七転び八起き バレンタイン編 | 肝っ玉かあちゃんのひとり言

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妄想の世界に逝っちゃってるヤツの戯言

これのみでも問題なく読めますが、元は『七転び八起き』 と言う連載の番外編です。




七転び八起き  -番外編 - 


- Happy Valentine  -




「朝練前に渡したい物があるから、部室棟の前で待ってて。」



昨夜の電話でそう言われた俺は、いつもなら遅刻ギリギリに来る朝練に30分も早くやってきた。

真田副ブチョーは驚いた顔をしていたけど、柳先輩は全てお見通しとばかりの顔をしている。


まぁ誰になんて思われたってかまいやしねぇ!!

俺は今日この日をどれだけ待っていたことか!!


まだかまだかとワクワクしながら、校門から続く道を眺めていると・・・・


キターーーーーッ!!!!!



「悠奈先輩!!」

「あ、赤也君おはよう!!」



やっぱカワイイ!!その笑顔最高!!


今すぐ抱きしめてしまいたい気持ちを何とか抑え、悠奈先輩の傍まで駆け寄ると、

「かなり待たせちゃった?ごめんね?」と、手に持っていた荷物を下に置き、

手袋をつけたままの手で俺の両頬を包み込んでくれた。

ほのかな温もりが伝わってきて暖かい。


俺はその手に自分の手を重ね、目を閉じて顔を近づけた。



「フガッ。」



唇に柔らかい感触が来るはずが、やってきたのは鼻への痛み。


パチリと閉じていた目を開けると、目の前には鼻を摘みあげる手と

その先に眩しいほどの微笑を浮かべた・・・・・・・・・・・・・幸村ブチョー。



「赤也。朝から部室の前でいい度胸だね。」

「お、おおおおおおおおおおはようございます幸村ブチョー!!」



ちっくしょ~!!いつもいつもいいトコで邪魔しやがって!!


そんな事もちろん言えるはずも無いけど、毎度毎度こんな風に狙ったように邪魔してこられたら

恨み辛みもぶちまけたくなるってもんだろ!?


引きつる笑みを浮かべながら、震える拳をぐっと握り締め

「早く立ち去れコノヤロー!!」と、心で毒づいていると、

冷気の漂うこの場の雰囲気をまったくわかっていないのか、

それとも巻き添えはごめんだと、早く用件を済まそうとしているのか、

悠奈先輩は下においてあった紙袋を持ち上げ、「これ、どうぞ。」と手渡してきた。


・・・・・・・幸村ブチョーに。


え?俺じゃねーの!?


放心状態の俺を他所に、幸村ブチョーは嬉しそうに微笑みながら

「何かな?」とわざとらしく紙袋の中を覗き込み、

「もしかしてバレンタインの・・・?」なんて白々しいセリフを言う。



「うん。ケーキワンホール焼いて8等分したからみんなで分けて食べて。」

「8等分・・・・。」

「そう。みんな一緒。ちゃんと1人1切れづつだからね!ザッカル君にもあげてよ!」

「ふふ。そんな強調しなくてもジャッカルにも渡しておくよ。食べるかどうかは・・・・・本人次第だろうけど?」



ぜってぇ食わせないつもりだ。

「ジャッカル。食べるのかい?」とかって笑いながら圧力かけて

「幸村よかったら俺のも食べてくれ。」って言わせるつもりだ。


まぁジャッカル先輩が食えようが食えなかろうが俺には関係ねえし、

それよりもだ!!



「悠奈先輩。朝練前に渡したいものって・・・・これっすか?」

「そうだよ。じゃぁ頑張ってね!!」

「練習見に行かないのかい?」

「寒いからいいや。じゃぁね!!」



うそだろ・・・・?

だって俺彼氏だぜ?

なのに先輩達と同じ?しかもケーキ8等分のうち1切れって・・・・。

ありえねぇ~!!!


もしかして俺だけ別に用意してるのかと幸村ブチョーの持つ紙袋の中を覗き込んだけど

ケーキ用の箱が1つ入っているだけ・・・・。

微かな期待を持って、箱の中にあるのか!?」と、幸村ブチョーが箱を開けるのを身を乗り出して見ていたけれど

中には悠奈先輩が言っていたように、丸いケーキが綺麗に8等分されて入っているだけ・・・。



「ガトーショコラですか。」

「悠奈からだよ。」

「おお~!うっまそー!!」

「なるほど。ワンホールを8等分とは・・・よく考えたな。」

「確かにのう。ラッピングの必要もなく、尚且つ皆平等だとアピールできる。」

「お、俺も食っていいんだよな?」

「ジャッカル。・・・食べるのかい?」


次々と集まってきた先輩達。
そして俺の予想通り展開を繰り広げてる幸村ブチョーとジャッカル先輩。

だけど、俺はそんな事なんて気にしてられないほどのショックで

丸井先輩が「赤也いらねえなら貰うぞ?」とか言ってるのさえ耳に入ってこなかった。


だってさ、付き合って初めてのバレンタインだぜ!?

期待するなって方が無理な話だろ!?

しかも「朝練前に渡したい物があるから・・・」なんて言われて、俺はどんだけ楽しみにしてたか・・・。


付き合いだしてから気づいた事だけど、悠奈先輩ってかなり愛情表現が薄い。

最初は照れ隠しかと思ったけどそうでもないようだ。

テニス部の取材が終わってからなんてほとんど練習見に来てくれねえし、

俺が「好き好き」言ってんのに、悠奈先輩は滅多に言ってくれねえし・・・・。

それでなくても振られたくせに諦めの悪い先輩達がウジャウジャいて不安だって言うのに

そんな事も全然わかってねーんだよ!!


なんか俺ばっかが好きみたいで悔しい。

ってか・・・・悠奈先輩は本当に俺の事好きなのか・・・?

最初は好きだったけど、段々ガキっぽい俺に飽きてきたとか?

それよか周りの先輩達の方がやっぱりいいとか思ってきたとか!?



「だぁ~!!!!わっかんねぇ~!!!!!」

「うるさいぞ赤也!!」



頭を掻き毟りながら雄叫びをあげた俺の頭に、真田副ブチョーのサーブが直撃した。














放課後までになんか色んなやつからチョコを渡されたけど、

気安く声かけてくんじゃねぇ!とばかりに睨み上げると

どいつもこいつも泣きそうな顔で立ち去っていった。


機嫌が悪い俺に近寄ってくる方が悪い。


最高の日になるはずだったのに、こんな最低な気持ちで1日過ごす事になるなんてよ・・・。


重い気持ちを引きずりながら部室ん中に入ると、

なぜか机に足をあげて座る幸村ブチョーとその横に柳先輩が立っていた。



「遅いよ赤也。」

「す、スンマセン・・・。」

「まぁいいや。お前もう帰れよ。」

「え?」

「聞こえなかったかい?帰れって行ったんだ。そんな腑抜けたやる気の無いヤツに、コートに立つ資格は無い。」



久々に聞いた幸村ブチョーの冷たい声。

確かに今の俺は悠奈先輩の事でいっぱいいっぱいでテニスの事を考える余裕も無い。

こんな俺がエースなんて聞いて呆れる。


言い返すこともできず俯く俺に柳先輩も「今日は精市の言うように帰れ。」と言ってきた。



「気合を入れなおしたら戻って来い。」

「はい・・・。」

「いいな。まっすぐ帰るんだぞ?」

「え?あ・・・はい。」



こんな気持ちで寄り道する気もおきねえし、言われなくともまっすぐ帰るさ。

俺は無言で頭を下げて、部室を後にした。




まだ明るい道を一人歩いて帰る。

伸びた影がゆらゆら揺れて、それを見ていると情けない気持ちになってきた。


今日チョコをもらえたら、遅くなるけど部活が終わるまで待ってって欲しい。

そして一緒に帰ろうって誘うつもりだった。

さみーけど公園のベンチとかで寄り添いながら

悠奈先輩に食べさせてもらっえたらな・・・・なんて考えたりもしてた。


だけど今俺は一人で・・・・結局義理と一緒に渡されたあの1切れのケーキも

丸井先輩のせいで食えなかったし・・・。



「あ~あ。俺何やってんだろう・・・・。」



恋愛って楽しいだけじゃねーんだな・・・。

テニスも同じだけど・・・テニスなら努力とかで何とかなっても、

恋愛は俺だけじゃどうしようもねえし・・・。


恋愛ひとつでこんなに振り回されることになるとは思いもしなかった。

好きなテニスも集中できなくなるなんて・・・。


はぁ・・・。


つきたくなくても勝手に出てくる溜息を溢しながら玄関の扉を開くと、

中からムワッと甘ったるいチョコの匂いが漂ってきた。


チッ。姉貴今年は誰にもあげねえとか言ってたのに今頃作ってんのかよ!?

今はチョコの『チ』の字も見たくねーっていうのによ!!


八つ当たりなのは承知だけどもう我慢ができなくて、

姉貴に怒りをぶつけてやろうとリビングの扉を勢いよく開いた。



「オイッ姉貴!!」

「あ、赤也お帰り。」

「ただいま・・・・って、えぇ~!?ゆ、悠奈先輩!?」



リビングに立っていたのは姉貴ではなく悠奈先輩。

え?姉貴は?ってか悠奈先輩がなんで俺ん家に!?


もう何がなんだかわかんね・・・。



「お姉さんなら部屋にいるよ。」

「そッスか・・・・。って、そーじゃなくって!なんで悠奈先輩が!?」

「なんでって・・・これ作る為?」

「これ・・・・?」



カウンターの上に置かれた大皿には色とりどりにフルーツやお菓子が並べられていて、

悠奈先輩の手元には小さな鍋と、その中にはどろどろの・・・・チョコ?



「なんスかそれ?」

「チョコフォンデュ。」

「チョコフォン・・・?」

「この溶かしたチョコにここのフルーツとかつけて食べるの。」

「へぇ・・・。」



丸井先輩とか喜びそう・・・。じゃなくって、チョコなんとかって言うのはわかったけど、

だからなんでそれを俺ん家で・・・・・?



「早く手洗ってきなよ。」

「あ、はい。」

「うがいもするんだよ。」

「わかってますよ!」



言い促されるがままに俺は手を荒い普段しねえうがいまでさせられて、

気が付きゃテーブルの上で悠奈先輩と向かい合って座っていた。



「ほら、これでこうやって刺して・・・ヨッと!こんな風にチョコをつけるの。」

「お~すげぇ・・・」

「はい。あーん。」

「え?」

「ほら早く!あーん!!」



チョコがたっぷりついた苺を俺の前へと突き出してきた悠奈先輩。

今「あーん」って言った?

これ・・・・食えって事・・・・?


普段ぜってぇこんな事してくれない先輩に驚きながらも

再度「ほら!!」と言われ、俺は口を開き苺にかぶりついた。

甘いチョコを苺の酸味が甘さを緩和してうまい。



「ウマイッス。」

「そ?よかった。」



満足気に笑う悠奈先輩に、底まで落ちてたテンションがあがってくる。



「うまいし、悠奈先輩が来てくれた事は嬉しいッスけど・・・・イマイチこの状況飲み込めてないんすよね・・・。」

「赤也君がチョコをあーんってして食べさせて欲しいって言ってたから・・・。」

「え?」

「チョコフォンデュも1度してみたかったし・・・・。」



ん?つまりはどういう事だ・・・・?


確かに数週間前。

「バレンタインチョコをあーんって食べさせてもらいたい!」って言った覚えがる。
あの時悠奈先輩は「考えとく。」って言ってた・・・。


で・・・・・考えてくれた結果が、今の状況になってるって事か?


テレ隠しなのか本気で食い気に走ってんのかわかんねえけど

次々とチョコを付けたフルーツを口に頬張っていく悠奈先輩の頬はパンパンに脹れて

正直笑っちまうくらいすごい顔になってるけど、そんな悠奈先輩が可愛くて

俺は向かいの席から先輩の隣の席に移動して、肩がくっつくくらいに椅子を寄せた。



「近いよ!食べにくいじゃん。」

「へへ。悠奈先輩好きッス!」



身を引いて距離をとろうとする先輩を抱き寄せ、唇の横ついたチョコを舐め取ってやった。



「な、なにしてんの!?」

「バレンタインチョコ食っただけッスよ!」

「ここにいっぱいあるでしょ!?」

「俺はこっちのチョコが食いたいんです!」



顔を真っ赤にして怒る先輩の唇には、もうチョコはついてなかったけれど、

甘い香りに引き寄せられるように、俺は自分の唇を重ねた・・・・・。






*おまけ*

「ところで今日俺が帰してもらえたのって悠奈先輩が幸村ブチョーに頼んでくれたんスか?」

「うん。そうだよ。」

「でもよく聞いてくれましたね・・・・。」

「その為に朝ケーキ渡したでしょ?」

「え?じゃぁあれって賄賂だったんスか!?」

「人聞きが悪いな・・・。お供えみたいなもんだよ。」

「その言い方もどうかと思うッスけど・・・・」

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久々の番外編。

思ったより盛り上がらんかったかも・・・。


ま、バカップルって事ですね。

悠奈が赤也ん家にいたのは・・・・まぁお姉さんに頼み込んだとか、その辺で想像しとってください。←


ユッキーにお願いするには、色々と交換条件とかすごそうですよね・・・。

まさに供物ですよ。