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猛暑の昼下がり。新宿大ガード下で偶然目に入った、「四谷大木戸交差点」の白い文字。

あの場所の古い写真に思ったことを、もう少し続けます。

 

 

この写真のおそらく画面左手前のあたりに、現在の大木戸ビルが竣工したのは1975年のこと。

ビルの窓の形状が交差点側(東南側)と裏側(西側)とで全く異なるのは、5年後の1980年に裏側に新たに建てたビルとつなぎ合わせた(!)から。

よく見ると、東南側と西側ではビルの最上階が異なっていて、後から建った西側の方が一階分高くなっています。交差点に面した東南側の屋上には、その段差を埋めるかのように赤い大看板が掲げられました。

 

社名に相応しい日当たり良好なビルに、新築と同時に入居した芸能事務所サンミュージック。ビルの増床にあわせるように事業を拡大していきました。

桜田淳子さんや松田聖子さんを見出した有力事務所が、ユッコこと岡田有希子さんを迎えたのは1983年の夏。

上京し、堀越学園に転入したユッコさん。学校から制服姿で、赤い地下鉄に乗ってこの場所に通ったのですよね。

 

この古い写真が撮影された1950年頃から、ユッコさんがここから空の上にいってしまった1986年までおよそ36年間。それから現在まで、37年間。

彼女がいなくなってから過ぎ去った、時間の長さを実感してしまうのはわたしだけでしょうか。

 

「四谷大木戸」。江戸時代は甲州街道の検問所だったという、由緒ある場所。

江戸の入り口という験の良さから、サンミュージック創業者の相澤秀禎さんはこの場所で事務所を構え続けることに、最後までこだわったそうです。

2009年に長年掲げていた「四谷四丁目 サンミュージック」の看板が外された後も、ずっとその姿をとどめている大木戸ビル。でもいつかは、建て替わる日がくるのでしょう。

 

そして、いつしか街の風景がすっかり変わってしまっても。

きっとこの場所は、彼女を愛した人たちにとって特別な場所でありつづけるのだと思います。