植物の「過密と過疎」環境に対する生存行動をシミュレートするライフゲームから、移動する偽生物(Cell)に発展させたCells for C#を何とか完結しましたが、実行テストを行っていてC++版の時代から感じていた「何か足りないんじゃないの?」というような違和感を再度感じました。
何かが足りない?...何が足りない!
今朝、(またまた)寝床の中でそれは
群れ
じゃないかと、気が付きました。そしてその
原因は私にある
事も併せて気が付きました。
私は元々ガキ大将で自分なりに社会性や社交性があると思っていたのですが、小学校の時から担任の女性教師に、クラスの他の女の子(注)と共に、教室の後ろに離れて座らされていました。その理由は、
注:この子については、担任教師から「自閉症」(今でいうASD、自閉スペクトラム症)と説明を受けておりました。
勝手に発言したり、場合によっては行動するので他の児童の(教育の)為に良くない
「〇〇君、あなたは授業妨害をしているのよッ!」
という(キレられて言われました)ことでした。今でいえば、ADHD症状にある
- 静かに座っていることができない
- 絶え間なく喋り続ける
- 無言で身体を動かさずにいることができない。
- 無目的に喋り続ける
- 他者の発言を遮って喋る
- 自分の話す順番を待つことが出来ない
に(近いっちゃー近かったのかな)なるのでしょう。まぁ、この「制裁」を食らった後は(少しの間)おとなしくするので、又クラスの「群れ」に戻るのですが...まぁ、昭和っていうのはこういうのが当たり前で私自身「当たり前」と感じていましたね。
いずれにしてもそんなこんなで、「右向け右の集団行動」が苦手で、現在も「同窓会や同期会といった(あまりよく知りもしない)多数の集団でワイワイやる共同幻想状態の群れ」は苦手です。
そんな訳で、Cellの設計の中で「他者との関係論」を単純に「愛着と敵対の二元論」に纏めた結果、全てのCellは勝手にウロウロと彷徨し、愛着性は交尾に至りますが結局家族も集団も形成せず、
一人勝手に生きて死ぬ
だけでした。(組織の中で孤立し、出世もしなかった自分の今までの生きざまに酷似していますねぇ...)
じゃ、群れってなんだよ?
というのが次の問いになります。これについて先ずは「ある区域に生息する全生物を一つの集団とみなしたもの」である「生物群集」という概念が参考になります。(「個体群」は単体なので「全生物」とは別物です。)Cellsでは「異種族」だけの簡素化された群集でした。又これら群集の個体や個体群はCellでも取り上げた「競争(敵対)、捕食被食(死亡以降)、寄生、共生(愛着)」の関係性があり、「食物連鎖や食物網のような関係、あるいは物質循環やエネルギー循環」を実現しています。
【ご参考】
| 生命の階層 | |
| 生態系 | ecosystem |
| 生物群集 | community |
| 個体群 | population |
| 個体 | individual |
| 器官 | organ |
| 組織 | tissue |
| 細胞 | cell |
| 細胞小器官 | organelle |
| 分子 | molecule |
| その他 | |
| 群体 | colony |
| 定数群体 | coenobium |
この「群れ」が人間様の話になるとそれは「複数の人間の空間的、目的的、心理的な集まり」である「集団」の概念になります。人間の群れも「規範、約束、慣習等、集団凝縮性、集団圧力、集団目標、リーダーシップ、集団規範」によって支配されます。そうなれば話は自ずと
政治、社会
に及び、「政治は数、数は力、力は金」という言葉を想起してしまいます。
「政治は数、数は力、力は金」と言うのは元内閣総理大臣(注)田中角栄の言葉です。私は決して角栄礼賛者ではありませんが、彼の慧眼が現れている言葉だと思います。
注:ロッキード事件で受託収賄の罪を問われましたが、本人死亡により公訴は棄却(刑は未確定)されました。
この考えを私なりに解釈し、別の言葉に置き換えれば、
「社会的支配力(注)を得るには、群れを作り、それを率い(数)なければならず、それに成功すれば社会的権力を得ることができ(力)、その社会的権力は経済力(金)を生む(又はへ転換する)ことができる」
注:彼は「政治」を学問的一般論としていったのではなく、志向性を持つ課題としての「政治的に成功するには」と言う問いとして言っています。
と言う「社会の原理」(誰もが認めざるを得ない、経験的事実)を指しているのだと考えられます。
ここで重要なのは、この「群れ」と言う人や動物に備わる性向です。これを「社会性」と捉えることもできますが、
現実に自然界で弱い種は「群れ」を作ることにより数を力として生き残ってきた
ことを想起すれば、これは生存のための力であると考えざるを得ないでしょう。田中角栄の言葉を生態学的に言えば、
「生態系は群れ、群れは力、力は食物連鎖の上位化」
につながると考えられます。ここまで調べたり、考えたりして次に
じゃ、群れの原理ってなんだよ?
という所に流れてゆき、発見したのが
boids(Bird-oid)
という「ボイド(人工生命シミュレーションプログラム)」((wikiでは「鳥もどき」と書かれていますが、私は勝手に「擬鳥」という語を作っちゃいました!)でした。
先ずは"Seeing is believing"ということで
を見てください。次回から(自分自身これから何をしようか未だ定まっていないのですが...)この"boids(擬鳥)"をテーマにブログを書いてゆこうかと考えています。


