以前の記事の続きです。去年の秋の話なので季節はずれですが・・・。大神神社を訪れた後、調べている歴史上の人物の若い頃のゆかりの地と考えられる多武峰の談山神社という場所へ・・・。この多武峰はモミジの木が三千本も植えられている紅葉の名所で、紅葉シーズンには渋滞が発生するほどの人気とか。

 

 

この多武峰という場所は、歴史的には645年の大化の改新(乙巳の変)で中大兄皇子と中臣鎌足が話し合いをした場所で、中臣氏が藤原氏となって藤原氏の氏寺・氏神の地として発展した場所です。この多武峰は結構不便なところにあって、奈良盆地の南東の端にある桜井市の山奥にあります。

 

 

談山神社の鳥居。もともとは多武峯妙楽寺という寺だったのですが、明治時代の神仏分離で談山神社と呼ばれるようになりました。

 

 

紅葉の名所ということで期待して行ったのですが、去年は例年になく紅葉が早かったために紅葉は満喫できずでした・・・。とは言え、この談山神社は西の日光東照宮と言われるほど建物の柱の朱が鮮やかで、極彩色の装飾が美しく十分見に行く価値のあるもの。

 

 

談山神社の楼門。右側が舞台造の拝殿。共に元和5年(1619年)に再建。

 

 

嘉永3年(1850年)に建て替えられた本殿。極彩色の装飾が美しい。西の日光東照宮と呼ばれるのも納得。

 

 

享禄5年 (1532年)に再建された「十三重搭」。十三重搭として現存するのは世界でただ一つとか。

 

 

それにしても、この多武峰は結構、山奥・・・。大化の改新の話し合いが、なぜこんな不便な場所で行われたのか。この場所が選ばれた理由は当時、多武峰が神山と呼ばれていたことと、他の人に聞かれる心配がないからと考えられていますが、なぜ神山と呼ばれたのかは分かっていないようです。

 

 

NHKの番組ブラタモリではないですが、多武峰が神山と呼ばれた理由は地質にあるのではないかと確信。周辺の地質関連の論文を調べて多武峰の談山神社とその周辺を散策しました。実は調べている歴史上の人物の謎を解くカギも、この周辺の地質にあると見ているので、一石二鳥になるかもと期待(汗。

 

 

また、平安時代に摂関政治で官位を独占した藤原氏ですが、藤原氏の元となる中臣氏の出自については祭祀をつかさどった一族であることはわかっているのですが、それ以外は謎のベールに包まれていて、いろいろと本が出ています。私はこの多武峰が中臣氏のゆかりの地の一つではなかったかと考えているので、その点でも注目でした。

 

 

紅葉は満喫できませんでしたが、見どころが多く大満足。交通がちょっと不便なのは難点ですが、車の運転ができる方にはおすすめのスポットです。

 

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先日、富士山の近くを通る機会があって、天気が良かったので予定を変更して富士山と富士五湖の写真を撮ってきました。まずは本栖湖、精進湖、西湖からの写真をupします。

 

千円札の富士山で有名な本栖湖からの富士山。富士山の形が秀逸。右の山(竜ヶ岳)がちょっと目障り。

 

 

本栖湖の別カット。本栖湖の水が澄んでいて心地良かったです。

 

 

精進湖からの富士山。本栖湖からの富士山同様に整った形をしています。湖畔にキャンプ場があります。

 

西湖からの富士山。西湖は足和田山という山が富士山との間にあるので、撮影スポットは少なめ。

 

その2に続きます。

 

 

その1の続きです。河口湖、山中湖の順にup。

 

河口湖の富士山の形はスマートなんですが、家が多いので撮影スポットは少ないのが残念なところ。

 

 

山中湖の湖畔からの富士山。湖畔の景色はいいのですが、富士山の方は宝永の噴火火口がちょっと邪魔な感じ。

 

 

山中湖からの別カット。

 

 

最後におまけで人造の湖、田貫湖。ここの富士山は朝日が火口に重なる、ダイヤモンド富士が見られる場所として有名。富士山のえぐれて見えているのは大沢崩れという場所。

 

朝霧高原にも行ったのですが、前と似たような写真なので、今回はちょっと見送りました(汗 まあまあ満喫できたので良かったです。