「凌霄花(のうぜんかずら)」は、仲夏から晩夏にかけて咲く蔓性植物である。中国原産だが、日本への渡来は意外に早く平安時代だそうだ。色が鮮やかな橙色(オレンジ色)で、燭台やシャンデリアのように咲く。名前は、漢名の「凌霄」の音読み「のうせう、のせう」が「のうぜん」に転訛したもので、空に向かって高く咲く花という意味があるという。

 

 

尚、俳句では、「のうぜんの花」「のうぜん花(か)」「のうぜん」と詠まれることが多い。以下では、それを詠んだ句をいくつか選び、その解説と感想を記したい。自作句と概説については、昨年6月に投稿した「夏季:凌霄花」という記事にまとめているので、合わせてご覧いただきたい。

 

 

 

日ざかりや凌霄おごる松の上

ひざかりや のうぜんおごる まつのうえ

森鴎外(もり おうがい)

 

「ひざかり」とは、「夏の最も日差しが強い時間帯」のことで夏の季語にもなっている。そんなおり、作者は、深い緑色の松の上に蔓を伸ばして絡みつき、鮮やかな橙色の花を咲かせているのを見たのだろう。それが、いささか傲慢に見え「おごる」と表現した。怒るというよりも、その生命力、逞しさに半ば呆れている作者の様子が目に浮かぶ。(筆者も似たような場面に何度か遭遇した。)

 

尚、「凌霄」は、俳句では「のうぜん」と読み、夏の季語になっている。「ひざかり」も夏の季語なので本句は季重なり。

 

森 鷗外(1862年- 1922年)は、石見国(現島根県)出身の小説家、評論家、陸軍軍医。東大医学部卒業後、陸軍軍医になりドイツに4年間留学。帰国後、小説「舞姫」、翻訳「即興詩人」などを発表。俳句では、正岡子規の「写生」という考え方を高く評価。俳誌『ホトトギス』を熱心に支援し、自身も寄稿したほか、自宅で歌人や俳人を招いて歌会や句会を開いたこともある。

 

 

 

 のうぜんの花の明りに蜑の家

のうぜんの はなの あかりに あまのいえ

今井杏太郎(いまい きょうたろう)   

 

「蜑(あま)」とは、海辺で漁や潜水をして生計を立てる人々を指す古語で、「海人」とも書く。作者は、薄暗くなった海辺を逍遥している時に、そこに暮らす「蜑」の家を飾るよう咲いている「のうぜんの花」を見たのだろう。花の色が鮮やかな橙色なので、掲句では、それをランプなどの「明り」に喩えて詠んだ。寂しげな海辺に細々と暮らす「蜑」の営みへの哀愁が感じられる一句である。

 

今井杏太郎(1928年- 2012年)は、千葉県出身の俳人。旧制中学時代、一級上の大原テルカズに会い俳句に誘われる。1969年、田中午次郎の勧めで「鶴」入会、石塚友二に師事。1997年「魚座」創刊、主宰。「呟けば俳句」を標榜し、日常の何気ない風景を、まるでおとぎ話や古い記憶の一コマのように優しく、透明感のある言葉で詠む作風で知られている。

 

 

 

凌霄花の唇ひたすにはたづみ

のうぜんの くちびるひたす にわたづみ

池元道雄(いけもと みちお)

 

「凌霄花」の花は、筒状で先が5つに裂け大きく開いており、「椿(つばき)」などと同じく花の形のまま落花するが、その姿は、まるで人間の唇のようにも見える。そして、それが「にはたずみ」に落ちると何とも艶(なま)めかしく感じる。掲句は、そんな印象を詠んだ句で、死期を迎えたものの、ちょっとしたエロスを感じさせる一句である。

 

*にはたずみ:にわたずみ(庭潦、潦)。雨後に地上に溜まった水。水たまり。

 

 

*作者経歴不詳