運動が体だけでなく、知能やメンタル面にも良い影響を及ぼす事は、よく知られていますので、今回紹介する研究も全く目新しいわけではありませんが、普通にくらしている(ということは運動不足の)中高年者に、6~12週という短期間のエアロビックな運動を実施したところ、脳血流や認知能、体力の改善が見られたという内容ですので、身近に感じられ興味をそそられる内容ではないかと思います。

 前にも書いた事がありますが、これまで運動をしていなかった人ほど、少しの運動で体力のみならず認知能の上でもメリットが得られるというのは、何ともうらやましい限りです。その素晴らしい特権あるいは特効薬を安易に使うのはもったいないと考えて、いざという時まで大事に取っておこうと決心された方も、STEC会員の中にはいるかもしれません。しかしあまり大事にしすぎて寝たきりになったり認知症になってしまってからだと、ちょっと遅きに失する恐れもありますので、これもやはり「いつやるのっ?ー今でしょっ!」の類いかと。

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抄録和訳:
身体活動、とくにエアロビックな運動は、加齢性の認知能低下への低コスト且つ有効な手段である。ただ従来の研究は比較的長期の運動の効果を見たものがほとんどで、運動の短期効果については検討されていなかった。今回座業主体の生活をしている57~75歳(平均64歳)の健常者37人を、一回1時間・週3回で12週間のエアロビックエクササイズ実施群(エルゴメーターかトレッドミルでの最大心拍数の50~75%という中強度の運動)と対象群に分けて、脳血流、認知能、体力を評価した。
 その結果、運動実施群では前帯状皮質(認知能維持に重要と考えられている脳部位)の安静時血流(MRI検査)が、6週目、12週目で対照群より増加しており、また短期および長期記憶の改善と、それに比例した海馬(記憶を司る脳部位)の血流増加も見られた。体力面では、最大酸素摂取能力(V02max、体力のゴールデンスタンダード的指標)と主観的運動強度(ボルグスケール;RPE)において対照群より有意な改善があった。
 以上より、身体的に不活発な成人では、6~12週という短期間のエアロビックエクササイズでも認知能と体力の両者が改善する事が示された。
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英文抄録:http://www.frontiersin.org/Journal/10.3389/fnagi.2013.00075/abstract ・・・原論文pdfもここからダウンロード可能

Sandra B. Chapman, et al. Shorter term aerobic exercise improves brain, cognition, and cardiovascular fitness in aging. Front Aging Neurosci., 12 November 2013

Physical exercise, particularly aerobic exercise, is documented as providing a low cost regimen to counter well-documented cognitive declines including memory, executive function, visuospatial skills, and processing speed in normally aging adults. Prior aging studies focused largely on the effects of medium to long term (>6 months) exercise training; however, the shorter term effects have not been studied. In the present study, we examined changes in brain blood flow, cognition, and fitness in 37 cognitively healthy sedentary adults (57–75 years of age) who were randomized into physical training or a wait-list control group. The physical training group received supervised aerobic exercise for 3 sessions per week 1 h each for 12 weeks. Participants' cognitive, cardiovascular fitness and resting cerebral blood flow (CBF) were assessed at baseline (T1), mid (T2), and post-training (T3). We found higher resting CBF in the anterior cingulate region in the physical training group as compared to the control group from T1 to T3. Cognitive gains were manifested in the exercise group's improved immediate and delayed memory performance from T1 to T3 which also showed a significant positive association with increases in both left and right hippocampal CBF identified earlier in the time course at T2. Additionally, the two cardiovascular parameters, VO2 max and rating of perceived exertion (RPE) showed gains, compared to the control group. These data suggest that even shorter term aerobic exercise can facilitate neuroplasticity to reduce both the biological and cognitive consequences of aging to benefit brain health in sedentary adults.
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紹介記事:http://www.nutritio.net/linkdediet/news/FMPro?-db=NEWS.fp5&-Format=detail.htm&kibanID=42340&-lay=lay&-Find

有酸素運動で記憶力、脳機能、身体的フィットネスを改善

身体活動を行うことで健常成人が記憶力や脳の健康、身体的フィットネスを保つ事が可能であるようだというテキサス大学ダラス校脳健康センターの研究者によ る報告。このような知見は50歳以上の成人や高齢者が認知的健康を如何に保つかということに重要な意味を持っているようだと研究者は指摘する。
高齢者がもっぱら不満であると口にすることの代表的な加齢性症状として、物忘れがひどくなったりする様な認知的効率性や記憶力の 低下があげられる。本研究では、有酸素性運動を行う事によって記憶力改善に有益な効果が見られること、さらに有酸素性運動が加齢を生物学的および認知的双 方の側面から抑制できる可能性がある事が示唆されている。

57~75歳の座業中心生活を送る成人を対象に身体的トレーニング群とコント ロール群に無作為割り付けし検討。身体的トレーニング群では管理された有酸素性トレーニングをエアロバイクやトレッドミルを用いて週当たり3回、1回1時 間で12週間にわたって継続させた。参加者の認知機能、安静時脳血流量、心血管性フィットネスが試験前及び開始直後、6週間後、12週間後で計測され、比 較検討された。

本研究では、脳血流量を非侵襲的動脈回転ラベルMRI法(ASL-MRI)と呼ばれる方法で計測した。この方法を用いる事 で、以前用いられていた方法よりもずっと早く脳の変化を同定することができる様になった。脳の中で血流量増加が見られたのは前帯状皮質と呼ばれる部位で、 この事は神経活性と代謝率が高まっていることを示唆しているものである。またこの前帯状皮質は高齢になってからの認知機能が良いことに関連している事が知 られている。

運動を行っていた群では、記憶力が改善し、脳海馬体への血流量が増加した。海馬体はアルツハイマー症によって影響を受ける事 が知られている部位である。非侵襲的脳イメージング技術を用いる事によって、脳の変化が記憶力の改善よりも早い段階で見られることもわかった。この事はつ まり、脳血流量を測定することを脳関連の認知的疾患の治療計画に含める事が有益である事を示唆するものであると研究者は指摘する。

身体的 エクササイズは費用対効果の非常に高い効果的な「療法」であり、ほとんど全てのヒトの記憶力を向上させることができる可能性があるようだ。これらの知見は 成人の全年齢層に対して有酸素性運動を行う事を奨励する動機付けになるものである。ただし、研究者によれば身体的エクササイズによる血流量増加は脳の一部 の領域においてのみ見られるものであり、全体の脳においてあまねく見られるというものではないことも研究者は指摘している。

最近の別の研 究によって、研究者らは複雑な精神的トレーニングが、局所的のみならず全体的な脳血流量の増加をもたらしたことが報告されている。この事は、身体的エクサ サイズと精神的トレーニングを併用することによって、全般的な脳の認知機能をの健全性を改善することにつながる可能性を示唆するものだ。現在のところ、高 齢者になってからの脳機能を改善する最初の領域を検討しているに過ぎず、今後、成熟した脳を有酸素性運動や複雑な思考方法を通じて根本的に改善する事が可 能であるかどうか、またどの年齢層においても可能にできるかどうかをさらに検討する必要がありそうだ、と研究者はまとめた。
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