世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

和歌山県湯浅町 醤油発祥の地でありながら、歴史は長く封印されてきました。20歳で事実を知った私は、800年の伝統を絶やさぬよう2002年に湯浅醤油を設立。かつて僧侶が製法を持ち帰ったように、今度は私が世界最高の醤油を造り、この地の誇りと魂を込めた醬油を世界へ届けます

こんにちは!

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。
【Featured in France】Our Soy Sauce from Bordeaux in a Culinary Magazine

フランスの料理専門誌に、
私たちの醤油が掲載されました。

掲載されたのは、
フランスの料理人向け専門誌
「La Revue Culinaire」

フランス料理界のプロが読む、
非常にレベルの高い雑誌です。

フランス料理誌「La Revue Culinaire」表紙

Our soy sauce has been featured in a French culinary magazine.

The magazine is “La Revue Culinaire,”
a professional publication widely read by chefs across France.


The article focuses on our project in Bordeaux,
the “SHINKO” soy sauce.

Its title is:

“La sauce soja bordelaise”
(Bordeaux Soy Sauce)


 

今回取り上げられたのは、
ボルドーで展開している

「SHINKO(新古)」の醤油プロジェクト。

記事のタイトルは

「La sauce soja bordelaise」
(ボルドーの醤油)

と名付けられています。


シェフJunとMarie、ボルドー醤油記事
これは単なる日本の醤油ではなく、
“ボルドーの文化としての醤油”として
認識され始めている証だと感じています。

紹介されたレストランは、ボルドー市内のPAVILLON YUASA
シェフの純さんとマリーもかっこよく撮ってもらっています。
フランスの人たちに、醤油の良さを知ってもらうためもオープンしました。
それが、紹介されることは本当にうれしい限りです。

ここでは、鮨と和牛をカウンターでライブで握るところを見て食べれます。
At Pavillon Yuasa, we created this restaurant to share the essence of Japanese cuisine with people in France.
Guests can experience sushi and Wagyu prepared live at the counter, enjoying both the craftsmanship and the flavors as they unfold before their eyes.


ボルドーの醤油専門誌掲載の丸新本家

湯浅は、醤油発祥の地。
800年の歴史を持つ発酵の町です。

その技術を、
世界有数の発酵文化を持つボルドーに持ち込み、
現地で醤油づくりを行っています。



フランス誌掲載の醤油製造工程

ワインと醤油。

一見違うものですが、

・微生物による発酵
・時間をかけるものづくり
・土地の個性を活かす文化

という点で、非常に共通しています。

This is very symbolic.

It means our soy sauce is no longer seen only as a Japanese product,
but is beginning to be recognized as part of Bordeaux’s culinary culture.


Yuasa is known as the birthplace of soy sauce,
with over 800 years of fermentation history.

We have brought this tradition to Bordeaux,
one of the world’s greatest regions of fermentation, known for wine.


At first glance, wine and soy sauce are different.

But in reality, they share essential elements:

  • Fermentation driven by microorganisms
  • Time-intensive craftsmanship
  • Respect for the character of the land

The article introduces:

  • Our restaurant “Pavillon Yuasa”
  • The use of white and dark soy sauce
  • Applications in both savory dishes and desserts
  • The production process in France

What impressed us most is that soy sauce is treated
not just as a seasoning,
but as an ingredient in its own right.

In some ways, it may be more deeply understood here than in Japan.


Soy sauce, born in Japan,
is now growing and evolving in France.

This marks a new possibility for the future of soy sauce.


This feature is not the goal,
but a new beginning.


We will continue our challenge:

“To create the world’s finest soy sauce.”

こんにちは!

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

2月7日(土曜)のわかやま新報に金山寺味噌を紹介する記事がありましたので

ご紹介します。

 

 

★以下本文より

800年近い歴史を持つ

県内初のGI登録『紀州金山寺味噌』

 

 前号では、地形や気候に恵まれ、地理的表示保護制度(GI)に登録されている『あら川の桃』を取り上げた。今週は、県内で初めてGI登録された『紀州金山寺味噌』の特徴と魅力を紹介したい。

 紀州金山寺味噌は「食べる味噌(醸造嘗め味噌)」で麹の原料として大豆、裸麦(大麦)、米の3種類、具材としてウリ、ナス、ショウガ、シソの4種類すべてを使用し、それらが国内産であることが条件。

 金山寺味噌は、千葉や静岡でも生産されているが、麹の原料として大豆と小麦、具材はウリ、ナス、ショウガが使用されることが一般的で、この点が県内産との違い。地域の食材が豊富に使われ、具材の混ざり具合に応じて食感や食味が異なることが魅力。また、麹の旨みと野菜の味が溶け合うことで、まろやかな味に仕上がるという特性もある。

 この製法は、中国(宋)の「径山寺(きんざんじ)」で学んだ僧侶が日本に持ち帰り、由良町の「興国寺」で造り始めたことが起源とされるのが有力。その後、湯浅や御坊などの周辺地域に広がり、やがて県内全域で製造が盛んになり、和歌山市、湯浅町、御坊市などが主な生産地となる。1951年に生産者らにより協同組合が作られ、紀州金山寺味噌を名乗るための規定を設けた。

 県の有料県産品推奨制度である「プレミア和歌山」に複数の生産者が選定され、和歌山ならではの製造物として評価。2017年、県内で初めてGI登録されるに至っている。

 県内の家庭の食卓では、なじみ深い紀州金山寺味噌であるが、県外から見れば珍しい存在。生きた酵素や乳酸菌が豊富な「食べる味噌」は栄養価も高い。健康食として国内外から支援され、親しまれるものになってほしい。(次田尚弘/和歌山市)

 

 

~★~★~★~

丸新本家では、

紀州金山寺味噌昔ながらの味

紀州金山寺味噌うすしお味

紀州金山寺味噌ぐだくさん

の3商品がGI認定商品です。

 

 

 

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

湯浅醬油有限会社のHPにフードライター曽我和弘さんに取材に行ってもらっている「名料理、かく語りき」という取材コーナーをやっています。
147か月の連載中、 3代目の西林さんにインタビューしました。

 

和歌山県有田川町の山深き場所、湯浅醬油から山中に約1時間の扇状に広がる美しい棚田「あらぎ島」の景勝に心を奪われながらさらに奥へと進むと、一軒の食堂が静かに暖簾を掲げています。

 

 

赤玉食堂

 


「赤玉食堂」その素朴な店構えに、初見の者は「どこにでもある田舎の食堂」という先入観を抱くかもしれませんが、ここには和歌山市内の修行先から三代にわたって受け継がれた「赤玉」という誇り高い屋号と、大阪の名店で心身を削り掴み取った料理人「西林さん」の執念が息づいています。

この私(新古敏朗)も知らなかった情報を聞き出すことができました。

交通の不便な山奥に、ただの「郷土料理」では片付けられない、
五感を震わせる美食の冒険が待っていました。

image


今回の特別料理は、

 

驚きの美食体験1:猪鍋に潜む、小さじ1.5杯の「チョコレート」

赤玉食堂の冬を象徴する猪鍋(獅子鍋)。立ち昇る湯気とともに漂うのは、ジビエ特有の野性味ではなく、芳醇で深みのある甘い香りです。その正体は「カオジャン(麹醤)」という稀少な調味料。店主の西林氏は、その独特な風味を「甘くないのに、一生甘いと思ってしまう。チョコレートのような味」と表現します。

味の設計は緻密そのものです。カツオとサバの出汁をベースに、醤油、酒、砂糖、そして地元の田舎味噌を合わせる。その仕上げに、「小さじ1.5杯」のカオジャンを投入します。

 

 

 

「少なすぎても香りは出ないし、多すぎてもくどくなる。その中で一番いい塩梅を探した。」
 

この一分の隙もない計量と勘によって、猪肉の脂はまるで極上のスイーツのようなコクをまとい、スープは「バニラアイスやカレーにも合う」と店主が自負するほどの多層的な旨みを獲得します。スープに猪の脂がキラキラと輝くその一杯は、既存のジビエの概念を軽やかに飛び越えていきます。

 

 

猪鍋にチョコレート風味のカオジャン使用

 

 

驚きの美食体験2:日本一の産地を揺るがす「高照面」と「追い山椒」の熱狂

有田川町の旧清水町地区(遠井地区)は「ぶどう山椒」発祥の地であり、日本一の生産量を誇る聖地です。しかし、ここには奇妙なパラドックスがありました。世界が認める最高級の山椒を産しながら、この地には「山椒を主役とした料理文化」が長らく存在しなかったのです。
 

「これほど素晴らしい食材がありながら、食べるものがないのはおかしい」。その危機感が西林氏を動かしました。

特筆すべきは、小麦粉に山椒の粉を練り込んだ特注麺「高照面(こうしょうめん)」です。さらに料理の仕上げには、惜しみなく山椒を振りかける「追いぶどう山椒」を提案。現在、ぶどう山椒の価格は4kgで4万円もする超高級品ですが、西林氏はその贅沢な香りを惜しみません。麺を啜れば、鼻腔を突き抜ける爽やかな柑橘系の香りと、舌の上で踊る繊細な痺れ。産地のプライドをかけたこの挑戦が、山椒を「薬味」から「主役」へと昇華させたのです。

料理人の背骨:最先端から「山の食堂」へ、覚悟の修行時代

三代目店主・西林氏の料理には、伝統の中にも鋭い革新性が光ります。その源泉は、大阪・北新地の名店「石和川」(いわがわ)での修行時代にあります。当時の「石和川」は、日本料理にトマトソースやバルサミコ酢を取り入れるなど、業界の最先端を走る店でした。
浦上さんは、関西の人気番組「ちちんぷいぷい」で水曜日の料理コーナーを担当するほどの人気でした。

「うちの店は自衛隊より厳しいです。もうほんまの覚悟で行くしかない。」
 

求人票に記されたその言葉は、決して誇張ではありませんでした。
5人が入っても1人しか残らない過酷な環境。
そこでは、一分の妥協も許されない仕込みと、素材に対する極限までの誠実さが求められました。

かつて北新地でトマトソースを扱っていた青年は今、山奥の食堂で猪の脂と向き合っています。しかし、その「背骨」にあるのは、名店で叩き込まれた「一分の隙もない仕事」です。基礎が徹底されているからこそ、伝統という型を壊し、新たな価値を創造できるのです。
 

伝統の再定義:わさび寿司に宿る「サワサビ」の記憶と四季の彩り

赤玉食堂の看板メニュー「わさび寿司」は、二代目である西林氏の父が、地域の記憶を絶やさぬよう「郷土料理として販売する」という執念で守り抜いてきた逸品です。

 

わさび寿司

 

西林氏の脳裏には、かつて神川地区の杉の木の下に自生していた「サワサビ」を、父と一緒に大きな袋を持って採りに行った幼少期の情景が今も鮮やかに残っています。そんなノスタルジーを秘めた寿司は、噛み締めればわさびの「軸」のシャキシャキとした食感とともに、清涼感のある辛みが弾けます。

 

以前 地域の文化を紹介してくれる「ケンミンSHOW」でワサビ寿司が紹介されたときは、
ワサビの葉が無くなり、売り切れになった人気でした。

 

今回の取材で提供した材料を使って料理してくれたのは、
 

1. 獅子鍋(カカオ醤使用)

湯浅醤油の「カカオ醤」を隠し味として使用した獅子鍋は、非常に斬新な一品として評価されています。

味の感想: カカオ醤自体は**「チョコレートのような味」**がしますが、決して甘いわけではありません。これを鍋に入れることで、独特の香りが加わります。

相性: 猪肉との相性は「絶対いい」とされており、味噌との相性も抜群です。

工夫: 入れすぎると重くなり、少なすぎると香りが出ないため、絶妙な分量(スプーン1.5杯程度)で調整されています。獅子鍋
 

2. イタドリ(ゴンパチ)の「わさび金山寺味噌」和え

地元の山菜であるイタドリ(和歌山での呼称はゴンパチ)を、丸新本家の金山寺味噌やわさび金山寺味噌と合わせたメニューです。

味の感想: イタドリ特有の酸味と、金山寺味噌の甘み、わさびの爽やかさが組み合わさった絶妙な味わいです。

食感: シャキシャキとした食感を残すために、低温でさっと調理されており、ごま油の風味ともよく合います。

 

わさび金山寺味噌

 


3. 尼子(アマゴ)のなめろう・白あえ味噌焼き

地元の清流で育ったアマゴを、特製味噌で調理したメニューです。

なめろう: 魚を叩かずにスティック状にし、味噌、醤油、みりん、大葉で味付けされています。**「料理の幅がめちゃくちゃ広がる」**ほど使いやすい味噌が、アマゴの優しい味を引き立てています。

味噌焼き: アマゴと味噌の相性が良く、素材の良さを活かした仕上がりになっています。
 

 

 

あまごのなめろう

 

 

 

ここは、凄いですよ、聞きだしました。レア情報です。
天然ウナギやモクズガニ、天然アユの料理も用意してくれます。

特別な料理をオーダーできます。
北新地のレベルを、和歌山の新鮮天然食材で食べれる最強のお店です。
予約してくださいね。
 



 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

節分の日 大阪堂島アバンザで開催された、感謝祭イベントに誘われて行ってきました。
クレープイベントですし、バレンタインも近いのでカカオ醤を会場に持ち込んで食べていただきました。
すると、CCI 在日フランス商工会議のニュースに取り上げられてましたので
報告させていただきます。




関西オフィスでの聖燭祭イベントとクレープカカオ醤とクレープ、ジャム、ドリンク

2026年2月3日、堂島アバンザの関西オフィスにて、恒例の聖燭祭・ビュッフェを開催し、過去最多となる32名の皆様にご参加いただきました。和やかで温かい雰囲気の中、参加者の皆様の高い関心と熱意を反映し、予定時刻を大幅に超えて交流が続きました。

当日は、関西デスクのチームが多彩なクレープをご用意し、参加者の皆様にお楽しみいただきました。

湯浅醤油有限会社とフランスのボルドーのワイナリーとの取り組みが評価され
CCI 在日フランス商工会議さんにお邪魔するようになったのは、2025年2月4日に「クード・クール賞」を受賞したのをきっかけ


カカオ醤をチョコクレープの上に塗って食べたのですが、すれが皆さんに人気でした。
カカオ醤 粒
カカオ醤ペースト

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

2026年1月29日の日本食糧新聞 関西四国新春特集の

第一部【価値創造へ、食品産業の挑戦へのコーナー】

第二部【新年の抱負】

に湯浅醤油が掲載されました音符

 

掲載された記事はこちら~

 

以下、本文より

 

古式製造文化を後世へ

湯浅醤油

 湯浅醤油は国内最大級の杉樽2基を昨年10月、有田郡湯浅町の同社本社九曜蔵に新設。

静岡県の天竜杉材100本を使い、他kさ5.5m、直径3.4m、容量45tの杉樽で、

国産大豆、国産小麦、五島灘の塩だけを原料とする看板醤油「樽仕込み」を醸造し、

かつて主流だった微生物による発酵環境がもたらす古式醸造法の醤油を未来、

世界へ伝えていく。

 同社は1881年創業の丸新本家が30年以上休止していた醤油製造の再開を決意し、

立ち上げられた醤油部門。

1990年に金山寺味噌の溜まりから醤油造りを再開し、

2002年に古式醸造法で「樽仕込み」「生一本黒豆」を生み出し、

醤油発祥の地・湯浅の醤油蔵として歴史を再始動した。

04年には蔵を一般開放し、16年に高さ4.7mの関西最大級木樽3基を設置。

今回は高さ5.5mの木樽2基を増設し、

需要高まる看板醤油「樽仕込み」の増産体制を敷いた。

早ければ28年頃に36tの醤油が完成する。

 新古敏朗社長は「日本醤油発祥地・湯浅は

木桶仕込みの蔵元が江戸時代には90件超あったが、今は数軒。

古式醸造の伝統を守り続けることは、地域文化の継承でもある」と語り、

国内全体の約1%までに減少した天然醸造醤油を後世へ、世界けと伝えていく。

和食のユネスコ無形文化遺産登録、同社が進めるフランスのワイナリーとの

共同醤油醸造事業の影響もあり、海外客も連日訪れる同蔵で、

伝統製法による醤油造りに真摯に向き合っている。(深瀬雅代)

 

 

 

湯浅醤油

人・ヒト・モノ・コト・金

 

 

 

 

 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

1月1日発行の業界専門誌【食品包装】にてフランス醤油を取り上げていただきました。

 

記事はこちら

 

 

★以下、本文より

 

●湯浅醤油

湯浅醤油(和歌山県湯浅町)は2025年10月、フランス・ボルドーの

ワイナリーで仕込んだ2種類のしょうゆ

【SHINKO NOIRE(シンコノワール)」

「SHINKO BLANCHE(シンコブランシュ)」

を数量限定で発売した。

 

2024年の商品化に続く第2弾で、今年はオリジナルの木箱で贈答仕様に

ブラッシュアップ。

フランス製のボトルと日本製の木箱を組み合わせたパッケージは、

伝統を守りつつしょうゆの新な可能性に挑戦し続ける

同社の姿勢の表れでもある。(取材・文/福本周子)

 

3.11やコロナ渦を乗り越えて

 

 同社は1881年、創業者の新古(しんこ)スミ氏が前身である

金山寺みその店「新古商店」を開業。

1900年ごろ、しょうゆの製造販売を停止。

以降は金山寺みその製造に専念し、1985年に「丸新本家と改名した。

 

1990年には現社長の5代目当主・新古敏朗氏が入社。

金山寺味噌の溜まりしょうゆを開発・販売を開始し、

2002年に「湯浅醤油有限会社」を設立してしょうゆ造りを再開した。

木樽(だる)による仕込み、大豆にゆで汁に塩を混ぜて仕込み水として使う

古式製法、1年以上の熟成期間など、伝統的な手法を守りながら

時代の変化に合わせて挑戦を続けている。

 

 2006年、黒豆を主原料とする「生一本黒豆」が

ベルギーで「モンドセレクション」の金賞を受賞したのをきっかけに、

フランスとベルギーでの取り扱いが始まったが、

2011年の東日本大震災の影響で停止に。

 

再開を模索する中、

ボルドーのワイナリーを音連れたことが契機となり、

2018年11月に同地で日本醸造家とのテスト製造をスタート。

コロナ渦での再度中断を経て、

ボルドー・サンテミリオンのワイナリー「シャトー・クーテット」から

「一緒にしょうゆ造りを」との声がかかり、

2023年から協働での仕込みがスタートした。

 

フランス産のオーガニック大豆、塩の産地として知られるイル・ド・レ産の塩を原料に

ワイン樽で仕込み・熟成。

使用する道具もワイン醸造用のものを流用したり自作するなどして、

フランスならではのオーガニックしょうゆを造り上げた。

日本とは異なるモノづくりに戸惑うこともあったが、

「同じ醸造業なので通じるところも多かった」と振り返る。

 

 2024年4月、濃い口しょうゆの「SHINKO NOIRE」を発売し、

2025年には小麦が主原料の白しょうゆ「SHINKO BLANCHE」を追加。

商品名は、新古社長の名前とフランス語で「黒」と「白」を意味する語を組み合わせ、

味や色のイメージをわかりやすく表現した。

 

ボトルはフランス製、木箱は日本製

 

 2024年はボトル単体で販売したが、

2025年10月、日本での発売分は組子細工の木箱をセットにし、

そのまま飾っておきたくなるデザインを目指した。

木箱は湯焼酎の耐衝撃性なども考慮し、クリアカートンで保護している。

ボトルとキャップは現地調達し、箱は日本製のものを採用した。

特にキャップはやや特殊な構造で、打栓前は外蓋と中栓が合体した状態だが、

しょうゆを充填後、ボトルに装着すると中栓だけが瓶内部に残って外蓋が分離する仕組みだ。

液だれもなく、見た目にも美しい形状だが

日本で業者に問い合わせても類似品が見当たらず、

現地でも入荷まで数か月待ちだったが、

新古社長は「自社の他商品でも使いたい。日本にないなら作ろうかと思っている」

というほどの気に入りようだ。

ボトルには直接印刷で商品名などをデザインし、

封緘シールも農園の風景を表現するなど、細部にまでこだわっている。

 

 フランスのワイナリーが仕込んだしょうゆとあって、

世界初の百貨店と言われるパリのボン・マルシェの店頭に

2商品が計6面で陳列されるなど、異例の対応が実現。

各国のワイン雑誌でも紹介されるなど反響が大きく、

初回製造分9000本のうち7000本を3ヵ月で販売した。

 

2024年10月には日本でも「~NOIRE」を200本限定で自社直営店舗4店で発売し、

1本1万円超という価格ながら完売。

2年目となった2025年も、4月にフランスで発売した第1ロットは3ヵ月で完売。

日本では10月1日の「しょうゆの日」に、第2ロットを「~NOIRE」は290本、

「~BLANCHE」は95本の限定で、直営店4店舗で発売した。

 

◇    ◇

 

 2002年、新古社長が有限会社として「湯浅醤油」を立ち上げ、

自社で途絶えていたしょうゆ醸造を再開した経緯には、

地元がしょうゆ発祥の地であることを知らなかった自身の体験がある。

江戸時代の湯浅には90件以上あったといわれるしょうゆ蔵は、

明治維新による政変や輸送手段の変化など、時代の波の中でわずか数社にまで減った。

「しょうゆ発祥の地で世界一のしょうゆを造り、湯浅を訪れてもらうことで、地元の子供たちにもその歴史ろ伝統を伝え、将来、誇りをもって発信してほしい」

というのが同氏の願いだ。

しょうゆ発祥の地から世界をつながる商品を生み出した同社の挑戦に、

引き続き注目したい。

 

2025年版の

フランス産醤油は自社ECサイトにて購入可能です!

 

「SHINKO NOIRE」

 

「SHINKO BLANCHE」

 

 

 

 

 

 

 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

1月9日に、朝日新聞の『カンサイのカイシャ ここがオモロイ』のコーナーで湯浅醤油を取り上げていただきました。

 

 

★以下、本文より★

世界進出 発祥の地の夢仕込み

 

焼き魚に目玉焼き、卵かけご飯に欠かせないのはアレですよね。世界一のしょうゆを造りたいー

しょうゆ発祥の地とされる和歌山県湯浅町の会社「湯浅醤油」はそんな思いを掲げます。その先に見据えるのは地域のにぎわい。夢は広がります。

 

 

和歌山県中部の西岸に位置する小さな港町、湯浅町。湯浅醤油で昨年12月、国内最大級の国産杉の木樽2基がお披露目された。

 新古敏朗社長(56)は、関係者らを前に思いを語る。「江戸時代に92件のしょうゆ屋があったが、どんどん減った。このままじゃいかんと。湯浅をまた盛り上げたい」

 子供の頃から、故郷とは釣りとミカンのまちだと教わった。「しょうゆ発祥の地」のはずなのに、近所にしょうゆ屋は数軒しか残っていない。

 歴史を復活させる、との思いで家業であるみそ造りを続けてきた。5代目になった時に世界へ打って出ようと決めた。

 目をつけたのが、「美食の国」フランス。2014年、ワインの産地として有名なボルドー兵器、複数のワイナリーを視察した。木樽で熟成させる製法は同じ。こうじ造りの技術取り入れれば、現地で醤油が造れると思い立った。

 コロナ渦が落ち着いた頃。現地の生産者から「しょうゆ造りを一緒にしたい」と申しでが届く。

 小麦と大豆の割合が同じで1年ほど熟成させる濃い口の「ノワール」と、9割が小麦で半年ほど熟成させた白しょうゆの「ブランシュ」の2種類が完成する。24年に現地で売り出すと、用意した7千本が3ヵ月で売れた。日本にも1千本を予定していたが、その売れ行きのあまり、届けられたのは200本だけだった。

 「わりにええとこばっかり言うてますけど、実は、こうじ造りはトラブル続きやった」。現地での裏話を、新古社長が明かす。

 機材などの設備は古く、冷却ファンやヒーターが故障した。雨が降れば停電した。現地の人は時間にもおおらか。作業時間になっても現場に来ない。昼食時にワインを飲みながら話し込んでいた。仕事の話かと思ったら、「世間話やった」。

 それでも、技術指導の2週間は寝泊りして家族のように過ごした。次第に関係が築けた。教えたことに「100%信頼している」と言われた。おおものをつくろうとする熱意は同じだった。

 フランスのしょうゆ造りが好調となり、尾まではカナダやスペインなど他の国・地域からも声がかかる。

 世界へ目を向ける一方で、同社は地元の観光にも力を入れる。

 蔵の見学や、もろみの熟成を促すためにかき混ぜる「櫂入れ」の作業体験もできるようにした。すると旅行会社のツアーが立ち寄り、観光バスで団体客が訪れるようになった。

 湯浅町観光協会によると、問い合わせの半数は「しょうゆ」が目当て。蔵の見学ができる同社を案内しているという。

 新古社長は立ち止まらない。「海外から注目されれば、この湯浅が光る。『湯浅に行かなあかんで』って言ってもらえるような地域にせなあかん」(松永和彦)

 

 

湯浅醤油

1881年層状の「丸新本家」のしょうゆ製造部門として2002年に設立された。独自のうまみと香りを生み出す木樽仕込みを続ける。和歌山県湯浅町湯浅に本店を構え、直営販売店は県内4か所。従業員18人。燃焼約3億円。しょうゆの製造・販売のほか醤油蔵の見学も受け入れている。

代表的な商品は「湯浅醤油 生一本黒豆」。

 

現場統括部長の塩谷正人さん(46)

別会社の社員だったが、社長の「まちを盛り上げたい」との気持ちにひかれ。面接を受けるも2度の不採用。会社を辞めて挑んだ3度目で採用に。「お客様が納得して買ってくれる商品を作ります」

 

 

 

 

 

 

 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

 

 

2026年1月発行の『広報ゆあさVol.614』に新木樽お披露目式典の開催について掲載されました。

 

掲載された記事はこちら

 

 

以下、本文より

話題 日本最大級の木樽が誕生しました。

12月5日(金)、湯浅醤油有限会社において、

木樽誕生記念お披露目会が開催されました。

 木樽仕込みによる醤油製造は希少な製法として禁煙注目され、

湯浅醤油ではその伝統的な製法を守り続けています。

今回新設された木樽は、国産杉を使用して造られたものとしては

日本最大級になります。

 

Topic: One of Japan’s Largest Wooden Fermentation Barrels Has Been Completed

On Friday, December 5, a commemorative unveiling ceremony was held at Yuasa Soy Sauce Co., Ltd. to celebrate the completion of a newly constructed wooden fermentation barrel.

Soy sauce production using traditional wooden barrels has become increasingly rare and is now attracting significant attention as a valuable artisanal method. Yuasa Soy Sauce continues to preserve this heritage technique, passing it down through generations.

The newly installed barrel is one of the largest in Japan made entirely from domestically sourced Japanese cedar.
Its completion marks an important milestone in the ongoing preservation and revitalization of Japan’s traditional soy sauce culture.

 

 

 

 

丸新本家・湯浅醤油が受け継ぐ「九曜紋」とは

1.九曜紋とは

**九曜紋(くようもん)は、中央の大きな円の周囲に八つの小さな円を配した、日本の伝統的な家紋の一つです。
この意匠は、星辰(せいしん)信仰に基づくもので、古代インド天文学に由来する
「九執(くしつ)」**の思想を源流としています。
九曜紋:中央と周囲の円

九執とは、

  • 太陽
  • 火星・水星・木星・金星・土星(七曜)
  • 羅睺(らご)
  • 計都(けいと)

の九つの天体を指し、人の運命や国家の興亡に影響を与える存在と考えられてきました。

このため九曜紋は、単なる装飾ではなく、
天の秩序・守護・調和を象徴する霊的意味を持つ家紋として、
平安時代後期から鎌倉・室町時代にかけて、武家社会で重んじられてきました。

実際に、九曜紋は「天命」や「星の加護」を重視した有力武将や大名にも好まれ、
細川忠興、織田信長、伊達政宗、石田三成などが用いたことで知られています。



2. 湯浅に伝わる特別な九曜紋

湯浅で受け継がれている九曜紋は、一般的な九曜紋とは異なり、
皇族の象徴である「菊紋」の半分(半菊)をいただいた、極めて珍しい形をしています。
半菊九曜紋:湯浅の伝統家紋

この家紋は、平安時代後期、紀伊半島の広い地域を勢力下に治めていた豪族、
**湯浅宗重(ゆあさ むねしげ)**の家紋であったと伝えられています。

湯浅宗重は藤原北家の流れをくむ武将で、
平清盛の時代、**平治の乱(1159年)**において騎馬隊を率いて清盛方に与し、
京都奪還において重要な役割を果たしたとされています。

その功績により、従来の九曜紋に加えて、
特別な恩賞として**皇族の菊紋の「半分」**を賜り、
「半菊九曜」となったと伝えられています。

全ての菊を用いることは恐れ多いとして、
あえて半菊のみを拝受したというこの逸話は、
当時の武家社会における朝廷への敬意と、日本独特の美意識を今に伝えています。

 

3. 現在に残る九曜紋

この九曜紋は現在も、
地元の寺院である深専寺や、宿泊施設湯浅城の瓦屋根などに見ることができ、
湯浅の歴史と精神を象徴する紋章として、大切に守り伝えられています。

また、丸新本家では、
四代目当主・新古正義が、当時の湯浅町長・寺西清氏の許可を得たうえで、
「九曜むらさき」などの商品にこの家紋を使用しました。

現在では、商標登録も行われ、
九曜紋は湯浅の誇りと伝統を象徴する正式な意匠として、
現代のものづくりへと受け継がれています。

九曜むらさき
 

4. 明恵上人と禅・発酵文化

湯浅宗重の孫にあたる**明恵上人(みょうえしょうにん)**は、
鎌倉時代を代表する高僧の一人です。

明恵上人は、後鳥羽上皇から栂尾の地を下賜され、
華厳宗興隆の拠点として高山寺を開山しました。
高山寺は、国宝「鳥獣人物戯画」を所蔵する名刹であり、日本最古の茶園を拓いた地としても知られています。

明恵上人の思想と教えは、法燈国師ら高弟たちによって受け継がれ、
由良町に開山された「興国寺」は、禅とともに味噌・醤油をはじめとする発酵文化を伝える重要な寺院となりました。

禅宗の僧侶たちは、中国から禅の思想とともに、味噌・醤油・お茶の文化を日本にもたらし、
それらは日本の風土と人々の知恵によって独自に発展し、今日の日本の食文化へとつながっています。