2016年GWの奈良その2 | 心に光を呼びます Padme★yuki

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誰の心にも、神様とのホットラインはあります。
いろんなもので隠れてしまってるだけです。
私でよければ、見つけるお手伝いをします。

 

 


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5月3日未明
奈良へ向けて出発しました。
今回の宿泊地は
箸墓古墳の池のほとりの
勾玉工房でんでんむし
民泊の宿ですが
勾玉を作るという名目で泊るので
午後から勾玉磨きの予定。
その前に、近隣をまわろう
ということで
念願の石舞台古墳へ向かいました。

道の途中で
岡寺を発見。
運転手の濱人さんが、
「岡寺!グーグル検索!」
はいー!と、
私とイルカで検索すると
行基が師事した
義淵僧正(ぎえんそうじょう)
という人が建立したお寺!
これは行かねば!
と、立ち寄りました。

 

 

 

 


 

 

 

 

 


 

 

境内は、お花がいっぱいでした

 

 


 

 

 


 



まずは、
阿弥陀堂

 

 


 

 

 


なぜかガラスが青いんですね。
景色が青く反射して綺麗です。

ご自由に鐘ついて良いそうですので・・・



本堂の
如意輪観音

 

本堂には、奈良時代末制作といわれる
巨大な如意輪観音座像が本尊としてまつられています。
如意輪観音の最古の遺例としても重要視されており、
塑像(土でできた仏像)としては
日本最大の仏様で、
日本三大仏にもあげられており、
重要文化財に指定されています。

寺伝によると
弘法大師が、日本・中国・インドの土を以って造られ、
それまで本尊とされてきた
金銅如意輪観世音菩薩 半跏思惟像(重要文化財)
を胎内に納められ本尊とされました。
興福寺の伝えによると
弘法大師は法相学を
義淵僧正⇒道慈⇒慶俊・勤操という系統で学ばれたとなっていますので、
義淵僧正の高徳を偲び、
その菩提を祈る意味で、
義淵僧正の廟のある岡のもとに一字(寺)を造り、
如意輪観音の塑像大仏を造顕安置されたと考えられています。

 

 

★岡寺ホームページより★

『三国仏法伝通縁起』によれば、
弟子に
玄昉・行基・隆尊・良弁などがおり、
道慈・道鏡なども義淵の門下であったという。

wikipediaより


岡寺という名前は、通称で
正式な名前は
龍蓋寺(りゅうがいじ)
というのだそうです。
その理由は
悪さをする龍をこの池に封じ込めて
蓋をしたから、龍に蓋した寺。

 

 



う~~~ん
どこもかしこも、
悪龍を封印だの調伏だの・・・
そうじゃなくてさ
縄文から続いていた信仰を
仏法として信仰するように
民衆やそこの土地神を説得した
ってことなんじゃないのかなぁ?
民衆も土地神も
良いものだと納得したので
おとなしくなった
そういうことなんじゃないのかなぁ?

縄文の神々の姿が
如来や菩薩に代わるだけで
神への愛はなにも変わらない
そう納得したんじゃないかな?

若草山の鬼★たちは
それに反抗した
いわゆる蝦夷(えみし)たちなのでは?

義淵僧正は
天武天皇と同じ宮殿で一緒に育ったそうだ。
天武天皇は
ユダヤ系民族であり
それまでの神話や歴史を
すべて書き変えてしまった人。
今、伝わるものは
みーんな改ざんされたもの。
真の神を消してしまい
天皇(人間)を神にしてしまった。
人間を神扱いして
真の神から遠ざける(真の神を悪魔扱いする)宗教と
同じことをしてますな。
日本も、真の神を厄神扱いしてるし。




境内の奥へ進みます。

 

 


瑠璃井という井戸

 

苔むしたかんじが

とってもいい雰囲気キラキラ



この奥に、
奥の院とされる石窟があります。


ひんやり~~~

元の道に戻らずに、
境内をぐるりとまわる道へ行くと
歴代の僧侶のお墓と
義淵僧正のお墓があります。
義淵僧正のお墓で
祈りました。



さらに進むと
三重の塔



とっても見晴らしが良いです!

 



ここから
こっそり
一斉ヒーリングをしました

 

みなさまに
少しでも
幸福を感じてもらえますように


かつては寺内にあったという
治田神社へも行きました。


 


 



神社に神を祀り
その周囲を
仏法(寺)で護る。

これが
日本古来の寺の形態なんじゃないのかな?
正しい神仏習合のカタチ?

 

では
石舞台古墳へ~

 

 

 



中に入りまーす。

 

 


どなたのお墓か存じませんが
おじゃまいたしました。
ありがとうございます

 




周辺地図を見ていて
はわわ~と、涙が出てきた場所が・・・
そこへ行ってもいいですか?
すんませーん


 



魂のなにかが反応します。
もう少し、上流へ行きました。

 


黒と青のアゲハ

この滝は↓
倶利伽羅不動のように
螺旋が巻いてるかんじ



おだやかに流れる
岩のそばで
泣きながら歌っていたら
水鳥のようなカタチの葉が
流れてきました。


 

なんだか

やさしい・・・ドキドキ



手元に来ました



拾って
愛をのせて
また
流しました


そのあとは
酒船石遺跡を見て


 

 


亀石遺跡を見て


 

 

 

勾玉工房でんでんむしへ~


歩いていた竹林の道で・・・
「俺が殺されたのって、こんなとこだったよな~」
とつぶやく濱人さん。
(戦国時代のことですよ!)

 

 


「でも、場所はここじゃないよね~」
と、他の人が聞いたら
ワケわかんない会話を・・・(笑)

 

戦国時代、私は忍者でした。
濱人さんは
立派な鎧を着てた血気盛んな武士でした。

敵方だったんですな。

私が殺したらしいです爆  笑
今みたいに身体も大きかったので
先に、毒矢で動けなくしましたグッド!

それから、

痛まず眠るように息絶えるように・・・
忍者としての、慈悲(-人-)



そして
勾玉磨き~~~


むちゃくちゃ地味な作業です・・・

私は、つい2日前に
山形でメノウ石を磨く体験をしてきたので
(その時の記事はこれから書きます~)
コツがわかってるので
せっせと紙ヤスリで磨きました。



ちょうど、
たこからちゃんから
三輪山に登ってきた~!
と連絡が入りました。

なんでウチらが奈良にいるの

知ってたんだろう?

とにかく
うちらも今、奈良なんだよ!

と、呼んで、合流~

古墳の池のほとりで
みんなでお茶して
寝っ転がって


い~~~いキモチ!!

歩きまくった
たこからちゃんをヒーリング



足が軽~~~い
と、
夜行バスまでの時間を満喫するべく
春日大社へと向かっていきました。

 


そして
出来上がった勾玉は
こちらです


糸魚川翡翠ですよ~


このあと
奈良健康ランドでお風呂はいって
いろいろ食糧を買って
お部屋で宴会
濱人さんが持ってきてくれた
美味しいお酒を

まずは神さまへお供えしてから
酒盛り~~~


私は、異様なハイテンションになったらしく
何がおかしいのかわかんないけど

窓を開けてなにかと感応しあい、

(箸墓古墳に向かっって)
ずーーーっとケラケラ笑ってたそうです。


イルカは、仏の道を泣きながら語り


そんな二人と
その他、たーくさん宴会に参加してた
見えないいろーんな方々に囲まれて
濱人さんは(シラフなので)
濱人さんなりに
楽しんでいたもよう・・・

すいません。
記憶がないんです

ヾ(≧▽≦)ノギャハハ

気がついたら
布団で寝てた・・・

濱人さんは
一人で
箸墓古墳のほとりで
北斗七星を満喫していたそうです


そして
翌日の5月4日の記事が
コチラ~★


そして、
5月5日へと続く・・・