エンディングノートを書き始めた

66歳の男性の新聞投稿を読みました。

奥様に勧められて書き始めたそう。

 

image

 

ところが、

なかなか進まない。

 

元奥様との間のお子さんのこと。

複数ある銀行口座。

証券会社。

保険。

不動産。

 

 

1ページ書くのに何日もかかり、
嫌になって放置。

また思い出して書き始める。

そして、また放置。

 

書き始めた頃は寒い冬だったのに、
気づけば桜が散り、
紫陽花の季節になっていた。

 

 

思わず笑ってしまいました。

でも同時に、

「そうだよね」とも思いました。

 

エンディングノートが進まないのは、
やる気がないからではありません。

それだけ人生を生きてきたからです。

 

 

60年、70年生きてきた人生は、
そんなに簡単に
数ページで整理できるものではありません。

 

 

 

だから、私の講座では

最初から銀行口座や
保険の話ばかりはしません。

 

 

まずは、

今の自分を見つめること。

大切にしてきたことを思い出すこと。

誰に何を伝えたいのかを考えること。

そこから始めます。

 

 

事務的な情報は
後からでも書けます。

 

でも、

「私はどんな人生を生きてきたのか」

「これからどう生きたいのか」

これは、元気な今だからこそ
書けることです。

 

 

エンディングノートは
死ぬ準備のためだけにあるのではなく、

残された人生を
ごきげんに生きるためにある。

私は、そう思っています。

 

6月に、声をかけてもらって
『終活ミニワーク』を開催しました!

 

そして後日、
参加してくださった方が

皆さんの感想をAIを使って
こんな素敵な一枚にまとめてくださいました♪

 

 

嬉しい〜〜〜飛び出すハート

「終活」って
こんなふうに笑いながら話してもいいんです。

 

むしろ私は、そんな終活を
これからも伝えていきたいと思っています。

 

 

今回参加してくださったのは、
40代〜70代の女性4名。

 

『終活ミニワーク』では、
死亡診断書を書きながら、
「死」を自分ごととして感じてみます。

 

普段はつい後回しにしがちな
人生の最期について、
少し立ち止まって考えてみる時間です。

 

 

参加者の皆さんが経験された
大切な「死」のお話を聞くことで

その方のお人柄や、
これまで歩んでこられた人生の背景を
感じることができました。

 

 

「死」の話をする時間だけど、
暗いばかりではありません。

笑ったり、
驚いたり、
しんみりしたり。

 

image

トイプードルのチョコちゃんも参加♪

 

image

 

そして……

話が盛り上がりすぎて、
予定より終了時間が2時間も延長(笑)

あっという間の時間でした。

 

楽しくて、貴重な時間を
ご一緒できたことが、
本当にありがたかったです!!

 

 

このミニワークが、
「死」を怖がるためではなく、

これからの人生を
どう生きていきたいか?

 

そんなことを考える
小さなきっかけになれば嬉しいです照れ

​​​​​

 

 

お久しぶりのブログです。

遊びに来てくださり、ありがとうございます照れ

 

 

image

 

昨日、夏越の祓に行ってきました。

半年間の穢れを払い、
これからの半年も元気で過ごせるよう願うお願い

 

 

そういえば昨日は山羊座の満月。

「一区切り」という言葉が、
今の私にぴったりの日だった。

 

 

私は昔から、
できなかったことばかりに目が向くクセがある。

「あれができていない」

「これも中途半端」

そんなふうに、つい自分を責めてしまう。

 

 

でも、還暦を迎えた今年

そんな考え方も、
少しずつ卒業したいと思っている。

 

 

だから今回は、この半年間で
「できたこと」「がんばったこと」

書き出してみた。

 

 

 

毎日5時起きを続けられたこと。

ブログを書いたこと。

新しい講座を開催したこと。

仕事も頑張った。

家族との時間を優先して楽しんだ。
くぅ🐶との時間も大切にした。

 

 

振り返ってみれば、
ちゃんと歩いてきた半年だった。

「わたし、よく頑張ったよね!」

そう自分に言ってあげるだけで、
心がぽっと温かくなった。

 

 

 

もしよかったら、あなたも今日、
この半年の「できたこと」を

10個書き出してみませんか?

 

 

大きなことでなくても大丈夫。

・ご飯を作った。

・休まず仕事に行った。

・家族が元気でいてくれた。

・仏壇に毎日手を合わせた。

 

 

そんな日常の当たり前のことで十分。

そして、そのときどんな気持ちだったかも、
少し思い出してみてください。

その感情こそが、
これからも大切にしたい

わたし自身であり、あなた自身だから。

 

 

できなかったことより、
できたことに目を向ける。

それだけで、
自分のことを認めてあげた気がして

なんだか嬉しくなるし、「がんばろう」って思える。

 

 

さぁ、今日から7月!

2026年も折り返し。

「やらなきゃ」でいっぱいになる毎日じゃなくて、

「本当に大切なもの」を選びながら過ごしていきたい。

 

だって、思わずニヤニヤしてしまう

そんな日常が好きだからハート

 

 

一緒につくるエンデイングノート講座

ごきげん終活『いのちの逆算ノート』

5月30日に第1回

昨日6月6日に第2回を開催しましたチョキキラキラ

 

 

今回ご参加くださっている3名のみなさんは

全員「いっぺん死んでみるワークショップ」の認定講師仲間です。

だから私も変にかっこつけることなく(笑)

いつもの私のまんまで講座をさせてもらっています。

 

 

お一人はご都合が合わず、

第1回、第2回ともリアルタイム参加が難しかったので

アーカイブで受講してくださっています。

それぞれのペースで参加していただけるのも

この講座のいいところかなと思っています。

 

 

この講座では、

エンディングノートを書き進めながら

自分の心や人生を振り返る時間も大切にしています。

 

 

第1回では、自分の死生観や

これまでの人生で記憶に残っている「死」について

それぞれの想いをお話していただきました。

 

こういうテーマは

正解を探す場ではなく

自分の気持ちにそっと耳を傾ける時間。

 

 

だからこそ、

ここで聞いたことは

外に持ち出さないことをお約束にしています。

安心して話せること!

話したくないことは話さなくていいこと!

そんな安心安全な場でありたいと思っています。

 

 

笑ったり、考えたり、時には立ち止まったり。

そんな時間をみんなで過ごしています。

 

 

そして毎回恒例になりつつある写真撮影(笑)

なかなか一発で決まらない私の撮影にも

みなさん笑顔で付き合ってくださって

本当にありがたいですお願い

 

 

毎回アンケートにもご協力いただき

たくさんの気づきをいただいています。

 

 

私にとってみなさんは、大切な第0期生。

みなさんの声を大切にしながら

『いのちの逆算ノート』も少しずつ育っています。

これからどんな講座になっていくのか。

私自身も楽しみです照れ

 

くぅ🐶といつもの散歩コースへ。

見慣れたお寺の掲示板で、

ふと目にとまった言葉。

「人との出遇いが私を育てる」

 

 

image

 

思わず立ち止まり、

「ほんまにその通り!」

うなずきながら写真を撮った。

 

 

最初は「出逢い」だと思って読んだけど

よく見ると「出遇い」

 

同じ「であい」でも、

わざわざこの字を使っているのには

意味があるのかもしれないと思って

帰宅してから調べてみた。

 

 

「遇」という字には

思いがけず巡り合うとか、

縁によって与えられるという意味があるそう。

 

 

そう考えると、この言葉は単に

「いろんな人と知り合って成長した」

という話ではなく、

「人とのご縁によって今の私が育てられてきた」

ということなのかも。

 

 

この年齢になると、自分ひとりの力で

ここまで来れたわけではないことをしみじみ感じる。

振り返れば人生の節目には、

いつも誰かとの出遇いがあった。

 

 

その出遇いが新しい世界を見せてくれたり、

自分では気づけなかった可能性を教えてくれたり。

だから私は、この言葉に共感した。

 

 

でもこのブログを書いている内に、

最初感じた思いから少し違う見方になってきた。

 

 

出遇いは、

相手を知るためだけにあるのではなく、

自分自身を知るためにあるのかもしれない。

 

 

優しい人と出遇えば、自分の中の優しさに気づく。

苦手な人と出遇えば、自分の未熟さや頑固さに気づく。

 

嬉しい出来事も、つらい出来事も、

出遇いを通して今まで知らなかった自分を見せてくれる。

 

 

だから、

良い出遇いだったか悪い出遇いだったかは、

すぐにはわからない。

 

 

あの時は苦しかった出来事も

何年か経って振り返ると

「あの経験があったから今の私がいる」

と思えることもある。

 

もちろん今でも

苦い経験のままの出遇いもあるし

「まだまだ足りないなぁ」

と自己嫌悪することもある。

 

 

でもそれもまた、出遇いを通して見つけた私自身。

仏教では、

人はひとりで生きているのではなく

たくさんのご縁によって生かされていると考えるそう。

 

 

もしそうだとしたら、

私を育ててくれたのは

好きな人や尊敬する人だけではない。

 

 

時には苦手だった人も、

つらい出来事を運んできた人も、

今の私をつくった大切なご縁だったのかもしれない。

 

 

 

そう考えると、

まだまだ成長できるし、まだまだ知らない自分に出遇える。

60歳になった今も感動できることがあり、

新しいことに挑戦できる環境があることが本当にありがたい。

 

 

若い頃のように、

これから先たくさんの出遇いがあるわけではないかもしれない。

でもだからこそ、

一つひとつの出遇いを以前より丁寧に味わえる気がする。

 

 

「人との出遇いが私を育てる」

そしてその出遇いは

新しい誰かとの出遇いであると同時に

新しい自分との出遇いでもある。

 

 

自分が自分をあきらめない限り、

人生は何歳からでも広がっていく。

まだ知らない自分に出遇える可能性がある限り、

人生はきっと面白い。

 

 

お寺の掲示板の前で足を止めた言葉が

少し人生について考える時間を与えてくれた。

そんな時間が、私にとっては豊かな時間♪