なんと次男が保育園に入所でき、
毎日保育園へ通えることになりました!!
都市部の保育園の入所は
どこもかしこも厳しい昨今だと思います。
私は昨年5月に個人で開業して、
待つこと1年。
今年の4月入所も叶わなかったのに、
この5月にアッサリ入所できて、
ビックリしました!
ミセスジャパンで
自分を表現するために、
わたしって何者?
と考えていたときに、
私は自分のアイデンティティに、
「母親」を持ってこなくて良いのだと
気付きました。
1日24時間あるうちの多くの時間を
何者で過ごすか、
ということに
アイデンティティがあるのではなく、
私が私で在ると
心の底から喜びを伴っていられること
そこにこそ
その人らしさやアイデンティティがある
いや、
それすらも
その人の一端にしか過ぎず、
本来の私という存在は、
私の中にただ存在しており、
それ以上でもそれ以下でもない
と、妙に納得してしまいました。
(ちょっと哲学的ね。)
だからさ、
アイデンティティとか、
肩書きとかって、
世間に自分を
どういう者かと把握してもらうための
ツールの1つにすぎない
と、思うようになりました。
反対に言うと、
世間に把握してもらいたい自分と、
実際の自分に相違がない点を、
肩書きにしたらいいよね
私は、
何をしていても
子供たちの母親に変わりはないし、
何をしているから
母親と言えるわけでもなければ、
何をしてないから
母親ではない、とも言えない。
私は間違いなく、
この子達をこの世に産み落としたもの。
母親としてのミッションは、
それで充分遂行した。
ついでにいうと、
私は「母親」と言ってもらえること、
「ママ」と呼んでもらえること、
「子供たちのお世話をする人」ということに
自分のアイデンティティを依存していた。
平たくいうと、
子供に依存していた。
子育て依存。
でも、
子供は的確にお世話してくれる人さえいれば、
勝手に育っていく。
アイデンティティって、
自分が意識的に見出したものほど、
実は自分が
その名前に依存しているだけなのかもしれない。
みんな、自分は何者だって言いたいし、
簡単に表現したいから。
そしてまたついでにいうと、
子供たちは「お世話をしてくれる人」を
必要とはしていても、
「お世話をしてくれる人」に
「母親」を求めてないし、
「母親」には、
「その人らしく笑ってくれていること」
だけを求めている。
うちの長男は優しくて、
私が苦手分野の
子供のお世話でイライラしていると、
ママがかわいそう
と言って、
優しく次男のお世話やなんかを
お手伝いしてくれます。
長男の優しさに
ついつい甘えている私にできることは、
自分という人間の魅力を、
ちゃんと発揮して生きること
そうやって生きる姿勢を
見せていくこと
だと、思いました。
つまり、
私の思う母親像を生きるのではなく、
生きるという
毎日の時間を、
楽しむこと!
そうやって、
ただ一緒にいる、
という愛情の形に
こだわることをやめたら
アッサリ保育園が決まり、
拍子抜けしました。笑
もっと自分のことをやりなさい!
って、神様に言われてる気分
授乳服でママモードですよ
愛する家族がいる、
ミセスだからこそ。
子育てに依存してきた、
わたしだからこそ。
大丈夫。
あなたはもっと
魅力全開に生きていい!!
そう伝えていこうと
思います
最後に一曲。
自分の思うような母親や、
世間的に素晴らしい何者か、
他の何者かになろうとして、
翼を伸ばしきれなかった、あなたへ
これまでの自分にごめんねと言って、
本当のあなたの姿
Shape of my heart を見せてね