松一と木、変らぬ色の印とて、今も栄えて在原や、形見の烏帽子狩衣、
着つつ馴れにし俤を、うつし絵島の浦風に
床しきつても白浪の、寄する渚に世を送る
いかにこの身が蜑(あま)じゃと云うて、辛気々々に袖濡れ濡れて
いつか嬉しき逢瀬もと、君にや誰かつげの櫛、さし来る汐を汲まうよ、汲み分けて
見れば月こそ桶にあり。これにも月の入りたるや
月は一つ、影は二つみつ
見られつも雲の上、此処は鳴尾の松蔭に、月を荷うて
やすらひぬ。見渡せば面白や、馴れても須磨の夕まぐれ、漁る舟のやつしつし
浪を蹴立てて友呼び交はす、はんま千鳥のちりやちりちり、ちりやちりちりちりちりぱつと塩屋の煙さへ
立つ名厭はで三歳はここに、須磨の浦曲の松の行平、立帰り来ば、
我も小蔭にいざ立寄りて、磯馴松の懐かしや
かたみこそ今は仇なれ見初めてそめて。
逢うた其時やつい転び寝の、帯も解かいでそれなりに、
二人が裾へ狩衣を、掛けてぞ頼む睦事に
可愛い鴉のエエ何じゃやら、泣いて別りよか笑うて待とか、
待たばこんとの約束を、忘るる隙は、無いわいな、
それから深う言ひかはしまの、水も洩らさぬなかなかに
濡れによる身は傘さしてござんせ、人目せき笠いつ青傘と
ほんに指折り其の日傘、待つに長柄のしんきらし、それえそれえ。
気をもみぢ傘白張の、殿御に操立傘も、相合傘の末かけて
誓文真実爪折傘と云はれたら、思ひも開く花傘
しほらしや
暇申して帰る波の音の、須磨の浦かけて、村雨と聞きしも今朝見れば、
松風ばかりや、残るらん、松風の松風の噂は世々に残るらん