今日は小屋入りの朝です。
Y's ExP.としては最後の小屋入りの朝です。
そして先日、最後の稽古が終わりました。
未来のことはわかりませんが、おそらく人生で最後になるかもしれない稽古最終日。
ですが、それは何か特別なことでもないように思いました。
実際、最後だからといって、いつも以上にこみあげてくるものがあったわけではありません。
毎公演そうです。
同じキャスト、同じスタッフで舞台を作ることは出来ない。
そして同じお客様で同じ演技をすることも出来ない。
舞台は瞬間芸術で、刹那的で、だからこそ美しい。
どの稽古も、最初で最後の稽古で
どのセリフも、どの演出も最初で最後。
そうしたことの繰り返しなんですね。
今回一年半ぶりにお芝居を作らせていただいて
だけど一年半前とは状況が全然変わっていて
感じること、考えることがたくさんありました。
コロナがなくともY's ExP.は幕を引くという決断をしたわけですが
実際コロナの状況の中でお芝居を作るということは相当に大変で
正直な気持ちを話させてもらえば、終わると決めていなかったとしても
進退を考えたかもしれないなと思いました。
役者さんのキャスティングは難易度が増して
劇場の条件は厳しくなって
集客も難しくなって
だけど、劇場費や稽古場代、ギャランティなど金銭面は変わらなくて
寧ろ感染対策や配信システムの導入など
出費は増えたかもしれません。
改めて考えさせられます。
お芝居を作ることの意義はなんだろうか、と。
去年一年、嫌と言うほど考えてきました。
コロナに対するスタンスは人それぞれです。
それをここで論ずるつもりはありません。
ですが、理由は様々あれどコロナに感染するのを恐れている人がいる事実があって、
そういう人たちは、果たして劇場に足を運ぶのだろうかと。
万が一、なにか大きな感染が発生したときに、社会的制裁を食らう可能性もあります。
それはカンパニーのみならず、演者、スタッフ、そして時にはお客様に及ぶかもしれない。
そんななかで、やる意味。
舞台に、どれほどの意味があるのだろうか。
と、考えてきました。
そこに意味をちゃんと見いだせれば、いかなる状況でもやれるでしょう。
だけど、それを見出せないうちは、やることは出来ない。
やりたいからやる。
それはとても美しい気持ちかもしれないけど
「やりたいからやる」の先にあること全てを勘定にいれてもなお
「やりたい」と言えるのか。
僕らが「お芝居を作りたい!」という思いと天秤にかけてきた困難や苦難は
この一年半でパワーバランスを大きく変えました。
世界の法則が等価交換だとしたら
あまりにもフェアじゃない。
それは今までもそうでしたが
舞台を作ることで得られる様々は本当に掛け替えがなくて
やらなければ良かったと思う作品は一つだってありませんし
Y's ExP.をやってきたことに後悔は微塵もありません。
今はただ、これまで出会ったてくれた人
そしてこれからの本番3日間で出会ってくれた人が
長い人生のどこかで幸せである瞬間が一秒で多くあったらいいなと思っています。
ありがたいことに今日は晴れています。
晴れやかに始まって暖かに終われたら最高です。
僕はお芝居が好きです。
物語ることも演出することも好きです。
それを気付かせてくれたのも教えてくれたのも
これまで出会ってきたたくさんの役者、スタッフ、お客様、そしてY's ExP.のメンバーです。
だから
僕が今、お芝居をやる意味は
これまでとこれからに対しての最大限の愛と感謝だと思っています。
ありったけを込めて
作ること。
言い足りることのない
ありがとうと
行ってらっしゃいをこめて。
槙本

