はじめに・・・診療ガイドラインとは
診療ガイドライン( Medical guideline)とは、医療現場において適切な診断と治療を補助することを目的として、病気の予防・診断・治療・予後予測など診療の根拠や手順についての最新の情報を専門家の手で分かりやすくまとめた指針です。ガイドライン、ガイド、指針とも呼ばれます。
根拠に基づく医療(EBM)を通じて診断・治療方針を決定する際には最新の医学研究の成果を知っておく必要がありますが、医療従事者が全ての疾患について常に最新の知見を身に付けておくことは容易ではありません。定期的に更新される診療ガイドラインがあれば、医療従事者間あるいは医療従事者・患者間でその内容に沿って診療方針を検討することができます。EBMが効率化できるだけでなく、同じ情報を全員がいつでも共有できるために医療の透明化も期待されます。
一般には手順書として強制力を持つことは無く、患者の病状や治療環境など諸事情を総合的に検討した結果、ガイドラインの推奨を外れた診療を行うことも珍しくありません。
古くから専門家のコンセンサスによる「手引書」は多数作成されてきましたが、1990年代以降のEBMの普及に伴って最新の臨床研究に根拠を置くガイドラインが国内・海外共に増加しつつあります。
そして、頭痛領域では、日本神経学会と日本頭痛学会の共同監修によって、このEBMに基づいて「慢性頭痛診療ガイドライン」が作成されています。
そこで、片頭痛が、多因子遺伝という遺伝形式により先祖代々から受け継がれ、その”環境因子”として「ミトコンドリアを弱らせる””環境因子”」「脳内セロトニン低下を来す”環境因子”」「体の歪み(ストレートネック)を引き起こす”環境因子”」によって発症してくる頭痛である、といった考えは、このEBMに基づいて「慢性頭痛診療ガイドライン」では、どのような評価をされているのでしょうか?
この点を明確にさせることが、今回のシリーズの目的とするところでした。
まず、遺伝に関しては、以下のように記載されています。
片頭痛は家系内発症例が多く,連鎖解析や双子研究からも遺伝的素因の存在はほぼ確実であり,複数の遺伝子が関与して発症することが推測されている.しかし,まだ確実な原因遺伝子や疾患感受性遺伝子はみつかっていない.
片頭痛の家族内発症が多いことは以前から指摘されていたが,それが遺伝的素因に基づくものであるのか,環境因子によるものであるのか,あるいは有病率が高いことによる単なる偶然であるのか議論の多いところであった.
近年の家系解析や双生児研究などの結果,片頭痛は,複数の遺伝的素因と複数の環境因子が関与している多因子遺伝病であることが示唆された.前兆のない片頭痛では遺伝的素因と環境因子の関与が,前兆のある片頭痛では遺伝的素因がより強く関与すると報告されているが,前兆の有無で差がなかったとの報告もある.
片頭痛の遺伝子研究は,前兆のある片頭痛の特殊型である家族性片麻痺性片頭痛(familial hemiplegic migraine:FHM)の一部の家系で,原因遺伝子が報告されたことが端緒となり,現在までにFHM1,FHM2,FHM3 が同定されている.いずれの遺伝子も細胞膜のチャネル機能に関与し,神経細胞の易興奮性と片頭痛の病態との関連性が示唆され,片頭痛研究を大きく前進させる原動力となった.しかし,一般の片頭痛におけるFHMの原因遺伝子の関与については,関連解析などにおいて否定的な結果が得られている.
FHMではない家族性片頭痛患者のK+チャネルに着目した家系解析において,KCNK18 遺伝子の変異との有意な関連性が新たに報告されている.
片頭痛の疾患感受性遺伝子については,候補遺伝子アプローチにより,多数の報告や追試がなされているが,その結果は一致しないことが多い.一部でメタ解析が進められ,ACE,MTHFR,ESR-1 ,5-HTTなどで有意な関連性が報告されている.
連鎖解析では,複数の染色体座位が報告されているが,遺伝子は同定されていない.
GWAS では,PRDM16,TRPM8,LRP1 などの関連が報告されているが,個々の遺伝因子の寄与率は高いとはいえず,詳細な病態機序もいまだ不明である.
以上のように、”片頭痛は,複数の遺伝的素因と複数の環境因子が関与している多因子遺伝病であることが示唆された”という程度の止まっています。
次に、ミトコンドリアに関しては、以下のように「マグネシウム、ビタミンB2」に関して述べられているに過ぎません。
マグネシウム,ビタミンB2,feverfew はある程度の片頭痛予防効果を期待することができる.これらの薬剤の副作用には重篤なものはみられず,また安価であることから片頭痛予防薬の選択肢として考慮してもよい
自然食品やサプリメントとして使用されているものに片頭痛予防効果が示唆されているものがあり,マグネシウム,ビタミンB2 (ribo¡avin),feverfew が代表的である
処方薬による予防療法を好まない片頭痛患者のなかに,これらのサプリメントの使用を好むものがいる
片頭痛患者の血清中マグネシウムや脳内のマグネシウム濃度が低下しているとの報告があり,片頭痛の予防にマグネシウムの補充が試みられている.片頭痛予防療法としてのマグネシウム経口投与によるrandomized control trial(RCT)は5 報あり,4 報が有効,1 報が無効であった.
よって,マグネシウムは片頭痛予防に有効であると考えられる(推奨グレードB).片頭痛急性期におけるマグネシウム経静脈投与のRCT は3 報あり,2 g での試験で無効とする報告,1 g での試験で有効かつ安全性があるとする報告,2 g 投与により頭痛軽減の有用性は認められるが,メトクロプラミドおよびプラセボと比較し有意差は認められなかったとする報告がある.
ビタミンB2 については片頭痛患者のミトコンドリア機能障害の仮説から,RCT による片頭痛予防効果が検討されている.片頭痛患者55 人を対象に,ビタミンB2 を400 mg/日あるいはプラセボを3 か月間内服した比較試験では,ビタミンB2 は片頭痛患者の頭痛頻度,頭痛日数の短縮において有意に減少がみられた.小児を対象にしたRCT は2 件あり,200 mg/日および50 mg/日を用いた試験はともに有効性を示せなかった.ビタミンB2 は,効果が高く,忍容性も良く,低価格であることより主に成人の片頭痛予防に有望である(推奨グレードB).同様にミトコンドリアの機能改善に有用なコエンザイムQ10 を用いた1 報のRCT でも有効性が報告されている.
feverfew はハーブの一種で,古くから片頭痛予防に効果があるとされてきた.RCT が3 報あり,2 報で有効,1 報はITT 解析に限り有効性を認めている.副作用はプラセボと同程度であり,用量による差はみられなかった(推奨グレードB).feverfew のCO2 抽出物(MIG-99)を使用したRCT でもその有効性を認めている.
2004 年に,これら3 剤を合剤として服用し有効性を調べた報告がある.片頭痛患者49 人に対してマグネシウム300 mg,ビタミンB2 400 mg,feverfew 100 mg の合剤と,ビタミンB2 25 mgを含有したプラセボを3 か月間投与したところ,両群間では頭痛の頻度,程度に差はなかったが,内服前と比較すると両群において有意に頭痛改善がみられた.この結果よりマグネシウム,ビタミンB2,feverfew 合剤の効果はもとより,ビタミンB2 25 mg での片頭痛予防効果が示された.マグネシウム,ビタミンB2,feverfew は臨床試験数は多くはないが,片頭痛予防薬としての有効性が示されつつある.
そして、「体の歪み(ストレートネック)」に関する記載はまったくありません。
この記載がない理由は、「慢性頭痛診療ガイドライン」を作成された方々はすべて頭痛専門医です。「体の歪み(ストレートネック)」に関する専門家とされるカイロプラクター・整体師・鍼灸師の方々はガイドライン作成には参画されておりません。このため 「体の歪み(ストレートネック)」という考え方そのものが俎上にのぼることなく、ましてや評価の対象とすらされることはなく、このため記載はありません。
こうしたことから、緊張型頭痛の発症機序は不明とされたままです。
謂わば、片手落ちの「慢性頭痛診療ガイドライン」としか言えないようです。
結局のところ、片頭痛が、多因子遺伝という遺伝形式により先祖代々から受け継がれ、その”環境因子” として「ミトコンドリアを弱らせる””環境因子”」「脳内セロトニン低下を来す”環境因子”」「体の歪み(ストレートネック)を引き起こす”環境因子”」によって発症してくる頭痛である、といった考えは、この「慢性頭痛診療ガイドライン」では、微塵もみられないようです。