YAOAY『名曲の描き方』感想&レビュー | とかげ日記

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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。王道とオルタナティブを結ぶ線を模索する音楽紀行。





●笹口流表現論の実践

うみのてなど4バンドを率いるYAOAY(a.k.a.笹口騒音)のYAOAY名義における2ndアルバム。ソロとしては15作目!

前作『AOR』でも、深くまどろむような音響によって深淵に触れるような心地になったが、本作『名曲の描き方』でも深淵に触れるような心地になる。『AOR』と同じように、音響の深い響きに加え、打ち込みのドラムが同じパターンを繰り返すミニマルさが、深淵を呼び込んでいる。

しかし、それは生活から繋がっていくような深淵なのだ。『AOR』でも生活感は感じるが、『名曲の描き方』では生活感をさらに感じる。生活を掘り下げていったその先に見える深淵を本作は描きたかったに違いないと思うのだ。

例えば、#3「宇宙猫」という曲のタイトル。猫から宇宙へと繋がるその不思議には、生活から深淵という本作のテーマが透けて見える気がする。

笹口騒音ハーモニカ名義時代との大きな違いとして、YAOAY名義の曲にはハーモニカが今のところ登場していないということもある。笹口さんの吹く勢いのあるハーモニカは曲をドライブさせていたが、良い意味でも悪い意味でも四畳半の辛気臭さがあった。上物がギターやピアノだけの方が深淵を感じさせるため、ハーモニカがない方が僕の好みのサウンドだ。

それでは、各曲を見ていこう。

#1「名曲の描き方」
噛みしめれば噛みしめるほど味が出るスルメソングだと思う。この曲は、笹口さんによる歌曲論もしくは表現論になっている。「絵描きが絵を描くように 私は私を歌いたい」という冒頭の宣言は、当たり前のように自然に自分は自分(≠自分のこと)を歌いたいということだろう。『AOR』での「売春歌」の宣言と近いものを感じる。本作の曲は、この曲「名曲の描き方」の実践になっていて、どの曲にも笹口さんが写り込んでいる。

名画と呼ばれるルソーの「戦争」の少女の瞳、不染鉄の「山海図絵」について、「その命の火は消えても それでもなお燃え続く」と歌っているのは、芸術論になっている。作者の命が消えても、作品は燃えるように輝き続けるのだ。笹口さんはそのような作品を作りたいのだろう。

映画であるクストリッツァの『アンダーグラウンド』、伊丹十三の『たんぽぽ』について、「目を閉じなくてもみえる闇 眠らなくても起きる夢」と歌っているのも芸術論だ。作品を通して、闇や夢が現前するのだ。直接的に描かなくても描きたいことを伝えたいということを歌っているのかもしれない。そして、その表現論は次曲「さくら(毒唱)」のテーマに繋がっていく。

#2「さくら(毒唱)」
タイトルは森山直太朗の曲「さくら(独唱)」のパロディ。笹口さんはツイッターで「最高」という言葉は嫌いだとツイートしていたが、この曲の歌詞を借りれば、「最高という言葉を使わずに最高ということを表したい」ということなのだろう。「クソ」「ウンコ」「アソコ」という言葉を用いているが、それらの言葉を使ってこんなに深い歌にできるのは、笹口さんぐらいだろう。

#3「宇宙猫」
飼い猫のニャーニャー鳴く声が入っていることは、生活と密接に繋がった歌であることを感じさせる。しかし、猫の中には宇宙があるのだ! 猫から宇宙まで、生活から深淵まで見通すかのような曲だ。笹口さんの飼い猫への愛あるまなざしを感じ取れる曲でもある。本作のジャケの元ネタにもなっている。

#4「みえちゃんとみきちゃん」
笹口さんがお母さんと奥さんに向けて愛を歌う歌。「愛している」や「好きだ」という言葉を使わずに愛を歌うのは、#2「さくら(毒唱)」で歌ったことの実践になっている。余計な装飾的な言葉を用いずに愛を歌っているから、ストレートな愛が伝わってくる。余談だが、僕は大学時代に女装をやっていて(それ以降は虚しくなっていてやっていない)、その時の名前が「みき」だったので、不思議な縁を感じる笑

#5「ソウルメイト(オレがオマエでオマエがオレで…」
「あなたといるといつもねむい」という冒頭の歌詞のとおり、サウンドやメロディーには眠くなるような気持ち良さや安心感がある。笹口さんにかかると、ラブソングもこれまで聴いたことのないようなラブソングにかる。唾棄すべきは凡庸過ぎて何も伝わってこない、巷であふれている歌詞だ。本当にクリエイティブな歌詞は、笹口さんの書く歌詞のように新鮮な気付きがある。

#6「レイシスト」
被差別者側から歌った歌はあるが、差別する側の気持ちを意識的に歌った歌はほばないのではないだろうか。僕たちは猫や犬や音楽を差別するように、人を差別している。そのことに意識的になれと歌っている歌。リバーブがかかっているドラムの打ち込みが気持ち良い。

#7「NEW DAWN FADES(Knockin' off the Knock-off SUN)」


僕はこの曲の解釈を読み間違えていて、報われずに死ぬ人についての歌だと思っていたのだけど、笹口さんのブログによると、セカイ系批判の曲なんだね。しかし、芸術作品はどの解釈にも開かれているはずだ。そして、笹口さんの作品は様々な解釈ができる深みがある。

でも、ニセモノの太陽を引き摺り下ろせという意味の副題をつけた理由がこれで理解できた。セカイ系音楽がデカすぎて雰囲気でしか分からない歌詞を書くのと同様に、核戦争による世界の終末を「太陽がいっぱい」という幼稚な言葉でしか描けない芸術家を批判しているんだね。冒頭にスズメが明け方にチュンチュン鳴く音が入っていて、「新しい夜明けは消える」というタイトルの意味と連関している。

#8「アースホール(地球クソ野郎)」
タイトルはアスホール(バカという意味の英単語)とかけているのだろう。笹口さんのブログによると、「NEW DAWN FADES」の核戦争後、宇宙を侵略した独裁者により侵略された地球の人々が差別されている様を歌っている。スターウォーズ三部作のように、#6「レイシスト」から話の流れがあり、中盤も飽きずに聴ける作りになっている。

サビの箇所で宇宙に吸い込まれるようなSEがあり、うみのて「映画」にも似たSEがあったことを思い出す(「土星の輪をくぐり」の後)。また、タイトルもうみのての「ブラックホール」を僕に連想させる。「もはや平和ではない」と「東京駅」の「上手に死ねたカァーね」という歌詞のように、曲同士に連関があるのが、彼の作る曲の面白味でもある。

#9「9.ADHD(あんたどーして?ほんとにどーして?)」
メロディの雰囲気は、笹口さんの曲である「たとえば僕が売れたら」に近いものを感じる。タイトルからして、言葉がネット上で定着しつつある発達障害のことだし、際どい歌詞だが、とても共感する。笹口さんは自分自身のことを歌っているが、人間の裏側の本質を突いているため、多くの人が共感や気付きを得る曲だろう。人間には裏表あるのだ。表側を描くだけでは人間は描き切れていない。

#10「(ネバーエンディング)ドライブ」


この曲には、景色が流れていくようなドライブの気持ち良さがある。最後が若干寂しい感じで終わり、また一曲目から聴きたくなる仕様だ。

ドライブミュージックには、スピッツよりミスチル、オアシスよりブラーが合うという感覚、自分も分かる気がするな。

僕の場合、ドライブミュージックには、思い切り軽薄な曲をかけたい。小室系とか。小室さんは誠実な音楽家だけど、作る音楽は良い意味で軽薄(気構えを必要としない)なのです。

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以上、全10曲(37分12秒)で聴きやすい。今までのソロ作品に比べると短いが、笹口さんの言いたいことや歌いたいことが的を射るように伝わってくる。

笹口さんソロの音楽的な魅力は、幅広い曲想を描き分けるソングライティングの巧みさ、綺麗にファルセットがかかったボーカル、歌詞から情景を浮かび上がらせる力があるギターとピアノの美しい響きにある。

流行りの邦楽ロックは自分も含めて多くの人が聴いているが、単純な快楽原則に従っている人は、流行りの邦楽ロックのみを聴き、本作を聴くことはないのかもしれない。だが、本作には柔らかで静かな快楽がある。YouTubeにおいて全曲無料で視聴できるので、是非あなたも聴いてほしい。そして、笹口さんを感じてほしい。

音源の購入及び自身による解説は笹口さんのブログから⇨https://lineblog.me/sasablog/archives/1760795.html

Score 8.2/10.0