物事というのは、自分の身の回りに起こることというのは、すべて中立です。
そこには、幸も不幸も、ましてイライラすることもまったくありません。
その出来事に、感情が加わることによって、それが変わるんです。
ネガティブな感情を加えれば、それが〝辛い〟〝苦しい〟〝イライラする〟といったものを生み出します。
反対に、ポジティブな感情を加えれば、それが〝楽しい〟〝嬉しい〟〝幸せ〟になるんです。
例えば、レストランに行って、自分が注文したものと違うものが出てきたら、あなたはどうしますか?
まず、ほとんどの人が、出されたものに対し、明らかに不満を持つでしょう。
店員さんに文句を言ったり、料理を作り直させたりするでしょう。
ましてや、料理を作り直させたりなんてしたら、さらに料理が来るまで待つことになります。
不満が倍増することは間違いありませんよね?
せっかく美味しい料理を食べに来たのに、ましてやあなたが大切に思っている人と一緒に食事をしていたとしたら、せっかくのお楽しみは半減どころか、もう二度と行くもんか!何てことにもなりかねません・・・
これは、まさしく不幸、そのものでしょう(苦笑)
でも、もしも、たとえ間違って出された料理を、〝まあ、いっか〟と思って味わってみたらどうでしょう。
あなたが注文したものものというのは、間違いなくあなたが食べたい料理ではありますが、あなたが注文しなかった料理というものは、これまでのあなたの価値観にはなかったということです。
その味を試してみるということは、あなたの世界観を広げるものかもしれません。
そう考えると、たとえ間違って出された料理でも味わってみたくはなりませんか?
ましてや、そのほうがより一層楽しくはなりませんか?
私も、先日似たような状況に会いました。
ファミレスで注文したものと違うものが出てきたんです。
まあ、私の場合、ライスを注文したのに、パンが出てきただけですが(笑)
もちろん、最初は〝えっ?俺、ライスって言ったよな?〟と思いましたが、すぐさま考え方を変えました。
〝まあ、いっか、これもありだよな。それよりもパンで味わってみよう〟と・・・
そうしたところ、パンも意外といけるじゃないですか?それ以来、パンにはまってしまった私でした(笑)
まあ、私の場合ちっちゃな間違いでしたけど・・・
それでも、間違って出されたものに対し、腹を立てたり、イライラしたりするのも、いやこれでもいいかなと思って食べるのとでは、それこそ天と地ほどの差があるんです。
もしも、あなたがそんなような状況に会ってしまったら、すかさず〝まあ、いっか〟です!
そのたった一つの言葉があなたを救います。
腹を立てたり、イライラしたりする世界から、自分の可能性を広げる世界に導いてくれるんです。
毎日生活をしていれば、それこそ色々なことが起こります。
でも、そのすべては、すべての出来事は中立です。
そこにあなたの感情を加えることによって、幸にも不幸にもなるということを忘れないでください。
そして、もしも不幸になると感じたら〝まあ、いっか〟です。
この言葉が、あなたの心に不幸の皮を被せるのを速攻で防いでくれるんです。
喧嘩はせずとも、何だかイライラすることってありますよね?
特に長年夫婦をやっていると、別に相手が何をしたわけでもないのにイライラする~なんてこともあるようです(苦笑)
私も経験ありますが、まあ、触らぬ神に祟りなし!とでも言いましょうか?やはり、相手がイライラしているなと思ったら、そこはただ黙ってやり過ごすのがいいように思います・・・
感情とは不思議なもので、至近距離の相手には物凄く伝わるようです。
だからこそ、相手が〝あっ、何だかイライラしてるな〟と感じると、距離を取ろうとするものです。
それこそ空気も読めずに、ただ自分の言いたいことをズケズケ言うと、それこそ一触即発!もう手がつけられません(苦笑)
もちろん、女性には女性特有のホルモンの関係もあるでしょうが、まあ、そこはやはり穏やか~に過ごしたいものです。
では、なぜイライラしてしまうのでしょう?
実は、イライラする原因とは、相手側にあるのではありません。
それは、あなた自身にあるんです!
と言うと、〝そんなことはない、相手が気に障るからイライラするんだ!〟とお叱りの声が聞こえてきそうです(苦笑)
はい、そうなんですね!
相手が気に障るからイライラするんですね。
気に障る、ということはどういうことか、つまり、あなたの思い通りに動いてくれない、相手をコントロールできないということです。
これが、イライラする原因なんです。
特に、好きな相手、自分が愛している相手に対し、相手は必ず自分を満足させてくれるものだ、と考えている人が多いようです。
だから自分の意に反する行動を取ると、〝あなたは私のことを愛していない〟なんてことも言われちゃったりします。
でも、他人をコントロールすることなんてなかなかできません。
あなたも子供の頃、親からよく、〝○○しなさい〟〝勉強しなさい〟何て言われませんでしたか?
でも、そんな時は、〝わかってるよ!〟〝まったくうるさいな!〟何て憎まれ口を叩いた記憶があるでしょう?
そう、人は他人から〝○○しなさい〟何て強要されると、どうしても反発してしまうんですよね。
また、それを言った本人も、仮に相手が自分通りのことをしたとしても、〝まったく、何でちゃんとならないの?〟〝言われる前にやりなさい!〟と言いたくなるものです。
つまり、相手をコントロールしようとする側も、される側も、仮にコントロールできたとしても決して満足する結果は得られないんです。
だったら、コントロールするなんてことは、最初から考えない方がいいですよね?
そのほうが、どれだけ自分にとっていいことか、少なくともイライラせずに済むということです。
さあ、今日から相手をコントロールしようなんてことはやめましょう。
ましてや、それは決して愛とは言えません。
それは、あなたのエゴです。
エゴの皮を剥がせば、ちゃんと愛が現れます!
特に長年夫婦をやっていると、別に相手が何をしたわけでもないのにイライラする~なんてこともあるようです(苦笑)
私も経験ありますが、まあ、触らぬ神に祟りなし!とでも言いましょうか?やはり、相手がイライラしているなと思ったら、そこはただ黙ってやり過ごすのがいいように思います・・・
感情とは不思議なもので、至近距離の相手には物凄く伝わるようです。
だからこそ、相手が〝あっ、何だかイライラしてるな〟と感じると、距離を取ろうとするものです。
それこそ空気も読めずに、ただ自分の言いたいことをズケズケ言うと、それこそ一触即発!もう手がつけられません(苦笑)
もちろん、女性には女性特有のホルモンの関係もあるでしょうが、まあ、そこはやはり穏やか~に過ごしたいものです。
では、なぜイライラしてしまうのでしょう?
実は、イライラする原因とは、相手側にあるのではありません。
それは、あなた自身にあるんです!
と言うと、〝そんなことはない、相手が気に障るからイライラするんだ!〟とお叱りの声が聞こえてきそうです(苦笑)
はい、そうなんですね!
相手が気に障るからイライラするんですね。
気に障る、ということはどういうことか、つまり、あなたの思い通りに動いてくれない、相手をコントロールできないということです。
これが、イライラする原因なんです。
特に、好きな相手、自分が愛している相手に対し、相手は必ず自分を満足させてくれるものだ、と考えている人が多いようです。
だから自分の意に反する行動を取ると、〝あなたは私のことを愛していない〟なんてことも言われちゃったりします。
でも、他人をコントロールすることなんてなかなかできません。
あなたも子供の頃、親からよく、〝○○しなさい〟〝勉強しなさい〟何て言われませんでしたか?
でも、そんな時は、〝わかってるよ!〟〝まったくうるさいな!〟何て憎まれ口を叩いた記憶があるでしょう?
そう、人は他人から〝○○しなさい〟何て強要されると、どうしても反発してしまうんですよね。
また、それを言った本人も、仮に相手が自分通りのことをしたとしても、〝まったく、何でちゃんとならないの?〟〝言われる前にやりなさい!〟と言いたくなるものです。
つまり、相手をコントロールしようとする側も、される側も、仮にコントロールできたとしても決して満足する結果は得られないんです。
だったら、コントロールするなんてことは、最初から考えない方がいいですよね?
そのほうが、どれだけ自分にとっていいことか、少なくともイライラせずに済むということです。
さあ、今日から相手をコントロールしようなんてことはやめましょう。
ましてや、それは決して愛とは言えません。
それは、あなたのエゴです。
エゴの皮を剥がせば、ちゃんと愛が現れます!
黙り込むことは、二人のあいだに不穏な空気を生み出します。
かと言って、それこそ年がら年中喧嘩に明け暮れるというのもいただけません。
やはり、せっかく二人で暮らすのであれば、それこそ穏やか~に暮らしたいものです。
では、どうしたら喧嘩をせずに暮らすことができるのでしょうか?
まずその前に、どうして喧嘩になるのか、その原因を探っていきましょう。
そもそも喧嘩の原因は、些細なところから始まります。
もう、それはそれは、他人が聞けば、どうでもいいようなことです(笑)
しかし、当人にとってみれば、それこそ死活問題なんです。
だから喧嘩が始まるわけですが・・・
さて、では、すべての喧嘩の原因とは何でしょうか?
それは〝他人が自分の思い通りにならない〟ということ、これがすべての喧嘩の始まりです。
つまり、自分が〝相手にこうしてもらいたい、いやこうあるべきだ〟というものが否定された時です。
そして、いつも自分は正しいと思っています。
さらに悪いことに、自分が正しくて、相手が間違っているとさえ思っています。
そこで、そのことを相手に指摘します。
しかし、相手もまた自分が正しいと思っています。
指摘される意味さえ理解できません。
お互いが自分が正しくて、相手が間違っていると考えているんです。
そりゃ衝突は起こりますよね?(苦笑)
これで、喧嘩が成立するわけです!
だからこそ、まずは自分が正しくて相手が間違っているという価値観を心から剥がしてしまいましょう!
誰もが皆正しい、つまり自分は正しいと思っています。
だからこそ、まずはそれを、相手を認めることを考えてみてください。
心からあなたの価値観の皮を剥がすと、そこに残るのは〝愛〟です。
そう、つまり相手を受け入れるということは〝愛〟以外の何物でもないということです。
愛というと、どうしても好きだとか、愛しているとか感情だと考えてしまいますよね?
でも、愛とは感情ではありません。
世界中の有名な文学では、愛とは行動することとされています。
あなたの心の皮を剥がす、そんな小さな行動が愛を生み出すということです。
確かに、いきなり受け入れろ、などと言っても、簡単にはできないでしょう。
だからまずは意識してみてください。
もしも、喧嘩になったとしてもいいんです。
喧嘩のあとに、〝ああ、しまった、相手を受け入れるんだっけ・・・〟と思っていただければいんです。
そんな小さな行動の積み重ねがやがて大きくなっていくんですから!
かと言って、それこそ年がら年中喧嘩に明け暮れるというのもいただけません。
やはり、せっかく二人で暮らすのであれば、それこそ穏やか~に暮らしたいものです。
では、どうしたら喧嘩をせずに暮らすことができるのでしょうか?
まずその前に、どうして喧嘩になるのか、その原因を探っていきましょう。
そもそも喧嘩の原因は、些細なところから始まります。
もう、それはそれは、他人が聞けば、どうでもいいようなことです(笑)
しかし、当人にとってみれば、それこそ死活問題なんです。
だから喧嘩が始まるわけですが・・・
さて、では、すべての喧嘩の原因とは何でしょうか?
それは〝他人が自分の思い通りにならない〟ということ、これがすべての喧嘩の始まりです。
つまり、自分が〝相手にこうしてもらいたい、いやこうあるべきだ〟というものが否定された時です。
そして、いつも自分は正しいと思っています。
さらに悪いことに、自分が正しくて、相手が間違っているとさえ思っています。
そこで、そのことを相手に指摘します。
しかし、相手もまた自分が正しいと思っています。
指摘される意味さえ理解できません。
お互いが自分が正しくて、相手が間違っていると考えているんです。
そりゃ衝突は起こりますよね?(苦笑)
これで、喧嘩が成立するわけです!
だからこそ、まずは自分が正しくて相手が間違っているという価値観を心から剥がしてしまいましょう!
誰もが皆正しい、つまり自分は正しいと思っています。
だからこそ、まずはそれを、相手を認めることを考えてみてください。
心からあなたの価値観の皮を剥がすと、そこに残るのは〝愛〟です。
そう、つまり相手を受け入れるということは〝愛〟以外の何物でもないということです。
愛というと、どうしても好きだとか、愛しているとか感情だと考えてしまいますよね?
でも、愛とは感情ではありません。
世界中の有名な文学では、愛とは行動することとされています。
あなたの心の皮を剥がす、そんな小さな行動が愛を生み出すということです。
確かに、いきなり受け入れろ、などと言っても、簡単にはできないでしょう。
だからまずは意識してみてください。
もしも、喧嘩になったとしてもいいんです。
喧嘩のあとに、〝ああ、しまった、相手を受け入れるんだっけ・・・〟と思っていただければいんです。
そんな小さな行動の積み重ねがやがて大きくなっていくんですから!