法隆寺③(西円堂~東院伽藍。奈良県斑鳩町法隆寺山内) | ゆきまるのブログ

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風の吹くままに身を漂わせてふわふわふわふわ…「紀伊続風土記」を片手に和歌山県内の神社仏閣を巡る歴史好きの他愛の無いブログです(´・ω・`)

おはようございます(´・ω・`)

昨日の続きですニコニコ

西円堂手水舎月見

西円堂月見

本尊は薬師如来坐像。由緒書によれば、養老2年(718年)に橘夫人(光明皇后の母)の発願により行基上人が建立したと伝わり、現在の西円堂は建長2年(1250年)に再建されたが、礎石や須弥壇に天平時代の名残が見られると云う。

西円堂寺務所月見

西円堂裏門月見

門は封鎖されており、柵内立入禁止🈲ですニコニコ

その他、鐘楼がありますが、時鐘を兼ねているようで、丁度12時の鐘を鳴らしていたため、撮るのは控えました🙇

東大門(国宝)月見

由緒書によれば、建立時期は不詳ながら、法隆寺創建時の建立と推察され、西院と東院の間にあり、「中ノ門」とも呼ばれている。古くは鏡池の東側に南向きで建立していたが、平安時代に現在の場所に移したと云う。

中門前を東院伽藍のほうへ行くとありますが、門前を生活道路が通っているので、注意が必要ですニコニコ


参道月見

法隆寺の内外、各塔頭寺院を区切る塀を「築地塀」と称し、安土桃山時代から江戸時代に掛けて造られたそうで、国指定重要文化財に指定されていますニコニコ

東院四脚門(国指定重要文化財)月見

ここから先は東院伽藍になり、中を見るには拝観料を払う必要がありますニコニコ

また、門前を生活道路が通っているので注意してくださいびっくり

夢殿(国宝)月見

本尊は聖徳太子等身救世観音像。由緒書によれば、建立は天平11年(739年)。主を失って荒廃していた斑鳩宮を見て嘆いた行信上人は聖徳太子供養の伽藍建立を発願し、八角円堂(夢殿)を中心とした「上宮王院」を建立した。寛喜2年(1230年)、大規模な改修工事が行われたと云われる。

夢殿の裏にある伝法院(国宝、写真無し)は聖武天皇の夫人である橘古那可智の宅地を仏堂に改修したもので、阿弥陀三尊を本尊としている。また、鎌倉時代に礼堂(写真無し)・舎利殿・絵殿・鐘楼を建立し、西院に対して、こちらは東院伽藍と呼ばれるようになったと云われる。

絵殿・舎利殿(国指定重要文化財、内部非公開)月見

由緒書によれば、建立時期は不詳ながら、鎌倉時代の建築物と推察され、舎利殿は聖徳太子が2歳の春に合掌した掌中から現れた舎利を安置している。絵殿にはかつて摂津国の絵師秦致貞が延久元年(1069年)に描いた「聖徳太子絵伝」が飾られていたが、明治時代に皇室へ献上され、現在は東京国立博物館の所蔵となっているため、絵殿には江戸時代に描かれた「聖徳太子絵伝」を飾っている。

夢殿の北側にありますニコニコ

東院鐘楼(国宝)月見

由緒書によれば、建立時期は不詳ながら、鎌倉時代の建築物と推察されているが、梵鐘は奈良時代の鋳造で「中宮寺」と刻まれている。

廻廊の外、北側にありますニコニコ

この後、門跡寺院の中宮寺へ向かいましたウインク

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公式ハッシュタグランキングで、全体を通じて初の1位を頂きましたぁ~爆笑

何か嬉しい照れ