一般社団法人 大阪外食産業協会の機関誌である
ORA(Osaka Restaurant Management Association)
Vol.348 2022年5月 に海中熟成醤油についての記事が掲載されました。
(以下本文)
『外食コラム 曽我和弘』
エッ!醤油を海に沈めるって?!
湯浅醤油・新古敏郎が試みた海中貯蔵の成果とは…
「変態の20則」(プレジデント社)なる本が話題を呼んでいる。
著者の嶋田淑之さんが湯浅醤油の新古敏郎社長を取材し、上梓したもので、彼の経営哲学的な話が綴られている。
ここでいう変態とは、これまでになかった方法で取り組む変革者の姿勢を指す。
つまり、変態的物造りを行う、一見風変わりな発想者のことである。
私は、新古さんとのつきあいが永いが、実にユニークで、
昨年は、バレンタインデーを見越してカカオを使って醤油を造り、「カカオ醤」なる商品を生み出した。
これが1月の発売日にほとんど売れるほどのヒットを飛ばした。
世界初にカカオ醤油としてマスコミを賑わしたのだ。
先日、新古さんが当社に持って来た醤油がこれまた面白い。
「新たな試み」と話してはいたが、醤油瓶は傷々で、どうみても古いように見える。
彼の話では、造った醤油を瓶に詰め、海の中で半年間熟成したのだそう。
「一見、傷に見えるのは、実は微生物なんです。海の中に置いていたから瓶にそれが付着。よく見たらフジツボや貝も付いているでしょ」と言っていた。
きっかけは、映画「海難1890」で描かれたトルコ船・エルトゥールル号の座礁による出来事にあるらしい。
これは1890年に起こった海難事件で、台風により同船が紀伊大島沖で座礁。
村民達が台風の最中、総出で乗組員を救出した話である。
串本市では、映画公開もあってからそれに関するイベントも行っており、昨年その式典の際にタイムカプセル的思いもあって酒や醬油など色んな商品をコンテナに詰めて海中へ沈めたのだ。
その一部が半年経って引き上げられた。
当社に持って来たものがその時の醤油瓶だという。
新古さんは、串本の漁港の人から海中へ商品を沈める話を聞き、
変態的思考がムクムクと頭をもたげた。
「地上で貯蔵するのとどう変わるのだろうか」と試してみたかったそうだ。
海中では温度が変わりにくく、低温で熟成できる。
そして光もあまり入らないし、酸素がないから酸化しないはずだと考えた。
半年経って引き上げて来た10本の醤油を味見してびっくりしたと言う。
「本来なら日が経てばどんなものでも劣化するはずですが、コレは沈めた時のフレッシュさが保たれている。熟成特有のまったりさもなく、造りたてのような味がするんです」と海中貯蔵の意外性を語っていた。
新古さんは、これとは別に昨秋、湯浅湾内でも同様の試みを行っている。
串本の式典では同社のスタンダード品「樽仕込み」を沈めていたが、
湯浅湾では木箱に「魯山人」「樽仕込み」「生一本黒豆」「九曜むらさき」の四商品を詰めて商品ごとの熟成度を調べるのを目的とした。
知り合いの漁師に船を出してもらい、湾内で10mの深さまで木箱を落とした。
コンテナと違い、木箱だとどうしても浮きがちなのでアンカーを付けて沈めたという。
そして浮きを付けることで目印としたのだ。
「実は以前から海中貯蔵を試したいと考えていたんです。
串本の式典がいいきっかけとなりました。」
湯浅醤油独自でも試したかったので再度挑戦したようだ。
湯浅湾でのそれは一年後になる今年の秋に引き上げる予定に。
それとは別に最もピュアな醤油「魯山人」だけを沈めて一年後に引き上げ、
それをコアな商品として売り出す計画もあるのだとか、ないのだとか…。
「昔、沈んだ船から積み荷のワインが出て来て、
百年経ったものを飲んだとの話があります。
海中では低温貯蔵しているのと同じなので劣化しにくいのでしょう。
当初、私は味が変わると思ていたのですが、
半年経ってもフレッシュなのには驚きました。
こんな面白い効果が出るなら『魯山人』醤油を沈めて
いずれそれを商品化できるのではとワクワクしています」と言う。
この話を聞き、私は海中貯蔵の「魯山人」醤油をいかに発売したら面白いかと思った。
料理人に使わせるとどんな感想を述べるだろうかとも、
その時のマスコミ向け発表をいかに企画してやろうかとも考えてみた。
初の試みというのは、人をワクワクさせる。
これが新古さんが言う”変態”的モノづくりの魅力なのだろう。
湯浅湾へ醤油を沈めた時の様子をYouTubeでご覧いただけます。