世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

世界一の醤油をつくりたい 湯浅醤油有限会社 社長 新古敏朗のブログ

和歌山県湯浅町 醤油発祥の地でありながら、歴史は長く封印されてきました。20歳で事実を知った私は、800年の伝統を絶やさぬよう2002年に湯浅醤油を設立。かつて僧侶が製法を持ち帰ったように、今度は私が世界最高の醤油を造り、この地の誇りと魂を込めた醬油を世界へ届けます

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

節分の日 大阪堂島アバンザで開催された、感謝祭イベントに誘われて行ってきました。
クレープイベントですし、バレンタインも近いのでカカオ醤を会場に持ち込んで食べていただきました。
すると、CCI 在日フランス商工会議のニュースに取り上げられてましたので
報告させていただきます。




関西オフィスでの聖燭祭イベントとクレープカカオ醤とクレープ、ジャム、ドリンク

2026年2月3日、堂島アバンザの関西オフィスにて、恒例の聖燭祭・ビュッフェを開催し、過去最多となる32名の皆様にご参加いただきました。和やかで温かい雰囲気の中、参加者の皆様の高い関心と熱意を反映し、予定時刻を大幅に超えて交流が続きました。

当日は、関西デスクのチームが多彩なクレープをご用意し、参加者の皆様にお楽しみいただきました。

湯浅醤油有限会社とフランスのボルドーのワイナリーとの取り組みが評価され
CCI 在日フランス商工会議さんにお邪魔するようになったのは、2025年2月4日に「クード・クール賞」を受賞したのをきっかけ


カカオ醤をチョコクレープの上に塗って食べたのですが、すれが皆さんに人気でした。
カカオ醤 粒
カカオ醤ペースト

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

2026年1月29日の日本食糧新聞 関西四国新春特集の

第一部【価値創造へ、食品産業の挑戦へのコーナー】

第二部【新年の抱負】

に湯浅醤油が掲載されました音符

 

掲載された記事はこちら~

 

以下、本文より

 

古式製造文化を後世へ

湯浅醤油

 湯浅醤油は国内最大級の杉樽2基を昨年10月、有田郡湯浅町の同社本社九曜蔵に新設。

静岡県の天竜杉材100本を使い、他kさ5.5m、直径3.4m、容量45tの杉樽で、

国産大豆、国産小麦、五島灘の塩だけを原料とする看板醤油「樽仕込み」を醸造し、

かつて主流だった微生物による発酵環境がもたらす古式醸造法の醤油を未来、

世界へ伝えていく。

 同社は1881年創業の丸新本家が30年以上休止していた醤油製造の再開を決意し、

立ち上げられた醤油部門。

1990年に金山寺味噌の溜まりから醤油造りを再開し、

2002年に古式醸造法で「樽仕込み」「生一本黒豆」を生み出し、

醤油発祥の地・湯浅の醤油蔵として歴史を再始動した。

04年には蔵を一般開放し、16年に高さ4.7mの関西最大級木樽3基を設置。

今回は高さ5.5mの木樽2基を増設し、

需要高まる看板醤油「樽仕込み」の増産体制を敷いた。

早ければ28年頃に36tの醤油が完成する。

 新古敏朗社長は「日本醤油発祥地・湯浅は

木桶仕込みの蔵元が江戸時代には90件超あったが、今は数軒。

古式醸造の伝統を守り続けることは、地域文化の継承でもある」と語り、

国内全体の約1%までに減少した天然醸造醤油を後世へ、世界けと伝えていく。

和食のユネスコ無形文化遺産登録、同社が進めるフランスのワイナリーとの

共同醤油醸造事業の影響もあり、海外客も連日訪れる同蔵で、

伝統製法による醤油造りに真摯に向き合っている。(深瀬雅代)

 

 

 

湯浅醤油

人・ヒト・モノ・コト・金

 

 

 

 

 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

1月1日発行の業界専門誌【食品包装】にてフランス醤油を取り上げていただきました。

 

記事はこちら

 

 

★以下、本文より

 

●湯浅醤油

湯浅醤油(和歌山県湯浅町)は2025年10月、フランス・ボルドーの

ワイナリーで仕込んだ2種類のしょうゆ

【SHINKO NOIRE(シンコノワール)」

「SHINKO BLANCHE(シンコブランシュ)」

を数量限定で発売した。

 

2024年の商品化に続く第2弾で、今年はオリジナルの木箱で贈答仕様に

ブラッシュアップ。

フランス製のボトルと日本製の木箱を組み合わせたパッケージは、

伝統を守りつつしょうゆの新な可能性に挑戦し続ける

同社の姿勢の表れでもある。(取材・文/福本周子)

 

3.11やコロナ渦を乗り越えて

 

 同社は1881年、創業者の新古(しんこ)スミ氏が前身である

金山寺みその店「新古商店」を開業。

1900年ごろ、しょうゆの製造販売を停止。

以降は金山寺みその製造に専念し、1985年に「丸新本家と改名した。

 

1990年には現社長の5代目当主・新古敏朗氏が入社。

金山寺味噌の溜まりしょうゆを開発・販売を開始し、

2002年に「湯浅醤油有限会社」を設立してしょうゆ造りを再開した。

木樽(だる)による仕込み、大豆にゆで汁に塩を混ぜて仕込み水として使う

古式製法、1年以上の熟成期間など、伝統的な手法を守りながら

時代の変化に合わせて挑戦を続けている。

 

 2006年、黒豆を主原料とする「生一本黒豆」が

ベルギーで「モンドセレクション」の金賞を受賞したのをきっかけに、

フランスとベルギーでの取り扱いが始まったが、

2011年の東日本大震災の影響で停止に。

 

再開を模索する中、

ボルドーのワイナリーを音連れたことが契機となり、

2018年11月に同地で日本醸造家とのテスト製造をスタート。

コロナ渦での再度中断を経て、

ボルドー・サンテミリオンのワイナリー「シャトー・クーテット」から

「一緒にしょうゆ造りを」との声がかかり、

2023年から協働での仕込みがスタートした。

 

フランス産のオーガニック大豆、塩の産地として知られるイル・ド・レ産の塩を原料に

ワイン樽で仕込み・熟成。

使用する道具もワイン醸造用のものを流用したり自作するなどして、

フランスならではのオーガニックしょうゆを造り上げた。

日本とは異なるモノづくりに戸惑うこともあったが、

「同じ醸造業なので通じるところも多かった」と振り返る。

 

 2024年4月、濃い口しょうゆの「SHINKO NOIRE」を発売し、

2025年には小麦が主原料の白しょうゆ「SHINKO BLANCHE」を追加。

商品名は、新古社長の名前とフランス語で「黒」と「白」を意味する語を組み合わせ、

味や色のイメージをわかりやすく表現した。

 

ボトルはフランス製、木箱は日本製

 

 2024年はボトル単体で販売したが、

2025年10月、日本での発売分は組子細工の木箱をセットにし、

そのまま飾っておきたくなるデザインを目指した。

木箱は湯焼酎の耐衝撃性なども考慮し、クリアカートンで保護している。

ボトルとキャップは現地調達し、箱は日本製のものを採用した。

特にキャップはやや特殊な構造で、打栓前は外蓋と中栓が合体した状態だが、

しょうゆを充填後、ボトルに装着すると中栓だけが瓶内部に残って外蓋が分離する仕組みだ。

液だれもなく、見た目にも美しい形状だが

日本で業者に問い合わせても類似品が見当たらず、

現地でも入荷まで数か月待ちだったが、

新古社長は「自社の他商品でも使いたい。日本にないなら作ろうかと思っている」

というほどの気に入りようだ。

ボトルには直接印刷で商品名などをデザインし、

封緘シールも農園の風景を表現するなど、細部にまでこだわっている。

 

 フランスのワイナリーが仕込んだしょうゆとあって、

世界初の百貨店と言われるパリのボン・マルシェの店頭に

2商品が計6面で陳列されるなど、異例の対応が実現。

各国のワイン雑誌でも紹介されるなど反響が大きく、

初回製造分9000本のうち7000本を3ヵ月で販売した。

 

2024年10月には日本でも「~NOIRE」を200本限定で自社直営店舗4店で発売し、

1本1万円超という価格ながら完売。

2年目となった2025年も、4月にフランスで発売した第1ロットは3ヵ月で完売。

日本では10月1日の「しょうゆの日」に、第2ロットを「~NOIRE」は290本、

「~BLANCHE」は95本の限定で、直営店4店舗で発売した。

 

◇    ◇

 

 2002年、新古社長が有限会社として「湯浅醤油」を立ち上げ、

自社で途絶えていたしょうゆ醸造を再開した経緯には、

地元がしょうゆ発祥の地であることを知らなかった自身の体験がある。

江戸時代の湯浅には90件以上あったといわれるしょうゆ蔵は、

明治維新による政変や輸送手段の変化など、時代の波の中でわずか数社にまで減った。

「しょうゆ発祥の地で世界一のしょうゆを造り、湯浅を訪れてもらうことで、地元の子供たちにもその歴史ろ伝統を伝え、将来、誇りをもって発信してほしい」

というのが同氏の願いだ。

しょうゆ発祥の地から世界をつながる商品を生み出した同社の挑戦に、

引き続き注目したい。

 

2025年版の

フランス産醤油は自社ECサイトにて購入可能です!

 

「SHINKO NOIRE」

 

「SHINKO BLANCHE」

 

 

 

 

 

 

 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

1月9日に、朝日新聞の『カンサイのカイシャ ここがオモロイ』のコーナーで湯浅醤油を取り上げていただきました。

 

 

★以下、本文より★

世界進出 発祥の地の夢仕込み

 

焼き魚に目玉焼き、卵かけご飯に欠かせないのはアレですよね。世界一のしょうゆを造りたいー

しょうゆ発祥の地とされる和歌山県湯浅町の会社「湯浅醤油」はそんな思いを掲げます。その先に見据えるのは地域のにぎわい。夢は広がります。

 

 

和歌山県中部の西岸に位置する小さな港町、湯浅町。湯浅醤油で昨年12月、国内最大級の国産杉の木樽2基がお披露目された。

 新古敏朗社長(56)は、関係者らを前に思いを語る。「江戸時代に92件のしょうゆ屋があったが、どんどん減った。このままじゃいかんと。湯浅をまた盛り上げたい」

 子供の頃から、故郷とは釣りとミカンのまちだと教わった。「しょうゆ発祥の地」のはずなのに、近所にしょうゆ屋は数軒しか残っていない。

 歴史を復活させる、との思いで家業であるみそ造りを続けてきた。5代目になった時に世界へ打って出ようと決めた。

 目をつけたのが、「美食の国」フランス。2014年、ワインの産地として有名なボルドー兵器、複数のワイナリーを視察した。木樽で熟成させる製法は同じ。こうじ造りの技術取り入れれば、現地で醤油が造れると思い立った。

 コロナ渦が落ち着いた頃。現地の生産者から「しょうゆ造りを一緒にしたい」と申しでが届く。

 小麦と大豆の割合が同じで1年ほど熟成させる濃い口の「ノワール」と、9割が小麦で半年ほど熟成させた白しょうゆの「ブランシュ」の2種類が完成する。24年に現地で売り出すと、用意した7千本が3ヵ月で売れた。日本にも1千本を予定していたが、その売れ行きのあまり、届けられたのは200本だけだった。

 「わりにええとこばっかり言うてますけど、実は、こうじ造りはトラブル続きやった」。現地での裏話を、新古社長が明かす。

 機材などの設備は古く、冷却ファンやヒーターが故障した。雨が降れば停電した。現地の人は時間にもおおらか。作業時間になっても現場に来ない。昼食時にワインを飲みながら話し込んでいた。仕事の話かと思ったら、「世間話やった」。

 それでも、技術指導の2週間は寝泊りして家族のように過ごした。次第に関係が築けた。教えたことに「100%信頼している」と言われた。おおものをつくろうとする熱意は同じだった。

 フランスのしょうゆ造りが好調となり、尾まではカナダやスペインなど他の国・地域からも声がかかる。

 世界へ目を向ける一方で、同社は地元の観光にも力を入れる。

 蔵の見学や、もろみの熟成を促すためにかき混ぜる「櫂入れ」の作業体験もできるようにした。すると旅行会社のツアーが立ち寄り、観光バスで団体客が訪れるようになった。

 湯浅町観光協会によると、問い合わせの半数は「しょうゆ」が目当て。蔵の見学ができる同社を案内しているという。

 新古社長は立ち止まらない。「海外から注目されれば、この湯浅が光る。『湯浅に行かなあかんで』って言ってもらえるような地域にせなあかん」(松永和彦)

 

 

湯浅醤油

1881年層状の「丸新本家」のしょうゆ製造部門として2002年に設立された。独自のうまみと香りを生み出す木樽仕込みを続ける。和歌山県湯浅町湯浅に本店を構え、直営販売店は県内4か所。従業員18人。燃焼約3億円。しょうゆの製造・販売のほか醤油蔵の見学も受け入れている。

代表的な商品は「湯浅醤油 生一本黒豆」。

 

現場統括部長の塩谷正人さん(46)

別会社の社員だったが、社長の「まちを盛り上げたい」との気持ちにひかれ。面接を受けるも2度の不採用。会社を辞めて挑んだ3度目で採用に。「お客様が納得して買ってくれる商品を作ります」

 

 

 

 

 

 

 

こんにちはキラキラ

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

 

 

2026年1月発行の『広報ゆあさVol.614』に新木樽お披露目式典の開催について掲載されました。

 

掲載された記事はこちら

 

 

以下、本文より

話題 日本最大級の木樽が誕生しました。

12月5日(金)、湯浅醤油有限会社において、

木樽誕生記念お披露目会が開催されました。

 木樽仕込みによる醤油製造は希少な製法として禁煙注目され、

湯浅醤油ではその伝統的な製法を守り続けています。

今回新設された木樽は、国産杉を使用して造られたものとしては

日本最大級になります。

 

Topic: One of Japan’s Largest Wooden Fermentation Barrels Has Been Completed

On Friday, December 5, a commemorative unveiling ceremony was held at Yuasa Soy Sauce Co., Ltd. to celebrate the completion of a newly constructed wooden fermentation barrel.

Soy sauce production using traditional wooden barrels has become increasingly rare and is now attracting significant attention as a valuable artisanal method. Yuasa Soy Sauce continues to preserve this heritage technique, passing it down through generations.

The newly installed barrel is one of the largest in Japan made entirely from domestically sourced Japanese cedar.
Its completion marks an important milestone in the ongoing preservation and revitalization of Japan’s traditional soy sauce culture.

 

 

 

 

丸新本家・湯浅醤油が受け継ぐ「九曜紋」とは

1.九曜紋とは

**九曜紋(くようもん)は、中央の大きな円の周囲に八つの小さな円を配した、日本の伝統的な家紋の一つです。
この意匠は、星辰(せいしん)信仰に基づくもので、古代インド天文学に由来する
「九執(くしつ)」**の思想を源流としています。
九曜紋:中央と周囲の円

九執とは、

  • 太陽
  • 火星・水星・木星・金星・土星(七曜)
  • 羅睺(らご)
  • 計都(けいと)

の九つの天体を指し、人の運命や国家の興亡に影響を与える存在と考えられてきました。

このため九曜紋は、単なる装飾ではなく、
天の秩序・守護・調和を象徴する霊的意味を持つ家紋として、
平安時代後期から鎌倉・室町時代にかけて、武家社会で重んじられてきました。

実際に、九曜紋は「天命」や「星の加護」を重視した有力武将や大名にも好まれ、
細川忠興、織田信長、伊達政宗、石田三成などが用いたことで知られています。



2. 湯浅に伝わる特別な九曜紋

湯浅で受け継がれている九曜紋は、一般的な九曜紋とは異なり、
皇族の象徴である「菊紋」の半分(半菊)をいただいた、極めて珍しい形をしています。
半菊九曜紋:湯浅の伝統家紋

この家紋は、平安時代後期、紀伊半島の広い地域を勢力下に治めていた豪族、
**湯浅宗重(ゆあさ むねしげ)**の家紋であったと伝えられています。

湯浅宗重は藤原北家の流れをくむ武将で、
平清盛の時代、**平治の乱(1159年)**において騎馬隊を率いて清盛方に与し、
京都奪還において重要な役割を果たしたとされています。

その功績により、従来の九曜紋に加えて、
特別な恩賞として**皇族の菊紋の「半分」**を賜り、
「半菊九曜」となったと伝えられています。

全ての菊を用いることは恐れ多いとして、
あえて半菊のみを拝受したというこの逸話は、
当時の武家社会における朝廷への敬意と、日本独特の美意識を今に伝えています。

 

3. 現在に残る九曜紋

この九曜紋は現在も、
地元の寺院である深専寺や、宿泊施設湯浅城の瓦屋根などに見ることができ、
湯浅の歴史と精神を象徴する紋章として、大切に守り伝えられています。

また、丸新本家では、
四代目当主・新古正義が、当時の湯浅町長・寺西清氏の許可を得たうえで、
「九曜むらさき」などの商品にこの家紋を使用しました。

現在では、商標登録も行われ、
九曜紋は湯浅の誇りと伝統を象徴する正式な意匠として、
現代のものづくりへと受け継がれています。

九曜むらさき
 

4. 明恵上人と禅・発酵文化

湯浅宗重の孫にあたる**明恵上人(みょうえしょうにん)**は、
鎌倉時代を代表する高僧の一人です。

明恵上人は、後鳥羽上皇から栂尾の地を下賜され、
華厳宗興隆の拠点として高山寺を開山しました。
高山寺は、国宝「鳥獣人物戯画」を所蔵する名刹であり、日本最古の茶園を拓いた地としても知られています。

明恵上人の思想と教えは、法燈国師ら高弟たちによって受け継がれ、
由良町に開山された「興国寺」は、禅とともに味噌・醤油をはじめとする発酵文化を伝える重要な寺院となりました。

禅宗の僧侶たちは、中国から禅の思想とともに、味噌・醤油・お茶の文化を日本にもたらし、
それらは日本の風土と人々の知恵によって独自に発展し、今日の日本の食文化へとつながっています。

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

新年あけましておめでとうございます。
毎年元旦は、南紀白浜にきています。
 

初日の出

毎年の元旦の日の出写真です。 同じ間所から撮影していますが、
今年は、ちょっと風があり寒さを感じます。

 

初日の出

 

 

南紀白浜とれとれ市場

南紀白浜「とれとれ市場」で年初めはここから始まります。
今年も天気が良くて気持ちが良いです。

 

丸新本家とれとれ市場

 

 

白浜たまごかけ

 

 

マグロコーナー

 

 

鯨肉

 

 

くじら

 

 

初日の出と富士山

一富士

 

オオワシ 氷原 着水

二鷹

 

湯浅なす 育ち始め

三茄子(湯浅なす)

 

家族で神社初詣、丸新本家新古敏朗

地元の顯国神社に初詣に行きました。

 

大桶

国産杉で作るった日本最大級の木樽です。
今年からこれに仕込みます。容量は45000Lです

 

興国寺の階段を上る人々

そして、金山寺味噌伝来のお寺 由良町興国寺です。

和歌山県湯浅町。かつて、この町には醤油の香ばしい香りが立ち込めていたといいます。
しかし、私がその町で育った1970年代、その香りは消えかけていました。

 

子供の頃の記憶にある湯浅は、醤油の町ではなく「釣りのメッカ」や「有田みかんの産地」でした。駅前には釣り客を歓迎する看板が並び、学校でも日本一のみかんの里だと教えられて育ったのです。

実家の「丸新本家」には、大阪から来た釣り客が一升瓶で醤油を買っていく光景がありました。幼い私は、なぜ彼らがわざわざ重い思いをして醤油を買っていくのか、その理由がわからず、「うちの醤油は美味しいんだな」と思う程度でした。

転機は、二十歳を過ぎた頃に訪れます。 大阪の人から投げかけられた一言が、私の人生を大きく変えました。 「湯浅って、醤油の発祥の地やんか」

その言葉に、私は耳を疑いました。生まれ育ったこの町が、日本の食文化を支える醤油の故郷だなんて、一度も聞いたことがなかったからです。そこから私は、歴史を調べ始めました。
(由良町、高野山、京都、兵庫県、鎌倉、中国(径山寺)その他 醤油や味噌に関わるお寺を尋ねました。)
 

そこで見えてきたのは、あまりにも深く、そして切ない歴史の断片でした。

今から約800年前。一人の僧侶、心地覚心(法燈国師)が、源実朝公の菩提を弔い、禅の教えを極めるために南宋(中国)へと渡りました。彼は命懸けの修行の末、由良町の興国寺に「金山寺味噌」の製法を持ち帰ります。その味噌から滴り落ちた「たまり」こそが、醤油の原型となったのです。

image
 

・豊臣秀吉から醤油の自由販売を許されるほど、湯浅はかつて日本中に名を馳せました。

  天正15年(1591年)

  • 豊臣秀吉 が全国統一をほぼ完成

  • 紀州(現在の和歌山)も秀吉の支配下に完全に組み込まれる

  • 商人・物流・海運に対する時期「特別許可(朱印)」が与えられ始める
    湯浅醤油の歴史資料豊臣秀吉が船の相伝を許した文書
     


・江戸時代には92軒もの醤油屋が軒を連ね、町は活気に溢れていました。
  江戸時代後期(18世紀末〜19世紀前半)
 特に 文化・文政期(1804〜1830年)から天保初期(1830年代) にかけてが
 最盛期=92軒体制 であったと考えられています。

  ① 江戸の人口爆発と調味料需要

  • 江戸の人口は100万人超(世界最大級)

  • 「味の安定した調味料」=醤油の需要が爆発的に増加

  ② 湯浅の地理的優位

  • 湯浅湾 → 紀州廻船で大坂、江戸、瀬戸内

 

問題 : 私が子供の頃には、その数はわずか3〜4軒にまで激減していました。

かつては町の誉れであったはずの産業が衰退し、いつしか人々の口から語られなくなっていった。「自慢できる産業ではなくなった」ことで、町の人々は子供たちにその歴史を教えるのをやめ、記憶を**「封印」**してしまったのではないか。私はそう気づいた時、胸が締め付けられる思いがしました。

「このままでは、800年の歴史が消えてしまう」

その危機感が、私を突き動かしました。2002年、私は**「湯浅醤油有限会社」**を設立します。それは単なる商売ではありません。封印された町の誇りを取り戻し、湯浅を再び「日本の始まりの街」として世界へ知らしめるための挑戦でした,。
湯浅醤油の建物と巨大な醤油瓶のオブジェ

湯浅醤油チームと杉樽

「日本一の醤油は、すなわち世界一」

私の視線は、もはや町の中だけにはありません。

「世界一の醤油を造り、世界へ届ける」 その一念で、世界の経済の中心であるニューヨークへ、そして食の本場フランスへと足を運び、日本の伝統の真価を伝え続けています。

かつて一人の僧侶が海を渡り、希望の種を持ち帰ったように。
今度は私が、この湯浅から世界へと、800年の魂を込めた一滴を届けていく。

湯浅醤油は、日本を代表する世界ブランドになるために。
湯浅醤油 樽仕込み ボトルと仕込み樽

だから、フランスボルドーでも醤油を醸造しています。
フランス醤油

フランス醤油

             記 湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗

Pavillon Yuasa(湯浅醤油のはなれ)
  フランスボルドーのレストラン

湯浅醤油 Pavillon Yuasa 名刺


 私たちの物語は、まだ始まったばかりです。

 

**Awakening an “800-Year Pride” Once Sealed Away

— Yuasa Soy Sauce’s New Departure to the World**

Yuasa Town, Wakayama Prefecture.
There was a time, it is said, when the rich aroma of soy sauce filled the air of this town. Yet when I was growing up here in the 1970s, that fragrance was already fading.

In my childhood memories, Yuasa was not known as a town of soy sauce. It was famous instead as a “fishing paradise” and a major producing region of Arida mandarins. Signs welcoming anglers lined the area around the station, and at school we were taught with pride that this was one of Japan’s leading citrus regions.

At my family business, Marushin Honke, anglers visiting from Osaka would buy soy sauce by the isshō-bin (large glass bottles). As a child, I could not understand why they would go to such trouble to carry something so heavy back with them. I only thought vaguely, “Our soy sauce must be good.”

The turning point came after I turned twenty.
A single remark from someone in Osaka changed the course of my life.

“Yuasa is the birthplace of soy sauce, isn’t it?”

I was stunned. I had never once been told that the town where I was born and raised was the origin of soy sauce—an essential pillar of Japanese food culture. From that moment on, I began researching its history obsessively.

What emerged was a story both profound and heartbreaking.

About 800 years ago, a monk named Kakushin (later known as Hottō Kokushi) crossed the sea to the Southern Song dynasty in China to pray for the soul of Shogun Minamoto no Sanetomo and to pursue Zen training. After enduring life-threatening ascetic practice, he returned to Kōkoku-ji Temple in Yura and brought back the method for making Kinzanji miso.
The liquid that slowly seeped from that miso—tamari—became the prototype of soy sauce.

Yuasa flourished so greatly that Toyotomi Hideyoshi himself granted permission for the free trade of its soy sauce. During the Edo period, as many as 92 soy sauce breweries lined the town’s streets, and Yuasa thrived with energy and pride.

Yet by the time I was a child, only three or four remained.

An industry that had once been the town’s greatest source of pride declined, until it was no longer spoken of. Perhaps because it was no longer something to boast about, people stopped telling their children its story. The memory, I realized, had been quietly sealed away. When that truth sank in, my chest tightened with sorrow.

“If this continues, 800 years of history will disappear.”

That sense of crisis drove me forward. In 2002, I founded Yuasa Soy Sauce Co., Ltd.
This was not simply a business venture. It was a challenge to reclaim a pride that had been sealed away—and to reintroduce Yuasa to the world as “the place where it all began.”

My gaze no longer remained fixed on this small town alone.
“To create the world’s finest soy sauce and deliver it to the world.”
With that single conviction, I traveled to New York—the heart of the global economy—and to France, the birthplace of gastronomy, sharing the true value of Japanese tradition wherever I went.

Just as a monk once crossed the sea and returned with seeds of hope,
now it is my turn—to carry a drop infused with 800 years of spirit from Yuasa to the world.

Yuasa Soy Sauce is on its path to becoming a global brand representing Japan.
And our story has only just begun.

 

 

 

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

 

毎年恒例の南紀白浜とれとれ市場の歳市大売出しのチラシを掲載します。

 

大売出し
マグロ、蟹、伊勢海老、数の子など正月食材が勢ぞろいしています。

さて、ここで何がお勧めかというととれとれ市場がオープンから30年
新古のお勧めを紹介したいと思います。
 
1、マグロです。市場内で解体して直ぐ販売なので、品定めばっちり、大トロから赤身までなんでも揃うすばらしさ、そして、現場でしか買えないマグロの兜です。
兜の実は、本当に美味いです。ほぼトロ状態 頬肉も特別、そして目玉のコラーゲン最高 難点は 解体して取り出すのが大変です。魚を持つのが滑るので気を付けてください。
これを湯浅醤油の 生一本黒豆醤油で食べると最高です。
現場には、新鮮生ワサビも売っています。

 
2、アジの開き これは油がのって最高に美味しい 一人で3枚ぐらいペロッといってしまいます。 隠れた名品

3、鰹のたたき マイナス60℃の冷凍のまま表面をあぶって中心はまだ凍ったままの状態で真空パックした、品質なので中心が虹色に光っている鮮度です。
これを、丸新本家(とれとれ市場内のくろしお名店街)  湯浅醤油 「ゆずポン酢」で食べると最高においしい!

4、蟹 年末正月と言えば家族や友達と鍋をやりますが、とれとれ市場の蟹はそこらの蟹よりもいつも安くて新鮮です。30年前は4Lの2kg入りが 7000円で買えたのですが、
現座の相場は、25000円までバク上がりしています。しかし「とれとれ市場」は、19800円 やっぱり他より安く 年末は蟹の箱が、背丈ぐらいまで積みあがっています。圧巻です。
これも、 湯浅醤油 「ゆずポン酢」で食べてください。
保存料、香料など不要なものが入らない ポン酢です。

注釈 美味しい食材を食べる時は、調味料もケチらない事がお勧めです。
これで美味しさが全然違います。
 
5、他にもおすすめが有りますが、
  とれとれ市場は、魚の養殖もしていて、ヒラメ、クエ、タイ、シマアジの鮮度も抜群
  名店街も売出なので目玉商品が有りますので、買うのをお勧めします。

とにかく遊びがてら行ってみよう。
保冷バック持っていってね。氷は無料で貰えます。
 

 

とれとれ市場

 

 

南紀白浜

 

 

蟹

 

 

本マグロ販売

 

 

数の子

とれとれ市場でテナントの丸新本家では、たまごかけご飯が500円→300円になっています。
湯浅醬油の醤油搾り粕を食べて育った、平飼いの鶏が生んだ色鮮やかな卵で、醬油を8種類かけ比べできる新しいスタイルです。TVの取材にも何回も来てくれました。
imageたまごかけごはん TKG 丸新本家湯浅醤油の醤油瓶7種セット






2023年3月にオープンした Pavillon Yuasa(湯浅醤油のはなれ)
  フランスボルドーのレストラン

湯浅醤油有限会社 丸新本家の新古敏朗です。

⽇仏結ぶ「発酵の技」 ボルドーでワイン樽使ったしょうゆ⽣産 ミシュラン店も愛⽤

三井美奈

先日、産経新聞のパリ支局の三井美奈さまからインタビュー受けた、
フランスの醤油つくりが記事になりました。



時事は、有料なのですべて掲載できませんが、
フランスに進出した湯浅醬油有限会社醤油の事を下に書きました。
 


1. 概要と戦略転換の背景

  • 目標と輸出経緯

    • 2005年頃よりパリ・ニューヨークへ輸出を開始。

    • 2010年頃の東日本大震災後、「日本の食の放射能」風評により返品・輸出停止が発生。対策として現地製造へ舵切り。

  • ボルドー選定理由(2014年視察)

    • 約7,000軒にのぼる醸造所群、瓶詰・ラベル等の周辺産業の成熟、ワイン用設備(大型樽等)の利活用可能性を確認。

    • 発酵プロセスの共通点(麹づくりは日本の強み)により、現地適応の実行可能性を確信。

  • 地域経済への意義

    • ワイン設備の農閑期活用による多角化、赤ワイン消費低迷・離農の課題に対する新産業モデルとして機能。

2. 現地見学・初期評価と味の特徴

  • 現地蔵で工程を直接確認。ボルドーのワイン樽(ボルドー樽)を活用した醸造が象徴的。

  • 市場価格は総じて高額(ボンマルシェで確認)。

  • テイスティング印象

    • 白(薄口系):色移りが少なく見栄え維持、甘みと軽やかさ。大豆の匂い控えめ。塩が前に出る傾向。

    • 黒(濃口系/ノワール):熟成1年設計の厚み。和歌山の濃口(約18ヶ月熟成)に比べ軽快。

    • 和歌山醤油は旨味重視・長期熟成の複雑味が特徴。

3. 醸造環境・原料・水・塩

  • 水質影響

    • ボルドーの地下水(アバチーユ)は現地分類で軟水だが、日本基準では硬水寄り。石灰岩質の土壌背景で硬度が高め。

    • 料理文化が硬水前提のため、醤油も硬水適合へ設計変更。

  • 原料ポリシー

    • 日本:高タンパク大豆選別が主流。

    • フランス:無農薬(オーガニック)最優先。約400年の無農薬農法を継ぐパートナー(アドリアン、マギナ)と連携。近隣農家に委託栽培、将来は自作も視野。

  • 塩の選定

    • 現行:イル・ド・レの海塩。

    • 候補:ゲランドの海塩(風味・供給・知名度で優位の可能性)。切替テストを計画。

4. 製品・生産体制

  • 製品構成

    • 白(フランス向け薄口系/約6ヶ月熟成):投資回収が速いが角が立ちやすい特性を前提管理。

    • 黒(濃口系ノワール/約12ヶ月熟成):回収に時間、味はより円熟。

  • 生産量の拡大

    • 2023年:約5,000本(試供)。

    • 最新ロット:約50,000本へ増産。

  • 権利・事業スキーム

    • 商品名義は現地会社(ブランド名「シンコ」:新古氏名に由来)。

  • 日本側企業背景

    • 「マルシン」:明治14年(1881年)創業の金山寺味噌メーカー(“たまり”が醤油の起源)。

5. フランス市場での受容・価格・販路

  • 価格帯・販路

    • プレミアム帯(例:19ユーロ程度)でも好調。ボンマルシェ店頭・オンラインでリピート実績、スイス・ベルギーへ拡大。

  • 採用と文化変容

    • ミシュラン星付き含む一流シェフが採用。赤ワインソース等のフレンチ文脈に醤油が自然に組み込まれつつある。

    • 以前の「フレンチに醤油は野暮」の空気が変化。白醤油の“色が付かない”特性がフレンチの美意識・テロワール自負と親和。

    • 「フランス産(ボルドーの樽・水・塩・農法)」の語りが説得力と誇りを付与。

6. 香り・丸大豆・バランス設計

  • 香り重視の市場適応

    • フランスはワイン同様に香り評価が先行。香りの言語化と感度が高い。

  • 丸大豆の優位

    • 丸大豆由来の豊かな香りがプロの高評価を獲得。脱脂加工大豆主体の工業的醤油との差別化要因に。

  • 味のバランス

    • 入れ過ぎると塩辛さが立つため、香りと塩味の最適量設計が鍵。

7. 使い方・文化的文脈・レシピ提案

  • フランスの基本調味(塩・胡椒・ビネガー)に、醤油を加えることで香りと旨味の層が増幅。和食化ではなくフレンチの風味付けとして機能。

  • 白醤油はスープやソースへ少量添加で旨味と香りを底上げ、色調を損なわない点が強み。

  • 和食の分業型発酵調味(味噌・酒・みりん・鰹節等)とフレンチのソース技術の補完関係を提示。長期発酵資産を少量加えるだけでソースが劇的に深化。

8. 歴史的背景(湯浅と醤油の起源・日本の地域性)

  • 湯浅は醤油発祥の地(日本遺産)。約770〜800年前、覚心が中国で麹を学び金山寺味噌を伝来、味噌から滲む“たまり”が醤油の起点。

  • 豊臣秀吉期(約400年前)に「湯浅醤油」確立。湯浅の醤油屋は兵糧寄付で朱印状を得て販路拡大。江戸期最盛時は92軒。

  • 近代は明治維新・流通変化で衰退。2002年、湯浅醤油社を設立し復興と世界展開へ。

  • 関東・関西の水とだし

    • 関東:硬水→昆布不向き、鰹+濃口主流。

    • 関西:軟水→昆布+薄口・白が適合。

    • フランスは硬水文化だが、見栄え重視から白醤油中心で適応。

9. 現地パートナー・運営と言語

  • アドリアン、マディナは情熱的・勤勉。質疑応答を重ね毎年バージョンアップ(原料・水・塩・工程の継続チューニング)。

  • 言語面は日本語中心のため、シェフ評価は現地パートナー経由で収集・整理。

 


 結論

  • 震災後の輸出停滞を機に、ワイン産地の発酵・設備資源を活かすボルドー現地製造へ戦略転換。硬水・テロワールに適応した「白」中心設計がフレンチ文脈に見事に合致。

  • 丸大豆由来の香りの優位性と“色を付けない旨味”が一流シェフと市場の支持を獲得。価格プレミアム下でもリピートを確認。

  • 塩・水・工程を年次で磨き込む改良サイクル、無農薬原料のサプライ構築、物語性を伴う、地域多角化モデルとしての波及

    Overview and Background of the Strategic Shift

    Goals and Export History

    Exports to Paris and New York began around 2005.
    Following the Great East Japan Earthquake in 2011, overseas markets were affected by reputational damage related to concerns over radioactive contamination in Japanese food products, resulting in product returns and export suspensions. In response, the company made a strategic decision to shift toward local production overseas.

    Why Bordeaux? (Site Visits in 2014)

    Bordeaux was selected after on-site inspections conducted in 2014. The region is home to approximately 7,000 wineries, supported by a highly developed ecosystem of bottling, labeling, and related industries. The availability and adaptability of winemaking infrastructure—particularly large wooden barrels—were identified as major advantages.

    In addition, while koji production remains a uniquely Japanese strength, the team recognized key similarities in fermentation philosophy and processes, leading to confidence that soy sauce brewing could be successfully adapted to the local environment.

    Significance for the Regional Economy

    The project enables off-season utilization of wine-making facilities, offering diversification opportunities at a time when red wine consumption has been declining and farm abandonment has become a challenge. As such, soy sauce brewing functions as a new industrial model contributing to regional resilience.


    On-Site Evaluation and Flavor Characteristics

    Production processes were directly observed at the local brewery, with fermentation in traditional Bordeaux wine barrels serving as a defining feature.

    Market prices were generally positioned at the premium end, as confirmed through retail observation at Le Bon Marché.

    Tasting Impressions

  • White (light-style soy sauce)
    Minimal color transfer, preserving visual presentation. Light sweetness and freshness, with restrained soybean aroma. Saltiness tends to appear first.

  • Black / Noir (dark-style soy sauce)
    Designed for approximately one year of aging, offering depth while remaining lighter and more approachable than Wakayama-style dark soy sauce, which typically matures for around 18 months.

  • Wakayama soy sauce is characterized by long-term aging and umami-forward complexity, reflecting a different philosophical balance.


    Brewing Environment: Water, Ingredients, and Salt

    Water Quality

    Bordeaux groundwater (Abatilles) is classified locally as soft water, but by Japanese standards it leans toward hard water due to limestone-rich geology. As French cuisine is historically adapted to hard water, the soy sauce formulation was redesigned accordingly.

    Ingredient Policy

  • Japan: Emphasis on selecting high-protein soybeans.

  • France: Absolute priority on organic, pesticide-free cultivation.

  • The project collaborates with partners Adrien and Madina, who continue a nearly 400-year tradition of organic agriculture. Ingredients are grown by nearby farmers under contract, with plans for future self-cultivation.

    Salt Selection

  • Current: Sea salt from Île de Ré.

  • Under Evaluation: Guérande sea salt, which may offer advantages in flavor, supply stability, and brand recognition. Switching tests are planned.


  • Products and Production System

    Product Lineup

  • White (France-oriented light style / ~6 months aging):
    Faster return on investment, though requiring careful management due to sharper edges.

  • Black “Noir” (dark style / ~12 months aging):
    Longer maturation and slower capital recovery, but greater roundness and depth.

  • Production Expansion

  • 2023: Approximately 5,000 bottles (sampling scale).

  • Latest batch: Expanded to approximately 50,000 bottles.

  • Business Structure and Rights

    Products are registered under the local company, marketed under the brand name “SHINKO,” derived from the founder’s family name.

    Japanese Corporate Background

    The parent company, Marushin Honke, was founded in 1881 and is a traditional producer of Kinzanji miso, from which tamari—the precursor to soy sauce—originated.


    Market Reception, Pricing, and Distribution in France

    Pricing and Channels

    The product performs well even in the premium price range (around €19). It has achieved repeat sales both in-store and online at Le Bon Marché and has expanded distribution into Switzerland and Belgium.

    Adoption and Cultural Shift

    Top-tier chefs, including Michelin-starred professionals, have adopted the soy sauce. It is increasingly integrated into French culinary contexts such as red wine sauces.

    The former perception that “soy sauce does not belong in French cuisine” has shifted. The color-neutral quality of white soy sauce aligns particularly well with French aesthetics and respect for terroir.

    The narrative of being “French-made”—using Bordeaux barrels, local water, salt, and agricultural practices—adds persuasive power and pride.


    Aroma, Whole Soybeans, and Balance Design

    Aroma-Driven Market Adaptation

    As in wine culture, aroma evaluation takes precedence in France, with a highly developed sensory vocabulary.

    Advantages of Whole Soybeans

    The rich aromatic profile derived from whole soybeans has earned strong professional acclaim and clearly differentiates the product from industrial soy sauces made primarily with defatted soybeans.

    Flavor Balance

    Overuse can result in excessive saltiness, making precise balance between aroma and salinity essential.


    Usage, Cultural Context, and Culinary Applications

    By adding soy sauce to core French seasonings—salt, pepper, and vinegar—chefs can amplify aromatic and umami layers without shifting toward Japanese cuisine.

    White soy sauce, when added sparingly to soups or sauces, enhances depth and aroma without altering color.

    The project highlights the complementary relationship between Japanese modular fermented seasonings (miso, sake, mirin, katsuobushi) and French sauce techniques. A small addition of long-aged fermented ingredients can dramatically deepen sauces.


    Historical Background: Yuasa and the Origins of Soy Sauce

    Yuasa is recognized as the birthplace of soy sauce and designated as a Japan Heritage site. Approximately 770–800 years ago, the monk Kakushin studied koji in China and introduced Kinzanji miso to Japan; the liquid tamari that seeped from the miso became the foundation of soy sauce.

    Around 400 years ago, during the Toyotomi era, “Yuasa soy sauce” was formally established. Local brewers gained official seals after supplying provisions for military campaigns, expanding distribution nationwide. At its peak during the Edo period, Yuasa had 92 soy sauce producers.

    Following decline due to modernization and distribution changes, Yuasa Soy Sauce Co. was founded in 2002 to revive the tradition and pursue global expansion.

    Water and Broth Culture: Eastern vs. Western Japan

  • Kanto: Hard water → kombu less suitable; bonito-based stock and dark soy sauce dominate.

  • France, while culturally a hard-water region, has adapted primarily through white soy sauce due to its emphasis on visual presentation.


    Local Partners, Operations, and Language

    Partners Adrien and Madina are highly dedicated and hardworking. Through continuous dialogue and annual revisions, ingredients, water, salt, and processes are constantly refined.

    As operations are conducted primarily in Japanese, chef feedback is collected, translated, and analyzed through local partners.

  • Kansai: Soft water → kombu-based stock; light and white soy sauces are preferred.

 

 

2023年3月にオープンした Pavillon Yuasa(湯浅醤油のはなれ)
  フランスボルドーのレストラン