2005年、生活が変わり、投資の形も変わっていった
 

2004年7月に不動産投資を始め、
福岡を訪れたことで空室リスクや経営の現実を知り、
私は繰り上げ返済を進めるようになった。

そして翌年の2005年1月1日。
1994年から10年間勤めていた東京・渋谷のソフトウェア会社を離れ、
愛知県の今の会社へ転職した。

収入が大きく増えたわけではないが、
2005年1月〜2007年4月まで会社の独身寮に入れたことで、
生活費が大きく下がった。
その結果、繰り上げ返済に回せるお金が増えた一方で、
株式投資に回せる資金はかなり限られた。

実際、2005年の株式購入額は 268,805円
売却代金を差し引くと、
実質の新規投資額は 18万円弱 にとどまった。

 

 

少額でできる投資を探し、低位株投資を試した
 

株式に回せるお金が少なくなったこともあり、
私は少額でできる投資方法を探していた。

その中で出会ったのが、
吉川英一さんの本に書かれていた 低位株投資 だった。

そして私は「金持ちサラリーマン」になった

「これなら大きな金額を投じなくても良いかもしれない」
そう思い、実際に中外鉱業(1491)など数銘柄を購入した。

ただ、この投資法は長くは続かなかった。

  • いつ急騰するか分からない
  • 自分が急騰銘柄を掴めるとも限らない

当時の私の資金状況を考えると、
“いつ動くか分からない銘柄に資金を寝かせる”というのは
あまり合わなかった。

こうして低位株投資は短期間で区切りをつけることになった。

 

 

次に取り組んだのがIPO投資だった
 

低位株投資の次に取り組んだのが IPO投資 だった。

IPOは抽選に申し込むだけで参加でき、
当たれば購入、外れれば資金は減らない。
忙しいサラリーマンでも続けやすい投資法だった。

当選確率を少しでも上げるために、
私は複数の証券会社に口座を開設した。

  • 野村證券
  • 大和証券
  • 新光証券(当時)
  • 三菱UFJ証券
  • 松井証券(旧ディー・ブレイン証券のIPO取扱いを引き継ぎ)

この時に開設した口座のいくつかは、
その後の投資でも役に立つことになる。

いま改めて当時の結果を見ると、
大きな利益が出たわけではないものの、
それなりの回数、当選している。

特に 2006年10月〜12月 にかけては、
短期間に複数のIPOに当選していた。

IPO投資は、
“いつ動くか分からない”低位株投資とは違い、
抽選に申し込むだけで完結する。
リスクが限定的で、無理なく続けられる投資法だった。

ただ、年々参加者が増え、
当選が難しくなっていったこともあり、
2008年以降は当選がほとんどなくなった。

それでもIPO投資は続けたいと思っていて、
2010年ごろから再び取り組むようになった。

 

↓IPO投資歴(~2007年まで)

 

 

生活の安定とともに、投資額も少しずつ増えていった
 

転職後の生活が安定し、
独身寮での生活費の低下もあって、
繰り上げ返済を続けながらも
少しずつ投資に回せるお金が増えていった。

その結果、投資額は次のように推移した。

  • 2005年  

   買い:268,805円
   売り:90,950円

  • 2006年  

   買い:1,343,433円
   売り:598,985円

  • 2007年  

   買い:2,056,435円
   売り:1,103,149円

  • 2008年(9月15日まで)  

   買い:982,612円
   売り:87,255円

数字を見ると、
生活環境の変化が投資行動にどれだけ影響していたかがよく分かる。

 

 

そして、リーマン・ショック前夜を能登半島で迎えた
 

2008年に入ると、
サブプライム問題がニュースで取り上げられることは増えていたものの、
私はそこまで危機感を持っていなかった。

当時は出社時間が早く、
朝のニュースを見る機会も少なかったこともあり、
アメリカの金融機関の経営不安が
どれほど深刻なのかを実感できていなかった。

そんな中、
2008年9月12日〜15日にかけて、
私は能登半島で開催されていた「ツール・ド・のと」に参加していた。

毎年参加していたわけではなく、
その年の8月に筑波で行われた「夏の8耐」に出た際、
一緒に走ったメンバーから誘われて、
初めて参加したイベントだった。

9月15日の早朝、
宿泊先のテレビをつけると、
リーマン・ブラザーズ本社の前に
マスコミが集まっている映像が流れていた。

アメリカ時間の14日から、
「破綻するのではないか」という報道が出ていたらしい。

ただ、その時の私は、
正直“寝耳に水”だった。

イベント中ということもあり、
気持ちはそちらに向いていたし、
それまで危機感を持っていなかったこともあって、
状況を深刻に捉えられていなかった。

それでも、
テレビの中の慌ただしい様子を見て、
「何か大きなことが起きているのかもしれない」
という程度の感覚はあった。

能登半島の静かな朝と、
ニュースの映像の温度差だけが、
今でも印象に残っている。

 

 

次回へ──リーマン・ショックとその後の投資行動
 

こうして、私の2005年〜2008年の投資行動は
生活環境の変化とともに少しずつ形を変えながら進んでいった。

そして2008年9月15日、
リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、
世界は大きく動き始める。

次回は、
リーマン・ショックが私の投資にどんな影響を与えたのか  
その時の状況と心境を振り返っていきたい。