不幸な結果の裏に、幸運の鍵がある…
それが、私が50年以上生きてきてわかってきたことです。
じゃあ、私たちは、誰もが50年以上生きないと、それがわからないのかといえばそうではありません。
何故なら、私たちは歴史から学ぶことができるからです。
私は、昭和38年生まれですから、戦争は知りません。
それでも、様々な本や学校の勉強、または戦争を体験した人たちの話を聞くことで、戦争の愚かさ、悲惨さというものを理解することができるのです。
だからこそ、二度と戦争が起きないようと願ってやみません。
もちろん、それは私だけではないでしょう…
様々な人が、戦争を二度と起こさないために、様々な努力を重ねているのではないでしょうか…
だからこそ、様々な人の話を聞くということは大切なことなのです。
話を聞くことによって、私たちの中に、新たな考え方が芽生えます。
体験せずとも、それを二度と引き起こさなくすることができるのです。
ただここで気をつけてほしいことが一つだけあります…
もちろん、戦争の愚かさを、悲惨さを二度と起こさないことも大事なのですが、何よりも平和を願う、そしてそれを実行することが大事なのです。
マザー・テレサをご存知の方もいると思います。
彼女は、カトリック教会の修道女にして、修道会「髪と愛の宣教者会」の創立者で、彼女が始めたカルカッタでの貧しい人々のための活動は、更新の修道女によって全世界に広められています。
そして、彼女の言葉にこんな言葉があります…
「私は戦争反対の運動には参加しません。けれども、平和のための運動なら喜んで参加します。」
というものです。
あまりにも、戦争反対にとらわれてしまうと、逆に戦争ばかりに目をとらわれてしまい、肝心な平和に目が行かなくなってしまうのです。
純粋に戦争反対を唱えるなら、それに付随するもの全てを否定しなくてはいけなくなります。
しかし、私たちが普段使っているインターネットだって、元を正せば最初は軍需使用が目的だったのです。
それを、今では私たちは普段の生活で何気なく使っています。
また、賛否両論ありますが、原子力発電も同様です。
原発も、第二次世界大戦中にアメリカが原子力爆弾を製造したからこそ、その産物として生まれたのです。
というように、戦争反対だけにとらわれてしまうのであれば、私たちの今の生活というものはないのです。
どのような経緯で生まれたのかは、私たちがとやかく言えることではありません。
でも、それを少しでも誰かの為に、誰かの役立つことに使うことはできるのです。
それこそが、マザー・テレサが言った〝平和のため〟のものではないでしょうか…

