笹口騒音オーケストラ『みんなのうたたち』感想&レビュー【オルタナポップの傑作】 | とかげ日記

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笹口騒音オーケストラによる2ndアルバム。

本作収録の曲「世捨て人になっちまっただ」に倣って言うのなら、世捨て人が好んで聴くようなオルタナティブな音楽であると同時に、この曲にも登場し、笹口さんが敬愛する水木しげる先生ご本人のような人懐っこく愛敬のあるポップな音楽だ。

全ての音と歌詞の言葉に意味がある。オルタナティブといっても、某バンドのような無意味な唸り声や、うるさいだけの轟音もない。必要十分条件の音が鳴る演奏は、にぎやかで楽しくも、寂しくて切ない。

これらの音と言葉は、再会した旧友との去り際のような切なさとわびしさがある。子ども時代に観たTV番組『みんなのうた』のようにポップで懐かしく、精神にジャストフィットする音楽だ。『みんなのうた』の大人版が本作なのだと思う。

#1「おんがくのじかん」。音楽が楽しいばかりなら、音楽を辞めちまえと歌う笹口さんのシニカルな視点が冴える。僕は苦しみの中で歌われる音楽こそ、深みが出てくるのだと思う。この鋭い冷笑的な視点とNHKの『みんなのうた』のような優等生的でハートウォーミングな空気のギャップがたまらなく愛おしい。

#2「蝉」。残暑の中を声の限りに泣く蝉のわびしさを感じる。蝉なのに蝉が嫌いで、人なのに人が嫌いという小さな絶望が穏やかな音楽で表現されていて、音楽を聴いていると、リスナーの自分の抱えるやるせない不全感が昇華していくのを感じる。アコーディオンの西山小雨のゲストボーカルも切なさ満天。情緒豊かなホーンセクションもいいなぁ。



#3「街はいいな」。音楽性はR&B寄りのシティ・ポップとは違うけど、これぞ笹口流シティ・ポップ! 曖昧な言葉で都会感を醸す某シティ・ポップバンドとは違い、街と田舎の風景と情景を詩的に描き出している。そして、街と田舎の情景を通して、人間が見えてくる。ただそこにある街や田舎とは違い、ニンゲンはめんどくさくて、うるさい。シティ・ポップで、こうまで人間が見えてくるものがあっただろうか。

#4「世捨て人になっちまっただ」。働かずになまける本曲の主人公が羨ましい。なまけて大宴会で楽しげなこの曲の空気感は、楽器隊が楽しく演奏するところから来ているのだろうなぁ。アコーディオンもホーンセクションもリズム隊もこりゃ愉快だ。



#5「鯨」。「潮を吹くのはクジラだけじゃないのよ/私 一体どうしちゃったのかしら」から続く冒頭の歌詞がエロく、上品で上質なエロさが深いサウンドで表現されていて気持ちいい。アコーディオンもホーンセクションも、うら悲しい潮騒の音を運んでくる。

#6「バードマン」。映画『バックトゥーザフューチャー』の登場人物"ドク"の前日談も歌われるこの曲。サビの高揚感はまさに鳥(バード)が飛び立つよう! このユーモラスなムードは笹口さんにしか出せない味だ。

#7「TUBAME」。冒頭の鍵盤から新鮮かつ深淵を感じさせる音楽が鳴っている。アコーディオンの響きがツバメのように可愛らしい。ラストの穏やかな高揚感は、前曲に続いてまさにツバメが飛び立っていくよう。



#8「ばあちゃん」。世の中では割と珍しい、祖母へのラブソング。愛憎たっぷりに"ばあちゃん"を描いているが、その描き方が似顔絵師のように特徴をよく捉えている。僕はその"ばあちゃん"に会ったことはないが、そういう人もいるだろうなと分かるような。

#9「過激派彼女」。聴いていて明るくなれる歌。曲のタイトルとは裏腹に本作『みんなの歌たち』の中で最もお気軽なメロディが流れているように思う。



#10「((ユア)カシック)レコード」。エレガントな曲であり、聴いているだけで上質な時間を過ごしている気分になる。アーティストとして稀有な存在である笹口さんの楽曲も、アカシックレコードに記録されるだろう。



#11「名曲の描き方」。名画のように厳かな演奏は静かに僕の胸を打った。シンプルな心地よいメロディを奏でるベースの名演とドラムの滋味あふれるリズムキープ。ひょっこりと顔を出すように奏でられるアコーディオンが華を添え、ホーンセクションの下降系のメロディが叙情の空気を演出する。僕が本作『みんなの歌たち』で一番好きな曲だ。



#12「夏町〜Oh My Summer Town〜」。これまで僕の中で夏の曲といえば、ゆずの「夏色」が一番に思い起こされる曲だったのだけど、それをしのぐ夏感が出ている。「夏色」とは一味違った突き抜け方だ。波の音も聴こえてきそう…。



全曲通して聴いてみて、これは聴く体力がそれほど必要ない音楽で嬉しいと感じる。同じく笹口さんのバンドである太平洋不知火楽団の『THE ROCK』は僕が10点満点をつけた名盤だけど、演奏にパワーがあり、聴くのに体力が必要だ。しかし、本作『みんなのうたたち』は演奏の一音一音がパワーが抑えめで聴きやすい分、研ぎ澄まされている。コロナや病気で疲弊する僕でも、これから何度も聴く音楽になるんだろうなぁ。

動物と虫と人間が並列して歌われる作風は、「みんなのうたたち」というタイトルにふさわしい。動物と虫を"みんな"から外さない、生き物への愛を感じ取れる。そんなマクロな視線の愛が本作にはあふれている。

Score 9.1/10.0


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