さて、ではどんどんいきましょう。
私は、人間と言うものは不完全な生き物だと思っています。
それは、単体として見るならばと言う条件が伴いますが…
子孫を残すという意味から考えると、それは明白です。
なぜなら、女性も男性も、一人では子供を産むことはできないからです。
もちろん、子供を産むのは女性です。
しかし、その子供も、男性からの精子を受け入れないとできません。
女性と男性が、セットになって初めて子供の存在というものができるのです。
つまり、結婚とは不完全なものを完全に近づけるためであるという事も言えると思います。
もちろん、結婚をせずに子供を産む女性もいます。
シングルマザーで頑張っていらっしゃる女性もいます。
それを否定しているわけではありません。
それは結果であり、それ以前、子供を宿すためには、どうしても女性と男性が協力しなければならないという事なのです。
そして、この考えをもう少し広げてみましょう。
男性には男性の役割があり、女性には女性の役割というものあります。
ということになると、男性は女性の代わりはできないし、女性も男性の代わりはできません。
女性と男性は、お互いの役割の足りない部分を補っているという事が言えるのではないでしょうか…
昨今では、女性の社会進出が著しく、それが結婚しない女性を生み出していると言われています。
もちろん、女性が社会に進出することはいい事だと思います。
しかし、まだ社会的には、〝女性だから…〟とか、〝女性のくせに…〟といった考え方も捨てきれてはいません。
それは、男性社会が長く続いたせいでもありますが、やはり男性にしかできない部分があるということもわかっているのではないでしょうか…
私は、男ですからどうしても女性を恋愛の対象として見てしまう悪い癖があります(笑)
つまり、つい女性には甘くなってしまうのです…
文句など、到底言えません。
何とか、この人に好かれたい、と考えてしまうのです(苦笑)
いやあ、スケベ根性丸出しですね…
つまり、私にとって女性の存在とは、心の癒しでもあるわけです。
これは、同性、男性にはできない相談です。
もし、そうだとしたら私は…いや、これ以上は発言を控えましょう…
これは、私にとっては変わることのない事実です。
つまり、男性には女性の代わりはできないのです。
女性にしかできない事なのです。
これが、補うという事ではないでしょうか?
それは、どんな形でもいいのです。
特に、私の場合、背が高いという事があります。
まず、私より背が高い女性はほとんどお目にかかったことがありません。
つまり、女性よりも手が届きそうもない場所に手が届くといった利点があります。
これも、ある意味補うといった事でしょう…
お互いを補う、不完全なものを少しでも完全に近づける、私はそう考えているのです。