津田流御流儀砲術研究: 最後の津田流砲術師範家会津の山本家とは
気づけば一年以上も鉄炮関連の更新していませんでした!おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。令和八年は末広がりの一年となること間違いなしでしょう。という事で、研究会の諸事情で情報を更新しておりませんでしたがこの度事情が変わりましたので鉄炮研究関連の情報を更新したいと思います。今まで集めてきた鉄炮製作や修繕技術もここで紹介していこうと考えております。引き続きよろしくお願いいたします。本年から始める新研究発表の一環として、慶長期に東北に広まったと思われる津田流炮術、津田流御流儀炮術(伊勢守流)に関して少しだけご紹介したいと思います。津田流御流儀炮術研究: 最後の津田流砲術師範家会津の山本家とは津田流炮術が会津藩で藩校を以って運営されていた事はすでに知られていた事かと思うが、その砲術師範家がNHKのドラマでも人気を博した山本家であったことは何故かあまり知られていない。山本家の初代津田流砲師範、指南役は山本権八良高である会津藩諸士系譜 巻之217 や之部14によれば、権八は文化八年(1811年)に津田流砲術師範の町田八郎左衛門に師事し、銃術の稽古を修了している。原文は以下の通り:権八良高 安永九子年四月十□日誕生 ~中略~一 文化三年 ~中略~ 一 同八未年 町田八郎左衛門方銃術〆り方 被付候事一 同十一戊年 火術〆り方 被成御免傾修行 被付候事一 同十四丑年 師範願之通火術傾修行 被成御免候事この分の解読からわかることは会津藩に於いて炮術は銃術と火術に分類されており、銃術が鉄炮の扱いに関する事、いわゆる射撃法であり、火術が火薬に関する事であるという炮術藩校がどのように資格を与えていたかを確認できる点。また、鉄炮を打つだけの射撃と火薬の調合に関する事を明確に分けたうえで、師範の免状は火術に対して行われている事。又射撃の免状を受けてから火術の免状を受けるまで四年を要しており、又師範の免状を受けるまでさらに三年を要している。この史料には砲術という学問を取得するまでに最低4年、そこから師範級に至るまでに3年の合計7年を要する事も読み取ることが出来る。史料出展資料所蔵機関の名称会津若松市立会津図書館文書名諸士系譜 巻之217 や之部14