第7話 わすらるる企業年金連合会
★会田 翔子
瀬奈は会田さんの携帯にかけた。
「はい、会田です☆」と懐かしいアニメ声が聞こえてきた。
「瀬奈社労士探偵事務所の瀬奈です。ご無沙汰しております」
「ご無沙汰でーす☆」相変わらずな感じである。
「大屋敷さんから伺いましたが、もう退職届を出されてもうすぐ有給消化に入るらしいですね」
「そうなんです〜 もうすぐ、私ぷーこになりまーす☆先生の所で雇ってもらいたいです〜☆」
「あのーそれもお聞きしました。一度履歴書を持って面接に来ませんか?」と瀬奈は聞いた。
「えええ???・・・喜んで☆ それは可能性があるという事でしょうか?」
「そうです。私は会田さんが真面目な方だと知っていますから・・・」
「あああありがとうございます。よろしくお願いいたします」
と面接の日時を決めて、電話を切った。瀬奈はまだ考え中だ。
会田さんがやってきた。今日はスーツだ、あいかわらずオンとオフの振り幅が大きい。
「本日はよろしくお願い致します」と入る前から礼儀正しい。超2重人格である。
「こちらこそ、よろしくお願いします」と中に招き入れる。
「まずは履歴書を拝見しても宜しいでしょうか?」
「はい、こちらになります」
クリアファイルに入っていて、すぐに見られるようになっている。封筒に封をして持ってくるのが、一応マナーとされているが、封筒を開く手間などを考えるとこちらの方が親切だ。
瀬奈はまず履歴書の写真に目を奪われた!何処で撮影したのだろう?ものすごく写りが良い、これは相当お金をかけて撮影したとういう写真だ。瀬奈は若い頃、新卒の採用面接をしていたので、女子学生が2万円位払ってプロに撮ってもらった写真をたまに見かけることがあった。それと同じ出来栄えで、63歳にしては超可愛いのである。
「可愛らしい写真ですね」率直な感想を瀬奈は言った。
「お恥ずかしい・・・」と言いながら翔子は下を向いてしまった。翔子は恥らんでいる。
次に全体を眺めてみる。以外にも手書きではなく、パソコンだ。しかも美しい。見事な明朝体でフォントも完璧だ。ふと資格の欄を見る。
【所有資格】
日商簿記検定1級 秘書検定1級 給与計算検定1級 ビジネス会計検定1級
経理財務スキル検定1級(FASS)経理事務パスポート検定(PASS)電子会計実務検定1級
MOS Word Excel Power Point Access Outlook 等々
瀬奈はあっけにとられた、さすが経理一筋44年である。それにしてもパソコンの資格まであるとは・・・
「いつ位からパソコンは仕事で使われていたんですか?」と興味があって瀬奈は聞いてみた。
「いつ頃かしら・・・」記憶をたどりながら
「ああそうですわ、Windows95が搭載されたパソコンがスタートでした。それまではワープロでしたもの。まだ会社に2台しかないパソコンの1つを使用させていただいておりました」
「それは凄い!私なんかは初めてのパソコンはWindowsXPでしたよ」
私は気になったのでちょっと調べてみた。 1983年にWordが販売され、1985年にはExcelが発売されている。意外と歴史があるもんだと感心する。
「どうしてこんなに資格をとったんですか?」
ふふふと笑いながら「資格マニアなんです。私、ずっと独り身だったのでやることがなくて、一個資格が増えるとなんか嬉しくて、コレクションみたいになってしまいました」とおどけてみせる翔子
「等々とありますが、例えばどんなのがあるんですか?」
「タイピング検定の特級や、調理師の免許とかもあります。あと管理栄養士とか・・・一人で生きていこうと思ったら自炊で美味しくて健康的なものが食べたくなってしまって・・・だから料理には自信があるんです」と朗らかに話す翔子
瀬奈はあえて料理には触れずに
「そのタイピング検定の特級というのは1分間に何文字位入力出来るレベルなんですか?」
「最高で1分間で300文字です。ノーミスで打てました」
「ちょっと待ってください」と言って瀬奈は私で
【タイピング 1分間 文字入力】と検索した
50文字 普通のレベル
100文字 一般的なビジネスで問題ないレベル
200文字 専門的に入力作業を行うレベル
と書いてあるのを確認した瀬奈は
「会田さん、申し訳ないですが、ちょっとその技術を見せてもらって良いですか?」
「料理のですか?」
「いや、タイピングのです」と軽くいなして
「こちらのパソコンでお願いします。この資料をベタ打ちで良いので、1分間入力してもらえますか?」
「良いですよ」と翔子は腕まくりをした。
準備が終わり「どうぞ」と翔子が言った
「スタート」と瀬奈は私のストップウオッチで1分間を計り始めた。
静寂の中、小気味良いタッチでキーボードの音が聞こえてくる。リズムが とても良い乱雑ではない。聞いていて安らぐような音楽のようである。
「ストップ」と声をかけた瀬奈
「あー 一つミスしちゃった〜☆」つい地が出る翔子
「入力された文章を見せていただけますか?」
瀬奈はパソコン画面を見た。Wordなので簡単に文字数が見られる。
なんと299文字になっている。瀬奈は信じられなかった。
たまたま手元にあった厚労省のモデル就業規則をそのまま渡しただけで意地悪をした訳ではない。法律用語が多く出てくるので、変換とかに手こずるのが普通なのにこの速さ。瀬奈は舌を巻いた。
「会田さん、失礼ながら、あなたはうちでやるような人材じゃない。パートならどこでも雇ってもらえますよ」本当に心から瀬奈は言った。
「それは不採用という事でしょうか?」と悲しそうな顔で聞く翔子
「いや、うちでやってもらえるのなら嬉しいのですが、あなたの力が発揮できるような仕事をうちは提供出来ないんです。残念ですが・・・」
「私の能力なんて大した事はございません。事務に限りません。掃除でも洗濯でも何でもします。週に1回、1時間でも構いません。なんとか先生のお側においていただけませんか?」
「そこまで言っていただき、大変光栄です。仕事があるときだけ手伝ってもらうという形でも構いませんか?それほど給料も支払えませんが・・・」
「それでも構いません。私は瀬奈先生を尊敬しています。一緒に働けるだけで嬉しいです」
「それは私もおんなじですよ。では採用という事でお願いします」
「ありがとうございます。家事も頑張りまーす☆」
瀬奈はずっこけた。
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