長男年少の時から通っている幼稚園
今や次男が年長となって、
もう5年近くになるのかぁー
初めはいろんなこと戸惑ってたな。
甘えさせることと甘やかすことの境目が分からず。子どもの言うこと全部聞いてあげなきゃいけないと思っててそれができない自分を責めたりもしたっけ
今では長男を卒園させたとき腑に落ちてなかったことが、子どものこころのコーチングを学ぶようになってそういうことなのかーと納得
子どもの気持ちに寄り添うことが大事だって日々感じてます。ついつい自分の思いを先に言っちゃうこともあるけどねん
何でもかんでも言いなりになるのは違うんだなって思うようになった。
いろんな選択肢があっていいことも。
というか選択肢があったほうが、親である私の気が楽
こうしなきゃという思いは時に呪いになる。
幼稚園の園長たちもおすすめする
佐々木正美さんのいう過保護
先回りして何でもしてやる過干渉とはちがう
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しつけばかりにとらわれないことも大事だね。
ちゃんと育てなきゃって思わないようになってきたけど、まだまだ親から入れられた価値観でジャッジしちゃう自分もいる
でもそんな自分になってもいいと今は思える
なんだか幼稚園入りだしたころの
このことを思い出したのは気になる人がいて。
ママさんなんだけど。
気になるってことは
まだまだ自分もそういう部分を持ってるんだろうな。気持ちが分かっちゃうというか。
なんだか子どもの言いなりになってるように見える
枠がないことで子どもが戸惑ってるように見える
子どもとの境界線を持ってないから子どもが傷つくとママがものすごく傷ついちゃう
ママが周りを信用していない
パパにさえ話せない(一人で抱えてる)
つまり自分のこと信用していないんだな
話しかけてもほっといてって感じに見えるけど、逆に構ってと言ってるように見える
ツンケンしてるときって助けてほしいときだから
私もそうだった
でもなんだかんだ…私乗り越えられたな。
誰かにこうだと教えてもらうわけでもなく。
失敗して学んでいい塩梅になるのかな
誰も助けてくれないじゃん
って辛いときは思ってたけど、
助けたくても手を出せないような状況だったのかもしれないね。
それを子どもは感情で外に出してくれてたのかもって今ではその時のこと思い出すとそう思える
何より助けてくれないじゃんって自分に向けて言ってる言葉だね。誰より自分が自分の味方になってほしかったんだなと客観的に今では思う
あーーーツラツラ書いたけど
私もその人のこと信じてないなと書いてて思った
なんだかいろんなトラブル抱えてて辛そうにみえるけど。手を差しのべるときがくれば、ヘルプするタイミングがくれば聞こうと思う
その人も、その子どもも大丈夫
いつか気づくときがくる。今は苦しいかもしれないけど。何とかなると見守ってよう。
もしヘルプがきたら。
私の主観はおいといて
「聞く」
だな。
聞くのツールを知ると心強い
まだマスターしてるわけでもないけど