GEZAN『狂(KLUE)』感想&レビュー【オルタナティブな未来をイメージさせ、革命を扇動する】 | とかげ日記

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●オルタナティブな未来をイメージさせる革命のアルバム

本作はBPM100縛りのトライバル・ビートを基調とするダンサブルなロックアルバムだ。

本作を聴いていると、ジャケットのひょっとこ踊りのように、脳内のダンスを延々と続けて狂っていくような感覚におちいる。躍り狂ううちにひとりぼっちになり、しがらみや同調圧力から抜け落ちていくようなフィーリングを覚えるようになる。これが本作で言うところの狂うという感覚か。硬直した世の中と人々…。多くの人が狂ってしか次の革命はなされないのかもしれない。狂うとは、なんと柔らかなことなんだろう。

アルバムタイトルの英語表記が『KLUE』となっており、『KREW』ではないことに着目したい。本作は狂うための手掛かり(clue)であり、仲間と群れをなす(crew)ことではないのだ。

オープナーの#1「狂」からしてサイケデリック! ミニマルなフレーズがループする#2「EXTACY」、ハイテンポに変わって疾走する#3「replicant」の二曲で脳内ドーパミンがボタボタと滴り落ちる。

#4「Human Rebellion」で「君と僕との新世界」を宣言した後も、#5「AGEHA」で突っ走り、#6「Soul Material」で一息抜ける。GEZANの精神を解体した聴かせているようなこの曲に、踊り抜けた後の晴天のような晴れ晴れしさを感じるのだ。

#7「訓告」はディレイする男性の漆黒の声がまさに「訓告」。重苦しいが、この曲には僕の心の足りない部分を埋める不思議な安心感がある。#8「Tired Of Love」は1分もない箸休めの曲で、心の平静を取り戻す。#9「赤曜日」はディレイしていくマヒトゥの声が新しい世界を再びアナウンスする。「ガラスを叩き割れ」の合図で唸り狂う野獣の雄叫びのような声。#10「Free Refugees」は日本の入国管理局の外国人に対する酷い扱い(抗議で餓死者も出た)を連想しながら聴いた。

そして、「Free Refugees」からシームレスに名曲#11「東京」へ。シームレスにしたのは、入国管理局の問題と東京での日常は地続きだということを示すためだろう。

以下、本アルバムのリード曲であり、本作のメッセージ性の中核を担う#11「東京」について書いてみたい。

この曲こそ、「東京」ソングの決定版だろう。上京先の希望の場所としての東京ではなく、生活と政治の場としての東京を描いたこの歌の持つ力は、これまでの東京ソングとは全く異なった質感を持っている。

まじないを唱えるような人の声とアフリカンリズム的なドラミングからは、時代が音を立てて軋む音が聴こえてくるようだ。冒頭のシャウトは社会の崩落現場での絶叫にも聴こえる。

ボーカルのマヒトゥ・ザ・ピーポーは、この曲を誰に向かって歌っているのかについて、冒頭で答えを示している。「左も右もない/一億総迷子の一人称」、つまりこの国に生きる僕らだ。政治の左派も右派も関係なく、「生きる」ということのど真ん中を歌う。その上で障害になるものに対してカウンターの姿勢を取っている。

何に対して戦っているかが明確なんですよね。THE BACK HORNのような、抽象的なロマンチシズムとは違う。(バックホーンは敵が抽象的だったからこそ、万人が聴ける入り口があった訳ですが。)

"国に帰れ"と叫ぶ
悲しき響きが起こしたシュプレヒコール
肌の色違い探し
血眼の似たもの同士のフェイス
吐いた唾は返る 必ず
Hate is back to you 必ず

GEZANはこの曲の歌詞でレイシストのヘイトを斬る。また、「倫理には値札」と歌い、カネだけで動くメディアも斬る。

誰も幸せな人はいないのに
蔑みあってるループ
あのホームレスの爺さん
どこに消えたの?

この時代を的確に表現した言葉に納得する。「ホームレスの爺さん」のことを気にする視線が優しいが、実は世間に対して辛辣な視線だ。

"政治"と言葉にしたとき
一番最初に浮かんだフェイス
安倍やトランプその他諸々のダーティフェイスではなく
花を見て笑う
好きな人の顔であるべきだから

こうGEZANは歌い、それまで戦いは終わらない、イメージは止めないと続けて歌うのだ。人々があるべき世をイメージすることで世界は変えられるとでも言うかのように。それは、前作『Silence Will Speak』の「懐かしい未来」で歌われた「イメージが時代を形成する」という歌詞と呼応している。

僕はこの曲に震えるほど感激を覚えた。この曲には、時代のリアルと、その時代を変えようとする意思が鳴っている。

社会を現状追認するだけのKing Gnuとは違う。「一体未来は/どうなるのかなんて事より/めくるめく今という煌めきに/気づけたらいいんだ」とKing Gnuは歌ったが、それでは未来を変えられないことに気づいてほしい。(だが、King Gnuの歌詞は多くの人を鼓舞しているだろう。なぜなら、現実は強固で簡単に変えられないため、世の中は未来を変えようと動ける理想主義的な人ばかりではないのだから。)

この曲には、社会に目を向けさせるスケールの大きさと、身近な幸せに目を向けさせるスケールの小ささがある。僕らを取り巻く遠近の世界への想いを活写している。そして、社会と身近な幸せが繋がっていることを歌うアーティストは数少ない中で、それを歌うGEZANは価値ある存在だ。

GEZANは「東京」という言葉に「君と歩くいつもの帰り道」をイメージできるまで戦いを止めないと歌う。「この街に価値はないよ/命に用があるの」というマヒトゥの価値観は、僕の凝り固まった価値観に新鮮な命の息吹を与えてくれる。生活や命を最優先に考えることは、"政治"と言葉にした時に好きな人の顔が浮かぶことなのだ。

リアルと理想を辛辣かつ鮮明に鳴らすこのサウンドに最大限の賛辞を送りたい。

「東京」の後、一息つく#12「Playground」を経てラストの#13「I」へ。躍り狂ったその先で、ひとりで聴くドリーミーミュージックが、戦いの日々で傷だらけの人々を癒していく。しかし、「ファンタジーに逃げ込むのはやめた/現実はここだよ」と歌われ、ドリーミーな音楽性だけど、ファンタジーではない。「分かり合えない人と人/でも同じ月を見てるんだろう/東京を信じてる」というラインにどんな人々をも包摂する素敵な優しさを感じる。この曲は「理屈じゃなく素晴らしい世界」における理屈じゃなく素晴らしい曲だ。一人の人間が人生をかけて考え抜き、感じ抜いた愛の限界が現実の世界に対して鳴らされている。

本作『狂(KLUE)』には神まで殺そうとするかのような、権威に楯突き、革命を起こそうとする13曲が収録されている。聴いた者は自由のために、身近な人の笑顔のために、もう動かざるを得なくなる。どう動くのか? それは、社会と政治に関心を持ち続け、差別を憎み、自分自身も幸せになるということ。

本作のビートには35℃の体温のような温かさがある。サウンドは辛辣極まりないし、禍々しくもあるが、このアルバムの音楽には優しさを感じる。僕はGEZANの優しさの可能性を信じている。GEZANが提示するオルタナティブな未来への可能性を信じているのだ。

終わりなき日常を生きる僕はたまに絶望する。「元々特別なオンリーワン」であるはずの僕らは、互いに蔑みあっている社会でこれからも生き続けなければいけないのか、と。本来ならば、生きているだけで認められる社会であるべきはずなのに。人々は変化を恐れ、社会は硬直している。

本作は終わりなき憂鬱な日常を変えるために、個々人にあるべき未来をイメージすることと行動を促す。政治的な立場は関係なく、生活する好きな人の笑顔が思い浮かぶことこそが「政治」という言葉で連想されるべきだと歌う極めてラディカルな作品なのだ。「私は右派でも左派でもなくフリースタイル」と言い、この国に生きる人々のために活動したいと発言している、ある政治家を思い出す。

神を殺し、宗教的な超越性も否定して、日常は日常でしかないことを歌いながら、未来を変えようとする本作は僕に前向きな気持ちを呼び起こす。僕もあるべき未来をイメージしながら、トライバル・ビートの終わりなき日常を生きていこう。それこそが「みんな」の論理から離れて狂いながら、他人を蔑むモンスターとなって狂わずにすむ生き方なのだろう。理屈じゃなく素晴らしい世界が僕らを待っている。

Score 8.3/10.0

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