この【Psycho】シリーズを始めるにあたり、何度も取り上げ、また私自身半世紀前も注目していた精神障害の一つに統合失調症(Schizophrenia)があります。

 

この精神障害は、古くは(若年期に発症することが多かった為)「早発性痴呆」と呼ばれ、その後語源がギリシャ語の「schizo(分離した)」と「phrenia(精神)」であることから)「精神分裂病」と呼ばれるようになりました。しかし、この呼称では精神分裂病とは人格荒廃に至る重症、予後不良の疾患であるという古い疾患概念」が生まれたことから、日本では2002年8月に日本精神神経学会がそれまでの(原語の直訳である)「精神分裂病」から(障害により不全となる認知の「統合」機能に焦点を当てて)訳語を変更したものです。

 

日本では芥川龍之介、 夏目漱石等、海外ではムンク、ゴッホ等が統合失調症を患っていたといわれており(「近代において精神障害者を描いた作家と作品」)、若い頃文学少年であった私もこの精神障害に畏敬と強い興味を持っていました。特に

 

器質的変化がないにも拘らず、原因不明の幻覚、妄想、精神の混乱が生じるという本障害の奇異性

 

が、(当時実存主義や現象学を学んでいたこともあり)「人間存在の本質」の認識、理解への「抜け道(secret path)」のように感じられました。

 

以下では、今後取り扱うパーソナリティ(人格)障害の中の「シゾイドパーソナリティ障害」や「統合失調型パーソナリティ障害」を理解する上で本障害の基礎的理解を得るべく、日本精神心理学会が統合失調症への名称変更時に作成したサイト()を中心にまとめてみます。

:「統合失調症について -精神分裂病と何が変わったのか-

 

1.歴史

本障害を巡る歴史的経緯は、簡潔にまとめられていますので「精神分裂病から統合失調症へ」を、現在の「統合失調症」となる理由と経緯は「 呼称変更の経緯」をご覧になってください。

 

2.病像

統合失調症とは、「思考や行動、感情を1つの目的に沿ってまとめていく能力、すなわち統合する能力が長期間にわたって低下し、その経過中にある種の幻覚、妄想、ひどくまとまりのない行動が見られる病態である」といわれ、特に「統合失調という症状によって最も影響されるのは、対人関係である。複数の人間の話し合う内容が、いったい何を目指しているのか、その場の流れがどうなっているのか、自分はどう振る舞ったらよいのか、ということが分かりにくい。そのために、きちんとした応対ができなかったり、時に的はずれな言動をしたり、後になってひどく疲れたりすることがある。また、ある一連の行動を、自然に、順序立てて行うことが苦手となる。着替えをする時の順番を忘れたり、料理が得意であった人が、その手順を思い出せなくなったりする」ことがその本質的病像となります。

出典:「統合失調症とは何か

 

より具体的には「ブロイラーの言う連想機能の分裂とは、「太陽」と「暑い」といった、通常ならば連想で結びついている考えが切り離され、その代わりに「太陽」と「牛乳」のように、普通では見られにくい連想が生じることである。こうした連想の乱れを基にして、思考の道筋の曖昧さ、引きこもり、正反対の感情を同時に抱くこと、などを基本的な症状」とし、その結果(シュナイダーは)この病態は自我の境界がもろくなっていることに原因があると考えて、それを反映する特殊な形の幻覚、妄想を抜き出し、一級症状と名付けた。考えが吹き込まれる、身体を操られる、など(」の、将に前回見た「社会的標準や期待から逸脱する(deviate from social norms and expectations)異常性となって表れます。

:「その診断方法<「幻覚、妄想、強い思考障害、行動の障害、陰性症状のうち、少なくとも2つが1カ月以上続くことによって診断を下す」>は、今日の米国精神医学会による DSM-III、WHOによるICD-10に引き継がれている。

出典:「精神分裂病から統合失調症へ

 

3.原因

既に予習()した通り、

【無駄話】記憶(一般論)【無駄話】記憶(幼児性健忘)と自我形成【無駄話】感情(「感情階層説」を読んで)【無駄話】感情から認知へ

人間の精神機能が脳のニューロンのシナプス結合にあることを念頭に、人間が出生後「自他認識」と「交信(コミュニケーション)」を発達させて、(アナロジックに言えば「神経のネットワークとデータベース」による「認知」機能の上に構築される、人間存在の本質的有り様である)社会的存在になる所、

 

何らかの遺伝的な脆弱性と環境的な負荷、とくに対人的な緊張が重なって発病に至ることは、ほぼ認められている」が、

統合失調症の厳密な原因は不明であるが、少なくとも症状の発現には脳内の神経情報伝達物質が関与していることは明らかである。」(「最近の神経画像解析や神経伝達系機能の解析、遺伝分子生物学的な研究成果によりその病態はかなり解明されており、脳ドーパミン神経系の過剰反応を主とし、前頭前皮質における興奮性アミノ酸神経系の機能低下や視床・大脳辺縁系の病態を伴うことが明らかにされている」)

 

ように、それが正常に機能しなくなり、「自他認識」と「交信(コミュニケーション)」に失調をきたし、「社会的標準や期待から逸脱する(deviate from social norms and expectations)」ようになったと理解してよいだろうと思います。プログラミングに譬えるなら、「エラーや警告が出ずにコンパイルは正常に終了し、コードにどこにもおかしなところが無いにも拘わらず、実行すると出力内容が期待から大きく逸脱して、(こちら側は)「なんで!」とフラストレーションを感じ、(次に)怒りを感じ、(原因が分からないので)不気味さや恐怖までも感じるようになる、というような感じでしょうか?

【Psycho】「神経症(ノイローゼ)」の解体

 

過去「精神分裂病とは人格荒廃に至る重症、予後不良の疾患であるという古い疾患概念」が神秘性を感じさせましたが、現在の神経科学では「たとえばアレルギー疾患において、素因にアレルゲンが加わり、特定の免疫反応が生じることと、あまり変わらない。異なっているのは、症状が精神活動そのものを冒すために、「精神、人格が変わってしまった」と思いやすいことである。しかし、以前はてんかんの発作も同じように考えられていた。発作の神経学的な基盤が明らかとなった現在、てんかんを精神や人格の病気であると考える者はほとんどいない。」ということになります。

 

4.診断

ここでは以下の表(DSM-Ⅳ by 米国精神医学会)ザクっと何に着目して診断しているのかを見てみます。

上記AとBが統合失調症の典型症状、Cがその継続性、DEFは他因による同様症状の排除確認と言えるのでないでしょうか?

 

5.治療

1958年からハロペリドール等向精神病薬を使った薬物療法が一般となり、幻覚、妄想、興奮などが制御されるようになり、「先進諸国はこの時期に、入院収容主義から地域医療へと方針を転換し、日本も本来ならばそれにならうはずであった。実際、英国の地域医療モデルを導入し、精神衛生法の改正が計画されたのだが、」しかし「ちょうどその時期(昭和39年)に、統合失調症の青年が時の駐日米国大使であるライシャワー氏を刺傷する事件が起こり、行政は社会防衛のための収容主義へと方針を転換し、収容型の精神病院が増加した。 」という日本固有の問題が生じますが、現在は収容主義では患者の社会復帰が阻害されるという観点(「旧病名の弊害と新病名「統合失調症」の意義」)から、薬物療法と併せて「心理社会的なリハビリテーション、ならびに社会復帰のための福祉、地域での支援」が行われているということです。

 

私自身、半世紀前に(特に反精神医学運動を背景に)統合失調症について学んだと思っていたのですが、今回の学習により、その認識が大きく変わりました。

 

統合失調症とは、こうした現代的なごく普通の医療を行うために変更された名称である。失調とは、一時的に調子を崩したもので回復の可能性があることを示唆している。調子を崩した状態が、その人の回復不能な精神の特徴であるかのような表現は、もはや受け入れられない。

 

という引用で締めくくりたいと思います。

 

前回の「パーソナリティ(人格)障害」の「」で書いたように、「半世紀前、1970年代の精神心理学では、精神疾患は『精神病』『神経症』『異常人格』に分類」されていました。

 

しかし、(↓に対して私は半世紀の時間の流れを感じるのですが)

 

世界保健機関WHO(World Health Organization)」によって作成された、国際疾病分類(International Classification of Disease - IDC)は第9版(ICD-9 1975)まで、器質性以外の精神疾患を「神経症」と「精神病」の2つに大別するという二分法が採用されていたが、第10版(ICD-10 1992)では、こうした二分法は廃止され注1

るという変化が生じました。半世紀前に私が勉強していた時はフロイディアンだった為にこれは結構な衝撃でした。(注2

注1:IDCが概ね連動しているとされるDSMとの関係については「IDCとDSMの違い」や「IDCの統合失調症の診断がDSMと異なる背景」参照。尚、DSMはその名(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-「精神疾患の診断・統計マニュアル」)の通り、精神心理的病変を"Mental Disorder"(DSMの訳語では「精神障害」や「症」と訳される-DSM病j名・用語ガイドライン)と呼んでいます。飽くまで"social norm(組織集団内の標準)"を基準とした"disorder(無秩序、異常etc)"であり、"(in) Order(秩序、正常etc)"の反対概念です。

注2:「器質的な原因の見当たらない『神経症』に関心を持ったジグムント・フロイトが、『無意識の葛藤により症状が生まれる』という病因論的解釈、『現実検討の障害を引き起こさないレベルの精神機能の障害』という病態の深さ、という2つの観点を混在させた形で神経症を再定義し ...」(出典:神経症性障害

 

DSM(DSM-5、精神障害の診断・統計マニュアル第5版)でも二分法は採らず、「精神障害」を22のカテゴリーに分類し、各カテゴリーは更に細分類があって、診断名と診断基準が記載されています。

Section II: Diagnostic Criteria and Codes("Dsm-5 Table of COntents"から抜粋)

(1)  Neurodevelopmental Disorders

(2)  Schizophrenia Spectrum and Other Psychotic Disorders

(3)  Bipolar and Related Disorders

(4)  Depressive Disorders

(5)  Anxiety Disorders

(6)  Obsessive-Compulsive and Related Disorders

(7)  Trauma- and Stressor-Related Disorders

(8)  Dissociative Disorders

(9)  Somatic Symptom and Related Disorders

(10) Feeding and Eating Disorders

(11) Elimination Disorders

(12) Sleep-Wake Disorders

(13) Sexual Dysfunctions

(14) Gender Dysphoria

(15) Disruptive, Impulse-Control, and Conduct Disorders

(16) Substance-Related and Addictive Disorders

(17) Non-Substance-Related Disorders

(18) Neurocognitive Disorders

(19) Personality Disorders(「人格障害」のみ細分類-MSD訳語-を表示します。)

  General Personality Disorder(一般的人格障害)

    Cluster A Personality Disorders(A群)

      Paranoid Personality Disorder(妄想性パーソナリティ障害)

      Schizoid Personality Disorder(シゾイドパーソナリティ障害)

      Schizotypal Personality Disorder(統合失調型パーソナリティ障害)

    Cluster B Personality Disorders(B群)

      Antisocial Personality Disorder(反社会性パーソナリティ障害)

      Borderline Personality Disorder(境界性パーソナリティ障害)

      Histrionic Personality Disorder(演技性パーソナリティ障害)

      Narcissistic Personality Disorder(自己愛性パーソナリティ障害)

    Cluster C Personality Disorders(C群)

      Avoidant Personality Disorder(回避性パーソナリティ障害)

      Dependent Personality Disorder(依存性パーソナリティ障害)

      Obsessive-Compulsive Personality Disorder(強迫性パーソナリティ障害)

    Other Personality Disorders(その他人格障害)

      Personality Change Due to Another Medical Condition

  Other Specified Personality Disorder(その他特定的人格障害)

  Unspecified Personality Disorder(非特定的人格障害)

(20) Paraphilic Disorders

(21) Other Mental Disorders

(22) Other Conditions That May Be a Focus of Clinical Attention

 

上記22の内、主なカテゴリーとしては以下(上位(1)~(10)参照)があります。

(1)神経発達症群 / 神経発達障害群

(2)統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群

(3)双極性障害および関連障害群

(4)抑うつ障害群

(5)不安症群 / 不安障害群

(6)強迫症および関連症群

(7)心的外傷およびストレス因関連障害群

(8)解離症群 / 解離性障害群

(9)身体症状症および関連症群

(10)食行動障害および摂食障害群

 

古典的な精神病の代表格である「統合失調症(昔の「精神分裂病」や「早発性痴呆」)」や「双極性障害(昔の「躁うつ病」)」は「スペクトラム(Spectrum、境界が必ずしも明確ではない「連続体」あるいは「範囲」)」とされ、「濃淡はあっても一群の障害」とされていることが判ります。昔の神経症的な病像は橙色の群に相当する一方、青色の群は現代社会で注目されるようになった障害の様に思えます。いずれにしても

 

「精神病」「神経症」という二分法は取られていない

 

ことが判ります。

 

では、人格障害とはどのような精神障害なのでしょうか?

 

上記から明らかなように、「人格障害」は「精神障害」の1カテゴリー(DSM-5の19番目)です。DSMによれば、

 

「精神障害」は気分(感情)、思考、行動に影響を及ぼす状態の広範な概念である一方、「人格障害」は深く根差した思考様式や行動様式を指す概念で、それが為に社会文化的な(他者の)期待(する反応)から大きく逸脱し、苦痛や困難、障害等を惹起する長期にわたる頑強な人格的特徴である;本質的に「人格障害」は蔓延した人格様式に着目した精神障害の型と言えます。

a "mental disorder" encompasses a broad range of conditions affecting mood, thoughts, and behavior, while a "personality disorder" specifically refers to a deeply ingrained pattern of thinking and behaving that significantly deviates from cultural expectations and causes distress or impairment in functioning, usually characterized by long-term inflexibility in personality traits; essentially, a personality disorder is a type of mental disorder with a specific focus on pervasive personality patterns.

 

としていることが判ります。この「人格的特徴」の異常性は、「社会的標準や期待から逸脱する(deviate from social norms and expectations)」所にあり、一定の社会集団において「ある人(格)に一定の入力(話や行為を含む刺激)を行うと特定の反応が出力されることが(他の人格から)期待され、それが交信(情報交換-コミュニケーション)の基盤となる所、逸脱した反応(出力)が返ってくるので交信不能となるのみならず、その社会集団の他のメンバー(人格)に疑心暗鬼(不安や怖れ)の状態を発生させることなのではないか、と感じられます。また、社会的標準や期待から逸脱」の様態については、人格障害の細分化された内容が統合失調症等昔の精神病や昔の神経症を彷彿とさせる名称であることから、同様な症状(反応、出力)なのではないかと想定されます。

 

何れにしても、(「精神病」とそれに対する)「神経症(ノイローゼ)」という二分法ではなく、「精神障害mental disorder)」に一元化されていること、異常性(disorder)は「社会的標準や期待から逸脱する(deviate from social norms and expectations)」ことにその本質があることを覚えておきましょう。

 

大分現代の心理学のお勉強に時間をかけたので、前に書いたシリーズの地図に異変が起こっています。

 

しかし、「2.今思うこと」で書いた、

 

①すべての心理学は(人間の在り方からして)社会心理学である。

②自我の生成は「他」を認知することから始まる。

③人間の存在様態は「自他の交信」

 

は聊かも変わらず(というか①から③はほぼ同じことを言っている)、ここで見た通り、(学術的、科学的にどう証明するかはさておき)現象的には「出生後、乳児が母子関係等から投射や摂取を通じて自他を区別し始め(②)、コミュニケーションを開始し(③)、『生きることは社会的に生きること(③)』になってゆくことは疑いが無い」ように思えます。当初は「何故、自他を認識するようになるのか、何故自我の萌芽以前の記憶が失われるのか」等を考えたいと思っていましたが、認知心理学や神経科学を覗くと、「回路兼バスであるニューロンが、学習や発達の基となるシナプス(結合)により記憶、感情、思考等のネットワークとデータベースを構築してゆく」ことも疑いがないように感じられ、

 

では、その機能が損なわれたならどうなるのか?

 

を「パーソナリティ(人格)障害」()のみならず、「健常人(という自認)」において見ることにより、紛争、ヘイトや分断の現在における人間存在の有り様が上記青字であることの仮定を検証する(半世紀前にも採用した方法論を踏襲せざるを得ないのですが)ことになるのではないか、と感じます。

:これは現在の米国DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の分類ですが、私が学生であった半世紀前、1970年代の精神心理学では、精神疾患は「精神病」「神経症」「異常人格」に分類されていました。例として名古屋大笠原名誉教授の「精神病と神経症」やカール・ヤスパースの分類を示します。

表1 Jaspersの分類

 第一群 第二群 精神障害を伴う既知の身体疾患

  1. 脳疾患

  2. 症状性精神病を伴う身体疾患

  3. 中毒

 第二群 三大精神病(内因性精神病) 

  1. 真性てんかん

  2. 精神分裂病

  3. 躁うつ病

 第三群 精神病質

  1. 異常反応(第一・第二群の疾患とは関係なく生じる)

  2. 神経症と神経症的症状群

  3. 異常人格とその発展

(出典:「精神疾患の分類と診断」P95。精神疾患言説の社会学的分析(埼玉大佐藤雅浩准教授)も面白いと思います。法務省の「昭和42年版 犯罪白書」等はこの流れですが、現在であれば完全にコンプライアンス違反でしょうか?)

第一群は脳損傷や薬物の影響等の器質的精神病等「健常者が腑に落ちる原因の精神障害」で、原因が分からない(「内因性」)精神病の代名詞として「精神分裂病(更に前は『早発性痴呆』と呼ばれる、現在の『統合失調症』)」と「躁うつ病(現在の『双極性障害』)」があり、共に患者に病識(自分が病気であるという認識)がないことが特徴でした。その他の「患者が病識に苦しむ」障害は主に「神経症」と呼ばれ、精神障害が認められないが異常行動をとる人間を「異常人格」と呼ばれていました。

日本の学問潮流は戦前が欧州、戦後が米国を主体としていますが、世界保健機関(WHO)に加盟している日本(厚生労働省)では、精神心理障害について、WHOが作成しているIDC(The International Classification of Diseases)を取っています。診療現場では(「精神病」と「神経症」という区分を取り払い)診断基準が具体的なDSMが利用されているという一方、まだ「精神病と神経症」という区分を使っている診療機関もある等、「現代の日本でどのような分類をとっているか?」に対する正解は無いようです。本ブログでは、精神疾患のみを分類しているDSM(ICDも概ねこれに連動して作成されている)を基に書いてゆきます。

 

大分精神心理領域にどっぷりつかって、ニューロンやシナプスなどのあれこれを考えていたので、プログラミングにご無沙汰でしたが、今回の無駄話はこの精神心理や神経細胞と関連するプログラミング話題を取り上げましょう。

 

1.ニューロン(神経細胞のシミュレーター)

最初の話題はNeuronについてです。これはイェール大でフリーダウンロードできる神経細胞のシミュレーターで、本当に興味がある人には面白いと思います。これについての導入説明は玉川大のサイトを見てください。

 

ただ、これをゲームの様に楽しむには「マニアックな面白さ」「脳神経細胞知見」が必要であり、私は”stay away"かな?(一応Neuronと玉川大に載っていたサンプルをDLしましたが]...)

 

2.ライフゲーム

細胞というか生命体のシミュレーションでは「ライフゲーム(Life Game)」というものがあり、私もBCCSkeltonを使ってお花のイメージで作ってみました。

それはGUIで見ると結構(最初は)面白いのですが、直ぐに「ワンパターン」となり、飽きてしまいます。ニューロンとそのシナプスの概念を生かし、社会集団の真似事をシミュレートしてみるのも面白いな(時々突然変異も入れたりして...)と思っていたのですが、似たような考えの方の「変態ライフゲームサイト」(秋山さんの「変態エアライン」ではない!)を見つけました。C(++)で書かれたソースプログラムも載っていますので、ご興味のある型はどーぞ。

 

でも、プログラミングに戻るなら

 

C#でShin-Life Gameのようなものを作りたい。それも感情を持って行動する「生命オブジェクト」のクラスを作り、近づくと愛し合い繁殖する一方、別種に遭遇すると怒って攻撃したり、メランコリーになって孤立して死を迎えたり、という「社会的人生ゲーム」

 

を考えてみたいと思っているのは確かです。

 

期待しないで待っててください。

前回感情を取り上げましたが、その際に「感情の認知側面」という話が出ました。では、

 

認知

 

とは何でしょうか?飽くまで心理学的なコンテキストで考えると、認知心理学というものが存在します。「認知心理学の名付け親」と言われるアルリック ナイサー(Ulrick Neisser)によれば、認知心理学とは「感覚入力が変換され、還元され、精緻化され、貯蔵され、回復され、そして用いられる、そのすべてのプロセスに関わる学(1967)」という、将に「情報処理」観点に立った心理学で、「20世紀最後の四半世紀以来、現代心理学の主流の座にある」そうです。日本にも「日本認知心理学会」があります。

 

一方、認知という機能を脳(神経)の器質的な側面から研究する認知神経科学注1)という分野も存在します。この両者は(素人目からすると)「人の精神活動」を「内側から研究する心理学」と「外側から研究する神経科学」で、両社はクロスオーバーとかフュージョンの関係にあると考えてもよいのではないでしょうか?(注2

注1:wikiの中に「fMRI」という言葉が出てきます。これはMRI(Magnetic Resonance Imaging)の原理を神経細胞が活発化する際の脳血流の観測に応用した"functional "が付いたもので、実験動物に手術をすることなく直接人間に対し、外科手術的損傷なく、脳の活動を観察できる画期的な装置だそうです。その解説はこれをご覧ください。

注2:因みにwebでこのようなプロジェクトを見つけ、その成果物も確認しましたが、(私が言うのもおこがましいのですが)内側からと外側からの協働関係がないと更なる発展は難しのではないでしょうか?

 

とはいえ、認知を巡る鳥瞰的知見は必要であり、色々と眺めてみましたが、認知心理学の概論の記事が、また神経科学は各論すぎるものしか見当たらないので、仕方なく、

(1)(学術的内容ではありませんが、学習者視点の情報が出ている)「認知心理学(とか)

(2)私企業のサイトですが、「経済産業省・中小企業庁『平成29年度 商業・サービス競争力強化連携支援事業(新連携事業)』で作成され」たという総合的な情報の集約されている「認知機能の見える化プロジェクト

を使って学習することにしました。前者は5番目のページの「認知心理学のすすめ」に目を通してから、各ページで関心のあるものを見るのが良いと思いますが、総じて認知心理学的知見の応用というテーマの記事のようです。一方、後者は認知心理学や神経科学にわたる知見、アセスメント、障害、社会生活における問題等広範囲に平易に説明しているところが好感を持てると思います。

 

前回【無駄話】感情(「感情階層説」を読んで))や【無駄話】「観念」と「概念」で書いたようなことが(2)の「認知特性」で触れられていますし、肝心要の【Psycho】ネタも「認知機能と疾患」、特にその管下サイトである「精神疾患と認知機能」や症状を理解する上での「高次脳機能障害と認知機能」、そして今後私自身が向き合わなければならない「認知症と認知機能」が出ており、大変参考になります。

 

さて、【無駄話】ネタとして「記憶」(【無駄話】記憶(一般論)【無駄話】記憶(幼児性健忘)と自我形成)から始まり、「感情」(【無駄話】感情とその障害【無駄話】感情(「感情階層説」を読んで))を経て、(「【無駄話】「意識、無意識」とフロイト」や「【無駄話】「観念」と「概念」」を挟みながら)最終的に行き着いた「認知」で、必要な知見も得、これらのテーマが認知心理学上大きな意味を持つことが確認されたので、いよいよ「【Psycho】来し方を振り返り、行く先(全体像)を考える」をベースとして【Psycho】を始めようと思います。

 

前回(【無駄話】感情(「感情階層説」を読んで))の中で「「観念連合LAAD - Liberal Arts and Academic Discplines)」は、(「心理学には関係がない」と書かれていますが)私の考える「認知の抽象化」をとてもよく説明しています。」と書きましたが、文中で引っかかるところがないわけではありません。それは、

 

観念概念

 

の部分です。

 

先ず記事では「観念」に関して、

そもそもの漢字の意味では、「観」が「物事を見て本質を捉える」であり、「念」の意味が「思い」、「気持ち」、「考え」ですので、「観念」の漢字からも意味が想像しやすいです。
したがって、「観念」と言うと、「
抽象的な考え」や「対象についての意識・考え」といった意味になります。

と書かれています。また、その後に人が鉛筆を見ている図があり、観念は、

この「鉛筆」という対象に対する意識が「観念」です。このとき現実世界にある鉛筆その物とは別に、頭の中に「鉛筆」の「観念」を持っていることになります。

と書かれています。

 

次に「概念」に関して、

漢字の「概」は「全体を

ならす」「大体」といった意味ですから、平均的にするという意味が伺えます。これに「考え」を意味する「念」が組み合わさるわけです。
概念」とは、事物の本質や特徴を捉えて、明確に言語化した考えです。

とあり、更に

漠然と「鉛筆」を観念した場合と比較すると、「鉛筆」の「概念」は、より具体的で明確になっていると思います。
抽象と具体という軸で考えると、「観念」は抽象的で、「概念」は具体的であるとも言えます。

としています。

 

???

 

言うまでもなく、「抽象」の辞書的意味は「多くの物や事柄や具体的な概念から、それらの範囲の全部に共通な属性を抜き出し、これを一般的な概念としてとらえること」であり、「抽象的」の反義語は「具体的」です。

 

実際、その後、次のように述べられており、

このように、『概念』は『観念』と比較すると、言語化され、明確になっており、具体的なモノに思えるが、現実の対象たる事物に対しては(観念よりも)抽象的であると言えます。

それはまさにそうであると私も考えます。

 

となると、

 

そもそもの漢字の意味では、「観」が「物事を見て本質を捉える」であり、「念」の意味が「思い」、「気持ち」、「考え」ですので、「観念」の漢字からも意味が想像しやすいです。
したがって、「観念」と言うと、「
対象を観察して属性や特性等を抽象する意識・考え」や「対象についての意識・考え」といった意味になります。

 

この「鉛筆」という対象に対する意識が「観念」です。このとき現実世界にある鉛筆その物とは別に、頭の中に別の、様々な「鉛筆」の「観念」を持っていることになります。

 

漢字の「概」は「全体を

ならす」「大体」といった意味ですから、平均的にするという意味が伺えます。これに「考え」を意味する「念」が組み合わさるわけです。
概念」とは、
事物の観念(で抽象された属性や特性)の本質や特徴を捉えて、共通するものを明確に言語化した考えです。

 

漠然と「鉛筆」を観念した場合と比較すると、「鉛筆」の「概念」は、より具体的で明確になっていると思います。
抽象と具体という軸で考えると、「観念」は抽象的具体的で、「概念」は具体的抽象的であるとも言えます。

 

となるのではないかな?と愚考してしまいます。

 

(まだ不勉強で、認知心理学でどう考えられているのかはわかりませんが)私自身の経験や内省からコンピューターによる情報処理に譬えると、

 

<<入力>> 原刺激データ(感覚器からの信号)

     神経ネットワークで延髄、小脳または大脳皮質へ

<<変換>> 脳による記憶可能な形式のデータに変換(認知機能の入力処理)

      (ニューロンのシナプス結合-1対多、多対1、多対多等)

      視覚(色、輝度等)→3D化や境界判断による図形認識等

      聴覚(音程、大きさ、長さ、単音複合等)→音源や音種別認識等

      触覚(硬さ、反撥、温度、肌)触り等)→空間形象や素材認識等

     etc etc(記憶可能形式のデータ客体化されると「となる)

<<客体化>>対象に対する観念として統合、構成し、記憶(データベース)へ

     (この客体は「オブジェクト」と同義)

<<抽象化>>上記変換時に使う「評価フィルター」は「入力→客体化」まで

      の「経験」により発達し、新しい入力で変化し続ける。→「学習

      その為に細分化された刺激データ形式の抽象化が継続して行われ、

      その結果「現実の具体的な客体データ(観念)」とは別の「現実

      には存在しないが、情報処理のために脳内に存在する仮想客体デ

      ータ(概念)」が発生する。

 

のようなことが起こっているのではないでしょうか?

 

知らんけど...

 

というのは、末尾のような「二分木検索サンプル」が脳の機能の極めて単純にデフォルメしたものの様に感じられたからです。例えば、

(1)キー入力があると、「整数データ」に変換され、

(2)(単純な整数の「大小評価フィルター」を経て、二分木リストという)データ集合に加えら(記憶さ)れ、

(3)検索、並び替え等の「情報処理(概念のような上位知的産物は生成しませんが...)」の対象となります。

 

人間では、先ずデータ形式が極めて多いだろうし、それが学習により更に発達して行き、感情との結合から様々な評価フィルターが作られ、発展され、新しい知的産物が生み出されてゆくので比較にもなりませんが、

 

そんな感じ?

 

程度の意味でお読み下さい。

 

【BinarySearchTree.cs】出典をC#5で動くようにし、コメントを追加したもの)

///////////////////////////////////////////////////
// BinarySearchTree
// https://lets-csharp.com/binary-search-tree-cs/
///////////////////////////////////////////////////

using System;
using System.Collections;
using System.Collections.Generic;    //List使用の為
using System.Linq;                    //Select使用の為

//////////////
// Nodeクラス
//////////////

public class Node
{
    //メンバーフィールド
    public int Key;
    public Node Left = null;
    public Node Right = null;
    //コンストラクター
    public Node(int key = 0)
    {
        Key = key;                            //引数があればKeyに代入
    }
}

//////////////////////////
// BinarySearchTreeクラス
//////////////////////////

public class BinarySearchTree
{
    public Node Root {private set; get;}    //Rootプロパティ

    //挿入メソッド
    public void Insert(int value)
    {
        Node node = new Node(value);        //nodeインスタンスの作成
        //ルートノードがない場合、それを代入
        if (Root == null)
        {
            Root = node;
            return;
        }
        //ルートがある場合
        Node cur = Root;                    //ポインターをルートに設定
        while(true)
        {
            if(cur.Key > value)                //ポインターがvalueより大きければ
            {
                if(cur.Left == null)        //左子が未設定なら
                {
                    cur.Left = node;        //左子に代入
                    return;
                }
                else
                    cur = cur.Left;            //左子が設定済ならポインターを左子に設定
            }
            else
            {
                if(cur.Right == null)        //右子が未設定なら
                {
                    cur.Right = node;        //右子に代入
                    return;
                }
                else
                    cur = cur.Right;        //右子が設定済ならポインターを左子に設定
            }
        }
    }

    //検索メソッド
    public bool Find(int target)
    {
        if(Root == null)                    //ルートノードがない場合、検索失敗
            return false;
        //ルートがある場合
        Node cur = Root;                    //ポインターをルートに設定
        while(true)
        {
            if(cur.Key < target)            //ポインターがtargetより小さければ
            {
                if(cur.Right == null)        //ポインターより大きな値(右子)が無ければ
                    return false;            //検索失敗
                else
                    cur = cur.Right;        //ポインターに右子を代入
            }
            else if(cur.Key > target)        //ポインターがtargetより大きければ
            {
                if(cur.Left == null)        //ポインターより小さな値(左子)が無ければ
                    return false;            //検索失敗
                else
                    cur = cur.Left;            //ポインターに左子を代入
            }
            else                            //ポインターがtargetと同一(cur.Key == target)なら
                return true;                //検索成功
        }
    }

    //並び替えメソッド
    public List<Node> Sort()
    {
        List<Node> list = new List<Node>();    //Nodeのリストを作成
        if(Root != null)                    //ルートがあれば
        {
            //DFSメソッドの代わりにActionデリゲートを使って再帰を表現
            Action<Node> DFS = null;
            DFS = (node) =>
            {
                if(node.Left != null)        //左子があれば
                    DFS(node.Left);            //左子を引数にして再帰処理
                list.Add(node);                //ノードを追加
                if(node.Right != null)         //右子があれば
                    DFS(node.Right);        //右子を引数にして再帰処理
            };
            DFS(Root);                            //ルートから再帰処理を開始
        }
        return list;
    }
/*
    public List<Node> Sort()
    {
        List<Node> list = new List<Node>();    //Nodeのリストを作成
        if(Root != null)                    //ルートがあれば
        {
            DFS(list, Root);
        }
        return list;

        //ソート処理(ローカル関数)
        void DFS(List list, Node node)
        {
            if(node.Left != null)            //引数nodeの左子があれば
                DFS(node.Left);                //左子を引数にして再帰処理
            list.Add(node);                    //引数より小さい(大きい)ものがある限り追加する
            if(node.Right != null)            //引数nodeの右子があれば
                DFS(node.Right);            //右子を引数にして再帰処理
        }
    }
*/

    //削除メソッド
    public bool Remove(int target)
    {
        //削除対象は存在するか?
        Node targetParent = null;
        Node removeNode;                     //削除対象の親ノード
        bool isLeft = false;                //削除対象は親の左の子か右の子か?
        if(Root == null)                    //ルートノードがない場合、削除失敗
            return false;
        //ルートがある場合
        Node cur = Root;                    //ポインターをルートに設定
        while(true)
        {
            if(cur.Key == target)            //ポインターが削除対象であれば
            {
                removeNode = cur;            //ポインターをremoveNodeに代入してループを抜ける
                break;
            }
            if(cur.Key > target)            //ポインターが削除対象より大きければ
            {
                if(cur.Left == null)        //ポインターの左子が無ければ削除失敗
                    return false;
                else                        //ポインターの左子があれば
                {
                    targetParent = cur;        //削除対象の親にポインターを代入
                    isLeft = true;            //左子が対象フラグは真
                    cur = cur.Left;            //ポインターに左子を代入
                }
            }
            if(cur.Key < target)            //ポインターが削除対象より小さければ
            {
                if(cur.Right == null)        //ポインターの右子が無ければ削除失敗
                    return false;
                else                        //ポインターの右子があれば
                {
                    targetParent = cur;        //削除対象の親にポインターを代入
                    isLeft = false;            //左子が対象フラグは偽
                    cur = cur.Right;        //ポインターに右子を代入
                }
            }
        }
        //(1)削除するノードには子が存在しない。
        if(removeNode.Left == null && removeNode.Right == null)
        {
            if(targetParent != null)        //親がいれば
            {
                if(isLeft)
                    targetParent.Left = null;    //左子を削除
                else
                    targetParent.Right = null;    //右子を削除
            }
            else                            //親がいなければ
                Root = null;                //ルートを削除
            return true;
        }
        //(2)削除するノードには左または右のみ子が存在する。
        else if (removeNode.Left != null && removeNode.Right == null)
        {
            if(targetParent != null)
            {
                if(isLeft)
                    targetParent.Left = removeNode.Left;
                else
                    targetParent.Right = removeNode.Left;
            }
            else
                Root = removeNode.Left;
            return true;
        }
        else if(removeNode.Left == null && removeNode.Right != null)
        {
            if(targetParent != null)
            {
                if(isLeft)
                    targetParent.Left = removeNode.Right;
                else
                    targetParent.Right = removeNode.Right;
            }
            else
                Root = removeNode.Right;
            return true;
        }
        //(3a)削除するノードの左の子に右の子が存在しない。
        else if(removeNode.Left != null && removeNode.Right != null && removeNode.Left.Right == null)
        {
            if(targetParent != null)
            {
                if(isLeft)
                    targetParent.Left = removeNode.Left;
                else
                    targetParent.Right = removeNode.Left;
                removeNode.Left.Right = removeNode.Right;
            }
            else
            {
                Root = removeNode.Left;
                removeNode.Left.Right = removeNode.Right;
            }
            return true;
        }
        //(3b)それ以外のケース
        else
        {
            //削除するノードの左の子から最大の値を探索する
            cur = removeNode.Left;
            Node maxParent = removeNode;
            while(true)
            {
                if(cur.Right != null)
                {
                    maxParent = cur;
                    cur = cur.Right;
                }
                else
                    break;
            }
            //最大値ノードを削除対象のノードと置き換える
            int max = cur.Key;
            removeNode.Key = max;
            //最大値ノードの親の右子を最大値ノードの左子とする。
            maxParent.Right = cur.Left;
            return true;
        }
    }
}

///////////////////////////////////////
// BinarySearchTree サンプルプログラム
///////////////////////////////////////

public class Program
{
    static void Main()
    {
        BinarySearchTree bst = new BinarySearchTree();

        while (true)
        {
            Console.WriteLine("なにをしますか? a:追加 f:検索 r:削除 s:全データの列挙 e:終了");
            string cmd = Console.ReadLine();
            if (cmd == "a")
            {
                Console.WriteLine("追加する値(int型)を入力してください");
                int? n = ToInt(Console.ReadLine());        //int?はnull代入可能
                if(n != null)
                {
                    bst.Insert((int)n);
                    Console.WriteLine("{0}を追加しました", n);
                }
                else
                    Console.WriteLine("不正な入力です");
            }
            else if (cmd == "r")
            {
                Console.WriteLine("削除する値を入力してください");
                int? n = ToInt(Console.ReadLine());
                if (n != null)
                {
                    if (bst.Remove((int)n))
                        Console.WriteLine("{0}を削除しました", n);
                    else
                        Console.WriteLine("{0}は存在しないので削除できません", n);
                }
                else
                    Console.WriteLine("不正な入力です");
            }
            else if (cmd == "f")
            {
                Console.WriteLine("何を探しますか?");
                int? n = ToInt(Console.ReadLine());
                if (n != null)
                {
                    if (bst.Find((int)n))
                        Console.WriteLine("{0}は存在します", n);
                    else
                        Console.WriteLine("{0}は存在しません", n);
                }
                else
                    Console.WriteLine("不正な入力です");
            }
            else if (cmd == "s")
            {
                List<Node> sorted = bst.Sort();
                string[] strings = sorted.Select(_ => _.Key.ToString()).ToArray();
                Console.WriteLine(string.Join(", ", strings));
            }
            else if (cmd == "e")
                break;
            else
                Console.WriteLine("不正な入力です");
        }
        Console.WriteLine("終了");
    }

    //数字文字列を整数(エラーの場合null)で返す
    static int? ToInt(string s)
    {
        try
        {
            return int.Parse(s);
        }
        catch
        {
            return null;
        }
    }
}
 

今日の【無駄話】感情(「感情階層説」を読んで)の中で、「意識的」ということを「全ての人間の意識活動(意識的、意識された精神活動)は自意識でそれ自体が認知されています」、「無意識的」を「反射、反応等生体システムの自動的な活動が(大脳皮質を通さずに処理される)脳幹と視床下部の機能でした」と書いています。

 

これはどういうことか?

 

ということで、少し具体的に補足します。

 

人間は自分自身を五感により「客体化して客観的に眺める」ことも、主観的にに「(考えるという機能の、または感じるという『感情という自我状態』の)主体としての自我」を意識することもできます。乳児が生存を開始し、母親から授乳されたり、清拭されたり、という非言語コミュニケーションを通じて「無意識」に主我、客我状態を経験して、次第に「意識的に」自他を分別し、自我、自意識を発達させ、他者とのコミュニケーションを複雑化させてゆきます。これ等膨大な量の「経験(情報)」を蓄積し、それらを記憶、想起、反芻(評価や思考等)しているわけですが、ある時は「自分が〇〇していることが判っている」時もあれば、「(気が付いたら)〇〇していた」こともあるでしょう。

  • 「自分が〇〇していることが判っている」時、自分は「意識的に」〇〇している。
  • 「(気が付いたら)〇〇していた」時、自分は「無意識のうちに」〇〇していた。

ということなのでしょう。このように考えるとき、小説等に出てくる「多重人格者が『光の中に出てゆく(その人格が光に充てられる→可視化される→自意識がある)』」という表現を連想されるかもしれません。

 

大体が、人間とは信じられないほどに複雑で生体・精神オブジェクトなんだから!

 

(脳幹と視床下部の機能が行う)生命維持の身体的処理や反応等を総て自意識のもとに意識化させる必要はないよね?仮に何か異常があれば「痛み」「かゆみ」「熱い」「冷たい」等のメッセージが脳に送られて、初めて意識化され、適応行動がとられるのだから。

 

それって、似ていません?

何に?

 

ここでPCのCtrl+Alt+Delを押して「タスクマネージャー」を呼んください。

 

 

今私は「PC(というシステム)」でアプリ4つを「意識的」に使っていますが、実は「その他大多数のプログラムを無意識に使っている」ことが分かります。(このアナロジーは「意識」「無意識」の理解に役立つと思います。)

 

人間の精神活動も無意識で処理される仕事は膨大にあるのですが、そのほとんどは意識されません。消化や排せつ(していることは分かりますが、その準備処理は意識されませんよね?)等は良いとして、所謂「高次精神機能」と呼ばれるものも、意識されている処理もあれば、無意識にされている処理もある筈です。ジークムント・フロイトは人の「言い間違え」等の錯誤行為から無意識の心理活動の存在を考え、

 

 

夢判断へと発展させてゆきますが、将に彼の天才性はその「共感性」「内省力」「客観化(帰納)」「論理的仮説(演繹)」にあるのでしょう。(

:学生時代はさておき、現在の私はフロイトの精神分析理論を鵜呑みにはしませんが、彼の天才性は決して否定しません。今でも精神分析理論は現実の生活の中で役に立っていると信じています。

 

前回やった【無駄話】感情とその障害の中で登場した富山大名誉教授の福田正治さんがあらわされた「感情階層説」については「参考」としただけで、内容に触れなかったのですが、今回はこれについてちょっと考えてみます。

 

最初にこれを読んだ時に感じたのは「フロイトの精神分析学と同じ、理論としての統合、整合を求めている論」であるということです。Put in another way, 「感情を主役」にするあまり、「感情を頂点とした見方」になりすぎているのではないか、という印象を持ちました。

 

感情階層説」は短いので読んでいただければわかりますが、「感情とは何か」を求めるために、感情を「情動(emotions)」と「感情(feelings)」に分別し(注1)、(内省主観的、心理学的に見ると)前者を「原始的、基本的」「無意識的、自動的」で、後者を「社会的、知的」「意識的、認知的」であるとするもので、更にそれも(客観的、器質医学的に見ると)脳神経学的知見から支持され、前者は脳幹と視床下部の機能に関連し、後者ははサルの4倍に及ぶ程大きく進化した人間の大脳辺縁系や大脳皮質に関連するというものです。

注1:これが心理学で一般的な見方であることを前回確認しました。

 

それ自体は腑に落ちますし、特に意識(注2)-無意識(注3)的な精神活動や感情は確かにその通りと感じます。しかし、私が違和感を感じたのは、(特に図式でそうなのですが)

注2:全ての人間の意識活動(意識的、意識された精神活動)は自意識でそれ自体が認知されています。

注3:反射、反応等生体システムの自動的な活動が(大脳皮質を通さずに処理される)脳幹と視床下部の機能でした。

 

感情を中心とした理論構成

 

です。私は前回「私見では「共感(empathy)」に感情的側面と認知的側面がある、というよりは、(推論は認知の為の帰納・演繹機能であり)認知(の内容や結果)に感情価が伴うのではないか、と考えています。」と書きましたが、矢張り人間の精神活動で重要な「客体化(客観化ー自他認知)」と「抽象化・言語化・概念化(同一、類似、相違の評価、判断と取捨選択→観念が言葉・概念にシンボライズされ、概念となる)」という「認知(活動・機能)」と併行して(「認知(の内容や結果)に感情価が伴う」という前提で)述べられなければならないのではないか、と感じます。それは即ち、

 

認知

 

が様々な観念(一般に主観的な固有の考えやイメージというデータオブジェクト)を、一定のメソッド(同一、類似、相違等を通じた抽象化)によって(ニューロンがシナプスで連結されるように)関連付け、更にその抽象化された観念連合が一つの概念というオブジェクトを形成し、それがデータオブジェクトとなり、検索の為にシンボル(抽象化)が与えられ言語化され、更に抽象化され、て行くという情報処理的イメージを感じます。又、これらデータオブジェクトには(経験に基づき、必要に応じ)感情(小脳等の無意識の反射的反応のみならず、それらの複合である複雑な感情)も関連付けられてゆく)、というようにイメージするととても分かり易い「データベースと情報処理」のイメージになります。

:例えば「共産主義」という形がなく、知覚ではとらえられない「概念」は具体観念として、例えば、「赤い旗」に関連付けられ、この言葉を聞いただけで人は赤い旗を連想するのみならず、反共主義者なら原始的感情である憎悪や社会的感情である嫌悪、転向者(元共産主義者)であれば悔恨や忸怩という複雑な感情を持つかもしれません。(身近なヘイト行為や「推し」行為を考えるだけでお判りでしょう。)

 

そんなことを考えていたら面白い(私の考えに腑に落ちる)webサイト、即ち

を見つけました

 

矢張りこれは「認知」をもう少し勉強しなければならないんじゃないか、と感じさせます。

 

ps. 現在「観念連合の淵源について」を読んでますが、色々と示唆があります。

 

【Psycho】シリーズの起点について、今朝、寝床でつらつらと考えを巡らせたことを纏めてみます。

 

1.半世紀以上前に考え、行ったこととその評価

 

(1)実存主義+精神分析=R.D.レインと反精神医学

【Psycho】シリーズの起点で触れましたが、当時の私は(レビィ=ストロースの構造主義、フッサールの現象学等を踏まえながらも)思想的嗜好が実存主義であり、フロイトの精神分析学、エリクソンの発達心理学等を専攻していた為に、R.D.レイン(反精神医学)に辿り着きました。その道筋は本当に正しかったのかを検証しなければならないと考えました。

 

(2)「正常とは何か」を知る為に「異常を知る」アプローチ

即ち、当時の「反精神医学」の考え方から「(元々絶対的に)精神病があるのではなく、(健常者により)精神病が作られる」()という考え方から、「精神病」という実存の有り様を研究することにより、「人間一般」の実存の有り様に到達できるのでは、という仮説を持っていました。

:当時の反精神医学のドグマは次のようになります。

①精神医学は身体病にならって疾病論を築いており、狂気と疾患を同一視している

②精神療法や向精神薬の服用は、患者の健康問題だけでなく、社会的・政治的問題もはらんでいる

③精神医学は医者と患者の間に不等な権力関係を生み、主観的な診断に頼っている

 

(3)統合失調症(当時の「精神分裂病」)をサンプルに設定した過ち

しかし、当時の私は一般大学の社会学部で精神分析を専攻するだけの学生であり、精神医学的知見は乏しく、現実の統合失調症患者と面会する経験もなかったわけで、今考えれば「若気の至り」で方法論的に無謀、不適切と言わざるを得ないでしょう。

 

2.今思うこと

 

では、今どのようなことをトピックとして考えているのかというと↓の様になります。(後半はまだ勉強中です。)

 

①すべての心理学は(人間の在り方からして)社会心理学である。

「超越的な何かが現象を観察している」という「絶対的客観」の幻想を捨て、認知できるのは「自己しかないこと(主観)」、「他者は自己の客体化の反映を通して認知され、自己はその他者の認知を理解する」という「再帰的な(psychoまたはpsychic的な-笑)」現実を知る。→これと今後認知心理学を齧って考えを発展させたいです。

 

②自我の生成は「他」を認知することから始まる。

これは「【無駄話】記憶(幼児性忘却)」で既にふれましたが、新生児が乳幼児、幼児となり、親との交信<入出力>を基礎として自我を獲得してゆくまで、「(私の)記憶がない」という現実を知る→忘却機構<ガーベージコレクション>によって記憶<データ>が消失し、幼児期の記憶がないのではなく、「私」<アクセス主体>がデータを失って思い出せない」のではなく、旧客我、旧主我の統合による新自我に<アクセス権限()がない>ので思い出せない、またはデータリンクが冗長化し、干渉が起こるので思い出せないのではないか?いずれにしても「幼児性健忘」が自我の発達のヒントになるのではないか?

:例(C++)

アクセスの種類 意味

private  private として宣言されたクラス メンバーは、そのクラスのメンバー関数とフレンド (クラスまたは関数) のみが使用できます。

protected protected として宣言されたクラス メンバーは、そのクラスのメンバー関数とフレンド (クラスまたは関数) が使用できます。 また、そのクラスから派生したクラスも "protected" メンバーを使用できます。

public  public として宣言されたクラス メンバーは、どの関数からでも使用できます。

 

③人間の存在様態は「自他の交信」

これも「【無駄話】感情とその障害」で触れましたね。人間の存在は単独、単体のみの在り方は考えられません。「人と人の間(関係性)を持つことが人間の本来の在り方」、「人間は自己を客体化することが出来、それにより他の認知を行っている()」という考え方をもう少し考えてみたいと思います。

:現在の脳神経額では「自分が○○する」という認知機能と「他人が○○する」という認知機能は同じ脳の機能で、現在も脳のどこで「自己」と「他者」と認識しているのかは分からないといいます。
 

残念ながら、以下はまだ考えていませんが、プログラミングに関連するアナロジーを使って、今後【Psycho】シリーズで取り上げるつもりです。

 

④精神障害=「プログラムの不具合」としての交信(コミュニケーション)不全

⑤精神療法=自他の「人格」を使用する治療

⑥ビルトインデバッグ機能(無意識の意識化等)による修復の可否

(a) デバッグ機能が動くうちは「神経症」

(b)デバッグ機能も不具合となれば「精神病」

 

3.フロイド精神分析再考

 

ここもまだ考えていませんが、古希を迎えた私の決算として今後考えてみたいと思います。

 

(1)フロイドの功績

(2)フロイドの執着した整合性-精神分析「学」

(3)「イド(エス)、自我、超自我」、「無意識、前意識、意識」というような「物的構造化」の是非

(4)「生きるエネルギー」としてのリビドーとそのベクトル(エロスとタナトス)

(5)精神分析を「(人格)障害の復旧方法(精神療法)」としてではなく、「障害の検知(無意識の意識下-認知)」として使う

 

取り敢えず、こんなことを考えておりますという備忘です。

 

【Psycho】を書くためにおさらいしなければならない精神機能である記憶について書いてきたので、今度は同様に看過できない精神現象として「感情」について書いてみます。

 

1.感情の辞書的意味

「感情」は広辞苑に「精神の働きを知・情・意に分け たときの情的過程全般」と書かれ、「情」は次のような意味があるとされています。

(1)心、こころに感じること、生まれつき

(2)まこと、まごころ

(3)なさけ、きもち、あわれみ、愛情

(4)ことわり、おもむき、ようす

なんかぱっと腑に落ちませんね。特に赤字部分などは少し違和感を感じます。(最後の(4)は風情の情でしょうか?)

 

2.感情の学問的意味

次に学問的意味全般を確かめるべく百科事典的としてwikiの「感情」を覗いてみた所、

精神医学・心理学では感情(英: emotion)と気分(mood注1)を区別することがあり、前者の方がより一時的なものをさす(しばしば天気 weather と天候 climate に例えられる)。しかし両者を区別せずに使用する場合も多い。脳科学的には、感情は大脳の表面(大脳皮質)、および脳の深部(辺縁系など)、身体の密接な相互作用で成り立っているとする。(注2)また感情と思考や認知は、たとえその人が意識にのぼらせなくても密接に関係し合っている

とのことでした。

注1:wikiでは後で「感情には身体感覚に関連した無意識な感情(emotion、情動)と意識的な感情(feelingもしくはemotional feeling)と分類されることが多い。」と書かれており、"mood"は最初だけしか出てきません。それで一般的な語の意味をweblioで確認すると"emotion"は「人が体験する喜び、悲しみ、怒りなどの内的な感覚を広く指」し、"feeling"は「より個人的な体験や身体的感覚に焦点を当てた言葉」で、"mood"を「人の一時的な感情的傾向」としていました。また、感情の例示としては、一般的な六情「喜怒哀楽、愛 (いとしみ)および憎 (にくしみ)」に社会文化的なその他感情の追加や削除があるようです。

注2:身体状態や認知、思考により気分や感情の変化が起こるのは主観的事実であり、この赤字部分は十分に頷けます。なお、表情は感情の結果(表出)ではなく、表情が感情を決定する(例:無理に笑顔をつくるときが晴れる、等)という実験結果もあるそうですが、「パブロフの犬(注の注)」のような条件反射かもしれませんね。

注の注:パブロフの犬とは、犬にベルの音を聞かせてからエサを与えることを繰り返した結果、犬はベルの音を聞いただけで唾液を出すようになったという、ロシアの生理学者イワン・パブロフが犬に対して行った条件反射の実験に由来する言葉

 

何れにしても「感情」には明白な数学的定義はなく、または困難であり()、大雑把にまとめると「意識、無意識を問わず、精神、身体的な自我の状態」じゃないか、と感じられます。

:「誰もが感情が何か知っているのに、その定義を訊かれた途端、誰も答えられない("Everyone knows what an emotion is, until asked to give a definition. Then, it seems no one knows." -Fehr & Russell, 1984)」 および「感情とは何か」(注)という論文が示すように、未定義の「感情」を指し示す言葉自体が、言語の違いや翻訳の問題で、混乱していることを指摘しています。しかし、「感情」を学術的な意味の為にA感情、E感情、F感情等に細分化することが本当に必要なのか、それはAffect, Emotion, Feelingとすべきではないか、また「そもそもそれら英語の単語の対象の意味は何なのか<畢竟「感情とは何か?」に戻る>」の堂々巡りをしているようにも思えます。又長々と続く、SchererとMoorsの学説分析は「虚しさ」さえ感じさせます。(これも感情?)

:並びに「日本感情心理学会員が考える「感情とは何か」(1)」も参照されたい。

 

<参考>

感情階層説(富山大名誉教授 福田正治)」

心理学における感情研究の歴史と動向

感情認知の心理・神経基盤:現在の理論および臨床的示唆」(

:パターン認識、シミュレーション、推論、(情報)統合等興味深いが、そもそも「他人の顔の<喜怒哀楽等の>パターン認識を、自分の顔の表情も見れないのにシミュレートできるのか?」という疑問もある。)

 

3.感情とコミュニケーション

人の「感情(表出=出力と理解=入力)」が(「共感」を通じて)人間注1のコミュニケーションの基盤になっているであろうことは、新生児から乳児迄の母子関係を想起するだけで足りると思います。その後、自我の発達(自他の認知)が進み、言語コミュニケーションが高度に発達した大人となっても「感情が人間のコミュニケーションの基盤」となる(非言語コミュニケーション側面である)ことは、個人的な恋愛や家族関係、少数集団である友人・仲間関係、多数集団である政治社会集団関係において例示(注2)を見ることが出来ます。

注1:「人」と「人」の「間(関係)」が人間の存在の在り方であることは論を待たないでしょう。

注2:恋人間、家族間の共感、仲間意識、愛国心やデモ、暴動時の共感意識等を想起すれば足りるでしょう。

 

webでこの問題をまとめたサイト(「共感性の発達とその意義」)の著者がカウンセリングや精神療法に関心があり、「人が人を癒すのは人(共感)を通じて」であることを示唆しています。

 

またwebで「共感と感情コミュニケーション(I)(富山大名誉教授 福田正治)」を見つけました。認知や推論機能と感情的共感が 混ざっているような()記述がありますが、特に以下の件は興味深いと思えます。

近年、神経科学の分野から、ミラーニューロン(mirrorneuron)が発見され、これが共 感の実体的基礎であるとして関心がもたれている。ミラーニューロンとは、サルの行動生理学的 研究から発見された神経細胞の特徴的な活動様式で、サルが物体を掴むとき、手指の運動を制御 するニューロンと同一のニューロンが、他人が行っている同じ動作を見たときにも応答するニュー ロンである。つまり、脳は自分の行動を制御するのと同じ神経回路を使って、他人の動作を認識 していることを示唆している。この発見は動作の認知に関するものであるが、これを感情の認知 に応用したのが共感のミラーニューロンといえる。

:私見では「共感(empathy)」に感情的側面と認知的側面がある、というよりは、(推論は認知の為の帰納・演繹機能であり)認知(の内容や結果)に感情価が伴うのではないか、と考えています。

 

4.感情とその障害

結局、以上で分かったことは「誰もが感情が何か知っているのに、その定義を訊かれた途端、誰も答えられない」が、どうも「意識、無意識を問わず、精神、身体的な自我の状態」で「人間のコミュニケーションの基盤」じゃないか、ということだけです。

そのような感情が失調をきたすとどうなるのか?DSMに基づくMSDのサイト(注1)に行くと、それを「気分障害」(の概要)(注2)と言っています。

注1:このサイトは「Consumer version/家庭版」と「Professional version/プロフェッショナル版」に分かれ、更に言語表示を選択できます。注意したいのは、

(1)「家庭版」と「プロフェッショナル版」で用語、表現が異なる(例:「気分障害」vs.「気分症」)

(2)日本語と英語で内容が必ずしも同一ではない(例:「家庭版」の「気分障害」にある『気分障害は感情障害とも呼ばれます。感情とは、顔の表情やしぐさによって表現される気持ちの状態を意味します。』は英語版には存在しません。)

と内容に差異があることです。重要な点は両版を日本語と英語で確認することが必要でしょう。

注2:原語では(Overview of)”Mood Disorders"、即ち(実際日本語版で書かれている通り)「感情障害」を意図しているといえます。

 

気分障害」”Mood Disorders")は次のように概括されています。

精神障害のうち、長期間にわたり悲しみで過度に気持ちがふさぎ込む(うつ病)、喜びで過度に気持ちが高揚する(躁病)、またはその両方を示す感情的な障害を示す障害を気分障害といいます。うつ病と躁病は気分障害の両極にある状態です。(Mood disorders are mental health conditions that involve long periods of excessive sadness (depression), excessive elation (mania), or both. Depression and mania represent the 2 emotional extremes of mood disorders.)

そして、その具体的な病像として

が挙げられています。今回は感情についてですので、これらの詳細には触れません。(ご興味のある方はリンク先をご覧ください。)