太平洋不知火楽団『THE ROCK』感想&レビュー【メメント・モリのその先へ】 | とかげ日記

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●ロックのエッセンスが詰め込まれている名盤

太平洋不知火楽団、約10年ぶりのアルバム。一般流通や配信は未定で、今のところ、ライブ会場でのみ入手できる。10年前からの成長、成長というと上から目線の響きがあるので"進化"を感じるアルバムになっている。このアルバムは上からも下からも聴けない。まっすぐに前を見つめて聴くアルバムだ。

まず、録音技術が段違いであることは言っておかねばならないだろう。1stアルバムはバキバキの録音で聴きにくい側面もあった。本作は基本に忠実のミックスで聴きやすい。

ジャケットには、"Empathy for the Devil"(悪魔への共感)と書かれている。これはどういうことか。以下、自分の解釈を書いていこう。

確かに、悪魔は悪いヤツだ。しかし、悪魔には自分は悪いことをしているという自覚がある。今の邦楽ロックバンドの多くは、大きな潮流や売れ線に乗る形で曲を作っているというだけで、自分が何をしているのかという自覚はあまりないのではないか。そこへメタ意識にあふれた笹口騒音率いる太平洋不知火楽団は決死のカウンターを仕掛けるのだ。太平洋不知火楽団は自分のやっている音楽や表現に自覚がある。フワッとした、なんとなくオシャレだったり、鋭いように見せかけて何も言っていない音楽とは違うのだ。

また、悪魔は自由で規律がない。表現にタブーがなく、過剰を恐れない、太平洋不知火楽団の3人のようだ。このバンドは3ピースなのに過剰だ。特に、楽譜に起こせない笹口さんのギターのニュアンスはイカレてるけどイカしてる。

そして、悪魔は欲望に忠実だ。太平洋不知火楽団は演奏したいように演奏する。前述した笹口さんのギターもそうだし、大内ライダーのベースもワイルドに音程が動く。ツガネリョータのドラムは笹口さんと大内さんが演奏しやすいようにリズムをキープする屋台骨だ。ほぼ一発録りの本作『THE ROCK』は3人の自由で野菜のように新鮮な演奏のドキュメントでもある。

以下、一曲ごとに見ていこう。

#1「売春歌」


まず、出だしのギターの呻きからしてシビれるね。

カスミを売るとは、「売春歌」の歌詞に出てくる、"Heaven Knows I'm Miserable Now"(ザ・スミス)のI was happy in the haze of a drunken hour"(酔っ払って頭に靄がかかっている時が一番幸せだ)のカスミであると同時に、実体のない(手で触れない)音楽データを売るということ。笹口さんは、自身の音楽を売ることを売春に見立てている。他の誰でもない笹口さんのYourself(あなた自身)がこの曲にも映り込んでいる。ビートルズやミスチルへのオマージュの歌詞もあり、笹口さんの音楽遍歴というYourselfの一部も垣間見れる。

#2「八百屋」
エネルギッシュな本作において、チルに属する落ちつく曲。野菜のように新鮮なファルセットと演奏が笹口さんの歌作りのマニフェストを高らかに宣言する。

#3「さくら(毒唱)」


ソロ時よりテンポアップしてリズミカル。タイトルは森山直太朗の曲「さくら(独唱)」のパロディ。笹口さんはツイッターで「最高」という言葉は嫌いだとツイートしていたが、この曲の歌詞を借りれば、「最高という言葉を使わずに最高ということを表したい」ということなのだろう。「クソ」「ウンコ」「アソコ」という言葉を用いているが、それらの言葉を使ってこんなに深い歌にできるのは、笹口さんぐらいだろう。

#4「三億年生きた笹口」


この曲を聴くと内側から力が湧いてくる。この曲での笹口さんは生まれ変わりというものを信じ切っているように思える。三億年生まれ変わり続けることに比べたら、今の自分の悩みや闇なんて、ちっぽけなものなんだ。ここでいう「光る文字がお前の全て」とは、DNAの配列のこと? それとも、インターネット上に自分が残した文章のこと? いや、量子の記号で置き換えた自分の肉体のことかもしれないな。

#5「うるう年に生まれて」


ギターの音が抑制気味で、ベースとドラムがよく聴こえる雰囲気がダークでかっこいい。「音楽を鳴らして あなたの声を聴かせて」という最後の歌詞は、あなたの音楽を聴かせてほしいという意味にも取れるし、僕は音楽を鳴らすから、あなたはツイッターやネットやリアルで僕に反応を聞かせてと言っているようにも聞こえる。解釈への具体的な足掛かりがあって、様々な解釈ができる歌詞は良い歌詞だと思う。解釈をリスナーに丸投げする歌詞とは違い、良い歌詞には具体性と抽象性の両方があるんですよ。

#6「若きディランのように」
ボブ・ディランへの愛情たっぷりのオマージュ。笹口さんは現代日本のボブ・ディランなんですよ。類稀な詩性と霊性を感じるのです。「闇夜に手を引かれ/虹の街を泳ぐ/まるで女のように/上手に夜にまぎれて」って、ディランの「Just Like A Woman」へのオマージュであるわけなんだけど、Xジェンダーの自分にとってドキドキする歌詞だなぁ。

#7「アンカー」


歌詞の最後に出てくる「最終アンカーのキモチ」とは、自分のためにも、今まで走ってきた他の走者のためにも頑張る気持ちのことだろう。自分のためにも、誰かのためにも、その両方のために生きられることこそ、本当の愛や優しさだとこの曲は言いたいのだろう。

#8「ADHD(あんたどーして?ほんとにどーして?)」


メロディの雰囲気は、笹口さんの曲である「たとえば僕が売れたら」に近いものを感じる。タイトルからして、言葉がネット上で定着しつつある発達障害のことだし、際どい歌詞だが、とても共感する。笹口さんは自分自身のことを歌っているが、人間の裏側の本質を突いているため、多くの人が共感や気付きを得る曲だろう。人間には裏表あるのだ。表側を描くだけでは人間は描き切れていない。

また、この曲には、笹口さんの音楽を聴くリスナーのアイデンティティも刻印されている。病気か、名前のついていないビョーキであるということね。つまりは、多数派とは違うアイデンティティを持つ者ということ。

#9「F@#k & Sh!t song」
上下左右クソにまみれた歌。クソ味噌になることで、死ぬことなんてどうでも良くなる。歪んだボーカルが休む暇なく歌い続ける音の質感がカッコいい。

#10「Live & F@#k Forever」
前曲とセットで聴くと、効果倍増。僕はスピリチュアルはあまり信じていないけど、スピリチュアルでいうところの守護霊のような存在がこの曲の主人公なのではないか。この曲を聴き終えた時、生まれて死んでLiveとFuckを繰り返して生きるなんて最高だと思える。生まれ変わりの思想は、それが事実かなんて分からないけれども、もし事実なら、どんな辛い人生も救われるし、報われると、統合失調症で辛い思いをしてきた自分は思うのです。

#11「My favorite song」
爽やかで若々しいロックソング。お気に入りの物を羅列しているが、「歌はメロディのスキマに歌のあるソング」と歌われていて、それって笹口さんの作る歌だよねと思った。笹口さんのバンドの歌には、ブレス(息継ぎ)の箇所にも歌がある。

以上11曲、どれも素晴らしい歌であり、名盤と言ってなんら差し支えのないアルバムだと思う。野蛮でアーティスティックなロックのエッセンスが詰め込まれている。全曲を聴き終えた時、生きる力がムクムクと湧いてくるのを感じる。それこそ、ロックの名盤が持つ力なのではないかと思うのだ。フィクションであったとしても、生と死を繰り返すことを想うことでより生きられるという、メメント・モリ(死を想え)のその次の第二フェイズが歌われ、今までの芸術の多数派が果たせなかった思想をこのアルバムは持っていると言えるのではないか。売れ線邦楽ロックの今売れることしか考えていない音とは、全く違う音と思想が鳴っていると思う。

とかなんとか難しく考えなくても、ビンビンな音に耳を澄ましているだけで、生きる活力が湧くアルバムなのですよ、これは。僕が考える最強のロックが鳴っている。

Score 10.0/10.0