ストップ THE 離婚!結婚生活破綻、夫婦崩壊、その前に、〝もう限界〟〝もうダメ〟にケリをつけましょう。 -13ページ目

ストップ THE 離婚!結婚生活破綻、夫婦崩壊、その前に、〝もう限界〟〝もうダメ〟にケリをつけましょう。

離婚は周りの人のみならず、自分も深く傷つけてしまいます。でも、それに気づかない場合がほとんどなのです。離婚の本当の怖さを知ってください。それが夫婦のシェア力を大幅にアップさせてくれます。

当時の私の借金は、1000万円近くありました。

すると、当然借金は返せなくなっていきます・・・当たり前ですよね、だって収入以上の支出があるのですから・・・

でも、私はあえてそのことを考えないようにしていました。

考えると、そりゃ夜も眠れなくなります。

だから、つい楽な方に逃げてしまうのです。

つまり、現実から目をそらしていたのです。


その当時私の給料は手取りでおよそ35万円程度だったと思います。

そして毎月のお小遣いが2万円、でも借金の返済額は10万円以上になっていました。

つまり自転車操業です。

借金を返すために、また新たに借金をする、限度額を超えると、また新たに新しく借金が出来るところを探す、まあ新規開拓です。

こんなところで私の営業が役立つとは・・・何とも皮肉な話ですよね。

でも、幸いにして街金にだけは手を出さなかったのがせめてもの救いだったのかもしれませんね(苦笑)


こうして私は、立派な多重債務者のなっていったのです!(笑)

まあ、当然の如く、返済も思うように行かなくなり、家や職場に幾度となく取立ての電話が入るようになったのです。

その度に、家族をごまかしたり、言い訳を考えたりしていました。

それでも私は家族に借金があることを隠し通していたのです。

その時の心境たるや尋常ではありません。

いつ借金がバレるのか、いつ家を追い出される日が来るのか、いつ家族が崩壊する日が来るのか、とにかく毎月返済日が近づくとそんなことばかりを考えていました。

死ねばどんなに楽になることができるだろうか・・・そんなことを考えたこともあります。

婿養子・・・そのことが、さらに私を追い詰めていたのでしょうね・・・どこに行っても心が休まる場所がなかった・・・しかも、誰にも相談することもできませんでした。

とにかく、離婚するまでの数年間は、それこそ毎日が針のむしろに座っているような状態だったような気がします。


そして、とうとう結婚生活に終止符を打つ時が来ました。

返済もとうとうできなくなり、私は家を出てしまったのです。

置き手紙だけを残して・・・

家族に迷惑をかけることはできないからとは都合のいい言い訳です、とにかくその場から逃げ出したかったというのが本音です。

あの時は、本気で死ぬことを考えていました。

ビルの屋上に行って、ここから飛び降りたら楽になれるかな・・・家族はどう思うかな・・・心はボロボロでした。

まあ、何とか思いとどまりました・・・というのも、やはり死ぬ度胸がなかったからです。

そして、家族と顔を合わせ、これまでのことを洗いざらい話しました。

借金があること、それをずっと隠していたこと、そしてだまし続けていたこと、それを謝罪し、私たちの夫婦生活は終焉のときを迎えたのです。

婿養子ですから、離婚ともなれば当然私が家を出ることになります。

加えて、私の当時の仕事先は、義父の紹介で入ったところです。

ということは、家を出ることと合わせて、仕事も辞めなくてはいけません。

もちろん、仕事はそのままという選択肢もあったのでしょうが、私は勤めていた会社を辞めることにしました。

結局、離婚をして残ったものは、大きな借金だけでした。

と、ここまでが私が結婚をし、離婚をした経緯です。

いかがでしたか?

いやあ、ろくでもない男でしたよね?(笑)

ここで、もちろん、ここには元妻がどのように考えていたのかは、まったく触れていません。

というよりは、わかりません。

あくまで私の経験として話です。

でも、離婚に至るのは実はすごく簡単なことです。

自分のことだけしか考えなければいいのですから(笑)

相手のこと、周りのこと、そんなことなど考えなければいいのです。

だから離婚します・・・

ということは、相手のことを考えてあげれば離婚はまず避けられるということでもあるのです!

ということを、私は身を持って体験しました・・・

ストレスにさらされ続ける毎日というのは、思ったよりもキツイものでした・・・

とにかく、ストレスを溜めないためには、なるべく家から離れるしかありません。

この頃からでしょうか、私の帰宅時間が遅くなりだしたのは・・・


当時はインターネットが丁度流行りだした頃で、特に出会い系なんかは、もう出会いの宝庫です。

借金までして携帯を2台持ったり、携帯端末のPCを使っては、出会い系で遊びまくりです(笑)


まあ、自分で言うのも何ですが、見栄えはわりといいほうの部類でしたから、それなりに断られることもありませんでした。

あっ、もちろん、今はダメですよ。

もうどこから見ても、50を超えたオッサンです!(笑)

そして、遊び代はというと、当然パチンコで捻出するか、借金です。

それと同時に風俗も、ちょくちょく通っていました。

浮気なんて言葉は甘い、甘い!

あの頃の私からすれば、浮気なんてものは、まだ可愛いものです。

浮気なんてとっくに通り越し、まさに女遊びの鬼!いや鬼畜でした。

よく病気にならなかったと、思いますよ、ホントに(笑)


また、当時はそういったことが大好きな仲間がいたことも、私の遊びに拍車をかけていたのです。

二人で、外で待ち合わせ風俗遊びをして、どっちが早く風俗嬢を落とせるか?何てことまでしていたのです。

ついでに言っておきますが、これは仕事が終わってからではありません。

真昼間からこんなことばかり、していたのです(笑)

若かった・・・もうそんな言葉では済まされませんよね?

ホントにここまでくると、もう人でなし!本当に何を考えていたのでしょうね(笑)

でも、仕事も意外とこなしていました。

自分で言うのも何ですが、会社一大きいプロジェクトをこなしたりしていましたから、それなりの評価はあったのです。


でも、こんな生活など長く続くはずはありません。

そう、私の精神も生活も徐々に崩壊の一途を辿っていくのです・・・

私の結婚生活は15年ほどでしたが、10年以上は借金でした。

しかも、家族には絶対に知られてはいけない、それだけは固く心に誓っていたのです。

ストレスを発散させるためにと自分自身で納得させながら、その反面、いつ家族に私の遊びや借金がバレるのか、つまり、結婚生活が破綻してしまうのか・・・そんなことばかり考える日々が続いていました。


常にそんなことを考えているわけです、とてもじゃありませんが、心から幸せだな・・・結婚してよかったな・・・と思える日々は遥か彼方に消え去っていったのです。

もちろん、子供が生まれたときは、元妻がつわりで苦しんだ分、無事に生まれてくれたことを心から喜びました。

また、子供の成長を間近に見れることを、本当に幸せだとも感じました。

でも、そんな生活自体が実は幻想ではないか、嘘なのではないかと考えてしまうほど、私の精神は崩壊していったのです。

そして、その崩壊を食い止める唯一の方法はギャンブルと女遊びだと、自分で言い聞かせていたような気がします。

まあ、あまりにも身勝手なお話ではありますが、でも当時の私には、それしか考えが思いつかなかったのです。

そして、ついに結婚生活に終止符が打たれる時がやってくるのです・・・

バブルも弾け、もはや、ボーナスで借金を返すこともできなくなった私は、それこそ毎日のようにパチンコ屋に通うようになっていたのです。

〝パチンコで作った借金はパチンコで返す!〟でも、そんなことなどできるはずもありません。

でも、当時の私は本気でそれを考えていたのです。

なぜなら、勝つ時があるからです。

しかも、ものの数時間で数万円も稼げてしまう、多い時で一日20万ほどになってしまうのです。

そりゃ、当然返せると考えてしまいますよね(苦笑)

でも、やはりそんなに甘いものではありません。

何せ、パチンコと言えども、そこは商売です。

商売ですから、必ず利益を出さなくてはいけません。

常にお客さんに勝たせていたらどうなるでしょうか?

それこそ、そのお店はすぐにつぶれてしまいますよね。

適度に出させては、お客さんの気持ちをあおる、そしてジワジワと、しっかりとお金を回収する、それこそがギャンブルというものではないでしょうか?


当時は、ある程度は理解していたものの、〝いや、俺は違う!〟なんて、浅はかなことを考えておりました・・・

朝会社に出て、外回りと称してはパチンコ屋に通う、そんな日々が始まりました。

多い月で40万円ほど稼げた時もありました。

実に給料が2倍に膨れ上がるのです。

当時は、当然お小遣い制です。

でも、やはりお小遣いだけでは足りなくなり、稼いだお金で遊ぶ日々を続けていました。

もはや金銭感覚もなくなっていました。

家庭でのストレス、そして借金返済というボディーブローが徐々に私の体を蝕んでいきました・・・


その頃、チョッとした事件が起こりました。

まあ、お互いが跡取りということもあり、お家騒動が持ち上がりだしたのです。

そして、私は元妻の両親からある選択を迫られました。

一つは離婚をして実家に帰れ!ということ・・・

そしてもうひとつは、私の実家を捨てて元妻の家の婿養子になれ!という選択です・・・

まあ、元妻の両親としては、本音で言えば離婚して欲しかったのだと思います。

だって、私があまりにも不甲斐ないから(苦笑)

当たり前ですよね、だって家庭のことなんてそっちのけで、自分のストレス発散と称しては、仕事もせずに遊んでいるわけですから・・・

もちろん、私が借金漬けだとか、毎日仕事をサボってパチンコに言っているなどと、そんなことは相手に知りません。

でも、そんなことを続けていれば、当然態度には出ていたのでしょう・・・


そして、子供も二人もいたという理由もあったのでしょう、私は実家を捨て、元妻の家に婿養子となることを選びました。

そりゃ、私の両親も口では納得したとはいうものの、やっぱり内心は相当腹を立てていたと思いますよ。

だって、一人っ子の長男を取られたわけですから・・・

いやあ、これにはさすがに参りました(苦笑)

自分自身に名前が変わっても自分という人格まで変わるわけがないと納得させたのを覚えています。

でも、そう簡単に割り切れるものではありません。

男してのプライド、父親としてのプライド、夫としてのプライドがズタズタに引き裂かれたような気分でした・・・

すると、当然の如く、またストレスが溜まっていくわけです(苦笑)

ストレスが溜まるから、またギャンブルをする、遊ぶ、すると、また借金が増える、その金額はストレスが溜まるのと比例してどんどんとエスカレートしていくのです(笑)