津田流砲術伝書の系譜的再検討#1 研究メモ
津田流砲術伝書の系譜的再検討#1――東北大学所蔵砲術伝書を中心に――要旨本稿は、東北大学所蔵の砲術伝書(以下「本伝書」)について、その思想的内容・用語構成・文体を分析し、津田流砲術との系譜的関係を検討するものである。本伝書は、佐伯藩に伝わる伊勢守流砲術の体系と極めて類似しており、仙台藩二代藩主伊達忠宗の政策により、津田流砲術が東北諸藩に広まった可能性が示唆される。また、仙台藩では井上流砲術が御流儀として採用されたが、その影響は技術的改良に留まり、津田流の砲術体系を根本から改変することはなかった。これにより「仙台筒」と呼ばれる津田流由来の鉄炮が、形状・思想をほぼ保持したまま東北諸藩に伝播したと考えられる。一、はじめに近世初期の砲術流派研究において、津田流砲術は雑賀・根来系砲術と並ぶ重要な一潮流として認識されてきた。しかし、東北地方における砲術伝書は、藩校教育や軍制史の文脈で論じられることが多く、流派的系譜との関係は十分に検討されてこなかった。本稿では、東北大学所蔵砲術伝書を対象とし、津田流との関係、さらに仙台藩を中心とした東北地方への展開を再検討する。二、東北大学所蔵砲術伝書の概要本伝書は「起本第一」に始まり、鉄炮の起源を南蛮国に求める神話的叙述から、日本への伝来、中絶、天文期以降の再興へと展開する。徳山和尚の焼経説話や仏法・世法の一体化の議論を挿入し、鉄炮の構造や発射行為を、八卦・宿曜・陰陽五行・密教象徴と結びつけて説明している。具体的な射撃技法は省略され、代わりに「心法」「悟道」「定業」といった概念が強調されている。この特徴は、単なる技術マニュアルではなく、思想伝達を主眼とした砲術伝書であることを示している。三、津田流口訣記との思想的一致本伝書と津田流口訣記の比較から、以下の一致点が認められる。秘伝思想:「教外別伝」「不立文字」津田流口訣記にある、文字ではなく師から弟子への直接伝達による秘法の思想が、本伝書にも色濃く反映されている。五大理論(地水火風空)火薬・発火・弾道・心意を五大に対応させる理論が、八卦・宿曜と結合して説明されている。因果観:「定業」「打者被打者必死」発砲行為を因果の定められた行為として捉える視点も共通しており、他流派にはほとんど見られない。四、伊勢守流(佐伯藩伝承)との関係本伝書の文体・構成は、佐伯藩に伝わる伊勢守流砲術伝書と極めて近似している。伊勢守流は津田監物の系譜を引く毛利高政によって体系化され、津田流の思想を保持しつつ藩政・藩校教育に適合させたものとされる。本伝書も同様に、思想的説明を充実させ、技法記述を意図的に省略する編集方針をとっている。五、仙台藩における砲術体系と東北諸藩への展開二代仙台藩主伊達忠宗は、軍制整備と学問振興に積極的であり、砲術を学問として位置づけた。仙台藩では井上流砲術が御流儀として採用されたが、これはあくまで技術的改良や実用面での影響にとどまり、津田流の思想体系を根底から翻すことはなかった。一方、津田流の流派好みの鉄炮(仙台筒)は形状をほとんど変えずに東北諸藩に広まり、江戸初期に広まっていた津田流砲術の基本構造が維持された。このことは、井上流が実技面の改良に止まり、思想・体系の本質には手を加えなかったことを示している。六、結論東北大学所蔵砲術伝書は、思想的・構造的に津田流砲術と強い連続性を有する。その具体的形態は、佐伯藩伊勢守流砲術と同系統に属する。本伝書は、津田流御流儀砲術が藩校教育用に再構成された文書と位置づけられる。二代仙台藩主伊達忠宗が、津田流砲術を仙台藩を基点として東北諸藩に広めた可能性が高い。井上流は技術的改良にとどまり、津田流の基本体系を改変しなかったため、仙台筒は形状・思想を保持したまま東北諸藩に伝播したと考えられる。七、図版図1:津田流・伊勢守流・仙台筒の系譜図津田自由斎流 → 伊勢守流(佐伯藩)津田流御流儀 → 仙台藩(忠宗公) → 東北諸藩出展東北大学図書館 砲術伝書内閣府公文書館 津田流口訣記