舞台「浮標(ぶい)」を観てきました。
葛河思潮社の第5回公演で、「浮標」としては3回目です。
ストーリーは、
夏も終わりの千葉市郊外の海岸。洋画家の久我五郎は結核を患う妻・美緒の看病に明け暮れている。
生活の困窮、画壇からの圧力、不動産の譲渡を迫る家族……など苦境の中で妻の病気は悪化していく。
戦地へ赴く親友の訪問を受けた数日後、献身むなしく美緒の容態が急変。
その枕元で、五郎は必死に万葉の歌を詠み上げる─。
というお話です。

私、この舞台を観るのは2度目で、2回公演と、今回の3回公演を観ました。キャストは、主演の田中さんと何人かは同じですが、妻役など、前回とは変わった方もいらっしゃいます。
主役の五郎が、妻の看病をしているんですが、それが、もう、盲目の愛というか、すごい執着に見えるんです。五郎にとっては、妻は、生きる為の指標であり、それこそ「浮標(ぶい)」なんです。だから、妻が居なくなってしまったら、どう生きて行ったら良いのか分からないんだと思うんです。
五郎は、画家として、ある程度の成功をしていたと思うのですが、妻の病気の看病をする為に、付き添って、医学の勉強をして、何とか、妻を生き長らえさせようと奮闘しているんです。もちろん、医者にも見せているので、お金は底をついていて、周りから借りまくっている始末。でも、妻が生きていてくれるならと、ずーっと看病をしているんです。
でもね、五郎の他に、1人、叔母さんが付いていてくれているし、五郎は、妻の為にも、看病をしながら絵も描くべきだったと思うんです。まぁ、芸術家だから、メンタル的に描けなかったのかも知れないけど、でも、努力はすべきですよねぇ。イヤな人には描かないとか言ってないで、妻の為だと思ったら、イヤな仕事でも受けるくらいの気持ちにならないとと思うのですが、この五郎は、どうしても自分の考えを曲げられないんです。これって、我が儘なのか、プライドなのか、こんな状況の時に、そんな事を言っている場合じゃないだろうと思うのですが、ダメなんですよ。素晴らしい夫だと思いながらも、この部分で、ダメ男じゃんと思ってしまう私は、俗世間に塗れているのかも知れません。

純粋に妻を愛していて、妻の為に全てを捧げているのですが、妻の病気は悪くなるばかり。もう、半狂乱になり、医者に悪態を付きながらも、治す手立てを教えて欲しいという五郎に、医者の比企は、既に半年も持たないと思っていた美緒が2年以上持ったのだから、五郎の看病の賜物なのだと言うんです。そして、これ以上は、何をしても無理だと告げてしまいます。
絶望的になる五郎ですが、美緒の前では、そんな顔を見せずに、いつも通り、優しく看病を続けます。そんな姿を見ていると、本当に、人間ってなんなんだろう、命ってなんなんだろうって思ってしまうんです。愛する人が消えてしまう。愛する人の前から自分が消えてしまう。今まで対だったものが、分かれてしまう。それって、どうなるんだろう。
今、自分がこの世から消えてしまっても、自分は何も無くなるから問題無いけど、残して行く人は大丈夫なんだろうか。いつも私がやってあげていた事を自分で出来るんだろうか。いつも私の世話をしてくれていたけど、世話をする人が居なくなったら、何をするんだろうか。色々、思い始めたら、不安で不安で、やっぱり死にきれなくなると思います。そう思うと、生きるって、他人への執着なのかも知れませんね。それがあるから、生きていられるのかもしれない。
現代の人は、執着というものを煩いと思って、あまり持たないようになったのかな。人の関係性が、とても希薄になって来ているようで、結婚もしないし、恋愛もあまり楽しんでいるように見えないんですけど、どうなんでしょ。反面、恋愛すると行き過ぎて、ストーカーになったりとかしてしまう人も居たりして、不思議な世の中です。あ、でも、物に対しての執着は、凄い人っていますよね。フィギュアを集めたり、属に言うオタクというジャンルだと、なんか、すごい人っていますもんね。そんな執着でも、生きる為には役に立つのかな。あれを手に入れない限り死ねないとかって思うのかしら。他物への執着も、また、現代は良いのかな。

このお話は、原作者の三好十郎さんの自伝的なお話だそうで、彼が先妻を千葉で看病していた時の事を描いているようです。ですから、この後の三好さんの自伝的な話「冒した者」が、五郎のその後の話のようになっていて、それも葛河思潮社で第三回公演として舞台化されました。もちろん、私=五郎は田中さんでした。そちらも、また、公演してくださると面白いんですけどね。
それにしても、良い舞台でした。長いけど、このじーんとくる何とも言えない虚しさと哀しさは、忘れられないものです。何度観ても、田中さんの五郎は素晴らしいです。こんな風に愛される妻は、嬉しいんだろうか、息苦しいんだろうか、悲しいんだろうか、何度も思い返し、考えてしまいます。
私は、この舞台、超!お薦めしたいと思います。これは、観て欲しいな。明るいミュージカルも良いけど、腹にズシッとくる重い舞台も、味わうべきだと思います。ぜひ、観に行ってみて下さい。
ぜひ、楽しんできてくださいね。
「浮標(ぶい)」 http://www.kuzukawa-shichosha.jp/bui/