●刹那のポップス
きのこ帝国活動休止後、ソロ活動を精力的に行う佐藤千亜妃が放つ1stフルアルバム。
幕開けの#1「STAR」はギターロック全開の曲。きのこ帝国の直近のアルバムである『タイム・ラプス』のギターロック曲よりもギターの質感がストレートに響き、オルタナティブ性が薄れている。オルタナティブロック好きなギタリスト"あーちゃん"がいなくなった影響だろうか。
#7「Summer Gate」や#8「Lovin' You」において、国内外のヒップホップやR&Bを参照した音はドープで現在的であると同時に、音の質感が90年代のJ-POPを彷彿とさせる。ボニーピンク、一時期のUAやCharaを連想させるその音は、細部までフェティッシュでとてもオシャレだ。
#3「空から落ちる星のように」や#11「キスをする」はバラード。#3「空から落ちる星のように」はストリングス入りである往年のJ-POPバラードの名曲を想起させるような、しっとりと聴かせる曲だ。
と、このようにR&B、ストレートなバンドサウンド(「STAR」の一曲だけだけど)、ミディアム〜スローテンポのポップスの三本立てなのだが、不思議と統一感がある。曲や歌声に感じる刹那が統一感を覚えさせているのだろうか。
#4「You Make Me Happy」と歌った一曲後には#5「大キライ」と歌う、その刹那。
歌詞にも刹那を感じるものが多い。
「空から落ちる星のように/いつか消える運命でも/世界の片隅でひとりぼっちじゃない/そう思えたらきっと救われる」
(#3「空から落ちる星のように」)
「今夜だけこのまま/君が消えないようにと/願うなんてどうかしてるね/手を繋ぐまであと1秒」
(#12「PLANET」)
#11「キスをする」は、過去に失踪してしまったという友人へ向けた曲だろうか。「ああ いつか死んでしまっても/星になって風になって/きみを見つけるから」という歌詞に刹那を感じる。
同日発売された小沢健二のアルバム『So kakkoii 宇宙』が一人の人間から宇宙へとスケールアップしていくように視線が動くのに対し、佐藤千亜妃の『PLANET』は宇宙の中の一人の人間といった具合に視線が動くのが特徴だ。こんなに広大な宇宙の中のちっぽけな人間だから、恋をし、生きることは刹那のことなんだよと歌われているようで切なくなる。
しかし、冒頭の#1「STAR」で歌われているように、僕らはスター(星)になって、この広大な宇宙で、それぞれが持って生まれた光を解き放って生きることができる。佐藤さんの場合はそれは歌を作り、歌うことなのだろう。
普通に良い曲は世間にあふれているが、普通に良い曲を一歩も二歩も飛び越えた曲でないと僕の胸には響かない。佐藤さんのこのアルバムの場合、一歩飛び越えるために曲に含めるフィーリングが"刹那"という感情だったのだろう。
オルタナティブロックが好きな僕にとっては好みの音楽性から離れた本作『PLANET』だが、ポップスやR&B好きにはオススメできる内容だ。
そして、いつか佐藤さんにはまたバンドを組んで(きのこ帝国でなくても良い)オルタナティブロックを再び鳴らしてほしい。きのこ帝国の刷り込みが強烈すぎて、佐藤さんの歌声はオルタナティブロックのバンドサウンドで聴きたいと思ってしまうんですよ。
しかし、佐藤さんの歌声はポップスでも活きるということを証明した本作は、ソロ活動の試金石となるだろう。佐藤さんには今まで以上に活躍してほしい。あと、今よりももっと人気になったら、繋がりのあるうみのての笹口騒音さんについてテレビなどのメディアで触れてほしいな(ファンの勝手な要望)。
昨夜ね、このアルバムを聴いた後に寝たら、佐藤さんとデートする夢を見たんですよ。今まで僕が見た夢の中で五指に入るくらい幸せな夢だった! 「良いパパしてるね」って言われた笑
僕が佐藤さんの夢を見たのは、それぐらい佐藤さんの歌っている世界に広がりと確かさがあるからだと思うんですよ。
例えば、#6「lak」のlakとは、love and kisses ラブとキス(を送るよ)の意味であり、この曲の親密さの表現と音世界にメロメロにやられてしまっている僕がいる。しかし、「lak」の歌詞には「見えない糸で結ばれてたらいいけど/たぶん違うから苦しくて」とあり、その内容は意味深だ。このような意味深な表現がこのアルバムの至るところにあり、その表現の繊細さと広がりに感嘆する。
佐藤さんの歌の世界に今日も僕はズブズブと沈んでいくのです…。
Score 7.7/10.0
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