ストップ THE 離婚!結婚生活破綻、夫婦崩壊、その前に、〝もう限界〟〝もうダメ〟にケリをつけましょう。 -23ページ目

ストップ THE 離婚!結婚生活破綻、夫婦崩壊、その前に、〝もう限界〟〝もうダメ〟にケリをつけましょう。

離婚は周りの人のみならず、自分も深く傷つけてしまいます。でも、それに気づかない場合がほとんどなのです。離婚の本当の怖さを知ってください。それが夫婦のシェア力を大幅にアップさせてくれます。

長年一緒に生活していると、お互いに嫌な部分が見えてきて、そりゃ喧嘩も絶えなくなりますよね?(苦笑)
でも、まだ喧嘩しているうちが華!喧嘩を通り越して、お互いがお互いに干渉しなくなったら、それこそ最悪です。
ですから、喧嘩は大いに結構!
もう、遠慮なくやっちゃってください(笑)
お互いが黙り込むことこそ、そして避けるようになることこそ二人の距離を遠くさせる秘訣です。
是非とも、そうならないようにしてください。

これは私の場合ですが、まず都合が悪くなると黙り込んでしまいます。
だいたい一方が黙り込むと、怒鳴っている方もだんだんと馬鹿らしくなり、次第に黙り込むものです。
つまり、相手から怒鳴られるのをやめさせるために、自分から黙り込むわけです。
しかし、これは解決策にはなりません。
これを繰り返していくと、どうなるでしょうか?
何を言っても黙り込む相手に対し、意見をぶつけなくなるということです。
たとえ、楽しいことがあろうとも、相談したいことがあろうとも、話しかけづらい雰囲気を作り出してしまいます。
ようするに、会話がなくなる、コミュニケーションがなくなるということです。
会話がなくなれば、当然二人でいる空間も居心地が悪くなります。
何だか、二人でいることに息が詰まるようになってしまうんです。
すると、徐々に帰宅時間が遅くなっていきます。
挙げ句の果てには、どちらかが寝る頃を見計らって帰宅する、何てことにもなりかねません。
たった一度の〝黙り込み〟自体は小さな傷です。
でも、その傷は、パッと見ではわからない深さまで達していることに気づいてください。
だからこそ、お互いの感情を露わにしてでも喧嘩したほうがいいんです。
逆に言えば、お互いの感情をぶつけられる相手がいることのほうが、どれだけ心強いか・・・
考えてみてください。
私たちは、一歩外に出れば、ご近所や職場や、様々な場所で自分の感情を押し込めてしまいます。
たとえ、相手が間違っていたとしても、それをあからさまに指摘するようなことはしませんよね?
そうすることによって、自分自身に敵を作ってしまうからです。
自分の感情を抑えこみながらコミュニケーションを取っているのではないでしょうか?
まあ、夫婦のあいだで殴り合いの喧嘩はしないでしょうけど、自分の感情をさらけ出せる相手というものは、自分を押さえつける必要のない、つまり、素のままで付き合える相手というものは、そうは滅多にはいません。
だからこそ、喧嘩するほど仲がいい、何て言葉もあるのでしょうね。
黙っていても、何も解決はしません。
それは確実にふたりの絆を壊すものだということをお忘れなく!

さて、では本格的に心のダイエットをしていきましょう。
まずは、先日でも触れましたが、自分自身を疑ってみるということです。
私たちはこれまで自分の信念や価値観によって生きてきました。
もちろん、これまで生きてこられたのは、それらがあったからです。
これは紛れもない事実です。
しかし、その信念や価値観を持っていることによって、人と衝突してきたことも、また事実なのです。

自分の信念や価値観に従うことは間違いではありません。
人が悩む多くのことは、しかし、それらがほかの人のものと違っている場合に衝突が起こります。
根本的には〝ほかの人が自分の思い通りにならない〟ということから生じます。
つまり信念や価値観が違うということです。
〝私は絶対に間違っていない、間違っているのはあの人です〟ということはありません。
誰もが皆正しいのです。
あなたの心に、あなただけの信念や価値観が、覆いかぶさっているために衝突が起こるんです。

お釈迦様の世界には「四諦(したい)」というものがあります。
その中に「集諦(じったい)」というものがありますが、意味は苦しみや悩みの元(根源)はすべて執着にあり、自分が何かに執着しているがゆえに、苦悩や煩悩が生まれることを悟るということです。
つまり、あなたのこれまでの信念や価値観に執着しているから、人とのあいだにいざこざが生じるということです。 
そして、それを手放す、心に覆いかぶさった信念や価値観の皮をはがすためにも、疑ってみるということです。

例えば、休日でもなかなか家事を手伝ってくれない旦那さんに腹を立てたとしましょう。
この時のあなたの信念は、たとえ旦那さんとはいえ、家にいるときには家事を手伝うべきだというものです。
つまり、あなたの信念に、旦那さんは対立しているわけです。
だから腹が立ちます。
でも、もしも旦那さんは休日は家でゆっくり休み、また来週から一週間、仕事に行くために備えてもらおう、(まあ、こういった信念はなかなか持てないとは思いますが)という信念があれば、腹が立つことはありませんよね?(苦笑)
ましてや、旦那さんには旦那さんの信念や価値観があるわけです。
腹を立てたところで、何も解決することはありません。
せいぜい、旦那さんに愚痴を言ったり、友達や自分のご両親に〝うちの旦那は・・・〟なんて愚痴をこぼすのが関の山でしょう。
だからこそ、まずは疑ってみてください。
腹を立てる前に疑ってみてください。
〝私はどうして腹が立つのだろう、この人はどうして私と違うのだろう〟と。
実は、こう考えてみることが、相手を理解する、受け入れる始まりでもあります。
もちろん、最初からうまくはでいません。
だからこそ、意識してみてください。
人間の行動のおよそ9割は無意識のうちに行動しています。
意識して行動しているのは、1割程度しかない言われています。
その無意識の行動というのは、あなたの信念や価値観に基づいたものです。
だからこそ、意識してみてください。
まずは自分を〝疑ってみる〟です。

三つ子の魂百まで〟これは、幼い頃の性格は大人になっても変わらないという意味ですね。
私も、そんなことわざを心のどこかでは、信じていました。
また、世の中もそのような風潮にあるようです。
そのためでしょうか、子供が幼い頃から教育に力を入れる親御さんが増えているようです。
ましてや、昨今の少子化ということもあり、子供一人にかける費用も増加しています。
両親はもちろんのこと、両親の親御さん、ようするに、お爺ちゃん、お婆ちゃんも揃って、しかも、旦那さんとお嫁さんの両方ですからね・・・
そりゃ、もう子供にかけられる費用も、3倍どころか4倍にもなります。
まあ、これが良いか悪いかは、皆さんの判断におまかせします。

問題は、幼少の頃の性格は変えられないと考えていることです。
では、性格とはどんなことでしょうか?
〝あなたはどんな性格ですか?〟
そう聞かれると、〝私は積極的で、明るい性格です〟とか、〝私は消極的で、どちらかというと周りに馴染めないタイプです〟とか答えるでしょう。
でも、本当にあなたはそんな性格なのでしょうか?
まず、自分の性格を疑ってみるなんてことはしませんよね?
でも、疑ってみてください。
性格というとは、ほとんどの場合、他人から見た自分を言います。
つまり、〝あなたって○○みたいな性格だよね・・・〟
と言われると、それが自分の性格だと錯覚してしまうんです。
例えば、血液型や星座占いも同じようなものです。
一般的にA型の人は几帳面だと言われますが、実はそうではありません。
几帳面な部分もあれば、そうではない部分もある、ただ、〝あなたは几帳面な性格です〟と断言されると、その部分しか見えなくなってしまうんです。
だから自分が几帳面に思えてしまいます。
A型でも、B型でも、O型でも、AB型でも几帳面な部分があれば、そうではない部分もあるということです。
問題はそれにとらわれてしまってはもったいないですよ、ということなんです。
ぶっちゃけて言ってしまえば、性格なんてものは実はありません。
あるのはただ一つ、自分を守るためのものだけなんです。
例えば、消極的な人は、過去に人前に出て失敗した経験があるのかもしれません。
そんな経験が、心に皮をかぶせ、これ以上人前で恥をかかせないために消極的になっているのかもしれないということです。
〝三つ子の魂百まで〟の神話にとらわれないでください。
あなたの性格は、あなたが好きなようにいくらでも書き換えができます。
そのためにも、心の皮を一つはがしてみてください。
すると、また違った世界が見えるはずです。