2007年10月ごろだったと思う。
それまで月40時間ほどあった残業が、業績悪化の影響で突然ゼロになった。

残業代が入らなくなり、
手取りは 22〜23万円ほど にまで減った。
月に10万円近く収入が減ったことになる。

この時にはすでに独身寮を出て、民間のアパートに住んでいたこともあり、
さすがに「このままで大丈夫だろうか」という気持ちはあった。

 

 

固定費を算出し、“生活の最低ライン”を把握した
 

収入が減ったことで、まずやったのは 固定費の洗い出し だった。

固定費として考えたのは、次の項目だった。

  • 家賃
  • 電気・水道・ガス
  • 携帯料金
  • 生命保険料
  • その他の毎月必ず発生する支出

そして、食費については、平日の昼食代だけは会社の食堂で取り、
その食費は給料から天引きされていた。

つまり、
昼食代が差し引かれた後の“手取り22〜23万円”が実際に手元に入っていた金額  
ということになる。

そのうえで、朝食・夕食・週末の食費は自分で賄う必要があった。

固定費と食費を整理してみると、
食費+生活費を3〜4万円に抑えれば生活できる  
ということが分かった。

 

 

給料日ルールを作り、生活費を徹底的に管理した
 

給料日になると、
自由に使えるお金だけを銀行から下ろし、財布に入れる。

そして、
「これから1カ月、このお金で生活する」
というルールを自分に課した。

財布にあるお金が“今月の生活費”。
それがなくなったら終わり。
逆に余れば翌月に回す。

このシンプルな方法が、
生活費を自然とコントロールする助けになった。

 

 

毎月10万円の投資は、絶対に止めなかった
 

当時の私は、毎月 10万円 を“投資・貯蓄”に回していた。

  • 投資信託:6万円
  • 米ドルMMF:1万円
  • 定期預金:数万円

収入が減った時、
この積立を続けられるのかどうかが一番気になっていた。

でも、固定費を整理してみると、

  • 手取り22〜23万円
  • 生活費は3〜4万円
  • 投資10万円を続けても生活は成り立つ

ということが分かった。

そこで私は、
「投資額を減らすのはいつでもできる。できるところまで続けてみよう」  
と決めた。

 

 

ボーナスは“生活費の補填に使わない”と決めた
 

もうひとつ決めたのは、
ボーナスを生活費の補填に使わない ということだった。

もちろん、家電の買い替えなど最低限の出費は仕方がない。
ただ、

  • 生活費が足りないからボーナスで埋める
  • 赤字をボーナスで調整する

こういう使い方は絶対にしないと決めた。

理由は、
固定費+生活費3〜4万円で生活する“型”を崩さないため。

この型を守ることで、
毎月の積立投資を安定して続けられる。

だからボーナスは、

  • 不動産の繰り上げ返済
  • 新規の株式投資の資金

この2つに限定して使うと決めた。

ボーナスは“生活を楽にするためのお金”ではなく、
“未来のためのお金” として扱った。

 

 

リーマン・ショックが起きても、生活への影響はほとんどなかった
 

2008年9月。
リーマン・ブラザーズ破綻のニュースが世界を揺らした。

ただ、私の生活はすでに“残業ゼロの生活”に切り替わっていたこともあり、
生活そのものへの影響はほとんどなかった。

むしろ、
収入が減った時点で生活を見直し、
固定費を把握し、
投資の方針を決めていたことが、
リーマン・ショックの衝撃を吸収してくれた。

 

 

株式投資では「売り方」を考えるようになった
 

リーマン・ショックが起きるまでの私は、
「良い会社の株を安い時期に買って長く持ち続ければ、いずれ資産は増えていく」  
と考えていた。

実際、私が買っていた株は
ITバブル崩壊後の低迷期(2000年代前半)に買ったものが多く、
買値より大きく下がることはほとんどなかった。

だから、
「持ち続けていれば損失が膨らむことはないだろう」  
と自然に思っていた。

しかし、
“100年に1度の出来事”と言われたリーマン・ショック のような
市場全体を揺るがすショックが起きると、
それまで時間をかけて積み上げてきた利益が、
一瞬で吹き飛んでしまう という現実を知った。

この経験から、私は強く思った。
「資産を増やしていくためには、“売り”という選択肢も考えていかなければならない」
 

もちろん、長く持ち続けたい株はある。
ただ、どんなに良い企業でも、株価が永遠に上がり続けるわけではない。

だからこそ、
長期で持ち続ける株であっても、一部は売る。
すべてをずっと持ち続けるのではなく、状況に応じて調整する。


こうした“売り方”を考えることが、
結果的に資産を守り、増やすことにつながると感じた。

リーマン・ショックは、
私にとって 「売り方を考えるきっかけになった出来事」 だった。

 

 

そして2011年11月──4年間続いた厳しい生活が終わりを迎える
 

2011年11月。
出向していた子会社から自社に戻ることになった。

ここでようやく、
残業もできるようになり、
収入も戻り始めた。

思えば、
2007年10月に残業がゼロになってから、
2011年11月までの約4年間、
ずっと厳しい生活が続いていた。


でも、この4年間があったからこそ、

  • 生活の基盤を整え
  • 投資の考え方を固め
  • 積立投資を続ける力が身につき
  • 下落局面を前向きに捉えられるようになった

リーマン・ショックは確かに大きな出来事だったけれど、
私にとってはむしろ、
「生活と投資の土台を作った4年間」
だったのかもしれない。

 

 

そして、この“土台”が、次の大きな決断につながっていく。
 

2010年7月末。
私は 2棟目の不動産の契約 を結んだ。

そして翌年、
2011年2月に工事が完了し、2棟目の経営がスタートする。