盛岡駅前のビジネスホテルにて起床。


まるで船内にいるかのような寝るだけの狭い部屋を7:00前に出発し、盛岡から鹿角花輪駅に向かいました。



現在でも坑内に入れる数少ない尾去沢鉱山跡を見学に行きます。


盛岡からはなかなか遠い。



バスで1時間半、鹿角花輪駅からはタクシーです。

駅から鉱山までは歩いても1時間くらいなので、ドイツなら間違いなくレジャーを兼ねて歩くところですが、現在は熊が出ているそうなのでタクシー一択でありました。



近年、秋田の熊牧場から脱走したヒグマが繁殖して人を襲う事例が多く、また地元のツキノワグマとのハイブリッド説などもあり、今年もこの辺りですでに3名の死傷者がでているのだそうです。


今回の旅では旧鉱山を歩きたいと思っていたのですが、その計画も無理そうなので大変残念です。


くま怖い。



尾去沢鉱山跡。

花輪鹿角駅からのタクシーで15分ほどで、帰りはまた電話してきてもらいます。



尾去沢高山の歴史、採取された鉱物などが展示された資料館は入場無料。


尾去沢鉱山は、新生代の黒色頁岩と緑色凝灰岩、またこれを貫く安山岩・流紋岩から成る浅熱水鉱床。

岩石のなかに金、銀、銅、鉛、亜鉛などの金属を含む鉱脈が形成された鉱脈型銅鉱床である。


この鉱脈に沿って、南北3km、東西2kmの面積のなかに800kmの坑道が採掘された蟻の巣のような鉱山なのであります。


鉱山全体図モデル↓


採掘された主な鉱石は、黄銅鉱。


江戸時代から金の採掘が行われ、その後1978年まで銅の採掘が行われていた。



シンプルすぎる坑道の排気坑を記した江戸時代のアバウトな図面。全く信用できない。



この今昔の比較がなかなかおもしろかった。


ドイツの炭鉱や鉱山では、手掘りの時代に狭い坑道で活躍したのは15歳くらいのこどもたち。成人男性は採鉱された鉱石の運搬などの力仕事をになっていました。

日本では採掘場での採鉱自体は男性が行なっていたのは、作業に適した体のサイズによるものだったのでしょう。女性は運搬というのも納得。


浮選(浮遊選鉱)とは、砕石された鉱物から有用な鉱物を収集する選鉱の方法のひとつであり、

細かく採石された鉱物を界面活性剤などの化学薬品と共に水槽に投入し、泡を発生させて泡と共に浮上するものと沈むものに仕分ける選鉱方法を指します。


佐渡金山(金にも応用されていた)でも用いられていました。



資料館を出たら、入場料を支払い、いざ石切沢通洞坑に入っていきます。

大人1000円。ガイド・ツアーなし。


現在公開されているのは、1.7kmの坑道。銅鉱脈を自分のペースで歩くことができます。

ピーク時はたくさんの観光客がいるのかもしれませんが、この時間はわたし1人だったので、ちょっとこわかった。


看板の上に輝くのが銅鉱脈。近くで見ると輝きがすごかった。



岩石が頑丈であったため、シュリンケージ採掘法と呼ばれる方法で上へ上へ穴を掘り進めていたらしい。ズリで埋めて安定性を図る必要がなかったため、掘り進められた空間がぽかんと開いたままになっているのが特徴です。


山が割れている。


誰もいないなと思っていたら、折り返し地点に休憩所を発見。人の声もするし、売店もあるみたい。


と、思ったら全て人形でめちゃめちゃこわかった。当時の休憩所らしい。


ここから先は、人形と機械が展示され、近代採掘の様子を見ることができます。

ドイツ鉱山博物館Bochumでみた模擬坑道とほとんど変わらない。


エレベーターが上下する立坑。


ドイツ語でも鉱山では特殊な単語や表現が使われていたので、日本もそうだったのかなと思う。

Fahren(馬などの乗り物に乗るの意)→坑道を歩く。

Das Wetter (天気)→地下でも風や排水などの様子を天気と表現する。

Glück auf! →坑道に入っていくときのかけ声。気をつけて価値ある鉱物を見つける幸運を祈る、ような意味だと思う。


そういうことは実に興味深いけど、ガイドがいないとなかなか分からないのが残念です。


トロッコ列車もおんなじです。



こちらは江戸時代の金鉱脈の坑道。

たぬき掘とよばれる勘に頼って無計画に採掘された手掘り穴。組織的な採鉱ではなく、家族単位で行われていたようです。


なかなか見応えのある坑道でありました。

銅山は見たことがなかったので、やっぱり来てよかった。


帰り道にタクシーの運転手さんから聞いたホルモン定食をランチに食べて、また盛岡に戻りました。



盛岡市もなんども来る場所ではないので、せっかくだから岩手県立博物館へ。



地学コーナーは小さいながらも、岩手各地で見つかった化石の数々が展示されており、なかなか見応えがありました。

岩手県は、古くはカンブリア紀の化石が見つかっている化石県なのであります。

岩手県で見つかった白亜紀の草食恐竜・モシリュウの上腕骨の複製もありました。実物は上野の国立科学館所蔵らしい。


岩手県では、古生代と中生代の大絶滅の境界(PR境界)を示す地層も見つかっている。

すごい。


この日は、博物館を二つ見れたので大変よかった。

今度こそ秋田にお別れし、さらに盛岡駅に別れを告げ、高速バスで宮城県は大船渡に向かいます。


移動時間、合計7時間。