迷路にて
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しつこい話。

 「紫式部は、彰子方女房各人の批評を終えた後、斎院選子に仕える「中将の君」なる女房の書いた手紙を話題にする。人から偶々見せられたというその文は、「いとこそ艶」に書かれ、書き手の「われのみ世にはもののゆゑ知り」「すべて世の人は心も肝も無きやう」な思い上がりが鼻につく。そればかりか自らが勤める斎院を排他的に賞賛し、他の女房集団を見下す様子もあって、紫式部は不快と憤りを抑えられない。」(山本淳子 『紫式部日記と王朝貴族社会』)。

 

 「文書きにもあれ、歌などのをかしからむは、わが院よりほかに、誰か見知りたまふ人のあらむ。世にをかしき人の生ひ出でば、わが院のみこそ御覧じ知るべけれ」などぞはべる。(『紫式部日記』 新潮日本古典集成)

 

 「手紙の書き方にしても、歌などの素晴らしさにおいても、わが斎院よりほかにそのような所はなく、それを見分けることができる識者などこの世にいるでしょうか」と、斎院サロンの自慢をする」(伊井春樹 『紫式部の実像』)。

 

 「ふん、なにさ、エラソーに ・・・・!」といったところだろう。 紫式部も『枕草子』(清少納言)をボロクソに貶しているし、斎院選子にしてもサロンの組織構成に才長けていたようで、「角突き合う(ツノツキアウ)」も多少の縁です。 居場所を異にしてよかったですね。

諄(クド)い話。

 南北朝時代成立の注釈書 『河海抄』(四辻善成) に 巻第一の始めから「大斎院選子内親王より上東門院へめつらかなる草子や侍ると尋申させ給けるにうつほ竹とりやうの古物かたりはめなれたれはあたらしくつくりいたしてたてまつるへきよし式部におほせられけれは石山寺に通夜してこの事をいのり申しけるにおりしも ・・・」とある(玉上琢彌編『紫明抄 河海抄』角川書店)。

 

 「大斎院選子から上東門院彰子のもとに、珍しい物語の本はないかと問い合わせがあった。『宇津保物語』や『竹取物語』は読み古されているので、中宮彰子は紫式部に「新しく物語を作って差し出しなさい」との命を下す。彼女は石山寺に参籠して事情を訴えて祈っていると、おりしも・・・」(伊井春樹 『紫式部の実像』)。 

 

 この話は今日では伝説として扱われているが、思うに、大斎院選子のサロンでは紫式部の物語の存在を知り、弟の具平親王を通じて収集本の一つにしたのではないか。 それが執筆要請説に変じていったのかもしれない(伊井春樹 『紫式部の実像』 朝日選書)。

 

 先日も引用した『内親王ものがたり』(岩佐美代子)でも、『無明草子』(伝・藤原俊成卿女シュンゼイキョウノムスメ)から「言い伝え」として同じような話を引用している。

 

 「大斎院より上東門院、『つれづれ慰みぬべき物語やさぶらふ』とお尋ね参らせ給へりけるに、紫式部を召して、『何をか参らすべき』と仰られければ、『めづらしきものは、何か侍るべき。新しく作りて参らせ給へかし』と申しければ『作れ』と仰せられけるを承りて、『源氏』を作りたりけるこそ、いみじくめでたく侍れ」と言ふ人侍れば、また、「いまだ宮仕へもせで里に侍りける折、かかるもの作り出でたりけるによりて、召し出られて・・・・・いづれかまことにて侍らむ」(『無明草子』 新潮日本古典集成)。

 

 ここまで読まれた貴方の忍耐に敬意を表します!!

大斎院前(サキノ)御集全釈。

 御無沙汰中の古本蒐集をもうひとつ。 『大斎院の御集』の全釈・注釈を3冊買った。

 

『大斎院御集全注釈』(石井文夫・杉谷寿郎 新典社・和歌文学注釈叢書 2) 新本。

『大斎院前御集注釈』(石井文夫・杉谷寿郎 日本古典文学会/貴重本刊行会・私家集注釈叢刊 12) 古書。

『大斎院前御集全釈』(天野紀代子・園・山﨑 風間書房・私家集全釈叢書 37) 新本。

 

 この辺りになると需要が少ないので出版元に在庫が有ったり、古書でも新刊並の美本だったりする。 

 

 伊勢神宮に奉仕するのが斎宮(サイクウ)、賀茂神社に奉仕するのが斎院(サイイン)。 「斎院は斎宮と違って洛外といってもごく手近な場所にあり、宮中の賑わいから離れた閑静で風流な別天地として歌人らの来訪も多く、後宮とはまた別趣の文化的サロンをなしていました」(岩佐美代子 『内親王ものがたり』)。

 

 「大斎院選子内親王は十二歳で賀茂斎院に卜定(ボクジョウ)され、円融天皇から花山、一条、三条、後一条と、五代五十七年間その職を全うし、六十八歳で退下、四年後、七十二歳で没した。 

 

 選子内親王の生きた時代は、まさに平安朝最盛期でした。 関白道隆、皇后定子、清少納言。 太政大臣道長、中宮彰子、紫式部。 和泉式部、赤染衛門、藤原公任、藤原行成、藤原実資。 眼くるめくばかりの宮廷文化に対抗して、洛外紫野の一角に斎院文化サロンを形成した選子内親王の風雅は ・・・・」(『内親王ものがたり』)。

 

 結局「源氏」絡み、「平安王朝」絡みの買物でした。

尾州家 河内本 源氏物語。

 先日、大河ドラマの演目の話をしたけれど、私は殆んど大河ドラマを観ない。 特設コーナーを覗くのは単に棚歩きコースの一角であり「源氏物語」が私の読書範囲にあるからだ。 来年の演目も素通りしないだろうが、懐の財布は「古銭入れ」だけにしよう。 

 

 で、話は無沙汰中の古本買いである。 『尾州家河内本源氏物語』 の複製本と翻刻本を買った。 かねてより 「河内本」 には深い興味を持ちながら、諸般の事情で源氏物語から離れていた。 「日本の古本屋」で未開封の「複製本(日本古典文学会)」を見て発注し、届いた品物を見て驚喜万歳、美品どころか新品そのものだった。

 

 品物を解(ホド)いて万歳三唱した後、すぐにその翻刻本(武蔵野書院)を発注した。 

 

『名古屋市蓬左文庫蔵・尾州徳川家旧蔵・河内本 『源氏物語』全巻』を徳川黎明会複製本に基づいて影印複製。

上記の翻刻本 『尾州家河内本 源氏物語(全5冊揃)』(秋山虔・池田利夫編 武蔵野書院)。

 

『影印複製本』はくづし字なので読むのに難儀なのだが、秋山・池田編の『翻刻本』は岩波の体系本や新潮日本古典集成より読み易い気がする。 因みに 『影印複製本』には下記の新本が同梱されていた。

 

『尾州家河内本源氏物語 解題』(山岸徳平 財団法人 日本古典文学会)。

『河内本源氏物語 成立年譜攷』(池田利夫 財団法人 日本古典文学会)。

 

 この『尾州家河内本』には更に『高精細オールカラー影印本』(八木書店 全10巻 税込 ¥308,000)があるのだが、「i Mac」 を購入した懐にはキツい値段なので見なかったことにした。 

 

 この 『高精細オールカラー影印本』は、余命宣告を受けた後の楽しみ(支え)としよう。 

 

来年の大河ドラマ

 よく寄る書店の特設コーナーから源氏物語の書物が消えていたので、来年の大河ドラマに移行するのかと思いググってみたら 「蔦屋重三郎」 と出た。 随分シブい演目だなと思いながら amazon を覗くと知らない本が幾つか出てきた。 値段の表示がないものは品切れなのだろう。 売れ筋の分野ではなさそうだ。 

 

 重版・再版が出来しなければ特設コーナーも開きようがない。 取り敢えず手元に『稀代の本屋 蔦屋重三郎』(増田晶文 草思社文庫) があるのだが、さてどのような書物が並ぶのやら興味津々といったところである。

 

 この分野、紙の書物に親しんだ御年配の読書家には興味深いコーナーになるのではなかろうか。

 

 

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