こんばんは、愛のある結婚生活を支援する、カウンセリング&コーチ横田雅彰 です。
浮気と一口に言っても、その形は様々です。
身も心もという場合もあるでしょうし、また身体だけということもあるでしょう。
どうしてこうも、うまいこといかないんでしょうね(苦笑)
せっかく結婚したわけですから、仲良く過ごせばいいのにと思うんですが・・・
まあ、うまくいかないからこそ人生なんでしょうが・・・
浮気をする側も、される側も、どうしてもその原因は相手側にあると考えてしまいます。
浮気をした旦那さんからすれば、〝お前が、俺のことをちゃんと相手にしてくれないからだ!〟
一方、奥さんにしてみれば、〝いいえ、あなたが私をちゃんと愛してくれないからよ!〟
とまったく平行線をたどったままです。
どちらも自分は正しい、自分だけは正しいと思っています。
そして、その全責任を相手側に押し付けてしまうということが、ほとんどです。
もちろん、法的手段に訴えるならば、浮気した側の責任は明らかでしょう。
でも、運命共同体である以上、浮気をしたということは、二人に問題があったわけであり、決して相手側だけに問題があるわけではありません。
でも、まず浮気された側からすると、すべての原因は相手側にあると考えてしまうために、なかなか二人の関係は改善しないんです。
ほとんどの人が、その責任は自分にもあるなんて考えません。
だから、たとえ一時的に浮気をやめさせたとしても、また同じことを繰り返してしまうんです。
まず、浮気癖の治らないパターンというのが、これです。
私たちは、学校の授業で数学や国語は習います。
でも、愛について、なんてまず習いません。
それは、両親から学ぶものとされています。
もちろん、何が正解かなんてことはわかりませんが、でも、たとえば浮気が家庭を壊すことはあっても、家族が幸せになることはありませんよね?
それでも、してしまうということは、やはり正しい愛というものを学んでこなかった、また教える人もいなかったのではないでしょうか?
たとえば、欧米ではキリスト教という、愛のついての経典があります。
しかし、日本においてはそれさえもありません。
しかも、最近ではある芸能人の二股騒動なんてのもありました。
あのような報道を見るたびに、いかに日本人の愛に対する理解が低下していることがわかると思います。
しかも、私たちは、日常茶飯事そのような報道を見せられているんです。
つまり、愛というものに対し、偏屈になってしまったとしても、ちっとも不思議ではありません。
かなり話が横にそれてしまいましたが、まずは浮気にというものは、どちらにも問題があるからこそだということを理解してください。
だからこそ、その問題の解決を相手側に押し付けることはできません。
つまり、浮気相手と別れたから解決するといったことでは決してないということです。
もしも、ご主人が浮気をしたからといって、絶対に相手を責めるだけではいけないということです。
憎しみというものは、自分からエネルギーを喪失するだけであって、決していいことはありません。
それどころか、さらに悪いことに、憎しみのエネルギーは憎しみを増幅させるだけです。
その問題は、貴女にとっても問題でもある以上、それを受け入れなければいけないんです。
そして、許すということが必要です。
もちろん、それは相手もですが、自分自身も許すことが必要です。
それが、運命共同体である夫婦に課せられた使命でもあるんです。