以前、子供をほめることに関して、その問題点について何度か書いたことがあります。
ほめるのは問題があります。
なぜかというと・・・
そもそも「ほめる」ってどういうことでしょう?
「上手だね」「いい子だね」「えらいね」
これらはすべてほめ言葉ですね。
そしてこれらは、子供を評価する言葉でもあります。
いわゆる上から目線で評価してある意味で子供をコントロールする言葉です。
そして鋭い人はお気づきかもしれませんが、これらの評価の主語はというと・・・
すべて「あなた」です。
「(あなたは)上手だね」
「(あなたは)いい子だね」
「(あなたは)えらいね」
主語は全部、「あなた」ですね。
つまり、このようにほめることには、上の立場のものが、評価的にほめるという一面があります。
それに加えて、これらの文章で、そもそも上手、いい子、えらい、などの術語として使われている言葉の意味があいまいです。
「いい子」とはどんな子でしょう?
「えらい」とはどんな状態でしょう?
明確に答えることができるでしょうか?
さらに、これらの言葉は、ある前提がある時に使われることが多いのではないかと思われます。
例えば、
「絵がきれいにかけて上手ね」
「お手伝いができていい子だね」
「100点を取れてえらいね」
ほめ言葉は、上記のような前提条件があって初めて使われることが多いようです。
でも、それは逆に言えば、絵がきれいに描けない、お手伝いができない、100点を取れないと「その子はダメ」だっていうメッセージが隠されています。
心理学の一分野である交流分析では、それを「条件付きストローク」なんて言います。
条件付きのストロークは、子供を疲弊させます。
なぜなら、それらの条件を満たしていない子は、ダメなわけです。
例えば、100点を取れなかった子は、ダメ。
お手伝いもできない子は、いい子じゃない!
本来、子どもは、存在しているだけで、OKですし、その存在自体が貴重なわけです。
100点取れなくても、お手伝いをしなくても、その存在自体が貴重です。
しかし、「100点を取れてえらいね」などと伝えていると、言外に子どもは、100点取れないと偉くないというメッセージを伝えることになります。
だから、ほめることは避けた方が、良いというわけです。
では、ほめる代わりにどうしたらいいかというと・・・?
きっと、アドラー心理学の「勇気づけ」が解決策になるかも。
「勇気づけ」は、評価的に子どもをほめることを勧めていないからです。
勇気づけでは、子どもをほめることを勧めません。
では、ほめることと勇気づけは、どのように違うのと思われたことでしょう。
それについては以前の記事をお読みいただけますとうれしいです。
どちらにせよ、子どもを下手にほめると疲弊させる可能性があります。
だからこそ、そうしないためにどうしたらいいかを、学ぶ必要があるのかもしれませんね。
今週末、水戸でプチパセージを行います。
詳細は、こちら
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