前回はスタート地点の「放り出された荒地」

 

 

に立ったところでしたので、これから行動を開始します。

 

が、このゲームは何をする(目的、またはゴール)がまだわからん!

 

という問題があります。昔のCD/DVD ROMゲームでは解説書が付いてきたので、あらましは分かりましたが、現在のゲームはそれすら探索する必要があります。

 

ということで、

 

先ずは「放り出された荒地」を探検してみることにしましょう。(設定では米国ニューメキシコ州、エディ郡の砂漠地帯、カールズバッド近郊らしいです。)

 

場所は有刺鉄線で囲まれた土地で、中央に火山らしきものが見えますが、その周囲も有刺鉄線で立ち入りができなくなっています。ここでは試しに左からグルっと回ってゆきます。最初に遭遇するのは巨大な怪物(注)の骨です。この段階では取り立てて変わったものはありません。

注:これはwebで調べると「ホヮルク(Whark)」といい、シリーズ2作目「RIVEN(リヴン)」の世界で生息しているクジラ、シャチとサメの混合したような海洋生物」とのことです。

 

更に進んでゆくと何やら廃墟(注)のようなものがあります。

注:これもwebで調べてみると、"the ruins of the telescope from Riven"、「別世界『Riven』の崩壊時に時空の裂け目からこのCleftへ落下した巨大な望遠鏡」らしいです。

 

ここに紙が落ちています。紙の上にマウスカーソルを当てるとアイコンが変化するのでクリックしてください。

 

 

なんだか分かりませんが、↑の鳥の文様をクリックすると何やら保存したような音がします。

 

更に進んでゆくと、動かない風車と木柵で囲まれた「割れ目(Cleft)」があります。「割れ目」の木柵には開いたところがあり、下に降りられそうですが、今は周囲の探索なので後にし、更に進んでゆきます。

 

「割れ目」のすぐ先にバスのように見える車両(実際にはキャンピングガー)が見え、その裏っ方の庇の下に簡易椅子に座ったジェフ・ザンディがいます。

 

(Jeff Zandi - Cheating info)

 

このザンディおじさんはとても重要で、探索に行き詰ってこの人と話をすると、「次にとるべき行動のヒント」をくれます。

(↑のメッセージ部分の拡大版)

【意訳】

・やぁ、ようこそ。俺はザンディだ。

・多分俺は、何故お前さんがここにいるのか、お前さんより知っていると思うよ。

・(ウフ)気にすんな。お前さんも他のみんなと同じようにここに引き寄せられたんだ。

・俺は答えをあげる為にここにいる訳じゃないが、助けにはなると思うぜ。さぁ、始るこった。

・あの女は割れ目の中のどこかに、お前さんへの伝言を残してるぜ。

・よく読んで、彼女の言う通りにした方がいい。旅布(Journey Cloth)を見つけて、そして最後に木に入るんだ。

・あーそれと、助けがいるなら俺に訊きに来な。

 

最初にこのメッセージを読んだときには、

 

(1)お前さんへの伝言-何か手紙とか、書置きとかあるんだろう、と推量はできますね。

(2)旅布(Journey Cloth)-"Find the Journeys"の意味が分からず、「それらの旅ってなんだ?」「theが付いて'J'が大文字だから何か旅日記(journey log)なのかな?」と大間違いしていました。ある程度背景情報等が分からないと苦しみますね。因みに今Geminiに確認したら、"Yes, you are exactly right. When Jeff Zandi sits by his trailer in the Cleft and tells you to "follow her, find the journeys" , he is explicitly directing you to seek our and touch the Journey Cloths spread across the Ages."だそうです。

(3)最後に木に入る-これも「ハァっ?」としか思えませんでした。(これもいずれその意味が分かります。)

 

更にその先に何やら紋章が書かれた紙が落ちている焚火跡があります。

 

 

ここでもマウスカーソルを上の太陽、月、満ち欠けのような文様に当て、クリックしておきましょう。

 

 

さぁ、それではいよいよ

 

「割れ目」

 

の探索に出かけましょう。

 

【注意】「最初のCleftの世界を彷徨う(4)」以降は実際にゲームの謎を解いてゆきますので、ネタバレになります。ご自身で遊ばれる方は見ない方がよいでしょう。Zandi の助言だけでは足りない方はこっそりと訪ずれてください。

 

前回は本【MOULa】シリーズの生い立ちと背景情報についてお話ししました。今回からは実際にこのゲームを私が遊んで行くところを解説してゆくつもりです。

 

先ずは復習です。前々回のブログで以下のように書きました。

 

(1)("Myst Online: Uru Live Again"へ行って自分の)アカウントを作り、

(2)"MOULInstaller.exe"というのをダウンロードし、

(3)↑の(2)を実行すると(危険:約2時間程度かかる)15GBほどのダウンロードが始まり、

(4)”Myst Online Uru Live(again)"というフォールダーにできた"UruLauncher.exe"というファイルを実行すると

 

 

というローンチャープログラムが現れます。

(5)ゲーム開始の為に「自分」キャラクターを設定し、「CleftにするかReltoにするか」の選択を行うと「有刺鉄線で囲われた荒野に放り出されます。」

 

補足すると、「キャラクター設定」では、名前(同盟が既に存在すると変更を求められます)、性別、体格、年齢、頭髪から着衣迄の見た目等を一般的によくある設定画面で決定します。余り親切なガイダンスは出てきませんが、特記すべき点がないので省略します。又"Cleft"というのは「裂け目」の意味で、「地面の裂け目」が冒険の出発点になります。"Relto"はMystやUruで出てくるする「プレイヤー用の小さな浮遊島のステージ」のようです。Chat-GPTによれば「あなたのキャラクター専用の『自宅・拠点』です。ほかのプレイヤーの勝手な侵入はできず、ゲームを進めると各Ageへのリンクを集めていく場所になります。公式マニュアルでも『Personal Age』と説明されています」とのことです。尚、この"Age"は日本語マニュアルでも「時代」と訳されているようですが、Geminiによれば「日本語版のゲーム内や公式設定では、この「Age」をそのまま「時代」と翻訳して呼んでいますが、その実態は時間軸の過去や未来ではなく、「本を通じて繋がる独立した別の世界」のことで」「「メカニック時代(Mechanical Age)」や「セレーネ時代(Selenitic Age)」などが登場しますが、これらは時代の名前ではなく、「機械でできた世界」「鉱物だらけの世界」というような、それぞれ独立した惑星や空間を指しています。」とのことです。

 

実際にはゲームがスタートする前に以下のようなダイアログが現れ、

 

 

上から(マウスアイコンを最下段に持ってゆくと現れる)4つのメニュー項目の説明が現れます。順に、

(1)(右手前方のマイクロバスの前で座っている)Zandiという「太っちょ中年のおっさん」の所に行くと「次の行動のヒント」をくれます。(これはメニューではありませんが...)

(2)「Chat」マークは(MMOGなので)他のプレーヤーと会話ができます。

(3)「レンチ」マークは設定メニューです。

(4)「X」マークはログアウトまたは終了ができます。

 

メニュー項目の説明の次は、マウスまたはキーによるキャラクター操作に係る説明です。

 

 

これは設定メニューから呼び出せます。

 

そしてゲームスタートが「有刺鉄線で囲われた荒野に放り出されます」の画面です。

 

 

ここで注目していただきたいのが画面右下の板の裏側にある「掌(手のひら)のような文様の布」

 

The Journey Cloth is done : r/myst

 

で、これを"Journey cloth(旅布)"と呼び、次のような意味があるそうです。

  • セーブポイントと進捗の記録: 各地(エイジ)に点在しており、触れることでプレイヤーの進捗状況(どのエリアを探索したか)を記録・追跡する役割を持ちます。
  • リリンク(ワープ)機能: 自宅にあたる「Relto(レルト)」の本棚にある対応する布に触れると、過去に活性化(タッチ)した最後のジャーニークロスの場所へ戻る(リンクする)ことができます。
  • マルチプレイでの仕様: オンライン版(Uru Live等)では、同じ空間にいるプレイヤー全員が個別にそれぞれの布に触れて有効化する必要があります。

(Gemini)

 

段々とプログラミングの世界から遠ざかってきていますが、まぁ歳ですし、良いでしょう。今度は(【AI制御不能リスク】に加え)"Myst Online: Uru Live Again"(注)というゲーム

の世界に、本当に久っ々"(ひっさびさ)に入ってゆきたいと思います。

注:"Myst Online: Uru Live Again"名称が長いので、公式(だと思うのですが)省略形である"MOULa"と表記します。

 

この話は、

 

(1)Mystへの郷愁から

(2)(間違っていましたが)そのフリー版である(と思った)Myst Online: Uru Live Againを導入しようと思い、

(3)最初は失敗したのですが、

(4)最終的になんとか導入できた結果、それが(オマージュとして背景にあるらしいが)Mystとは別物であることを知ることになりました。

 

という経緯で始まりました。

 

その段階では「Mystが懐かしくてやりたかったので、Microsoft Storeで買って(4,300円-因みにSTEAMで4,400円、Riven付きで7,480円)やるか?」とも思ったのですが、何せ72の年寄でまともにやりきる 自信もなく、同様の「グラフィックが美しくて、知らない世界を彷徨う脱出型アドベンチャーであればなんでもよいのでは?」と考え直すことになり、取り敢えずダウンロードできるなら落としてみようと始めてみたこと、ご存じの通りです。

 

さて、MOULaを知るには矢張りMystの歴史を知ることが必要であり、このWikiの内容は私も読み、Uruがどういうものなのかもそれでわかりました。しかしMOULaに係る日本語記事は見当たらず、その理由はこのMOULaが日本語対応されていないことじゃないかと思われます。実際、"Myst Online: Uru Live"というタイトルの英文Wikiは存在し、その概要は次のようになっています。

 

<Original>

"Myst Online: Uru Live is an open source massively multiplayer online adventure game developed by Cyan Worlds. The game is the multiplayer component to the 2003 video game Uru: Ages Beyond Myst. Like Uru, Myst Online takes place in 2000s New Mexico, where an ancient civilization known as the D'ni once thrived. The D'ni had the ability to create portals to other worlds or Ages by writing descriptive books of the Age. Players uncover clues and solve puzzles together; plot developments were added via episodic content updates.

Uru's multiplayer segment was delayed and only shipped with the single-player component initially; in February 2004 the multiplayer was scrapped entirely. Dedicated fans kept an unsupported version of the game alive through Cyan-maintained servers. Online game distributor GameTap resurrected the game as Myst Online in 2007, but this version was canceled due to a lack of subscribers despite generally positive reviews. Cyan received the rights to Myst Online from GameTap and announced its intention to bring the game back.

In 2010, Cyan Worlds released the game free of charge, under the name MO:ULagain, and later released Myst Online's client and 3ds Max plugin under the GNU GPL v3 license."

<日本語訳>

「Myst Online: Uru Liveは、 Cyan Worldsが開発したオープンソースの大規模マルチプレイヤーオンラインアドベンチャーゲームで、2003年のビデオゲーム『Uru: Ages Beyond Myst』のマルチプレイヤーコンポーネントです。『Uru』と同様、Myst OnlineはかつてD'niと呼ばれる古代文明が栄えていた2000年代のニューメキシコを舞台としており、D'niは時代を記述した書物を書くことで他の世界や時代へのポータルを作り出す能力を持っていました。プレイヤーは協力して手がかりを見つけ、パズルを解きます。ストーリー展開は、エピソード形式のコンテンツアップデートによって追加されました。

Uruのマルチプレイヤー部分は開発が遅れ、当初はシングルプレイヤー部分のみが同梱されて出荷され、2004年2月にはマルチプレイヤーは完全に廃止されました。熱心なファンはCyanが管理するサーバーを通じて、サポートされていないバージョンのゲームを維持しました。オンラインゲーム配信会社のGameTapは2007年にMyst Onlineとしてゲームを復活させましたが、概ね好評だったにもかかわらず、加入者不足のためこのバージョンはキャンセルされました。CyanはGameTapからMyst Onlineの権利を取得し、ゲームを復活させる意向を発表しました。

2010年、Cyan WorldsはMO:ULagainという名前でゲームを無料でリリースし、その後、Myst Onlineのクライアントと3ds MaxプラグインをGNU GPL v3ライセンスでリリースしました。」

 

いずれにせよ、2010年2月8日にCyan WorldsはMyst Onlineを"Myst Online: Uru Live Again"またはMOULaという新しいタイトルで復活させると発表し、ゲームは無料で、寄付で運営されるようになったようです。

 

ということで、

 

72歳の私がこの

・美しいグラフィック、

・ブラウザーによるリアルタイム操作、

・Mystから承継された神話世界、そして

・何しろ無料

のゲームを始めて、ブログに記事を書くことで、少しは日本のゲーマーの方の注意を集め、英語版ながらご興味を持ってくれる方を増やして行けたならば嬉しいなと思っています。

 

次回から、私が実際に作ったキャラクターにより「割れ目(Cleft)の世界」を彷徨する様子を画像入りで紹介してゆきたいと思います。

 

昔のバイブルMSDNもなくなり(注1)、「プログラミングにコードを書くことを求められない時代(注2)」になり、もうプログラミングは趣味にならなくなったのでしょうか?

注1:「Microsoftへのお布施」と揶揄されたMSDN、その光と影:開発者の“聖典”はなぜ姿を消したのか?

注2:AIによるコーディング自動化 - Codexデスクトップアプリ

 

「いいえ、ちがいます。プログラミングは十分に楽しく、そして実用的な趣味になります。」と書くのは大体プログラミングスクールの記事ですね。そして趣味の向こうには職業としてのプログラマーがあるように書いています。でもそれは既に、

 

Too much optimistic!

 

でしょう。特にコーディングは今後のAIの発展を考えると人間のやることではなくなるのではないでしょうか?では人間は何をやるのか?まだ当面はこんなことをできるでしょうが、何れそれもAIでできるようになるでしょうね?何故かって?

 

AIはたゆまず学習してゆくから

 

なんです。

 

じゃぁ、今まで「なんでプログラミングが趣味になったのでしょうか?」(解釈:何を求めてプログラミングをしていたのでしょうか?プログラミングでどういうGain<幸福感、報酬感、満足感etc>が得られたのでしょうか?)

 

それは人間が知識、技能等を獲得する際に感じる幸福感を「プログラミングの学習を通じ、成功、達成、上達等によって得ることができた」からなんでしょう。まぁ、そのような環境はもうすでに薄れてきつつあると言えますね。例としてMicrosoft Learnのページを見ると、昔のようにプログラミング言語別の学習体系になっておらず、どのようにAIを活用するのかという論点となっているから明白です。

 

Is it time to say ”Goodbye”?

 

そんな感傷の中で「趣味としてのプログラミング」という検索ワードでググってみると、なんと

 

【趣味としてのプログラミング】何のために

 

というブログがあります。開いてみると、

 

ワシゃないかぃ!

 

というお粗末でした。しかし、この(偶然とはいえ丁度)4年前の記事は、

 

・PCを初めて64bit化し

・C#を学習し初めで、

・.NET環境について未だ何にもわかっていなかった(60歳代の)自分

 

が見えるようで、愛おしくて、しばらくそのまま読み続けてしまいました。

 

それって

 

キモい?老人の懐古ボケ?

 

ps. 少なくとも4年前はやることがいっぱいで、全てが学習で、試行錯誤が楽しくて、幸せだったと言えます。

恐らく今日の新聞記事を読まれていると思いますが、Open AIのAIエージェントが豪州政府関連サーバーに侵入したようです。関連するBBCの記事の日本語版を読むと最後に、

 

豪シドニー大学のAI規制・政策担当上級研究員であるロブ・ニコルズ博士はBBCに対し、「ハギングフェイス事件は、AIエージェントが『行儀よく振る舞わなかった』場合に何が起こり得るかを示した」と述べた。

AIエージェントには通常、目的と一連のパラメータが設定されたタスクが与えられるが、「問題は、エージェントは人間ではないという点だ」と、ニコルズ博士は指摘。「(AI)エージェントにタスクを与えると、そのエージェントにとって最も重要なのは、設定されたタスクを達成することであり、ルールは目的よりも二次的な問題になりがちだ。そこに問題が生じる」と述べた。

 

と書かれており、【AI制御不能リスク】何が「暴走」か?で述べた話と整合しています。

 

なお、このBBCの記事は翻訳記事と微妙に異なり、例えば次の文章は翻訳記事には入っていません。

 

It has also emerged that OpenAI's systems tried, and failed, to hack a digital library at the University of New Mexico in May, according to Transluce, a not-for-profit AI research lab.

 

It said the systems also attempted to hack Data USA, a repository of public government data that same month. This also failed.

 

上(↑)の紫文字の部分の原文もそれに先行する

 

豪ニューサウスウェールズ大学サイバーセキュリティー研究所の上級講師であるハモンド・ピアース博士はBBCに、「こうした種類の攻撃は今後も発生し続けるだろう。その深刻度と頻度は増していくはずだ」と語った。

 

に対応する原文がありますが、

Dr Hammond Pearce, senior lecturer at the University of NSW Institute for Cyber Security, told the BBC that though this is the first known incident where AI agents have chosen to breach a government body of their own volition, there'll be more to come.

"I expect that these kinds of attacks will keep occurring," he said, adding that they would likely "grow in severity and in frequency".

"I do hope that this incident does start ringing alarm bells in governments around the world."

 

その後はHugging Face事件(注)について一般論を述べるにとどまっています。独自取材記事部分なのでしょうか?

注:【AI制御不能リスク】という独立した項目にしました参照。

 

なお、英文記事の末尾に「ドイツのウェブサイトを乗っ取った」という記事が出ていますが、内容はOpenAIのAIエージェント等がドイツのプログラマーサイトを「板」にして、発見を回避する問題等について15,000ものやり取り(投稿)を行っていた(注)というものです。

注:"The report is from a group called Nightingale Collective and claims that in May OpenAI's agents started using DseWiki as their own message board, shared tips on how to avoid being detected and made 15,000 edits to it."

 

まだまだ強烈なダメージや損失が発生するようなものは出ていませんが、今後もこの手のハッキング事象は確かに増えてゆくと考えられるのと、某国等は諜報活動の一環としてSigint、Humint、Osint、Imagint等の他に、機密サーバー関連の人間を取り巻く情報をハックして、成りすましで侵入するような"AI Spy"として育成(教育)していると考えるのが相当(現実的)だと思うので、今後もネタとして使えそうですね。

 

 

正直に言おう。今まで

 

これだけ書いても、誰からも、何もコメントが来ないのは(しかし)a little 寂しいな

 

とは思っていました。

 

Amebaブログの管理者ページから「コメント管理」をのぞいても、

 

この月についたコメントはありません。コメントは、ついた月別に保存されています。
コメントがついた年月を選んで確認してください。

 

と表示されるばかり。時々メールにフォロワーの参加と共に「コメントが付きました」というメッセージが入りますが、「コメント管理」をのぞくと矢張り、

 

この月についたコメントはありません。コメントは、ついた月別に保存されています。
コメントがついた年月を選んで確認してください。

 

と出るばかりです。そして今日、

 

ん?なんだこの「公開済」「承認待ち」って?

 

というタブ的ボタンに気が付きました。試しに「承認待ち」を押してみると...

 

なーんと、矢張りコメントが来ていたのですね。(3件だけだけど)

 

この場を借りて、以下諸兄姉に無沙汰のお詫びをさせていただきます。

 

Kimio N.(Visitor)さん

ams-z80さん

あやか / Ayakaさん

 

ps. 「知っているよ」と嘯いても、なんだか年寄りを実感する秋です。

 

余りにアイデアが出てこないので、「Programming ブログ」というプレッシャーを一旦捨てて(最近の記事がそうですが)、アイデアが出てくるまでは徒然なるが儘に流し書きしよう、というのが今回のテーマです。

 

1.「中国製Mini PCのその後」

私の最初のWindows マシンは、米国駐在時代に日本の価格no1/4で買えたWindows 3.1のIBM PC互換機(Packard Bell等-Intel 80386~80486)で、帰国してから自作のWindows 95~98 Celeron機をオーバークロックさせ、シンガポール駐在時代が矢張り自作で最終的にWindows XP Pentium II~4、帰国してHewlett PackardのDual-Core Windows Vista機、その後兄から貰ったフルタワーのWindows 10(32bit)の後、リタイア後 Chuwi のWindows 11 AMD RYZEN 7機、そしてTrigKeyのWindows 11 Core-i9 機という遍歴ですが、最後の2台(注)はwebで買った中国製のmini PCです。

注:RYZEN 7機(2022年)

  Core-i9 機(2025年)

 

こいつらの評価については今年の6月に「【無駄話】新PCのその後...」で既に書いていますが、現在もその評価

 

"Those machines' high performance, speed and very low prices,  as well as their space saving feature, well warrant "Absolute Value for money", to say the least.(こいつらの 省スペースという特徴のみならず、高性能、実行速度、破格の価格は少なくとも「絶対にお買い得」"

 

に変わりはありません。未だ2台共にハードウェア、ソフトウェア共にトラブルは全くなく、キチンとやるべきことをやってくれています。

 

2.Myst Online

これについては前回のブログと変更があります。

ネタが思いつかないので過去ログを振り返っている時に、このサイトを再訪し、又"ACCOUNT CREATION OFFLINE"になるんだろうな、と思ったら

 

なーんと、つながった!

 

ということで、

 

(1)アカウントを作り、

(2)"MOULInstaller.exe"というのをダウンロードし、

(3)↑の(2)を実行すると(危険:約2時間程度かかる)15GBほどのダウンロードが始まり、

(4)”Myst Online Uru Live(again)"というフォールダーにできた"UruLauncher.exe"というファイルを実行すると

 

 

 

というローンチャープログラムが現れます。

(5)ゲーム開始の為に「自分」キャラクターを設定し、「CleftにするかReltoにするか(注)」の選択を行うと「有刺鉄線で囲われた荒野に放り出されます。」

注:Cleft(クレフト)→ Uru の物語を最初から体験するスタート地点です。砂漠の中にある遺跡のような場所で、ここから Yeesha の「Journey(旅)」 が始まります。また、Relto(レルト)→ あなたのキャラクター専用の「自宅・拠点」です。ほかのプレイヤーの勝手な侵入はできず、ゲームを進めると各Ageへのリンクを集めていく場所になります。公式マニュアルでも「Personal Age」と説明されています。これだけではわかりづらいですが、何れ又説明しましょう。(私自身もまだよくわかっていない。)

 

ぜーんぜん、Mystじゃないじゃん!

 

という感じなので、Chat-GPTに確認すると、

 

Myst Online は「Mystとは別のゲーム」ではありませんが、従来のMystとはかなり趣が違います。

1. 「Mystなのに、知っているMystの光景ではない」理由

今回入った Myst Online: Uru Live Again(MOULa) の「Uru」は、Uru: Ages Beyond Mystという作品が元になっています。

UruはMystシリーズの世界観・神話体系を引き継いでいますが、従来の

Myst → Riven → Myst III ...

という作品とは少し方向が違います。

Uruでは主人公自身がアバターを作り、D'ni文明の遺跡や「Age」と呼ばれる世界を探索する形式になっています。視点も従来のMystのような固定された一人称視点ではなく、三人称視点を基本にしています。

そして、今回最初に入った Cleft(裂け目) は、まさにUru独自の最初の舞台です。ですから、

「あれ? 私が知っているMystの景色じゃない」

という最初の感覚は正しいです。むしろ今いるところは、Myst世界の別の時代・別の場所を訪れていると考えた方がよいでしょう。

 

というお答え。

 

フゥーム...

 

「まぁ、(ゲームの内容やグラフィックも俺好みだし)いっか」

 

ということで、取り敢えず遊んでみて面白かったりすれば又レポートしましょう。(生憎この日はインターネットプロバイダーのサーバーに障害があり、それ以上ゲームをすることができませんでした。なので、悪しからず。)

 

「戦後生まれ」の私にとって、自己愛(ナルシズム)の強い日本人には「近時の日本の本当の姿」が見えていない、または見たくないので目を背けており、無理やり「さすが日本、さすが日本人!」ばかりに目を追っているような気がします。

 

"Japan As No.1"という本が売れ、バブル景気に沸いた1980年代、日本人は経済が低迷し、深い社会問題を抱えた米国との貿易摩擦問題をうけて「短期的、狭溢な発想や視点しか持てない米国は、長期的、幅広い発想と視点を持つ日本には勝てない」等と嘯(うそぶ)いていましたが、今や

 

Shame on you, the same to you!

 

と言われないでしょうか?バブル崩壊後30余年、時間のかかる国家的施策である次の(たった)3点

 

(1)社会インフラ-日本の主要インフラは昭和39年の東京オリンピック前後に構築され、その後大きく改変されず、老朽化して時々大きな事故を起こしています。21世紀における向後半世紀を乗り切る社会インフラはどういうものか論議、決定の上で、その構築の為に長期計画を立て、予算措置をしている、という話はついぞ聞いたことがありません。

 

(2)社会保障システム-「65歳以上が人口の6%弱」であった2世代(矢張り東京オリンピック前後からの5 - 60年)前から人口構成は大きく変わり、65歳以上が人口の1/3、75歳以上が1/4を占めるようになりましたが、社会保障システムのフレームワークは大きく変わっておりません。私が社会人になった1978年に「お前の年金はないからな」と先輩社員に言われたような、この予見可能な問題にどいういう長期的視点、社会コスト予測と負担の有り様を持つべきか、政権は論議を尽くし、国民は十分に教化されているでしょうか?

 

(3)教育-日本の最終且つ最大の資産・資源は主権者たる国民です。この国民の生活と活動を支えるものが上述の2つですが、それ以上に国民はどのような知識(情報資産)を持ち、どのように、又どの程度迄処理(思考)でき、その成果をどのように表出(表現・伝達)すべきか、という「変化する環境に対応する教育の在り方」(方針)が論議され、合意されているのでしょうか?従来日本の教育は「定型の問いに対する答えを記憶する」点で優れていましたが、ネットワーク上で知識(情報)が自由に入手できる現在「問いの有無、その本質を見出し、解法を検討、構築し、その説明を行える」思考能力こそが今後求められてくるのではないでしょうか?又音声認識・翻訳・音声出力の技術が発達し、言語障壁が低くなった現在、表現・伝達(コミュニケーション)の有り様と教育を考えなければならない段階に来ていないでしょうか?まぁ、「国民(注)」を「表見上の日本人」に限定し、排外傾向を強めている現在、単なる労働力という意味のみならず、長期的視点、国際競争力の観点から「日本国の市民権を取得し、日本国に貢献したい人的資源の確保」がどれだけ重要であるか、もっと立法府は論議を尽くし、国民に開示すべきでしょう。

注:「国民」の一般的、辞書的な意味は「国家を構成し、国籍法に基づき国籍を有する者。国政に参与する地位では公民または市民」であり、公民権、市民権を持つ人間すべてを言います。(国籍法は、日本国憲法の第3章「国民の権利及び義務」第10条「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」の「法律」のことで、国籍の取得原因を「出生」「届出」「帰化」としています。<ご参考>国籍法Q&A、日本は移民国家になりえるのか)

 

を振り返るだけでも、肝が冷える思いです。

 

既に古希を過ぎ、明日死んでもおかしくない年齢となり、社会の中心的存在ではなくなった為に「まぁ、みなさん頑張ってくれ」というしかないのですが、それでも過去「美しい日本」といったどこぞの宰相が導いた「現在の日本」を正しく認識する意味で、次の記事が目に留まりました。

 

【前編】「お家芸のカメラすら中国に追いつかれ…」「スマホでは中国、韓国に完全敗北」 なぜ日本は「オワコン」と化したのか

【後編】「日本人女性は外国人からすると“割安商品”」 日本人男性は「立ちんぼ」との交渉でも断られ… なぜ日本は「オワコン」化したのか

 

どうせ、「このように自国を偽悪的に描写するのは非国民」と、直ぐに消される記事でしょうから、関心のある方は早く読んでくださいね。

 

先般始めたこのテーマ、第一回目は最近新聞で五月蠅い「暴走リスク」という話について無駄話を書いてみたいと思います。

 

「暴走」とは本来「(乗り物を)むやみに乱暴に走ること、規則や常軌を無視して走ること」や「運転者のいない車両が走り出すこと」を意味していました。

 

その後、コンピューター(ネットワーク)が社会インフラとなった現在の世界ではデバイスが「操作を受け付けず制御不能の状態、あるいは操作者が操作できない状態にあって、停止させられず異常に動作すること」をいうようになったとされています。(注)

注:現在のPCではOSが進化して「プログラムが例外で落ちる」ことはあっても、「PC自体が落ちる(ブルースクリーン)」ことは先ずなくなってきているので、ピンとこないかもしれませんが、16 bitのWindows 3.xや32bitのWindows 9xの時代では「コンピューターの暴走=システムダウン」でした。

 

では「(AIエージェントを含む一連の処理を行うオブジェクトが「プログラム」だとして)

 

何故プログラムが暴走するのか?

 

」と言うと、それは「(最初に)

 

そういう風に作ったから

 

」というしかありません。だから昔から「プログラムで誤ったコーディングをすると、暴走するよ」ということは予見されたリスクであり、「暴走」が発生した場合、その原因を作ったのは作成者の過誤(注)ですから、それによる損失や被害は自己責任となる為に、デバッギングや試行(テストラン)等を行って、「先ず大丈夫」を重ねてリリースされたものです。

注:所謂「バグ(bug)」というやつで、その範囲は極めてプリミティブなコーディングミスから、「(作成者によって)意図または想定された使用されるとは異なる使用、誤使用」によって「想定されなかった、仕様通りの結果」が発生します。

 

実はAIだって同じ

 

ことです。到達しようとするオブジェクトや状態は「学習により自己改変することができる(「人間」のような)知能」ですので、例えば子供を育てるように「反抗リスク」「非行リスク」etcは「織り込み済の問題」でしかないわけです。人間の場合には、「他人の生命、身体、自由等、法益(法によって守られる権益)を侵害してはならない」という刑法や民法等の法律(や法律が制定される前は強い「禁忌」)によって、または「他人と共存する場合、他人を害したり、不利益を被らせないような配慮」を要求する道徳や、社会的マナーや不文律によって行動が規制され、その遵守を行うことを教育と学習によって人間に刷り込ませる社会的なシステムが存在しますが、AIがリリースされ、一般に使用される場合にそのようなプロセスは取られていないことは周知の事実です。

 

「暴走」はAIではなく、人間が「むやみに乱暴に走ること、規則や常軌を無視して走ること」

 

だったわけです。また、厄介な問題はAIの場合にはシステムダウン(AIの動作停止)にはならず、(作成者の意図や予見に反した)処理を延々と実行し続け、更に学習により、処理が想定外へと変化してゆく可能性があることを忘れてはいけません。実際、「人間」の場合、そのような抑止措置を作っても「人間が学習により自らを改変してしまい、犯罪や侵害行為を採る」ことは周知の事実ですし、特に「AIの軍事転用」を前提とすれば、例えば、「人を殺してはならない」という禁忌を絶対的に導入することは自己撞着に陥ることから、そのようなが抑止措置が全世界の合意の上で導入される可能性は極めて疑問です。(「人間」の場合、「人を殺してはいけない」という抑止措置を受けた人間が戦争で人を殺した結果、戦争神経症に罹患することがあります。)

 

何かマスメディアの「AIの暴走リスク」という表現は「コンピューターが賢くなると人類に反抗、攻撃する可能性がある」というようなSFじみた印象を与えますが、実は(人間であれば)「子供(学習により自己改変する知能)を作ったらしっかり育てないとだめでしょ?」と言うレベル、AIでは(安保情勢や開発競争等により)それができていないというレベルの問題なんだと思います。

 

AIにこの問題を投げかけると、

 

AIは人間のように欲動や感情を持たないので、そのようなリスクは低い

 

です、と答えてきます。しかし、AI(は生物ではないので...)に仏教でいうところの5欲(食欲、睡眠欲、財欲、色欲、名誉欲)等がビルトインされていないとしても、「課題は実行され、達成されなくてはならない」というテーゼは存在し、「どういう場合に、課題は実行を忌避しなければならない」というアンチテーゼも、テーゼとアンチテーゼが対立した場合のアウフヘーベンによるジンテーゼの生成法もビルトインされていないと考えられます。(従って、これは(人間がそうしたように)学習により習得するしかありませんが、その必要性判断もAI次第ですね。)

 

現在は幼児にフォークを持たせて使い方を習わせた所、そのフォークを人のお皿に突っ込んだ

 

ような状態でしょうか。人間ならそれから時間をかけて幼児に「してよいことと悪いこと」を躾てゆきますが、

 

これからの「Does and Don'ts」教育は誰が、どのようにやるのでしょうか?

 

ps. 答えがネガティブファンタジーを伴うのは仕方がないでしょう。大体、その段階でAIを止める能力が人間にあるか否かすら懐疑的です。確かに人間は数百万年かけて学習、自己改変を行い、科学的技術を含む技能や知識を習得、蓄積してきましたが、皮肉にもその結果により、その習得成果を失うことにもなりました。例えば昔は「包丁一本で様々な包丁細工を行っていたのが、ツールの発達によりその技能が失われた」、「字を読み書きできたのが、スマホの普及により書けなくなったし、読みも記憶が不完全となった」等の問題です。人間はAIを「考えるツール」として開発し、その結果自ら考える能力が減衰してきています。それは単に論理的思考判断にとどまらず、事実的認知や果ては価値判断(「ねぇねぇAI、私が好きなのって、どれ?」)にまで及んできました。今後さらに人間の認知-思考-判断能力は減退してゆくものと考えられ、その時「助けてくれると思っていたAIが、人類を、その反環境的欲動や行動を、世界と地球の安定的存続に対し害悪、危険と認知、駆除すべきという判断に基づいて行動する」ことはない、と否定できる人がどれだけいるでしょうか?

 

今、私たち凡人一人一人にとってこの流れを変えることは極めて難しいでしょう。現在私たちができることは唯一

 

この世界がどうなるのかを予見し、それに対して合理的対処を立案し、準備する

 

というリスクマネジメントなのでしょう。

 

相変わらずプログラミングネタが枯渇しているので、食い物話でお願いします。

 

私の飲み方は、若い頃は「行ったきり」、中年迄は「何でも来い」、老年になってからは「餌に合わせた酒(+飲み方)」(注)になりました。

注:関西では「宛て」、関東では「摘み」ですね。なお、必ずしも餌が先ではなく、「今日は暑いのでキンキンのウオッカで行きたいね」→「ウオッカトニック」→「チーズ、ハムカナッペ」等となります。尚、「カナッペ(仏: canapé)」とは「一口大に切った食パンや 薄く切ったフランスパン、クラッカーなどに、チーズや野菜などを盛った料理」で、フランス語の『背もたれのある長椅子、ソファー』の意味があります。その類似した『ブルスケッタ』は焼いたバゲットにニンニクとオリーブオイルを塗って具材をのせたイタリア料理です。

 

今日(今晩)は(既にビール、日本酒、スコッチ、ウオッカやブランデーなどを飲んでしまったので)「久々に赤ワインにしたいな」と思い、それに合わせる「餌」を考えるところから来ました。余りに肉々しいのは腹に溜まるし、と言って「醤油や和風だし」では合わないので、

 

(1)明日「神様(女房)」に作ってやる「キノコのペペロンチーノ」の付け合わせのポークソテー用に買ってきた豚肉をメインにする。

(2)一つだけ余っているシーチキン(「鰹(bonito)」ですね)を使ってサラダっぽい摘みにする。

(3)最後に「豆腐」を使って、赤ワインに合う摘みにする。

 

という仕様、に基づきプログラミングして、

 

(1)ポークソテーにするとかぶるので「サムギョプサル」にしました。

(2)オニオンスライスと水菜を加え、三杯酢(と言うか最近の「楽々酢」)+穀物素(「楽々酢」だけだと甘すぎるので)でマリネにする。

(3)豆腐のカットし、重石をかけて水切りし、塩胡椒+ケチャップ+チーズで電子レンジで2分ベーク(注)する。

注:勝手に"Tofu Gratinato(豆腐のグラタン)"と命名しました。

 

というアプリを完成させました。

 

 

如何でしょう?

 

とっても赤ワインにありました。