日時:2016年5月11日~17日
 
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 「大峯奥駈道」は今から約1300年前に修験道の祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いた修行の道と言われていて、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣の道」として世界遺産に登録された古道の一つです。
 ほとんどの古道が熊野への参詣路ですが、どうせ歩くなら修験道で最も険阻な「大峯奥駈道」と思っていました。しかも、大峯を代表する山上ヶ岳一帯はいまなお女人禁制を守り続けているので興味が有りました。
 
5月11日(水)
自宅⇒東京⇒京都⇒大和上市→吉野川75靡(柳の渡し・柳の宿)→金峯山寺
→吉野山・中千本(民宿)
 
5月12日(木)
中千本(民宿)→金峯神社→山上ヶ岳→裏行場→(宿坊・喜蔵院)
 
5月13日(金)
山上ヶ岳(喜蔵院)→大普賢岳→行者還岳→弥山(弥山小屋)
 
5月14日(土)
弥山小屋→八経ヶ岳→釈迦ヶ岳→深仙小屋→嫁越峠→持経の宿
 
5月15日(日)
持経の宿→行仙宿→笠捨山→地蔵森→玉置神社→玉置辻(ツエルト)
 
5月16日(月)
玉置辻(ツエルト)→大森山→五大尊岳→七越峰→熊野川→①靡・熊野本宮
⇒速玉大社→新宮ビジネスホテル
 
5月17日(火)
ホテル⇒那智⇒那智大社⇒JR新宮⇒名古屋⇒東京⇒自宅
 
 さっそく手元に有る昭文社の古い1995年版の「大峰山脈」を眺めてみると、これが表裏紙面を全部使って上から下までルートが描かれている長大な健脚向きの修行の登山道になっていました。
 計画に当たって荷を軽くするため宿坊や山小屋を利用し、できない日はテント泊と、なかなか厳しい行程になりそうです。
 今回は、最後は熊野本宮大社の参詣で締めたいので、吉野の吉野山・金峯山寺から始まり、山上ヶ岳・弥山・八経ヶ岳・釈迦ヶ岳と大峯山系を南下(逆峯・ぎゃくふ)し熊野まで行くことにしました。
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 「大峰奥駈道七十五靡」森沢義信(著)参照
 
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  75靡の柳の渡しには現在も柳が有ります。柳の渡しが有る吉野川の対岸に75靡の柳の宿が有ります
 
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  大和上市駅で降りて駅前の観光案内所に行くが「本日休業」の貼り紙、仕方がないので隣のタクシー会社で「柳の宿」を尋ねます。
 「タクシーを使えば直ぐだよ」と言われたましたが、国道を歩き戻り75靡の柳の渡しへ向かいました。かなりの遠回りで「柳の渡し」へ着きました。
 柳の渡しの最寄り駅は六田でした。ムダと読みます。本当に無駄な歩きでした
 
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  75靡の吉野川の柳の渡しです。吉野川は順峯の際の結願所・垢離・礼拝ですので、靡する前に本来は吉野川で身体を浄めますが、手だけ浄めて修行山行に入ります。向こうに見えるのが美吉野橋です
 
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 吉野山中千本の国宝・金峯山寺蔵王堂です。蔵王堂は大峯修験道の総本山です。役行者が祈り出した金剛蔵王大権現像が三体安置される蔵王堂は国宝建造物に指定されています
 
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 吉野の宿坊は精進料理という話なので肉魚料理が出る民宿(太鼓判)に泊まりました
 
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 今日(二日目)からが本番の歩きになります。早朝、上千本から中千本を見下ろすと金峯山寺などが「天空の城」ならぬ「天空の寺」になっています
 
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吉野山奥千本に有る修行門で車道から離れます。ここが修行の入口になります
 
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 四寸岩山(1236m)は2個の岩の間が4寸だからと言われてますが、山頂付近を探したけれど岩らしきものは有りませんでした
 
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 吉野古道は険阻な尾根と大天井ヶ岳などの頂を歩いて行きます。巻道は山腹を歩き険阻な尾根や頂は歩きません。しかも途中で水も補給できます。私は、時間はかかるが吉野古道を登りました。当然ですよね
 
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 大天井ヶ岳(1439m)山頂は縦走路からチョット外れています。ここまで山道の随所に「KOBO  Trail」という、道しるべのテープが貼って有ります。弘法大師の道でトレランレースの為ということらしい。「KOBO  Trail」は大天井ヶ岳の分岐で大峯奥駈道と分かれます。「KOBO  Trail」の弘法大師の道をそのまま行くと高野山に行ってしまいます。
 先達のブログを拝見していると、この「KOBO  Trail」に引っ張られて道間違いして戻っている人も少なくないようです
 
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 五番関の女人結界です。五番関は仙人が碁を打った碁盤の石があったことから、本当は「碁盤関」といったそうです。1970年に女人禁制の門がここに移されたそうです
 
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 鐘掛岩から歩いて来た大天井ヶ岳~四寸岩山を望みます。
鐘掛岩は役行者が法力を使って、はるか遠州の長福寺の鐘を飛来させ、その鐘を掛けたという伝説の岩です
 
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等覚門より大峯山寺(山上ヶ岳)の境内になります
 
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西の覗きの正面に有る鷲ノ巣岩です。こちらの方が怖いです
 
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 宿泊した山上ヶ岳の喜蔵院の宿坊・参籠所(さんごしょ)宿泊代は翌日の弁当付きで 8600円。山上なのに風呂もあります。一人なので一番湯で入れました。お風呂は小さく、当然石鹸は使えませんでした。
 GWは大峯山寺の戸開けで、大変に混んだらしいが、今日は24畳の部屋に私一人で、体育館で寝てるみたいで落ち着きませんでした 
 
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  山上ヶ岳のお花畑から眺める、弥山(遠方正面)と稲村ヶ岳(手前)です
 
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 山上ヶ岳(1791m)三角点と湧出岩です。
役行者は湧出岩にて修験道の本尊である金剛蔵王大権現を祈り出しています
 
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山上ヶ岳頂上のアケボノツツジ咲く日本岩から見る弥山と稲村ヶ岳(手前)です
 
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 山上ヶ岳の裏行場の胎内潜り入口です。裏行場は危険地帯なので先達なしでは通行出来ないと警告看板が有ります
 
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 3日目の朝です。朝食は朝何時でも要望に応えるとのことなので、5時の朝食にしていただく。朝食前に外へ出てみると管理人さんがご来光を待っていたので、色々とお話ができました。山上ヶ岳からのご来光は300Km離れた富士山まで望めました。今年一番の天気で、初めて富士山をはっきりと望めたとのことでありました・ラッキー
 
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 小篠の宿(おざざのしゅく) 縦走路に沢水が豊富に流れいます。数少ないオアシスです
 
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 阿弥陀が森の女人結界です。女人禁制が終わり、ここから先は山ガールに会えるかもしれません
 
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大普賢岳(1780m)役行者が法華経をおさめた所です
 
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 西日本に咲くヒカゲツツジです。ツツジの名は付くがシャクナゲの仲間で東日本では見ることが出来ない花です。次の日嫁越峠で会ったお嫁さんみたいな方から教えていただきました。遠景の山は山上ヶ岳方面です
 
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 行者還岳(1546m)は縦走路から大きく外れていますが、重いザックを背負い往復しました
 
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シカが食べない毒草のバイケイソウのみが繁殖しています。でも綺麗ですね
 
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 一ノ多和付近に咲くヤマシャクヤクの大群生地に和みます。このままいつまでも保護されることを願っています
 
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 弥山(1895m)山頂の天河奥宮です。八経ヶ岳方面の展望が有ります
 
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弥山から望む八経ヶ岳です。その背後(左)の山は釈迦ヶ岳です
 
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 弥山から北側を望むと歩いてきた山上ヶ岳~地蔵岳~大普賢岳~行者還岳の大峯北部の山々が見えました。
 
 3日目に宿泊した弥山小屋では、関西の年配単独男性で以前全山奥駈し北奥駈は常に登っている方、中年の単独男性でヤマレコしていて明日山上ヶ岳周回予定の方、途中会ったカルフォルニア在住の日本人のTさんと同室になりました。皆さんとは大峯奥駈道の話がいつまでも続きました。 
 弥山小屋は消灯後は部屋と廊下の電気は一切使えないようでした。夜半に携帯の時計を見るが電源が入らない。今日一日携帯電話が通じない圏外を歩いて来たのに、電源ONにしていた為に電池が無くなっていたようです。予備バッテリーと充電器を持って来ていたので、静かに起き廊下に有るコンセントに差し込みました。暫くたってもONにならない。なぜだろう?壊れたのだろかと、私は携帯に詳しくないので同室の方にみてもらったが分からない。全然充電されなくなぜだろう?と分からない。なんと持ってきた予備バッテリーを使うとONになりました。安心しました。
 消灯後は部屋、廊下の主電源を切っているので、セコクして夜間充電は考えない方が良いです。また廊下の予備灯も消してあるので、夜間に起きる人は、電気設備のある小屋ですがヘッドランプは絶対必要な小屋でもありました。
 それとは別に弥山小屋の食事はすごく美味しく肉魚も出てスタミナもつきますよ。
 
ここまで前編です