大森靖子『TOKYO BLACK HOLE』感想&レビュー(アルバム) | とかげ日記

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■音へのこだわりも聴きやすさも増した作品

出産を経て大森靖子が繰り出すメジャー2ndアルバム。

約1年3か月前の前作『洗脳』(2014年)では、曲中でもアルバム通しても目まぐるしく曲の景色が変わり、情報量が多く、せわしなささえ感じられたが本作ではどうだったか。

パーフェクトな名曲「ミッドナイト清純異性交遊」(2013年)を聴いて感激し、大森さんを追いかけようと思ったが、『洗脳』はヘビーローテーションするアルバムにはならなかった。毎日聴き続けたら、めまいがしてしまうような生き急いだ情報量があった。熱量が暴走してオーバーヒートしているみたいな。

本作『TOKYO BLACK HOLE』を聴いてみての感想は、耳馴染みの良さと適度な違和感が共存した素晴らしいアルバムだったということだ。前作のイメージがドギツい原色だとすれば、本作には原色も薄められた色もパステルカラーも全部ある。言葉にも音にも抜きがあって、押せ押せだった印象がなくなった。音へのこだわりも前作までに比べて断然に感じる。

■“優しさ”のアルバム

このアルバムをヘビーローテーションしそうな大好きなアルバムになる予感がしている理由は、他にもその優しさにある気がしている。

ロッキンオン・ジャパンのインタビューで「世界を良くしたいんですよ(笑)」と語っていた大森さん。心を傾けて聴けば誰もが少しずつ優しくなれる、そんなアルバムだ。

#1「TOKYO BLACK HOLE」に出てくる「ZERO SENCE」という言葉について、ナタリーのインタビューでこう説明している。「「ZERO SENCE」っていうのは“第0感”のことで、全部の感覚が削がれていっても最後に絶対残る感覚みたいなもの。それが生きていく糧になるって思ったんですよね」。

本作はその生きる糧となる“第0感”をリスナーに植え付ける。ダメダメでも落伍者でも肯定する、世界に生きる人への優しさにあふれたアルバムだと感じる。

その優しさは、パターナリズムのような上から押し付けではない。むしろ、大森さん自身が最底辺にいようとすることによって下から僕らを押し上げる。あるいは、あらゆる階層を無化してどんな人とでも対等に言葉を投げかけてくる。

歌詞カードの最後に付記された文章の「愛しています。本当ですよ。」の愛している相手は、リスナーを含めた大森さんに関わる全ての人のことだろう。風俗嬢の聖母のような博愛を音楽に情熱として傾ける。孤独な人に対して、「あたしの有名は君の孤独のためにだけ光るよ」(#2「マジックミラー」)と言い切れる強さがある。

性についても殺意についても奔放に、常識の壁を四方八方に突き破るように飛び出す言葉。表現欲のマグマを開放するように、リスナーとの距離0mから乱射して放たれる言葉。包み込むような愛も突き刺すような愛もここにはある。

歌詞の言葉は意外性であふれている。注目すべきなのは、価値の転倒が起こっていることだ。「俗っぽい」言葉、「性的な」言葉、「汚い」言葉が高尚な愛や芸術に転じうること。ロックの思想は価値の転倒を起こして進化してきた。これこそロックの言葉だと思う。大森さんの言葉はやはり僕らを自由にする。

■おすすめ曲は?

#1「TOKYO BLACK HOLE」。大森さんのウィスパーボイスは新鮮だ。静かな刺激に満ちている。クラムボンのミトさんのアレンジも、いつものように不思議な感触を残しつつ冴え渡っている。この曲の可能性を全編に渡って突き詰めたアルバムを聴いてみたい。

#5「愛してる.com」。メロディが素晴らしくキャッチーだ。打ち込みのリズムトラックのデジタル感が「.com」感がある。ゲームでよく出てくる「水属性」という言葉がメジャーシーンの楽曲の歌詞に載るのは初めてなのではないだろうか? 前曲#4「超新世代カステラスタンダードMAGICマジKISS」に出てくる「モイ!」(インターネット動画配信「ツイキャス」を始める際のかけ言葉)や#8「劇的JOY!ビフォーアフター」の「玉城ティナちゃん」(ファッションモデル兼アイドル)など多くの言葉が今まで歌詞にならなかった言葉だと思う。今まで歌詞にならなかった言葉が歌詞に乗るのは、これまで歌に乗せられなかったフィーリングが歌に乗るということ。それだけでも本作には価値がある。

#7「さっちゃんのセクシーカレー」。感情を露骨に現す明け透けのない楽曲郡の中にあって少し素朴な感じがほっとして良い。サビの美メロに心を揺さぶられる。

#12「給食当番制反対」。ボサノバやカフェミュージックのような聴きやすいバックトラックの上で歌い上げずに軽く弾むように歌われる。#11「無修正ロマンティック ~延長戦~」で直枝政広さんとムーディーにデュエットしたり、本作は大森さんの歌声の可能性を追求しているし、音楽的にバラエティーに富んでいる。

ラストの#13「少女漫画少年漫画」。教室の生徒たちの描写が詩的でリアル。生徒たちはババ抜きのように同じ魂を探して友達になり、そしてジョーカーである自分は取り残される。この疎外感に共感する。かと思えば、同じ曲中にある呪いのビデオを馬鹿にした隣のクラスの担任の話は、ホラー映画も真っ青の怖い歌詞だ。歌詞が鮮やかにストーリーを作りだし、そのストーリーに共感する。ストーリーを歌うアーティストで比較すれば、バンプオブチキンの作り出すストーリーはロマンチックな寓話だったけど、大森さんの作り出すストーリーは残酷なリアリティがある。生徒であるか教師であるか分からないが、曲の主人公は疎外(阻害)されているにも関わらず、他の生徒を「ぼくの大事な34人の生徒たち」と言ってしまえるあたりに、本作の力強い優しさが込められている。

■都会の野生のエネルギー

優しさだけでは生きていけない、強さだけでは生きていく価値がない。では、どうすればよいのか? 完全生産限定盤のジャケットでは漫画『GANTZ』の奥浩哉がイラストを描いているが、このジャケットのようにガンツに身一つで召喚されてもミッションを生き抜いていくだけのエネルギーが本作にはある。TOKYOの無限に広がる暗がりの中でも生きていける野生のエネルギーが、TOKYOのネオンと同じくらい輝く、強い愛と共に込められている。

ブルーにも灰色にもこんがらがって、宇宙をさまよう声で愛を呼んでいた僕は、全てのネガをチャラにしてくれるような大森さんの深い愛に包み込まれ、突き刺される。中身は空っぽだと語る大森さん自身であるブラックホールの無際限の吸引力で僕はこの作品に引き込まれている。

どう生きるかのためのロジックは僕にとって依然必要だが、もう、生きること自体のためのロジックはいらない。都会の野生のような本作を聴いて、過去から未来にこだまするように、僕たちは生きていくことを野蛮にも繊細にも決めたのだ。本作の優しさとエネルギーが多くのリスナーに届くことを願ってやまない。


大森靖子「TOKYO BLACK HOLE」MusicClip