日本における外国人労働組合運動をめぐる課題
―労働運動全体の混迷から考える
日本で働く外国人労働者が急増している。厚生労働省の統計によると、2024年10月時点で、その総数は約230万人であり、これは就業者全体の3.4%を占める。外国人労働者を国籍別にみた割合は、ベトナム24.8%、中国17.8%、フィリピン10.7%であり、産業別割合は、製造業26.0%、宿泊・飲食以外のサービス業15.4%、卸売業・小売業13.0%。また、在留資格別にみた割合は、「専門的・技術的分野の在留資格」(「特定技能」など)31.2%、「身分に基づく在留資格」(「永住者」「日本人の配偶者」「定住者」など)27.3%、「技能実習」20.4%、「資格外活動」(「留学」など)17.3%、「特定活動」(「経済連携協定による看護師・介護福祉候補者」など)3.7%となっている。
ところで、旧植民地出身者とその子孫を「オールドカマー」とすれば、「ニューカマー」は1980年代以降日本に移住した外国人を指す。ただし、2006年まで、外国人労働者数を示す公式統計は存在しない。それゆえ推定値を含むが、1980年以降の推移は次のようになる。1980年が約5万人、1990年が約26万人、2000年が約60万人、2010年が約69万人、2020年が約172万人、そして2024年が230万人である。また2024年6月時点で、日本人労働者の組合組織率は16.1%であるが、外国人労働者に関しては統計がない。それゆえ推定になるが、外国人労働者の組合組織率は10%未満といわれている。
なぜなら、日本の労働組合運動は、外国人労働者の組織化に、必ずしも積極的ではないからである。他方、外国人労働者らが自発的に結成した労働組合も、現在の日本では、わずかしか存在しない。しかし、日本の労働可能人口が減少していく中で、外国人労働者の受け入れと労働組合への組織化は、今後ますます重要になるだろう。そこで本稿では、日本における外国人労働組合運動をめぐる問題点を整理し、解決の方向性を考えてみたい。同時に、この議論を通じて、現在の労働組合運動全体の低迷を、克服する方策も探っていきたい。
<外国人労働者をどう組織化するか>
外国人労働者の組織化を考えるとき、まず第1に、労働組合の組織形態が論点となる。戦後日本の労働組合の多くは企業別組合であり、正規労働者の利害を規準に活動してきたから、中小零細企業で働く未組織労働者や非正規労働者の組織化には消極的だった。外国人労働者の88%は、中小零細企業で働く非正規の単純労働者である。したがって、彼らを組織化してきたのは、個人加入型の合同労組や地域ユニオンだった。なかでも、関東の労働運動圏で有名なのは、1956年に地域合同労組として結成された全国一般労働組合東京南部、1960年に結成された東部一般統一労組から、1967年に独立した全統一労働組合、そして1984年に全造船機械労組関東地協の神奈川分会として結成された神奈川シティユニオンである。全国一般南部は英米系、全統一はアジア・アフリカ系、神奈川シティユニオンは南米系の労働者を中心に組織化し、これら
3者と東京労働安全センターが連携している。
ところが、「個人加入型ユニオンには労働者が定着せず組織が拡大しない」と、しばしば宿命論のように語られる。要するに、労働者が個別に労働相談に訪れ、組合に駆け込み加入し、組合全体として闘ったとしても、争議終了後、その労働者は当該職場に定着せず、退職・転職し、組合からも脱退してしまうケースが多い。有期・派遣・請負など非正規労働者、換言すれば、低賃金・不安定雇用労働者に対する、組合組織化の難しさである。さらに外国人労働者の場合、帰国という可能性も加わる。
こうした組織化の限界を、実践的に乗り越えてきたのが、神奈川シティユニオンと2003年に結成されたJMIU(全日本金属情報機器労組)静岡西部地域支部である。後者は、総評時代の全国金属労組を前身とする。彼らの場合、外国人コミュニティとの繋がりと信頼を重視しており、その結果、労働者は集団で労働相談に訪れ、問題解決後も、企業内に集団的労使関係が形成されるという。要するに、職場に組合組織ができ、恒常的に活動を継続できている。これは、神奈川シティユニオンとJMIUが産別傘下の個人加入型の組合という性格をもち、組合員も南米出身者であることが特長だからだろう。ただし、筆者とJMIUとは交流が無いので、この点は報告文書を基礎にした推測が入る。
そこで2005年の話になるが、筆者が所属する佼成学園教職員組合(佼教組)による、争議経験を紹介したい。まず、学校法人佼成学園は当時、男子の中高等学校・女子中高等学校・幼稚園を経営していた。筆者は男子校勤務だが、女子校に勤務するアメリカ人講師Aに対して、雇止め通告がなされた。当該Aは同僚に教えられた全国一般南部に駆け込み、その担当オルグが西部全労協を上部団体とする佼教組に連絡。われわれは即座に共闘体制を組み、学校当局とこの案件をめぐって団体交渉を開始。当然だが、団交相手の経営陣は、普段から佼教組が対峙しているメンバーであり、その弱点も理解している。だが交渉は決裂し、校門前での朝ビラ配布など、全国一般南部の外国人組合員をも動員した争議行動に突入。こうして経営を内外から攻め立てた結果、比較的短期間で、当該Aとその家族が満足する、勝利的解決を勝ち取った。
筆者にとって、会議も団交も英語を使ったこの争議は貴重な経験だったが、いくつか教訓もある。まず気付いたのは、南米系のような広く強固なコミュニティがアメリカ人には存在せず、当時の職場にも外国人講師じたい数人しかいなかったので、当該Aは孤立していた点である。また当時、女子校の職場には、連合系と独立系の組合はあったが、正規教員以外は組織していない。そして、佼教組は2001年に立ち上げた少数派組合で、女子校には組織をもたなかった。争議解決後、当該Aを中心に女子校職場で組合組織を作れなかったのは、A本人の事情もあるが、女子校に組織的受け皿なかったことが大きい。
理想的には、合同労組・地域ユニオンとそれらをヨコにつなぐネットワークと、職場に足をもつ企業別労組―産別組織―ナショナルセンターといったタテとを、柔軟に組み合わせる必要がある。たしかに、「駆け込み」案件は、当該労働者が争議解決後、職場にも組合にも残らない事例が多い。だが今後、「出稼ぎ還流型」ではなく、「移民定住型」の外国人労働者も増えるだろう。それに伴い、「事件解決型」の活動と同時に、「組織作り型」の活動が、より重要となる。「雇用が流動化しているので職場を基礎とした組織化はできない」という言説は誤りであって、「職場に非正規労働者を受け入れる労働組合が存在することが流動化を抑制する」ことに確信を持って運動を進めたい。
<労働市場はどう変化しているか>
外国人労働者の国内労働市場への受け入れを考えるとき、日本人労働者の雇用や労働条件が維持されるか否かが、第2の論点となる。連合も全労連も、外国人労働者の受け入れに慎重なのは、「外国人労働者が国内労働者の雇用機会を奪う」「外国人労働者の存在が国内労働者の労働基準を引き下げる」といった危惧ゆえである。さらに、組合組織化にも慎重な理由は、既存の企業別労働組合が、有期・派遣・請負などの非正規労働者、換言すれば、低賃金・不安的雇用労働者の組織化を避けてきた理由と重なるものだ。経営者は利潤確保と景気変動に伴う雇用の調整弁として、弱い立場の非正規労働者を利用するが、正規労働者の労働組合は彼らを組織化して強い立場にすると、自己の既得権益を危うくすると考える。そして、外国人労働者の多くも非正規雇用であり、雇い止めされた場合は、3ヶ月以内に再就職しないと帰国問題が生じるから、さらに
弱い立場に追い込まれていく。
ただし、先行研究をサーベイすると、外国人労働者の受け入れは、国内労働者の雇用や賃金への悪影響はないとする見解も多い。その根拠は、同一企業内でも自国民と外国人の労働は不完全代替であり、日本人労働者はより高度な職務を担うようになるという見通しである。特に企業系のシンクタンクは、「外国人材の活用で人手不足を解消し、グローバル化に対応し、多文化共生社会をめざそう」と呼びかける。これに対し、労組系の研究機関は、正規と非正規との間で職務分離と賃金格差が存在する労働市場では、後者の国内非正規と外国人労働者との職務は代替可能で両者は競合するという分析が多い。したがって、外国人労働者の無条件な受け入れを制限する一方、「同一労働・同一賃金」の原則を徹底させるべきだと主張する。
ところで2025年末、政府は「特定技能と育成就労の受け入れ上限」を公表した。受け入れ枠は業界ごとに、人手不足の数から生産性向上や国内の人材確保で対応できる数を、差し引いて算出したという。その業種は多い順から、工業製品製造業31.92万人、建設19.95万人、飲食料品製造業19.49万人、介護16.70万人、農業9.96万人、外食業5.53万人、ビルクリーニング3.95万人、と続く。要するに、過酷で危険が伴う製造業・建設業や、生産性が低いサービス業・農業での労働力不足を、事実上の低賃金・不安定雇用の外国人労働者で埋め合せようとしている。
戦後の日本経済では、過去に2度、労働力不足が問題になった。1960年代の高度成長期と、1980年代後半のバブル経済期である。前者は「集団就職」に象徴される、若年労働力の都市部への移住などで対応し、後者は1989年改正入管法による、在留資格「定住者」(日系人)と「研修」という「サイドドア」から対応した。日本は「外国人の単純労働者は原則として受け入れない」のが、政府の公式見解だからだ。ところが、近年は、経済成長率が低迷した中での「労働力不足」である。その要因は、少子化による若年人口の減少、高齢化に伴う介護・福祉労働の需要増加、過酷な労働条件による「使い捨て」労働力の枯渇にある。これに対し、年金だけで暮らせない高齢者や、シングルマザーなどの女性らを、労働力の供給源としてきた。だが、人口自体が減少していく中で、それにも限界があり、2016年の入管法改定で在留資格「介護」、2018年の改定で就労目的の「特定技能」(1号・2号)、2024年の改定で「育成就労」が新設されたのである。
こうして見ると、外国人労働者の受け入れによる、国内労働者の労働条件低下は、さしあたり起きないように思える。とはいえ2009年、リーマンショック後に、日系人労働者と家族に対し帰国奨励策がとられた過去は記憶に新しい。いずれにせよ労働組合は、経済動向にかかわらず、外国人労働者をも差別なく組織化し、労働者全体の労働条件向上のため、ともに闘うべきである。全統一は労働組合の役割を、①「労働力を安売りさせない」、②「人間をモノ扱いさせない」、③「社会の公共性を防衛する」と規定し、リ-ダーの鳥井一平氏は友愛社会を、「労使対等原則が担保された多民族多文化共生社会」と定義する。そこに、国籍や男女や正規・非正規の区別はない。
さらに、外国人労働者の国内市場への受け入れに関しては、ILO(国際労働機関)の条約・勧告を基準に、制度政策要求を立てると同時に、労働組合運動の国際連帯活動を強化すべきだろう。だが日本は、ILOの移住労働者条約(第97号および第143号)も、国連の移住労働者保護条約(1990年)も、批准していない。しかし、日本は日本人だけのものではなく、移住労働者の送出国であった時代もある。そして2006年、ILO理事会が承認した『労働者移動に関する多国間枠組みの原則』は、「労働者移住の雇用・経済成長・開発・貧困緩和への寄与は、送出国と受入国の双方の利益になるよう認められ、最大限発揮されるべきである」と規定した。難題ではあるが、労働組合は双方の労働者の利益が最大になる道を、追求していくべきである。
<不法就労とは何か>
資格外活動やオーバーステイなど、「不法」状態で働く外国人労働者に、どう対応するかが第3の論点である。この問題に関しては、まず労働基準法第3条「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」により、不法就労者であっても労働条件は差別されない。そして、労働組合法第5条に「何人も、いかなる場合においても、人種、宗教、性別、門地又は身分によって組合員たる資
格を奪われないこと」とあり、組合組織化の対象とすることに問題はない。
元来、より賃金の高い職を求め、それに就くという労働者の行動は、特定社会の内部であれば問題にならない。そもそも、人間は生まれる場所も時代も親も選べない。ところが、労働者が国境を越えた途端に、事情が変わってくる。人権も民主主義も普遍的な概念だが、現実には国民国家という制度の中に組み込まれているからだ。この国民国家に固執するのであれば、外部からの進入は国内法でコントロールされる。移住先国で「不法」とされれば、政府の保護はほとんどなく、「犯罪者」のように扱われるのである。
ところで、経済のグローバル化・バブル景気・円高を背景にして、アジア諸国からの「ニューカマー」による就労が社会的に注目されるのは、1980年代後半からである。当初は日本企業側に強いプル要因があり、警察も就労を事実上容認した結果、1993年には約30万人のオーバーステイ労働者が存在した。だが、2003年の半減計画を契機に、警察が取り締まりを強化し始め、「不法」就労者が大量生産されていく。他方、すでに触れたように、たび重なる入管法の改定、技能実習制度の再編、EPA(経済連携協定)の締結により、就労の「合法」枠が拡大されてきた。したがって、当初は黙認され、その後「不法」になり、今では「合法」とされたケースもある。
ここで、2002年に結成された、FWUBC(在日ビルマ市民労組)に注目したい。リーダーのB氏は元々、アウンサン・スー・チー氏が率いるNLD(国民民主連盟)の活動家で、ミャンマー軍事政権により、何度か逮捕・投獄された経験をもつ。その後、弾圧を避けて国外へ脱出し、1996年に日本へ入国して、1999年に難民認定された。日本では、パチンコ屋清掃人などの職を転々とし、現在も、夫婦で働いて生計を立てている。B氏はFTUB(ビルマ労働組合連盟)の日本支部員として活動していたが、2001年にICFTU(国際自由労連)の会議が日本で開催された際、そこで連合系労組と知り合う。これが契機となり、2002年に、JAM(ものづくり産業労組)の支援を受ながら、在日ビルマ人主体で組合結成にこぎつける。
FWUBCの組合員の大半は不法就労者であり、帰国すれば命が危ない難民申請者も多い。ミャンマーでは軍事政権が、労組加入者を禁固7年の刑に処し、FTUBも非合法化され、現在タイに本部をおく。それゆえ、FWUBCは表面上、非政治組織と名乗り、NLDとの繋がりも否定している。しかし2021年、ミャンマー国軍によるクーデターが発生した際には、当時のリ-ダーC氏が前面に立ち、日本の市民団体とも共闘しながら、抗議行動を展開した。
今後、FWUBCのような、在日外国人が出身国別に結集した労組が増える可能性があるが、不法就労外国人といっても事情は様々であり、送り出し国の状況も理解しなくてはならない。また、日本は1981年に難民条約に加入しているが、難民認定率は1%未満で異常に低く、難民申請者は不安定な地位に追い込まれる。さらに、FWUBCは技能実習生支援も重要な活動としているが、構造的不況業種に送り込まれ、転職の自由もない技能実習生は、劣悪な労働条件を強要されやすく、逃亡者も後を絶たない。こうして、不法就労に追い込まれる労働者も存在する。当然、闇経済の一部を形成し、様々な権利を制限される不法就労は、望ましいものではない。しかし、だからこそ労働組合は、労働法にもある通り、差別することなく不法就労者を組織化し、ともに闘うべきなのだ。さらに現在、APFS(ASIAN PEOPLE’S FRIENDSHIP SOCIETY)が実践しているような、「在留特別許可取得一斉行動」も視野に入れて、運動を拡大していくべきだろう。
<日本の労働運動の盲点>
ここまで、日本の外国人労働組合運動に関して、3つの論点を問題提起してきた。だが実際には、まだまだ課題は多い。したがって以下、他の論点のうち、見落しがちなものを、簡単に指摘しておきたい。まず1つ目に、労働運動が無視してきた、「オールドカマー」労働者をめぐる問題がある。旧植民地出身で、戦後、外国人とされた労働者とその子孫が、今でも抱える問題である。とりわけ、1970年の日立就職差別反対闘争では民間企業における就職差別が、1994年の東京都国籍任用差別反対闘争では公務職場における昇進差別が明白になった。どちらも、人権問題であると同時に労働問題なのだが、労働運動の課題としては取り組まれていない。現在、在日の労働組合員も少なくはないが、労働組合は職場をめぐる人権や差別問題に、もっと敏感でなく
てはならない。
2つ目に、労働組合運動の国際連帯活動をめぐっても、弱点や死角が存在すると言わざるを得ない。たしかに、韓国サンケン労組への支援闘争や、ITUC(国際労組総連合)はじめ国際労働組織による会議への参加など、日本の労組の国際連帯活動は、ある程度は進んでいる。だが2008年、ロシア・サンクトペテルブルグにあるフォード労組の長期スト支援に訪れた際、組合員から「なぜ、トヨタなど日本の労組は、こちらへ組織化に来ないのか」と質問され、返答に窮したことがある。しかも当時は、カルロスゴーンが日産のリストラを終え、ロシアのアフトワズ社に狙いを定めていた時期だ。
また、「ヨーロッパの最貧国」モルドバでは、労働可能人口の半数近くが、国外へ流出している。そこで送出国のCNSM(モルドバ労働組合連盟)は、イタリアなど受入国の労組とも連携し、当地での出稼ぎ労働者の保護や内国民待遇などを要求する一方、モルドバ国内では、政府からODA(政府開発援助)資金も勝ち取りつつ、労働者協同組合の起業支援など、雇用の創出・拡大の活動を展開している。途上国から先進国への単純労働者の移動が、国際労働力移動の典型的なパターンだが、違法仲介業者の暗躍など問題も多い。高賃金を求めて国外で働く権利は認められるべきだが、家族や友人から切り離され、様々なリスクやストレスの中で働くことは、労働者にとって本当に幸福なのだろうか。国際的な経済・雇用格差を是認していいとは思えないが、労働組合の受入国と送出国との連携は、日本では議論にもならない。さらに、児童労働や性的搾取を目的とした人身売買については、まさに死角におかれている。
3つ目に、労働組合と市民団体との協力関係をめぐる問題がある。外国人労働者は一般に、労働以外にも、様々な生活上の困難を抱えている。それゆえ労働組合は、移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)をはじめとする、市民運動組織との協力関係が欠かせない。ここで想起されるのは、全国一般南部の専従オルグだった高須裕彦氏(2019年に急逝)が、米国で調査・研究し、日本でも提唱・追求していた「社会運動ユニオニズム」である。それは、社会運動として労働運動を再構築するもので、産別労組の支部が加盟する地区労を核として、地域の様々な社会運動とネットワークを形成し、大学や組合での労働教育と、市民メディアやレイバーメディアの育成・活用を重視する。そして高須氏は、日本における「社会運動ユニオニズム」の可能性を、「年越し派遣村」運動(2008年末-09年初)の中に見ていた。
だが、日本でこの議論をする際、欠落しているのは、日本と違って、米国の労働法では、職場の少数派組合に団体交渉権がないという認識である。だからこそ、移民労働者や反主流潮流など少数派は、ピケ・ボイコット・デモ・マスコミの利用・司法機関への告発など、直接行動を展開することで、経営や行政を交渉に引きずり出し、要求を通すのである。これに対し、日本の「年越し派遣村」の場合、「反貧困」を前面に出し、労組と市民団体の活動家が超党派的に結集し、マスコミも運動側につけて、厚労省や東京都を突き動かした。実行委が交渉して、宿泊場所や食料を提供させ、最終的には生活保護や住み込み仕事を勝ち取った。いずれにせよ、労働問題を、ただ社会問題化すればよいのではない。法的な交渉権がない中で、いかに圧力をかけて、要求を実現するかが肝心なのである。
<終わりに>
最後に再び私事で恐縮だが、筆者の組合活動歴は1989年、私立X校の非常勤講師組合への加入から始まる。ここで組合活動を学んだ後、職場を変えて2001年に現在の佼教組を立ち上げた。佼教組では様々なことがあったが、例えば2019年、D氏の雇止め撤回闘争に勝利。D氏は佼教組に加入したが、2021年に私立Y校へ移り、専任採用された。他方、彼の身内であるE氏が勤務する私立Z校で、管理職によるハラスメントが多発。2023年、佼教組が地区労を通じて交流していた「首都圏なかまユニオン」に、D氏・E氏が個人加入し、職場から闘争を開始した。その後、「首都圏なかまユニオン」には、佼教組メンバーも全員加入したので、私学分会の結成を検討中である。なお、筆者は2026年3月で定年退職するが、組合員資格を失うことはない。
昔からよく、「日本的な企業別組合ではなく、欧米のような産業別組合でないと駄目だ」と言われるが、筆者の経験では、必ずしも正確ではない。産業別組合で有名なドイツでも、事業所レベルに組織があり、企業横断的協約の具体的適用や、組合員の獲得に重要な役割を担っている。日本でも、企業別の組織じたいが悪いのではなく、企業内で組合が自己の利害だけを追求し、より弱い立場の労働者に手を差し伸べないことが問題なのだ。このことが結果的に、労働組合運動全体の低迷と混迷を招いている。
したがって労働組合は、職場内外に組織的繋がりをもつと同時に、広く非正規労働者や外国人労働者にも、開かれている必要がある。そして、非正規労働者や外国人労働者を直接組織化する、あるいは組織化を支援して、全体を底上げすることが重要だ。他方で、低賃金・不安定雇用
の労働者は、国内でも国外でも生み出さない方向で、労働組合は運動すべきだろう。思想的には、「ともに生きる」という労働組合の原点を、今こそ思い起こす必要がある。日本の労働組合
には、まだまだ活動できる余地と可能性がある。
(『フラタニティ』2026.4)








