※『神風ニート特攻隊』は、
自分なんか生きる価値もないと思い、
ニート生活をしていた、
20歳の主人公 田中隼人が、
特攻隊の時代にタイムスリップし、
報道班として、
特攻隊員や、
当時の人々との触れ合いの中で、
生きる意味を見出していく物語です。
□■□■□
報道班の詰め所から、
少し歩いたところに、
戦闘指揮所という場所がある。
僕がそこを通ると、
ちょうど一人、
兵隊さんが出てきた。
隼人「あ、お、おはようございます、西平さん」
西平「おはよう、隼人くん」
昨日の朝に会った、
パイロットの西平さんである。
昨日は挨拶をしたぐらいで終わったが、
やはり多忙なのだろう。
隼人「会議か何かだったんですか?」
西平「そうだね。今終わったところで、二時間後には飛行機整備班のところに行く」
西平さんは煙草を取り出し、口にくわえた。
隼人「・・・少し、お話してもいいですか?」
西平「ん?あぁ、いいとも」
マッチで火をつけ、
煙をくゆらせながらそう言った。
遠くから笛か何かの、
やさしい音が聞こえてきた。
西平「整備兵の中で尺八の上手な人がいてね。たまにああやって吹いているんだ」
隼人「怒られないんですね」
西平「いや、これがたまに怒られるんだ」
失笑してしまいながら、
僕たちは格納庫近くの、
ちょうど腰の下ろしやすい場所までやってきた。
西平「隼人君・・・でいいよね。どうだい、仕事は進んでいるかい?」
隼人「いえ、それがまったく」
西平「どうして?」
西平さんがパイロットならば、
特攻隊員なのだろう。
そうであったら、
特攻隊の人に、
どう声を掛けていいかわからない、
というのを、
本人に聞くのもおかしな話だ。
隼人「自分は何をやっても上手くいかないんです。口下手ですし、不器用ですし。それに頭も悪いんです」
西平「そうか、苦戦しているみたいだね。いいじゃないか、口下手でも不器用でも。頭が悪けりゃ勉強すればいい」
隼人「ありがとうございます。ところで西平さんはどちらから?」
西平「生まれは岐阜だ。ここに来る前は、台湾の教育隊にいて、その後、兵庫の加古川飛行場に転属になった。最後はここだ」
・・・。
・・・最後。
・・・最後なんだ・・・。
隼人「ご結婚されてるんですか?」
少し沈黙があった。
聞いてはまずかっただろうか。
西平さんはゆっくり口を開いた。
西平「結婚はしていない。兵庫からここに来る前にな、ちょっとお休みをもらって故郷へ帰ってたんだ」
故郷と言うと、岐阜のことか。
隼人「あの、白川郷、ですよね。観光に行った事があります」
西平「そうそう、来た事があるのか。あそこはいいよ、白川郷。合掌造り、五箇山……。冬の雪景色に行くと幻惑的だし、夏草の茂る時期に言っても心を揺さぶる。」
西平「何と言うか、ただ古いだけじゃなくて、構造が合理的であり論理的であって、それでいて郷愁が呼び起こされて……あそこは後世にまで残っていて欲しいなぁ。」
隼人「・・・残りますよ、あそこは」
西平「そうかい?・・・そうだな、残すんだ」
西平「酒も旨いし・・・長良川、金華山、懐かしい思い出ばかりがよぎるなあ」
隼人「・・・」
西平「後は桜。これは自身をもって言える。春は岐阜へ行くべきだ。高山の臥龍桜、御母衣湖の近くにある荘川桜、根尾谷の淡墨桜……ただ単に美しい、はかない、だけじゃなく、それぞれに個性豊かな趣がある」
隼人「あ~、確かに桜は有名ですよね」
陳腐な返ししか出来ない自分が恥ずかしい。
それでも西平さんは故郷を思い出しているのか、遠い目をしていた。
しばらくして、ふと我に返ったのか、再び言葉を続けた。
西平「実家は美濃のほうでね」
隼人「美濃ですか」
西平「美濃。俺の許婚の家も近所にあったんだ。絹代っていう名前なんだ」
隼人「許婚がいらっしゃったんですか?」
西平「ご近所で、こちらと向こうの両親が仲がよろしくてな。俺もずっと絹代ちゃんと結婚するもんだと思ってたよ」
隼人「・・・西平さんは特攻隊員の方ですよね」
西平「そうだ。そのためこの基地に来た。最後に暇をもらってね、それで故郷によってからこちらに来たんだよ。」
西平「それでな、帰ったとき急に彼女から結婚の話を持ち出されてな。ここに来ることは言ってなかったんだが、そういうのってわかっちゃうもんなのかな」
隼人「結婚はしなかったんですか?」
西平「断った」
隼人「え、何故です??」
清正さんは同じような場面で結婚したのに。
西平「考えても見てくれ。結婚してしまうと、俺が死んだ後も彼女を縛ってしまう。そうなると心苦しいのだ。結婚して数日後には未亡人になるんだぞ」
!?
なんてことだ、清正さんと同じように考えているのか!
西平「そんなのは・・・駄目だ・・・」
絹代さんは二度と会えない、この機を逃したら結婚できないと察したんだろうか。
西平さんは二本目の煙草に火をつけた。
西平「ここに来る前に結婚を済ませた隊員もいるらしい。こればかりは、俺が正しかったのかわからない。ただ、絹代には元気でいてくれれば良いと思った。」
西平「だから・・・断ったんだ。俺のことは勇気を出して忘れてくれ・・・と。向こうも困らせちゃいけないと思ったのかな。結婚の話はそれ以上出なかった」
隼人「……特攻隊には、熱望で出したんですか?」
西平「え?ああ、そうだ」
隼人「日本のために?」
西平「・・・」
再び、沈黙ができた。
質問を変えよう。
何を喋ろうか……?
隼人「何か僕にできることはないですか?」
ああ、何を言っているんだ僕は。
西平「隼人君にかい?そうだな・・・」
その後の言葉に驚いた。
西平「生きてくれ・・・、君は」
その言葉に驚きを隠せず、
西平さんが何故僕にこんな事を言ったのか、
それに対してどう応えていいのかも分からず、
僕はまた的外れな事を言った。
隼人「・・・。他に・・・望む事は?」
西平さんは僕に答えを望む事もなく言った。
西平「他に?・・・他に・・・今、思い浮かぶのは・・・故郷、かな。帰ったばかりなのに、故郷をもう一度見たい。そして家族。両親、兄弟」
隼人「・・・」
西平「今はそれしか思い浮かばないなぁ。
俺たちが行かなければ殺されるし、
家族を守ろうと思えば、
行くしかないんだよ。
この前会ったばかりなのに・・・。
ああ、会いたいな・・・。
ただ会いたい。絹代に」
西平さんはそれ以降、
遠い眼をして空を見ていた。
涙がその頬を濡らしていた。
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・西平からの手紙
田中 隼人 殿
遺書を書いて、
家族にそれぞれにも手紙を残して。
何だか筆が乗ってきたので、
君にも書く事に致しました。
君と故郷の話しをした事は、
私にとって大変励みとなり、
嬉しくもありました。
以前、
岐阜の桜の事を少し話したと思います。
中でも根尾谷の淡墨桜。
あの桜は雄略天皇の時代からあり、
伝承によれば樹齢千数百年らしいのです。
しかしここ数十年の間に、
非常に衰弱していると聞きました。
大雪のため、
幹に亀裂が走り、
どんどん弱っているようです。
このまま枯れてしまうんではないか、
と危惧されています。
でも、
きっと復活するでしょう。
この戦争が終われば、
生き残ったものが一生懸命、
桜を生かしてくれる事でしょう。
私はそれを信じて止みません。
五百年後、
千年後に、
身を持って体当たりした若者がいた。
この事実がある限り、
日本民族は滅びる事はない。
これは将校殿から、
お聞きした事です。
故郷あっての国ですが、
国あっての故郷でもあります。
その礎となるためなら、
命惜しかれど、
私は生還を望みません。
嘆かず、君は生きてください。
西平 勝次
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