細田守監督 アニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」 感想&レビュー | とかげ日記

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【日記+音楽レビューブログ】音楽と静寂、日常と非日常、ロックとロール。王道とオルタナティブを結ぶ線を模索する音楽紀行。

女子大生の花が恋に落ちた相手はおおかみおとこだった。
秘密が明かされても花の気持ちは変わらない。

モグりで大学の授業を受けていたおおかみおとこ。
映画中の大学のモデルは一橋大学だという。
知が匂いだつ雰囲気のキャンパスの中、生徒の少ない教室で、
授業を受ける花とおおかみおとこ。
教科書もなく、一人で寡黙にノートを取るおおかみおとこ。
「教科書を一緒に見よう」と花が彼に話しかける。

知的で優しいおおかみおとこと、
一途で明るい花はまっすぐに恋をする。
二人の幸せな時間は駆け巡る描写と共に、
あっという間に過ぎていく。

花とおおかみおとこの間に生まれた弟の雨と姉の雪。
雨と雪はおおかみこども。
普段は人の姿だが、
気が荒ぶると突然、おおかみになってしまうこともある。

雨が産まれた後、おおかみおとこは亡くなってしまう。
残された花は、打ちひしがれながらも、
「2人をちゃんと育てる」と胸に誓った。

そこまでが映画の冒頭。
この後、花たち家族は山奥の古民家に移住する。
病弱で内気な性格だったが、
狼の本能に目覚めていく雨。
お転婆で活発な性格だったが、
小学校生活の中で普通の女の子になりたいと思う雪。

人として生きるか、狼として生きるか。
選択の時は近づいている。
二人を抱きしめ、二人の成長を温かく見守る花。

感動する映画だった。
ストーリーの展開にはもちろん、
言葉や物語に回収できない表現にも。

丹念に描きこまれた自然の描写。
大自然を駆け回る雨と雪の躍動感。
花役の宮崎あおいと、
おおかみおとこ役の大沢たかおの声が表現する
感情のひだ、繊細な心の機微。

これらの表現に胸がすき、心が動く。
映画館でポップコーンをほおばりながら、
迫る自然を体で受け止め、物語の展開に心を注ぐ。

細田守監督のこれまでの作品である、
『時をかける少女』や『サマーウォーズ』のような、
SF的なスペクタクルはない。
だが、『時をかける少女』の切なさも、
『サマーウォーズ』で描かれた人の絆も感じる。
すぐに楽しくなるような即効性がある映画ではなく、
じっくりと味わうようなタイプの映画だ。

事前に公開されているあらすじを見て、
あるいは、映画の途中までを見て、
エンディングもある程度予想できてしまう。
だが、この映画は結果が重要なのではない。
エンディングに至るプロセスが重要なのだ。
花と雨と雪の三人の家族の成長が丁寧に描かれている。

大きなテーマは母の愛だろう。
『おおかみこどもの雨と雪』の着想のきっかけを
インタビューで聞かれた細田監督はこう答えている。

「自分の身近で子供が出来た夫婦が増えてきたときに、親になった彼ら、特に母親がやたらカッコよく、輝いて見えて、子育ての話を映画に出来ないかなと思ったんです。自分が体験してみたい憧れを映画にしたという感じです。」

雨と雪はおおかみこどもだけど、
子育てで苦労するということは普通の家庭と変わらない。
いつでも前向きな花は子育ての障害を母性と共に乗り越えていく。

このテーマよりも僕にとって大きく見えたテーマは、
雨と雪が人とおおかみの混血、ハーフであるということ。
そのように感じるのは僕の個人的な感じ方であるのかもしれない。

おおかみこどもは完全なファンタジーではない。
僕らの実際の社会にもおおかみこども的な人は存在する。

例えば、違う国の人間同士の間に生まれた子供。
自分が生まれ育った国で差別を受けることもある。
父の国の人間として生きるのか、
母の国の人間として生きるのか、
それとも全く別の国の人間として生きるのか選択しなければいけない。

例えば、性同一性障害の子供。
脳の性別で生きようとすると、社会で不利益を受けることもある。
男性として生きるのか、
女性として生きるのか、
それともその間の性として生きるのか選択しなければいけない。

彼らのアイデンティティは揺れる。
おおかみと人間の間で揺れる雨と雪のように、
秘密を持って生活していかなければいけないこともある。

彼らマイノリティ(少数)だけではなく、マジョリティ(多数)も、
二つの選択の間で揺れることがある。
普通に会社に入って仕事をする着実な職業を選ぶのか、
夢を叶えるため、作家やバンドマンなど
一握りの人しか成功をつかめめない職業を目指すのか。
安定か冒険か、理想か現実か、善か悪か、そういった選択で迷うこともある。
つかむべき自分の世界の選択、それは多くの人が直面する問題だ。

雨と雪はどのように選択するのか。
どのように自分の世界をつかむのか。
そして、その選択を母である花はどのように受けいれるのか。
そのプロセスに僕はとても感動した。
涙が止まらなかった。
優しさにあふれた映画だと思う。

分かりやすいカタルシスはない。
だが、物語の世界に入り込むと、
特別な、忘れられない映画になる。

映画で描かれる13年間の時間は立体的であり、
どんな方向からも様々な味わい方ができる。
一人で、恋人同士で、家族で映画を観て、
それぞれの視点から映画の世界を味わってほしい。
エンディングの晴れ間が意味するものを知ってほしい。
この夏オススメの映画です。


映画「おおかみこどもの雨と雪」予告