仲代達矢さんが亡くなられた。11/8 92歳とのこと。
仲代達矢というと、すぐに思い出すのが、「人間の条件」という映画である。
20代の仲代さんのしかも初主演作品らしい。僕が生まれるよりも前の作品で、白黒である。6部構成で、全部上映すると10時間くらいになる。2部ずつ3本の映画として上映されたものだそうである。
ーーーテレビでは、1979年1月2日に東京12チャンネル(現・テレビ東京)が開局15年記念事業として全3作を12時間ノーカット(途中ミニ番組による中断をはさむ)で一挙に放送した。
とwikipediaに書いてある。父と一緒に見たのを覚えている。新宮に住んでいた僕はテレビ和歌山で観たってことになる。そして、12時間番組ではなく、数日にわけて放送されたのを連日見たという記憶がある。
白黒の画面で、なにか古めかしい映画を父が酒を飲みつつ見ている。おもしろくはなさそうだなと思って、僕はたぶん2階の勉強部屋に行っていたはずだが、しばらくして下に降りてきたら、まだ父は見ている。映像は、衝撃的な場面になっている。
中国の荒野のようなところに列車が着く。扉をあけると、なかから立ったまま押し込められて長い旅を続けていた人達のなかから、すでに死んでいる人が列車の外に倒れこぼれてくる。やせほそって、ヒトラーによるアウシュビッツでのユダヤ人虐殺というような写真や映像に見るような画面の色と構図だ。すると、主人公である梶(仲代)の同僚が叫ぶ
ーーー 蒸し殺しやがった!!!
運ばれてきた彼らは中国の囚人で、梶らは彼等を用いて行われる鉱山の仕事の管理をする日本の会社の社員である。梶は兵役の免除と引き換えにその仕事についたはずだった。しかし、列車から死体が倒れ落ちてくるその映像があらわに描き出したように、その現場での中国人労働者への日本人による横暴は激しいものがあり、やがて梶は中国人らの側にたつようになる。結局その仕事場を追われて梶は兵隊として前線に送られる。
この列車から死体が落ちてくる場面を見て、僕はもう画面にくぎ付けになり、その後毎晩「人間の条件」の時間になるとテレビの前に座った。放送が、本当にwikiのいうように1979/1月ごろならば、僕は15歳であって、もうすぐ新宮高校の受験だなというころだった。思い出すにたしかにそうだったと思う。受験勉強をせにゃならんなと思いながら、僕は冬休みこれを連続で最後まで見てしまったというような気がする。それくらい、目が離せない展開のそしてリアルな映画だった。
梶はソ連の戦車が迫ってくる戦場で塹壕から射撃で何人も人を撃つ。穴ぐらの上を戦車が通過していく。同僚が発狂する。死体を戦車が踏みつぶす。不発弾が着弾する。奇跡だ俺はまだ生きている。。。ぎりぎりの画面が続く。
物語はシベリアで捕虜となっても続き、梶は結局シベリアで死んでしまうのだ。このリアリズムとものすごい映像と物語が、なんと僕の生まれる数年前に作られ上映されていたのだ。その後、僕はこの映画がテレビなどで放送されたのを知らない。最近ネットで古い映画もみれるので、やっとあのときのあの映像を数年前にみることができた。
仲代さんというと、最初に見たのがこれだったので、僕の中では仲代=梶という図式がずっと成り立っていた。この映画を見た1979にはしかし仲代さんは47歳のころだったので、梶だった20代の若者ではなかったけれど、今から考えればまだまだ若くて壮年の大俳優だった。といってもあんまりテレビとかに出てくる人でもなかったので、僕が次にスクリーンの仲代さんを見たのは、「優駿」という斉藤由貴の映画でだった。優駿は1988なので、9年たって仲代さんは56歳。ううん、そんな感じでした。大会社の社長にして馬主という役柄でまさに大御所でした。その大御所は会社を大きくしながらもいろんなものを背負うようになってしまったのだよという、娘斉藤由貴には理解不能の問題がいろいろありまして、というような話であったと思う。ああしかし、1988なんてバブル絶頂だった。仲代さん、戦前生まれで、戦争映画出て、高度成長かけぬけてバブルの時代の社長を演じる。
そこから次に思い出すには、やはり「大地の子」で上川隆也が演じた息子であり中国名陸一心と中国で分かれた日本の肉親である父を演じた仲代さんである。製鉄会社でベテランの技術者として勤めながら、中国で生き別れとなった肉親をのことをずっと心の傷みとして生きて来た男。これが1995年であるので、仲代さんは63歳。今の僕とあまりかわらない。中国残留孤児を探したり再会したりといったことが行われ、日中国交正常化のあとの時代。けれども、まだ中国人が人民服を着ていたり文革があったりと、日本と中国の間の状況が今と全く違う時代。
こうしてみてきますと、仲代さんはいろんな役をやったのだと思うのだけれど、やはり、なにか重い人間の運命とか、社会の壁、との間で苦しむ大人の男というものを、演じて来たひとだなと思う。晩年の風情は、リア王とかにそのまんまメイクアップなしでもなれるように見える感じで。
無名塾でたくさん俳優を育てた人でもあった。すばらしい俳優。すばらしい人間。
冥福をお祈りいたします。