスラ書けたけど、段々と書くスピードが遅くなる。
ニックネームなんて特にないけど・・・
趣味?私の趣味ってなんだろう?
長所?短所?チャームポイント!?
そんなもの私にある!?
書いてもらうばかりだったから気づかなかったけど、プロフ帳を書くのって大変なんだ・・・・。
全ての欄を埋めてくれた友達に今さらながらに感謝した。
悩みながらもなんとか埋めていったのだけど、最後の質問で完全に手が止まった。
『好きな人はいますか?』
ここは正直に『はい』って書くべき?
でも、そうすると次の質問を書かなくちゃいけない。
『その人のイニシャルは?』
ナイショって書いたら怒るかな?
けどイニシャルなんて書いたらバレバレなんじゃ・・・?
いや。同じイニシャルくらいいっぱいいるし、バレる事はない・・・・・かな?
どうしようどうしようと悩んでいるうちに、「書けた?」と幸村の声がかかった。
ビクッと肩が跳ねる。
「も、もう書けたの?」
「九条はまだ?」
「うん・・・・・もうちょっと・・・・。」
幸村に返すんだから、最終的には見られるわけなんだけど、書きかけのものを見られるのはなんだか恥ずかしい。
手で隠すように壁を作ってみたけけど、幸村は首を伸ばしてその手の上から覗きこんできてしまった。
「み、見ないでよ!」
「どうせ見るんだしいいだろ?」
「じゃぁ幸村のも見せてよ。」
「いいよ。」
あっさりと手渡されたプロフ帳。
いいの?なんて思いつつも視線を手元に落とせば、ザッと見た感じ全ての項目が埋められている。
自然と目がいくのは、やっぱりあの質問。
怖いと思いながらも、知りたいという欲求には勝てない。
どこを見ているのか悟られないようにしながら横目で視線を向ける。
だけどそこに書かれた文字に、私の瞳は大きく見開かれた。
「え・・・・・・・?」
好きな人はいますか?―――― YES
その人のイニシャルは?―――― 九条 桜
釘付けになった視線の先に並ぶ見慣れた文字。
嘘。そんなはずないと繰り返してみても、そこにあるのは確かに私の名前。
「あ、の・・・・・・」
「イニシャルじゃなくてもいいんだよね?」
「へ?あ・・・・うん・・・・。」
確かにイニシャルじゃなくてもいいけど、聞きたいのはそんなことじゃない。
だけどうまく頭が回らなくて、ただ頷くことしかできない。
混乱しながらも、視線はその先の文字を追う。
イニシャルを書く欄の下にあるフリーメッセージ。
そこには『好きです。俺の彼女になってくれませんか?』と書かれていた。
ハッと飲み込んだ喉に詰まったように苦しい。
なんだか泣きそうになって、軽く下唇を噛んだ。
「返事・・・・・くれないのかい?」
いつもの幸村らしくない、不安の混じった声。
それが幸村の本気を表しているようで、胸の鼓動が早さを増す。
私の気持ちも幸村に伝えなきゃと思うけど、胸がいっぱい過ぎて声にならない。
鼻の頭がツンとする。
心臓が痛いくらいにドキドキして、頭がクラクラしそうなほど顔が熱い。
滲む涙を甲で拭って、私は書きかけのプロフ帳にペンを走らせた。
好きな人はいますか?―――― YES
その人のイニシャルは?―――― 幸村精市
Message ―――― 私も大好きです。幸村の彼女にしてください。
押し付けるように幸村の前に出せば、不安そうだった顔にパーッと花咲くような笑顔が浮かんだ。
嬉しさを滲ませるその笑顔が、私にも伝染する。
「好きです、俺の彼女になってくれませんか?」
プロフ帳に書かれた文字と同じ言葉を、今度は声に出して伝えてくれた。
じわりと耳から浸透していく喜び。
「わ、私も・・・・・っ!」
声が震える。
それでも精一杯の気持ちを込めて、「私も大好きです。幸村の彼女にしてください」と、プロフ帳に書いた文字と同じ言葉で返事をした。
Sweet nothings
(放課後の教室に赤く染まった顔が二つ。それは一足早く咲いた梅花のようだった)
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プロフ帳って中学生でも書くのかな?
中学生らしいユッキーという事で、ブラックを封印してみたつもりです。
なんか乙女チックなユッキーになったような・・・?ww
桜さんリクありがとうございました!