でも、見返りを期待してしまうことはいけないこと?
自分が愛されているという証が欲しい・・・
もちろん、誰しも愛されたいと願っています。
愛し、愛されるからこそ人間ともいえます。
ただ一ついえることは、人の評価軸というものはそれぞれ違うということです。
これだけ尽くしたのだから・・・
もちろん、あなたの努力は、あなたの側の人であれば誰しも認めることでしょう。
例えば受験勉強や資格試験など、やればやるだけ答えは明確に出ます。
明確に出ることほど簡単なことはありません。
自分がやればいいのですから・・・
しかし、現代人は、この順位制度とでも言いましょうか、何事にも順位をつける教育が施されています。
100点の人は1番、98点は2番というように。
順位をつけるほうが、管理するほうとしては非常にしやすい、そこに性格やら取り組む姿勢といった部分は、まったく考慮されません。
これに慣れてしまっているからこそ問題が鬱積してしまうのです。
チョット話がそれてしまいましたが、つまり愛情は受験や資格とは違い、その人の基準がまったく違うのです。
あなたは努力しているね、と人に言われて初めて努力したことになります。
自分から努力しているから、とは言えないのです。
そして厄介なのは、その評価軸が人それぞれ違うということです。
育った環境やら何やらまったく違うのですから、その評価軸は違って当たり前です。
いくら好きだから、愛しているからといって、自分の評価軸を相手に押し付けてはいけません。
もしかしたら、あなたが与え続けた愛情は、もらって当たり前だとしか思っていない可能性もあります。
ただ、やはり与えてもらった愛情には敏感に反応する相手を選びたいものですが・・・
つまり、ここに価値観の違いなどといった弊害が出てくるのです。
それがやがて別れに繋がっていきます。
あんなに愛してくれたのに、あんなに愛し合ったのに、何故今は・・・
それは、愛情の評価軸がずれているために起こるものです。
愛情を常に持ち続ける、一人の人を一生かけて愛する、そしてそれを分かち合う・・・それは永遠のテーマなのかもしれませんね。