あの人の事例をアドラー心理学的の“課題の分離“という考えで、ひも解いてみようと思います。
あの人?
昨日の記事でも紹介した中村文昭さんです。
昨日も書いたように、中村さんは高校卒業後、上京し、そこで人生の師匠に出会います。
そして野菜の行商をしながら、仕事が終わると何時間も「いかに生きるか」の勉強会の日々。
しかし、少し前まで、したい放題のやんちゃな生活を送っていた中村さん。
あまりに厳しく、過酷な生活に音をあげます。
あまりにも厳しいので、置き手紙をして実家に逃げかえったことがあるそうです。
電車を乗り継ぎ、夜になって、やっとのこと三重の実家に帰ると、お母さんは誰かと電話をしている。
誰と話しているのだろうと、会話に耳を傾けると、電話の相手は中村さんの師匠であることはすぐにわかりました。
電話は夜の12時を過ぎても終わらず、延々と朝方まで続き、お母さんが受話器を置いたのは朝の5時。
普通だったら考えられませんね。
お母さんは、中村さんにひと言いいます。
「おまえ、大変な人と一緒におったんやな」
中村さんは、ここぞとばかり、師匠の厳しさを言い連ねます。
「・・・最初はこの人こそ師匠やと思ったけれど、ついていけっちゅう方が無理やねん。・・・」
お母さんは、中村さんの話を聞きながら朝ごはんを用意してくれて、洗いものをはじめます。
後ろを向いたままのお母さんの肩は、細かく揺れていました。
さて、少し寝床について、中村さんが起きると、
そこには一通の手紙が!
お母さんからの手紙でした。
「たった一人の人間も乗り越えられんかったやつに、食べさすごはんはあらへん。さっきの朝ごはんが、お母さんがおまえにつくる最後の食事や。
東京へ戻って、あんたの師匠から卒業証書もらうぐらいのところまで、根性見せて頑張ってこい。あのお方は電話で、私に言ったんや。
『お母さん、命懸けで子どもを産んで、自分にとって都合のいいペットを育てているのか? 世の中に役立つ男を育てているのか? どちらが母親としての役割なんでしょうか?』とね。・・・
もし、おまえがまだ、家の中におる気配があったら、お母さんは家に帰らへん。この手紙を読んだら一刻も早く荷物をまとめて東京に戻りなさい」
お母さんは、東京に帰るよう、その思いを手紙にしたためていたのです。
おそらくお母さんは、心を鬼にして手紙を書いたことでしょう。
お母さんの気持ちたるや、本当に複雑だったと思います。
そんなにしてまで厳しい生活を強いる師匠の元に、愛する息子を帰らせることに、ためらいの気持ちもあったことでしょう。
実際に、文昭さんのお母さんは、息子に会って話を聞いたら、息子かわいさに思いが揺れて、迷いが生じてしまうのではないかと思って、あえて、手紙を書いたということは後から知ったそうです。
中村さんは、その時のことについて、こう書いています。
あの時、オカンに抱きしめられていたら、今の僕はないと思っています。・・・・・いわゆるわかりやすい母親の愛情でくるまれていたら、僕はラクばっかりを選ぶ人生を生きたのだろうと感じます。
そしてこのように結んでいます。
親が子供にするべき本当の教育って、やさしさだけじゃない。厳しさの向こうにある愛情も、確かにあるのではないでしょうか。
いろいろ考えさせられますね。
ちなみにこの事例をアドラー心理学的にみると・・・
課題の分離という考え方があります。
「その問題は誰の問題か?」を考えます。
その問題によって困るのは誰か?
問題は中村さんの問題であり、それによって困るのは中村さんですね。
お母さんの問題ではない。
だから、お母さんが、中村さんの問題に介入せずに「東京に帰よう」促したと考えると、アドラー心理学的にも的を射たことなのかもしれません。(アドラー心理学なんて知らないはず)
とはいえ、本当に、つらい選択だったと思います!
でも、それが中村さんを育てたんですね。
お母さんの役割って何なのでしょう?
●参考図書
「話し方」一つで、人生はでっかく変わる!